上 下
45 / 85

045.乱入者

しおりを挟む
「ふぅ……。随分買い込んじゃいましたね」
「これだけ揃えればしばらくは買わなくてもよさそうだね」

 夜が近い。
 太陽が段々と低くなっていき、もう1時間ほどで日没となる城下町。
 未だ賑わいがピークを維持しているメインストリートからほんの少し離れた位置で眼の前の馬車を覗き込む。
 車内には大きめの室内。それを半分埋め尽くすほどの大小さまざまな箱で占められていた。
 今日の買い物の成果。戦利品。主にシエルの服ではあるが両親がついでにと言わんばかりに俺の服までも山のように買ってきた結果、相当量の買い物になってしまった。
 シエルも俺のも、成長を見越した服のラインナップ。おそらく5年は服に困ることはないだろう。そう思うほどの山を前にして俺達二人は達成感を味わっていた。

「シエルも満足した?」
「はいっ!とっても!」

 荷物に占領された結果大の大人二人がせいぜいの車内にシエルが足を踏み入れながら、満面の笑顔で振り返る。
 買い物はストレス発散にもなる。延期になった誕生日。これで少しは穴埋めになっただろう。
 そのスッキリとした笑顔に俺もホッと一安心していると、彼女は馬車の窓からこちらに身を乗り出してくる。

「ご主人さま!」
「うん?」
「今日はありがとうございました!やっぱり私、ご主人さまの従者になってよかったです!大好きです!!」

 それは彼女なりのめいっぱいの感謝だった。
 夕焼けに照らされてるのか頬をほんのり赤く染め、ニッと笑うシエルに俺も思わず笑みがこぼれる。

「俺も、シエルが従者でよかったよ。好きだよ」
「っ……!まったくもう、ご主人さまってばそんな軽々しく……」

 もちろん変な意味では決してない。
 不安な異世界。彼女がいなければ身の回りのことはおろか一般常識さえも怪しかっただろう。彼女がいたから陰ながら耳打ちしてフォローしてくれたり、彼女がいたから不安な異世界を穏やかに過ごすことができた。
 感謝もあるし家族愛だってある。本心を口にしたつもりだったが彼女は一瞬言葉を詰まらせながら不満げに口を膨らます。

「シエルも同じこと言ってたよね?」
「私はっ……!私はいいんですっ!でもご主人さまは軽々しく口にしてはいけませんっ!!」
「えぇ~」

 なんとも理不尽な要求だった。
 恐ろしいジャイアニズム。シエルの要求に驚いていると彼女はクスリと笑いながらこちらに手をかざしてくる。

「さっ、帰りましょうご主人さま!」
「そうだね。……ところでもうボクが従者設定はもうしなくていいのかな?」
「やっぱりご主人さまはご主人さまなので。これが一番落ち着きます。……あっ、でもすごく新鮮ですごく嬉しかったです!今後もほんのちょっとだけなら……またリクエストしたいなって」
「……そっか。よかった」

 悪い気はしていないようでよかった。恥ずかしそうにはにかむ彼女を照らす夕焼け。もうそろそろ帰らないと一気に暗くなってしまうことだろう。
 今日は馬車二台体制で来た。もう片方の馬車には既に両親が乗り込んでいて俺待ちの状況。迎え入れようと席を空けながら待ってくれているシエルに軽く手を上げながら、乗り込もうと手すりに手をかける。

「――――やぁっと!!みつけた~~~!!!」
「っ――――!?」

 ――――しかし、俺が馬車に乗り込もうとした寸前、そんな叫び声が高校から響き渡った。
 驚いて後ろを振り返れば、そこには俺と同じくらいの背丈の女の子が膝に手を支えにしながらゼエゼエ肩を上下させている。

「えっと……見ない髪色ですが……ご主人さま、お知り合いですか?」
「いや…………たぶん……」

 おずおずと問いかけるシエルに俺は首を横に振る。
 俺の交友関係は極端に狭い。シエルを筆頭にマティとエクレールくらいだ。
 眼の前にいる女性は俯いて顔はわからずともその二人ではない。金の髪を持つ少女。その服は城下町では目立つであろう、無地の白を首元から足先まで包んだ汚れ一つないアオザイ…………

 アオザイ……何やら聞き覚えのある響きが……。

「その服に髪……もしかして……ラシェル王女!?」
「はぁい。贈り物は受け取ったかしら?せっかくだから会いに来ちゃった」

 一度見たら忘れることはない。
 美しい金の髪にこの世界で彼女以外に見たことのないアオザイ。 
 真っ直ぐ俺を見つめるその紅い瞳は隣国……アスカリッド王国の王女様であるラシェル王女殿下その人であった。


 ―――――――――――――――――
 ―――――――――――
 ―――――――


「粗茶ですが…………」

 コトリとテーブルに湯気立つカップを置く。
 急いで淹れた紅茶6つ。この部屋にいる人数と同じ数。
 6人もの人が一堂に介したこの部屋は、まるでお通夜のようにシンと静まり返っていた。
 誰も音の一つも立てない恐ろしい空間。誰しもがピリつく空気感に俺も怯えつつ空いた席へ腰を下ろすと、唯一その空気をものともせずに鼻を鳴らして置かれたカップをぐいっと傾ける。

「……うん!美味しいわ!粗茶だなんて謙遜しなくてもいいじゃない!」
「いやぁ……恐縮です」

 この世界に本来の意味はともかく粗茶という言い回しは広まっていないようだ。
 背筋を伸ばし真っ直ぐとみつめる紅い目は俺だけを捉えている。

「それで!ここがスタンのお屋敷なのね!静かでいいところじゃない!」
「ど、どうも」

 どういうテンションで彼女と関わればいいかさっぱりわからない。
 俺は眼の前の元気な少女……ラシェル王女に圧し任されていた。城下町で突然接近してきた彼女。なぜこの国にとか、なぜ俺をとか色々あるが、それよりも気になる二人へと目を移す。

「…………」
「…………」

 二人とも無言で、ジッとこちらを見つめていた。
 1人は不機嫌そうに腕を組んで、もうひとりは上品に笑顔を浮かべているが目が笑っていない。
 マティにエクレール。この二人については本当にわからない。あのあとラシェル王女が『出てきていいわよ』などと言った途端出てきた二人組。なぜ二人までも城下町にいたのか。そして結託していたのかなど理解が追いついていない。

「……レイコさん」
「何でしょう。スタン様」
「とりあえず簡潔に説明願えます?」

 理解できないなら誰か分かる人に聞くまで。
 そう考えた俺はこの中で最も頭が回るであろうレイコさんへと助けを求めた。
 俺とシエル、訪問者の女子3人に加えて6人目であるレイコさん。この中で最も俯瞰し客観視できるであろう彼女に問いかけると、相変わらずの鉄面皮でほんの少し考える素振りを見せる。

「……そうですね。至極簡潔に説明いたしますと、全員スタン様と同衾するためにこちらに参った次第です。やりましたねスタン様、王女様二人を加えたハーレムですよ」
「そっか、同衾かぁ―――――ど、同衾!?!?」

 無表情で繰り出されるはとんでもない言葉たち。
 経緯も何もかもを吹き飛ばした驚くべき簡潔具合。俺は理解を越えた説明に声を上げ、変わらず鼻高に自信満々なラシェル王女へと改めての説明を求めるのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。  その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。  すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。 「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」  これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。 ※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生したら美醜逆転世界だったので、人生イージーモードです

狼蝶
恋愛
 転生したらそこは、美醜が逆転していて顔が良ければ待遇最高の世界だった!?侯爵令嬢と婚約し人生イージーモードじゃんと思っていたら、人生はそれほど甘くはない・・・・?  学校に入ったら、ここはまさかの美醜逆転世界の乙女ゲームの中だということがわかり、さらに自分の婚約者はなんとそのゲームの悪役令嬢で!!!?

処理中です...