「ババアはいらねぇんだよ」と婚約破棄されたアラサー聖女はイケメン王子に溺愛されます

平山和人

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アルヴィン王子に手を引かれながら、私は食堂を後にした。


「これから、お前には妃としての教育を受けてもらう」


「はい。覚悟はできていますわ」


自分の言葉に、ぐっと拳を握る。妃としての務めを果たすためには、宮廷の礼儀作法や政務、外交の知識を身につけなければならない。聖女としての教育を受けてきたとはいえ、王族の妃となるための教育とはまた違うものだろう。それでも、私は決めたのだ。アルヴィン王子の隣に立つと。


「まずは、宮廷での作法からだな」


「……ご指導、よろしくお願いいたします」


そうして私たちは、王宮の奥へと足を踏み入れた。


「さて……まずは私が指導を担当するわね」


優雅な声が響く。案内されたのは、広々とした応接室。その中央に、気品あふれる女性が立っていた。


「ロザリー様、ごきげんよう。私の名はクラリス・フォン・ウェルフォード。王宮の礼儀作法を教える役目を担っております」


金色の髪を高く結い上げ、深い紫のドレスを身に纏った女性。彼女の背筋はピンと伸び、全身から"完璧な貴族"の雰囲気を漂わせていた。


「クラリスは宮廷作法の専門家だ。ここにいるどの貴族よりも、格式と知識を重んじている」


アルヴィン王子が紹介すると、クラリス様は優雅に微笑んだ。


「殿下、お褒めいただき光栄ですわ」


そして、私に視線を向ける。


「ロザリー様。あなたがどれほどの才能をお持ちなのか、私がしっかりと見極めさせていただきますわ」


「……はい」


その言葉に、自然と背筋が伸びる。


「では、さっそく始めましょうか」


クラリス様の指導は、想像以上に厳しいものだった。


「もっと優雅に! 一つひとつの動作に気を配るのです!」


「ロザリー様、その歩き方では貴族の晩餐会で笑われますわよ」


「お辞儀の角度が浅すぎます。王妃となる方がそんなことでどうするのです?」


次々と指摘され、私は必死に学ぶ。


(こんなにも大変だなんて……!)


しかし、ここでくじけるわけにはいかない。アルヴィン王子の隣に立つと決めたのだから。何度も繰り返し練習し、ようやくクラリス様が微かに微笑んだ。


「……悪くはありませんわ」


「本当ですか?」


「ええ。あなた、努力家ですのね」


「……ありがとうございます」


初めて褒められ、心の底から安堵する。


「ですが、まだまだ学ぶべきことはたくさんありますわ。明日も厳しく指導いたしますので、覚悟しておいてくださいませ」


「……はい!」


クラリス様の厳しい指導が終わった頃には、私はすっかり疲れ切っていた。


「……はぁ……」


優雅に見せるべきため息も、今はつく余裕すらない。


「お疲れのようですわね、ロザリー様」


クラリス様は涼しげな笑みを浮かべながら、私の前に紅茶を置いた。


「ありがとうございます……」


温かい紅茶の香りに、ほんの少し気持ちが落ち着く。


「ですが、今日のレッスンはまだ序章に過ぎませんわ」


「えっ……?」


思わず顔を上げると、クラリス様は優雅にカップを傾けながら言った。


「宮廷での作法を学ぶだけでは、王妃にはなれませんの。これからは、宮廷の人々との関係を学ぶ必要がありますわね」


「宮廷の……人々?」


「ええ。王宮には、殿下を支えるための多くの貴族たちがいます。そして、その中には……あなたを快く思わない者もいるでしょうね」


「……!」


クラリス様の言葉に、胸がざわつく。


(確かに……私は突然、アルヴィン王子に選ばれた身。歓迎されないこともあるはず)


「では、さっそくお会いしていただきましょうか。ロザリー様のこれからを左右する重要な人物に」


クラリス様が静かに手を叩くと、扉が開いた。


「初めまして。あなたがアルヴィン様の新しい妃候補……ロザリー・エルヴェール様ですね?」


――入ってきたのは、一人の女性だった。


背の高い、洗練されたドレスを身にまとい、整えられた銀色の髪が美しく揺れる。碧い瞳はどこか冷たく、まるで私を値踏みするかのように見つめていた。


「私はエレノア・ド・リヴェルテ。王宮の貴族たちを束ねる家系の令嬢です」


「エレノア……様?」


「ええ。そして――アルヴィン様の元婚約者でもありますわ」


「……!!」


思わず息をのむ。


(アルヴィン王子の……元婚約者!?)


「あなたがどれほどの方か、これからじっくり拝見させていただきますわ」


エレノア様は微笑んだ。だが、その微笑みはどこか冷たく――これから私が向き合うことになる、王宮の現実を突きつけられたような気がした。
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