「ババアはいらねぇんだよ」と婚約破棄されたアラサー聖女はイケメン王子に溺愛されます

25

朝の陽光が柔らかく差し込む中、私は王宮の廊下を歩いていた。昨夜の晩餐会での出来事が、まだ頭から離れない。ヴェルナー王子の意味深な言葉。


「貴女が"本当に"王妃にふさわしいかどうか……まだ興味がありますね」


あの瞳には、ただの興味以上のものが宿っていた。


（彼は、何を考えているの……？）


「ロザリー様」


ふいに、私を呼ぶ声がした。振り向くと、そこにはエレノア・ド・リヴェルテ様が立っていた。


「エレノア様……？」


彼女は変わらぬ優雅な笑みを浮かべながら、私に近づく。


「少し、お時間をいただけますか？」


「……もちろんですわ」


私は彼女の後について、王宮のバルコニーへと向かった。美しい庭園を見下ろす場所で、エレノア様は静かに紅茶を口にした。


「昨夜の晩餐会……大変見応えのあるものでしたわ」


彼女は微笑みながら、私を見つめる。


「ヴェルナー王子との舞踏、見事でしたわね」


「……ありがとうございます」


私は慎重に言葉を選びながら答える。


「ですが、ロザリー様……お気づきですか？」


「……？」


「昨夜の晩餐会をきっかけに、王宮の空気が微かに変わったことを」


「……！」


彼女の言葉に、私は息をのむ。


「どういう意味でしょう？」


「ヴェルナー王子は、貴女に強い興味を持ちましたわ」


エレノア様は紅茶を置き、ゆっくりと続ける。


「彼は決して単なる好奇心で動く方ではありません。目的があって、貴女に接触したのです」


（やはり……）


「そして今朝、王宮の中である噂が広がり始めましたのよ」


「……噂？」


「ええ――"ヴェルナー王子が、ロザリー様に興味を持ち、彼女を自国へ招くつもりだ"と」


「……っ！！？」


私は思わず息を呑んだ。


（そんな……！）


「もちろん、正式な発表ではありませんわ。ですが、王宮では"噂"こそが真実を左右するもの」


エレノア様の瞳が、鋭く私を見つめる。


「このままでは、貴女の立場が揺らぐことになりかねませんわね」


「……！」


王宮に広まる"ヴェルナー王子が私を狙っている"という噂。


（もしこれが本格的に広がれば、私は"アルヴィン王子の妃"としての立場を疑われてしまう……！）


その時――


「ロザリー！！」


遠くから、低く鋭い声が響いた。振り向くと、そこにはアルヴィン王子がいた。彼はまっすぐにこちらへ向かってくると、私の手を強く引いた。


「……アルヴィン様？」


「聞いたぞ、くだらん噂を……！」


彼の碧い瞳が、怒りに燃えていた。


「ヴェルナーの奴……貴様を利用する気か」


「アルヴィン様……！」


彼の手のひらが、私の腰をしっかりと抱き寄せる。


「安心しろ、ロザリー」


「……？」


「お前がどこにも行かないように、正式に婚約を発表する」


「――っ！！？」


私の心臓が、大きく跳ねる。


「アルヴィン殿下……！」


エレノア様も驚いたように目を見開く。


しかし、アルヴィン王子は迷いなく言った。


「もう誰にも文句は言わせない。"俺の妃"として、正式に迎え入れる」


私は彼の瞳を見つめながら、そっと手を握り返した。


「もう誰にも文句は言わせない。"俺の妃"として、正式に迎え入れる」


彼の手は力強く、まるで私をどこにも行かせまいとするかのようにしっかりと握られている。


（アルヴィン様……本気で……？）


私は驚きながらも、彼のまっすぐな瞳を見つめた。


「ですが、アルヴィン殿下」


ふと、エレノア様が静かに口を開く。


「正式な婚約発表には、王宮の了承が必要ですわ」


「ふん、そんなものどうとでもなる」


アルヴィン王子は断言するように言う。


「国王陛下に直接申し出る。父上が認めないはずがない」


彼の瞳には、一片の迷いもなかった。


（アルヴィン様は、本当に……）


「しかし、殿下」


エレノア様が静かに続ける。


「このままでは"ヴェルナー王子との関係"に波紋を生むことになりますわ」


「……っ」


「昨夜の晩餐会、そして今朝の噂……すべての状況が重なれば、隣国ルクセンブルクにとって"挑発"と受け取られる可能性もあります」


「……ふん」


アルヴィン王子は不機嫌そうに腕を組んだ。


「俺はロザリーを守る。それだけだ」


「ええ、そのお覚悟は立派ですわ」


エレノア様は微笑みながら紅茶を一口飲む。


「ですが、王宮の決断には"戦略"も必要なのです」


「……」


私はエレノア様の言葉の意味を考えながら、そっと口を開いた。


「エレノア様……それは、私に何かできることがあるということですか？」


すると、エレノア様は静かに微笑んだ。


「ええ、ロザリー様。"王妃としての最初の仕事"をなさっていただきますわ」


「……！」


「"ヴェルナー王子と直接会談し、この噂を払拭する"――それが貴女の役目ですわ」


「ヴェルナー王子と……会談？」


「そうですわ」


エレノア様の瞳が鋭く輝く。


「このまま噂を放置すれば、アルヴィン殿下の立場を危うくする可能性もあります。ならば、直接ヴェルナー王子と話し、"これ以上の誤解を生まないよう"仕向けるのです」


「……」


私が言葉を失っていると、アルヴィン王子がすぐに反論した。


「馬鹿を言うな。ロザリーをヴェルナーに会わせるなど、危険すぎる」


「危険なことはいたしませんわ、殿下」


エレノア様は静かに続ける。


「これは、ロザリー様が"外交の場"でどう振る舞えるかの試練でもありますのよ？」


「……！」


「王妃たるもの、王子の庇護のもとにいるだけでは務まりませんわ。自ら王宮を守るための交渉をすることも必要です」


私は息を呑んだ。


（これは、私にとって本当の意味で"王妃としての試練"……）


アルヴィン王子は、しばらく黙った後、私の手を握る。


「ロザリー、お前はどうしたい？」


「……」


彼の瞳は、迷いのないものだった。私は、彼の手をぎゅっと握り返す。


「私は、ヴェルナー王子と話します」


「……！」


「アルヴィン様の妃として、私ができることを証明したいのです」


私の言葉に、アルヴィン王子はしばらく沈黙した。


「……分かった」


彼は深く息を吐き、私の髪を優しく撫でた。


「絶対に、無理はするな」


「はい……！」


こうして――私は、ヴェルナー王子との"直接会談"という新たな試練に挑むこととなった。しかし、それがさらなる波乱を生むことを、私はまだ知らなかった――。