「ババアはいらねぇんだよ」と婚約破棄されたアラサー聖女はイケメン王子に溺愛されます

平山和人

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宮廷楽団が奏でる優雅な旋律が、王宮の広大な晩餐会場に響き渡る。煌びやかなシャンデリアの下、貴族たちは華やかな衣装を身に纏い、優雅に談笑していた。


(これが、王宮の晩餐会……)


私は深呼吸をしながら、身に纏ったドレスの裾をそっと整える。クラリス様が選んでくださったのは、深紅のドレス。


「聖女としての清らかさだけではなく、王宮の妃としての威厳を示せるように」


そう言われて選ばれたこのドレスは、私に新たな決意を抱かせるものだった。


(今日は、ただの妃候補としてではなく、王妃としての自覚を持ってこの場に立たなければならない)


「ロザリー、こっちだ」


アルヴィン王子が私の手を取り、会場の中央へと導く。彼の黒を基調とした礼服は、王族としての威厳を存分に示し、その堂々とした佇まいは、誰もが目を奪われるほどだった。


(私も、この人の隣にふさわしい存在にならなければ――)


会場の中央に進んだその瞬間、ひときわ洗練された雰囲気を纏う男性がこちらへ歩み寄ってきた。金の髪に琥珀色の瞳――気品のある佇まいと、柔らかな笑み。


「これは……ヴェルナー王子!」


貴族たちがざわめく。


(この方が……ヴェルナー・フォン・グランツ王子!?)


彼は穏やかに微笑みながら、私たちの前で立ち止まった。


「アルヴィン殿下、久しぶりですね」


「……ヴェルナー」


アルヴィン王子が低く名を呼ぶ。二人の間に、一瞬だけ緊張が走る。


(まるで剣を交える前の騎士のよう……)


ヴェルナー王子は、そんな空気を崩すように、静かに笑った。


「初めまして、ロザリー・エルヴェール様」


「はじめまして、ヴェルナー王子」


私は優雅にお辞儀をする。


「あなたのことは噂で聞いていました。アルヴィン殿下が自ら選ばれた妃候補……どんな方なのか、ずっとお会いしたいと思っていましたよ」


彼の瞳が、私をじっと見つめる。


(試されている……)


この人はただ単に挨拶をしているのではなく、私の人となりを探ろうとしているのだ。


「私も、お会いできて光栄です」


私は微笑みながら、まっすぐに彼の視線を受け止める。


「王宮の方々からも、ヴェルナー王子がとても優れた王子であるとお聞きしています」


「おや、それは光栄ですね」


ヴェルナー王子は、穏やかな笑みを浮かべながら言う。


「しかし――私が本当に優れた王子かどうか、それはロザリー様ご自身が判断なさることでは?」


「……!」


琥珀色の瞳が、深く私を見つめる。


(まるで試すように……)


私は、迷いなく微笑み返した。


「では、これからしっかりと拝見させていただきますわ、ヴェルナー王子」


その言葉に、ヴェルナー王子は一瞬目を見開き――そして、静かに笑った。


「……なるほど」


その瞬間、アルヴィン王子が私の腰を引き寄せるようにして言った。


「ロザリーは、俺の妃だ。誰にも渡さない」


「ふふ、相変わらずですね、アルヴィン殿下」


ヴェルナー王子はクスリと笑いながら、ワイングラスを持ち上げる。


「では、今夜の晩餐会……存分に楽しませていただきますよ?」


彼がワイングラスを掲げると、周囲の貴族たちがそれに倣い、広間には優雅な乾杯の音が響き渡る。


(試されるのは、ここからね……)


私はアルヴィン王子の腕にそっと手を添えながら、息を整えた。


「ロザリー、お前は堂々としていればいい」


アルヴィン王子が低い声で囁く。


「……はい」


私は微笑みを浮かべながら頷き、王宮の晩餐会の席へと向かった。晩餐会のメインテーブル――。煌びやかな食器が並ぶ長いテーブルに、王宮の貴族や隣国の要人たちが優雅に席についていた。私はアルヴィン王子の隣に座り、その向かい側にはヴェルナー王子がいた。


「ロザリー様は、王宮に迎えられてからまだ日が浅いのに、すでに貴族社会に馴染んでいらっしゃる」


ヴェルナー王子が微笑みながらワインを口に運ぶ。


「舞踏会での華麗な踊り、茶会での見事な応対、慈善祭での行動――どれも興味深いものでした」


「……光栄ですわ」


私は優雅に笑みを浮かべながら、紅茶を口に運ぶ。


(彼は私を褒めている……けれど、それだけじゃない)


ヴェルナー王子の視線は穏やかだが、その奥には**"私を試す"意図が隠されている**。


「しかし、妃というものは王宮の中だけでなく、外交の場でも重要な役割を果たさなければなりません」


彼はワインを軽く揺らしながら、静かに言った。


「アルヴィン殿下の妃として、ロザリー様は"外交"についてどうお考えでしょう?」


「……!」


晩餐会の場が、一瞬静まり返る。


(来た……)


王宮の妃は単なる飾りではない。外交の場では、国の象徴としての役割を担い、時には国同士の交渉や交歓の橋渡しをすることも求められる。


(ここで何を答えるかが、私の評価を決める……)


私はゆっくりと息を吸い、ヴェルナー王子をまっすぐに見つめた。


「外交とは、国と国の関係を築くためのもの。ですが、それは単に条約や取引を交わすことだけではないと考えています」


「ほう?」


ヴェルナー王子が興味深そうに眉を上げる。


「外交とは、"国の文化や価値観を理解し合うこと"……そして、その国に生きる人々を知ることこそが、本当の意味での外交ではないかと思います」


私は落ち着いた口調で続けた。


「例えば、他国との交渉の場では、言葉や習慣の違いが障害になることもありますわ。ですが、それを乗り越えるには"お互いを知ろうとする姿勢"が必要です」


「……なるほど」


ヴェルナー王子の瞳が僅かに輝く。


「アルヴィン王子の妃として、私は民の声を聞く者として、"王宮と民"の橋渡しをすると決めました」


私は微笑みながら、はっきりと言葉を紡ぐ。


「そして、それは"国と国"の関係でも同じではないでしょうか?」


「……!」


一瞬、晩餐会の空気が変わる。周囲の貴族たちが、私の言葉に驚いたように顔を見合わせた。


(……どうかしら?)


私はヴェルナー王子の反応をじっと待った。すると――


「……素晴らしい」


ヴェルナー王子はワイングラスをテーブルに置き、満足げに微笑んだ。


「まさか、ここまでしっかりとした考えをお持ちとは……ロザリー様、貴女は本当に興味深い方だ」


彼の瞳が、私をじっと見つめる。


「アルヴィン殿下……」


ヴェルナー王子はゆっくりと視線をアルヴィン王子へと移す。


「貴方の妃は、なかなかの逸材ですね」


「……当たり前だ」


アルヴィン王子が微かに笑みを浮かべながら、私の手を取る。


「ロザリーは俺が選んだ女だ。誰にも文句は言わせない」


その瞬間、ヴェルナー王子がくすっと笑った。


「なるほど……やはり、アルヴィン殿下は面白い」


彼は軽く肩をすくめながら、ワインを飲み干した。


「ならば、これからも"競争"を楽しませてもらいますよ?」


「……ふん、勝手にしろ」


アルヴィン王子は肩をすくめながらも、どこか楽しげな笑みを浮かべていた。こうして――"晩餐会"という試練を、私は乗り越えることができた。だけど――


(ヴェルナー王子……この方は、まだ何かを企んでいる気がする)


琥珀色の瞳に、一瞬だけ鋭い光が宿ったのを、私は見逃さなかった。この晩餐会が、"新たな波乱の始まり"となることを――私はまだ知らない。
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