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神殿内の空気は張り詰めたままだった。クロエが放った光によって影は完全に消滅し、クリスタルも元の澄んだ輝きを取り戻している。
「……これで証明されましたわね」
クロエは優雅に微笑みながら、静かに祭壇から降りた。
王太子ラインハルトが厳かな声で宣言する。
「聖女クロエの力は本物だ。今後、彼女は正式に王宮の庇護を受ける」
貴族たちはざわめきながらも、誰も反論できなかった。
「クロエ様の聖なる力が呪いを打ち払うのを、この目で見ました」
「間違いなく神に祝福されたお方ですわ」
一部の貴族令嬢たちは感嘆の声を漏らし、神官たちも敬意を込めて頭を下げる。
しかし、クロエが見ていたのは別の人物だった。
──セシリア。
彼女は今まで完璧な微笑みを保っていたが、その唇がわずかに震えている。
(悔しそうね、セシリア)
彼女がこの儀式に細工を施したことは、ほぼ確実だった。しかし、クロエが呪いを打ち払ったことで、その計画は完全に崩れ去ったのだ。
「セシリア様、どうかなさいましたか?」
クロエはわざとらしく問いかけた。
セシリアはハッとしたように顔を上げ、すぐに作り笑顔を浮かべる。
「いえ……ただ、あまりにも神秘的なお力でしたので、つい見惚れてしまいましたわ」
(よくもまあ、すぐに取り繕えるものね)
クロエは心の中で冷笑しながらも、表面上は優雅に頷いた。
「まあ、ありがとうございますわ。けれど、この呪い……一体誰が仕掛けたのでしょうね?」
わざと意味深に言うと、セシリアの指先がぴくりと動いた。
(やっぱり、あなたなのね)
王太子ラインハルトも眉をひそめながら周囲を見渡し、神官たちに厳しい声で問いかける。
「神殿内に呪いの気配があったというのは、異常事態だ。これは王宮にとっての危機でもある。一体、誰がこの場を汚したのか……徹底的に調査せよ」
「はっ……!」
神官たちは一斉に頭を下げ、すぐに動き出した。
(これで、セシリアの動きは封じられる)
呪いを仕掛けた犯人を追及する流れになれば、セシリアは容易に手を出せなくなる。クロエにとっては都合のいい展開だった。
◇
儀式の後、王宮の庭園で小規模な祝宴が開かれた。
クロエは花々が咲き誇る庭園の一角で、静かに紅茶を飲んでいた。
そこへ、一人の男性が歩み寄る。
「君の力……本当に見事だったよ」
エドワード王子だった。
「ごきげんよう、エドワード様」
クロエは微笑みながらカップを置く。
「君があれほどの力を持っているとは思わなかった。呪いを打ち払うなど、普通の魔術師にもできることではない」
エドワードは興味深そうにクロエを見つめる。
「でも……君は王太子の庇護を受けるつもりなのか?」
彼の問いに、クロエは静かにカップを傾けながら考えた。
(ラインハルトは私を手元に置きたがっている。でも、私は彼の駒にはならない)
「私は聖女ですもの。王族の皆様にお力を貸すことは当然の務めですわ」
あえてどちらの味方でもないような答えを返す。
すると、エドワードは「ふっ」と笑った。
「慎重だね。でも、君はただの聖女ではない……そう思うのは、僕だけだろうか?」
クロエは微笑みながらも、警戒を解かなかった。
(エドワード王子もまた、私を利用しようとしている)
しかし、彼がラインハルトとは別の勢力を築こうとしているのなら、クロエにとってそれは好都合だった。
「どうでしょう? 私はただ、神の御心のままに行動するだけですわ」
エドワードは意味深な笑みを浮かべ、軽く肩をすくめる。
「そうか……でも、君が何を考えているか、僕はもっと知りたくなったよ」
その言葉を残し、エドワードは去っていった。
◇
その夜、クロエは自室でゼルヴァンと向かい合っていた。
「儀式は成功したが、これで終わりではない」
黒狼の魔獣は鋭い目を向ける。
「セシリアはお前を陥れようとしたが、失敗した。だが、まだ動き続けるだろう」
クロエは静かに頷く。
「ええ……彼女は決して諦めない。でも、それは私も同じよ」
クロエはゆっくりと窓の外を眺める。
(前世では、私は何もできずに終わった。でも今世では違う)
セシリアだけでなく、王太子ラインハルト、そしてエドワード王子も、それぞれの思惑を持ってクロエに近づいている。
(ならば、私はそのすべてを利用する)
どの勢力にも完全には組みせず、けれどどの勢力とも関わりを持つ。
そうすることで、クロエは自分の立場を確立し、誰にも支配されない道を切り開くつもりだった。
「ゼルヴァン、次の計画を進めるわ。まずは、セシリアの動向をさらに詳しく探る」
「分かった」
ゼルヴァンは影の中に溶け込んでいく。
クロエは再び夜空を見上げ、ゆっくりと微笑んだ。
(これからが本当の戦い……)
彼女はすでに次の一手を考えていた。
王宮の権力争いを制し、かつての復讐を果たすために──。
聖女クロエの戦いは、ここから本格的に始まるのだった。
「……これで証明されましたわね」
クロエは優雅に微笑みながら、静かに祭壇から降りた。
王太子ラインハルトが厳かな声で宣言する。
「聖女クロエの力は本物だ。今後、彼女は正式に王宮の庇護を受ける」
貴族たちはざわめきながらも、誰も反論できなかった。
「クロエ様の聖なる力が呪いを打ち払うのを、この目で見ました」
「間違いなく神に祝福されたお方ですわ」
一部の貴族令嬢たちは感嘆の声を漏らし、神官たちも敬意を込めて頭を下げる。
しかし、クロエが見ていたのは別の人物だった。
──セシリア。
彼女は今まで完璧な微笑みを保っていたが、その唇がわずかに震えている。
(悔しそうね、セシリア)
彼女がこの儀式に細工を施したことは、ほぼ確実だった。しかし、クロエが呪いを打ち払ったことで、その計画は完全に崩れ去ったのだ。
「セシリア様、どうかなさいましたか?」
クロエはわざとらしく問いかけた。
セシリアはハッとしたように顔を上げ、すぐに作り笑顔を浮かべる。
「いえ……ただ、あまりにも神秘的なお力でしたので、つい見惚れてしまいましたわ」
(よくもまあ、すぐに取り繕えるものね)
クロエは心の中で冷笑しながらも、表面上は優雅に頷いた。
「まあ、ありがとうございますわ。けれど、この呪い……一体誰が仕掛けたのでしょうね?」
わざと意味深に言うと、セシリアの指先がぴくりと動いた。
(やっぱり、あなたなのね)
王太子ラインハルトも眉をひそめながら周囲を見渡し、神官たちに厳しい声で問いかける。
「神殿内に呪いの気配があったというのは、異常事態だ。これは王宮にとっての危機でもある。一体、誰がこの場を汚したのか……徹底的に調査せよ」
「はっ……!」
神官たちは一斉に頭を下げ、すぐに動き出した。
(これで、セシリアの動きは封じられる)
呪いを仕掛けた犯人を追及する流れになれば、セシリアは容易に手を出せなくなる。クロエにとっては都合のいい展開だった。
◇
儀式の後、王宮の庭園で小規模な祝宴が開かれた。
クロエは花々が咲き誇る庭園の一角で、静かに紅茶を飲んでいた。
そこへ、一人の男性が歩み寄る。
「君の力……本当に見事だったよ」
エドワード王子だった。
「ごきげんよう、エドワード様」
クロエは微笑みながらカップを置く。
「君があれほどの力を持っているとは思わなかった。呪いを打ち払うなど、普通の魔術師にもできることではない」
エドワードは興味深そうにクロエを見つめる。
「でも……君は王太子の庇護を受けるつもりなのか?」
彼の問いに、クロエは静かにカップを傾けながら考えた。
(ラインハルトは私を手元に置きたがっている。でも、私は彼の駒にはならない)
「私は聖女ですもの。王族の皆様にお力を貸すことは当然の務めですわ」
あえてどちらの味方でもないような答えを返す。
すると、エドワードは「ふっ」と笑った。
「慎重だね。でも、君はただの聖女ではない……そう思うのは、僕だけだろうか?」
クロエは微笑みながらも、警戒を解かなかった。
(エドワード王子もまた、私を利用しようとしている)
しかし、彼がラインハルトとは別の勢力を築こうとしているのなら、クロエにとってそれは好都合だった。
「どうでしょう? 私はただ、神の御心のままに行動するだけですわ」
エドワードは意味深な笑みを浮かべ、軽く肩をすくめる。
「そうか……でも、君が何を考えているか、僕はもっと知りたくなったよ」
その言葉を残し、エドワードは去っていった。
◇
その夜、クロエは自室でゼルヴァンと向かい合っていた。
「儀式は成功したが、これで終わりではない」
黒狼の魔獣は鋭い目を向ける。
「セシリアはお前を陥れようとしたが、失敗した。だが、まだ動き続けるだろう」
クロエは静かに頷く。
「ええ……彼女は決して諦めない。でも、それは私も同じよ」
クロエはゆっくりと窓の外を眺める。
(前世では、私は何もできずに終わった。でも今世では違う)
セシリアだけでなく、王太子ラインハルト、そしてエドワード王子も、それぞれの思惑を持ってクロエに近づいている。
(ならば、私はそのすべてを利用する)
どの勢力にも完全には組みせず、けれどどの勢力とも関わりを持つ。
そうすることで、クロエは自分の立場を確立し、誰にも支配されない道を切り開くつもりだった。
「ゼルヴァン、次の計画を進めるわ。まずは、セシリアの動向をさらに詳しく探る」
「分かった」
ゼルヴァンは影の中に溶け込んでいく。
クロエは再び夜空を見上げ、ゆっくりと微笑んだ。
(これからが本当の戦い……)
彼女はすでに次の一手を考えていた。
王宮の権力争いを制し、かつての復讐を果たすために──。
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