「ババアはいらねぇんだよ」と婚約破棄されたアラサー聖女はイケメン王子に溺愛されます

9

「あなたがどれほどの方か、これからじっくり拝見させていただきますわ」


エレノア様の微笑みは冷たく、鋭い刃のようだった。


（アルヴィン王子の元婚約者……）


突然現れたその事実に、私は息をのむ。


「驚かれたようですわね？」


エレノア様は優雅に歩み寄り、私のすぐそばに立つ。その仕草一つ一つが、育ちの良さと気品を感じさせるものだった。


「ええ……正直、驚きました」


私は素直に答える。


「まさか、アルヴィン王子にご婚約者がいらしたとは……」


「今は"元"ですわ」


エレノア様は、さも当然のように言う。


「ですが、アルヴィン様と私の家門の結びつきは、王宮にとって重要なものでした」


「……」


「それが突然、貴女のような聖女が現れて、すべてをひっくり返した――そういうことですわね？」


私の中で、何かがざわめいた。


（ひっくり返した……？）


「私が望んで、アルヴィン王子に求められたわけではありませんわ」


私はきっぱりと答えた。


「アルヴィン王子が私を選ばれたのです」


「ええ、そうでしょうね」


エレノア様の微笑みが、さらに深くなる。


「だからこそ、私は貴女に興味がありますの」


「興味……？」


「アルヴィン様が選ぶほどの方が、どれほどの実力をお持ちなのか――」


「……！」


挑戦的な視線が、私を射抜く。


「王宮では、美しさや立場だけでは生きていけません。王妃としてふさわしい振る舞い、知識、そして覚悟が必要です」


エレノア様の言葉は、厳しくも真実を突いていた。


（この方は、私をただの"敵"として見ているわけではない……）


「ロザリー様、もし貴女がこの宮廷で生き残る覚悟があるのなら――私に示してご覧なさい」


静かな挑戦状を突きつけられる。これは試練だ。アルヴィン王子が私を選んだことに、異を唱える者は必ず現れる。それは当然のこと。私は逃げるわけにはいかない。


（覚悟を決めなければ……）


ゆっくりと深呼吸し、私はエレノア様の瞳を見つめ返した。


「……分かりました」


「まあ？」


エレノア様の眉が、わずかに動く。


「私も、この王宮でアルヴィン王子の隣に立つと決めました。ですから、どんな試練であろうとも、私は受けて立ちます」


「……ふふ」


エレノア様の微笑みが、わずかに柔らかくなる。


「面白いですわね。では、期待しておりますわ」


そう言い残し、彼女は静かに部屋を後にした。エレノア様が去った後、部屋には静寂が戻った。けれど、私の胸の中にはまだ彼女の言葉が響いていた。


「もし貴女がこの宮廷で生き残る覚悟があるのなら――私に示してご覧なさい」


（私は試されている……）


アルヴィン王子に選ばれたことだけでは、王宮の人々に認められるわけではない。それに、エレノア様の表情にはただの嫉妬や敵意だけではなく、誇りを持つ者の威厳があった。


（彼女は、本当にアルヴィン王子の婚約者だったんだわ……）


彼の隣に立つのが当然だったように振る舞い、それを王宮の誰もが認めていたのだろう。そんな彼女の前に突然現れた私――エレノア様が私を試したくなるのも無理はない。


「ロザリー様」


クラリス様が優雅に紅茶を飲みながら、私を見つめる。


「驚かれましたか？」


「……少し、ですが」


私はゆっくりと息を整えながら答えた。


「エレノア様は、王宮でとても影響力のある方なのですね」


「ええ。彼女はリヴェルテ公爵家の令嬢。公爵家は長きにわたり王家を支えてきた名門ですわ」


「……なるほど」


「彼女は決して感情だけで動く方ではありません。冷静で、聡明で、そしてプライドが高い方」


クラリス様はゆっくりとカップを置き、微笑んだ。


「ですが、彼女に認められれば、ロザリー様は王宮で確固たる地位を得られるでしょう」


「……認められれば？」


「ええ。王宮には、彼女を慕う貴族が多くおりますから」


（つまり、エレノア様を敵に回せば、王宮での立場がより厳しくなるということ……）


私はそっと唇を引き結んだ。


「クラリス様、私にできることはありますか？」


「……ふふ」


クラリス様の口元に、満足そうな笑みが浮かぶ。


「覚悟がおありなのですね？」


「私は、アルヴィン王子の隣に立つと決めましたから」


「素晴らしいですわ」


クラリス様はゆっくりと立ち上がると、私の前に歩み寄る。


「では、まずは舞踏会の準備をいたしましょう」


「舞踏会……？」


「ええ。三日後に宮廷で開かれる晩餐会――ロザリー様が正式に王宮に迎えられたことを発表する場でもありますわ」


（私の……お披露目の場）


「そこで貴族たちに、貴女がどのような方なのかを示すのです」


私は息をのみ、ゆっくりと頷いた。この舞踏会が、私にとって最初の試練となる――