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042.仲直り
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「はぁ……」
大きなため息とともに黒い黒いコーヒーを口の中に運んでいく。
口の中いっぱいに広がるコーヒーの風味。そして苦み。本来ならここで吐き出すところだが、すぐにやってくる甘みによって吐き出すこともなくコーヒーを堪能する。
あれから――――
家に突然のコーヒー豆が届いた数時間後のこと。
俺は1人自室のテラスで椅子に腰掛けながら今日届いたばかりのコーヒーを堪能していた。
今回は苦みについても対策済み。森のどこかで養蜂しているという蜂蜜たっぷりだ。
自分の手で淹れた渾身の一杯。あのあとシエルはプンプンと拗ねながら仕事に戻ったお陰で未だ話す事はできていない。
同じ屋根の下。この数時間でも何度かすれ違ったが会釈する程度で業務以外の会話はナシ。母に随分と揶揄されながら1人昼下がりの午後を堪能していた。
「はぁ……」
堪能しつつもこの心はくもり模様。頭の中を占めているのはシエルのことばかり。
別に愛だの恋だのいうつもりはない。ただ微妙な空気感な以上、どう仲直りしようかと考えを巡らせていた。
風に揺られてコーヒーの水面が揺れる。これが原因なのはわかっている。だがマティやエクレールと似たような流れで知り合いになったにも関わらずラシェル王女だけがご機嫌斜めになる理由がわからなかった。
下手に謝っても地雷を踏むだけ。だが謝らなければ話は進まない。にっちもさっちもいかずただため息だけが昼の空に消えていく。
「――――随分とご機嫌が良さそうですね。スタン様」
――――突然、そんな声が頭上から降り注いだ。
音も気配も何一つない接近。いくらナーバス状態の俺でも誰かが部屋に入ってきたらすぐに分かる。
しかし1メートルもないくらいまで接近され、なおかつ声を掛けられてようやく気づいた人物に、俺はチラリと視線を送る。
「……レイコさんでしたか。ご無沙汰です」
「先日ぶりです。……あまり驚かれないのですね」
「まぁ……。レイコさんならもうナンデモアリだと思ってるので」
見上げた視線の先。そこには俺を覗き込むようにレイコさんが立っていた。
いつもと変わらぬピシッとスーツを着こなした白髪女性。見た目推定高校生の彼女はつまらなさそうに肩を上下させる。
「それは残念です。次回はお風呂上がりの鏡に井戸を写し、そこから這い出て登場いたしますね」
「やめてください。貞子なんてやられてシエルがお風呂トラウマになったらどうするんですか」
「あら、シエル様と一緒に入られているのですね」
「………悪いですか?」
「いえ、年齢も年齢ですしいいと思いますよ。……本日はお側にいらっしゃらないようですが」
チラリと部屋を気にする素振りを見せるレイコさん。
わかってるくせに。数少ない経験上、エクレール無しで姿を現す時は俺1人の時だけだ。テラスはもちろん部屋の中に誰か他の人がいたら登場すらしないだろうにと鼻を鳴らす。
「きっとスタン様が油断してお手紙見せてしまったのが原因でしょうし、早く謝ったほうが良いと思いますよ」
「なんで知って……。やっぱりレイコさんって忍者でしょ?」
「いえ、ただのエクレールに仕える従者でございます」
姿勢を正して飄々と言ってのける姿はまさに理想の従者。しかし能力は完全に忍者。
一体不機嫌の原因までどこで知ったのか、どこからこの屋敷にいるのか訝しげに睨みつつも、彼女が来た目的は違うだろうとわざとらしく咳き込んでみせる。
「それで、今日はどうされたんです?何か用があって来たんですよね?」
「えぇ。先日アスカリッド王国に訪問した件について。……"噂"についてご報告を」
「…………あぁ」
噂。
やはりかと納得の息が漏れる。同時にあの時話した隣国がアスカリッド王国だということも。
漂流者がやってきたという噂だ。もしかしたら日本人かも。そんな予想を二人で立てていた。
それを調べる為にもパーティーに参加したのだが、結果として弾丸ツアーになったため調査どころでは無くなってしまった。
「なにかわかったんです?」
「いえ、残念ながらわからなかった、という報告です。1人調査しようと思ったのですがスタン様が拉致られたとエクレール様より報告を受け、そちらの対処に追われてしまい……」
「――――すみませんでした」
結果不明という結論に落胆したのも一瞬のこと。
調査が進まなかった原因は俺ということを知り、足を引っ張ってしまった事実にただただ俯伏するしかなかった。
「いえ、お手柄でしたスタン様」
「へっ?」
「確かに今回は失敗でしたがあのラシェル王女に気に入られたのです。彼女を介せば情報の入手は容易でしょう」
「たしかに……。ですがそのくらい、仲良しのエクレールにもできるのでは?」
「残念ながらエクレール様は聡すぎます。私からお願いすれば万事うまくやってくれますが、その分理解して多大な心配をかけてしまいかねません」
それもそうだ。王女としての職責を担う身としてあまり心労はかけさせたくないだろう。特に従者が日本に帰りたがってるなんて知ったら、あの手この手で帰還方法を探すかもしれない。
その分俺はうってつけだ。日本人として事情を知り、職責もないから自由に動くこともできる。
「……わかりました。今度連絡することがあれば探ってみます」
「お願いします。……私もこちらでもう30年、親が元気のうちに戻りたいものです」
「…………」
親、か。
ウチの親はどうだろう。気にする……わけがない。
兄二人が居なくなったときだってさほど気にする素振りをみせなかった。今更俺が消えたところでどうもないだろう。せめて妹が……妹が元気であることを祈るのみだ。
揃って青空を見上げながら日本に思いを馳せる。
そのためにも手がかりを手に入れなければならない。俺は気持ちを切り替えて正面の彼女へ目を戻す。
「ところでレイコさん」
「なんでしょう?」
「レイコさんの祝福は"不老"って言ってました。ボクの祝福ってなにかわかりますか?」
「……………」
彼女に聞きたかったこと。それは自分の祝福について。
俺がロザリオの魔道具が効かなかったことについてレイコさんもメイド長も祝福だと言っていた。
なら具体的にどういったものなのか。見識のある彼女に問いかけるも、ただじっとこちらを見るだけで返事はない。
「えっと……?」
「スタン様はわからないのですか?」
「え、えぇ……」
じっと見つめた彼女は複雑な表情だった。
信じられない。そして様々な可能性を模索する目。唇に手を当てて少し考える素振りを見せた彼女は諦めるかのように首を振るう。
「本来"祝福"とは日本人と王家に宿るもの。どちらも共通して発現時、直感的に内容を理解する特徴があります」
「直感的……」
そんな直感、今の俺にはなにもなかった。
確かに理解できるならレイコさんの"不死"にも、死ぬパターンなどデメリットについても理解しているのだろう。
「ですので異例のケースではあります。もしくは時間が解決するかも知れませんね」
「自然と理解することを期待したいところです……。ちなみにエクレールの祝福って?」
「それはこの国のトップシークレット……と、言いたいところですが、まだ未発現です」
どさくさ紛れに聞いてみたがまだ不明のようだ。
もし発現してもトップシークレットとなれば俺が知ることはないだろう。
「早く発現するといいですね」
「そうですね。次元を超える力などだとなお嬉しく――――っと、どうやらこれまでのようです」
「えっ?」
ふと彼女は何かに気づいたかのようにテラスの柵に足をかける。
足をかける直前チラリと見た視線。廊下に続く扉に目を向ければ何者かが近づいてきているのかパタパタとした足音が聞こえてきた。
「本日は突然失礼いたしました。それでは私はドロンします」
「やっぱり忍者ですよね?」
「………従者です」
やはり頑なに忍者とは認めないようだ。
一体どんな消え方をするのか……今一度その姿を目に収めようとスーツの後ろ姿をじっと見つめていく。
「……最後に。一緒に過ごすティータイムは仲直りにぴったりですよ」
「はい?それってどういう…………っ――――!」
ビュゥッ!と――――
彼女の去り際を見ようとしているさなか、何かを思い出したかのような物言いとともに突然ビュゥッ!と目を開けていられないほどの突風が俺を襲う。
次に目を開ければまるで何もいなかったのようなただのテラスが目の前に広がっていた。
「……消えた」
どうやら風が彼女が去る合図のようだ。
突風が収まって目を開ければ既にスーツ姿はそこになく。
ただ呆然といなくなった場所を見つめていると、後方の扉からコンコンとノックの音が聞こえてきた。
「ご主人さま、失礼します」
「…………シエル」
レイコさんと入れ替わるようにやってきたのは従者のシエルだった。
カートを押して現れた彼女はテラスの俺の眼の前までやってきて、目を伏せつつチラチラと俺の様子を伺う。
「あの、シエ―――」
「すみませんでした!」
「―――シエル?」
朝から不機嫌な彼女。何を言い出すかと思えば突然頭を下げられた。
今度は何で拗ねられるだろう。そう思っていたものだから突然の謝罪に目を丸くする。
「突然不機嫌になってしまいすみません。冷静になって考えたんです。ご主人さまにはご主人さまの交友関係があるというのに、取られてしまうんじゃないかって……」
「………シエル。ありがとう。そんなにおもってくれて」
彼女の怒りの源泉は不安。そして拗ねだった。彼女もまだ幼い。年相応の独占欲だってあるだろう。
頭を思い切り下げる彼女に俺はそっと顔を上げさせる。
「俺こそゴメン、不安にさせた。大丈夫、どこにもいかないから」
「本当、ですよね?」
「あぁ。前も……エクレールのときも言ったろ?」
「……はい」
目の縁を拭う彼女にそっと頭を撫でる。
サラサラとした柔らかな髪。ここに来た時とは大違いの綺麗な髪。
すっかり委ねてくれている彼女もまた、旅立ち日が来るかも知れない。だがそれは今じゃない。
「シエル、まだコーヒー余ってるんだ。一緒に飲まない?もちろん蜂蜜たっぷりで」
「あ、私お菓子焼いてきたんです。ご主人さまに謝罪の気持ちとして食べていただきたくて……」
「じゃあ一緒に食べよう?そのほうが美味しいから」
「…………はいっ!」
シエルを伴いながらレイコさんの最後の言葉を思い出す。
彼女は一体どこまで見通してあの言葉を言ったのだろう。
底しれぬ彼女に驚きつつも素直に感謝し、ともにテラスでのティータイムの準備に移る。
ふと、準備途中に一陣の風が吹く。
それはレイコさんが俺の行動を『よくやった』と褒めてくれているような、そんな気がした。
大きなため息とともに黒い黒いコーヒーを口の中に運んでいく。
口の中いっぱいに広がるコーヒーの風味。そして苦み。本来ならここで吐き出すところだが、すぐにやってくる甘みによって吐き出すこともなくコーヒーを堪能する。
あれから――――
家に突然のコーヒー豆が届いた数時間後のこと。
俺は1人自室のテラスで椅子に腰掛けながら今日届いたばかりのコーヒーを堪能していた。
今回は苦みについても対策済み。森のどこかで養蜂しているという蜂蜜たっぷりだ。
自分の手で淹れた渾身の一杯。あのあとシエルはプンプンと拗ねながら仕事に戻ったお陰で未だ話す事はできていない。
同じ屋根の下。この数時間でも何度かすれ違ったが会釈する程度で業務以外の会話はナシ。母に随分と揶揄されながら1人昼下がりの午後を堪能していた。
「はぁ……」
堪能しつつもこの心はくもり模様。頭の中を占めているのはシエルのことばかり。
別に愛だの恋だのいうつもりはない。ただ微妙な空気感な以上、どう仲直りしようかと考えを巡らせていた。
風に揺られてコーヒーの水面が揺れる。これが原因なのはわかっている。だがマティやエクレールと似たような流れで知り合いになったにも関わらずラシェル王女だけがご機嫌斜めになる理由がわからなかった。
下手に謝っても地雷を踏むだけ。だが謝らなければ話は進まない。にっちもさっちもいかずただため息だけが昼の空に消えていく。
「――――随分とご機嫌が良さそうですね。スタン様」
――――突然、そんな声が頭上から降り注いだ。
音も気配も何一つない接近。いくらナーバス状態の俺でも誰かが部屋に入ってきたらすぐに分かる。
しかし1メートルもないくらいまで接近され、なおかつ声を掛けられてようやく気づいた人物に、俺はチラリと視線を送る。
「……レイコさんでしたか。ご無沙汰です」
「先日ぶりです。……あまり驚かれないのですね」
「まぁ……。レイコさんならもうナンデモアリだと思ってるので」
見上げた視線の先。そこには俺を覗き込むようにレイコさんが立っていた。
いつもと変わらぬピシッとスーツを着こなした白髪女性。見た目推定高校生の彼女はつまらなさそうに肩を上下させる。
「それは残念です。次回はお風呂上がりの鏡に井戸を写し、そこから這い出て登場いたしますね」
「やめてください。貞子なんてやられてシエルがお風呂トラウマになったらどうするんですか」
「あら、シエル様と一緒に入られているのですね」
「………悪いですか?」
「いえ、年齢も年齢ですしいいと思いますよ。……本日はお側にいらっしゃらないようですが」
チラリと部屋を気にする素振りを見せるレイコさん。
わかってるくせに。数少ない経験上、エクレール無しで姿を現す時は俺1人の時だけだ。テラスはもちろん部屋の中に誰か他の人がいたら登場すらしないだろうにと鼻を鳴らす。
「きっとスタン様が油断してお手紙見せてしまったのが原因でしょうし、早く謝ったほうが良いと思いますよ」
「なんで知って……。やっぱりレイコさんって忍者でしょ?」
「いえ、ただのエクレールに仕える従者でございます」
姿勢を正して飄々と言ってのける姿はまさに理想の従者。しかし能力は完全に忍者。
一体不機嫌の原因までどこで知ったのか、どこからこの屋敷にいるのか訝しげに睨みつつも、彼女が来た目的は違うだろうとわざとらしく咳き込んでみせる。
「それで、今日はどうされたんです?何か用があって来たんですよね?」
「えぇ。先日アスカリッド王国に訪問した件について。……"噂"についてご報告を」
「…………あぁ」
噂。
やはりかと納得の息が漏れる。同時にあの時話した隣国がアスカリッド王国だということも。
漂流者がやってきたという噂だ。もしかしたら日本人かも。そんな予想を二人で立てていた。
それを調べる為にもパーティーに参加したのだが、結果として弾丸ツアーになったため調査どころでは無くなってしまった。
「なにかわかったんです?」
「いえ、残念ながらわからなかった、という報告です。1人調査しようと思ったのですがスタン様が拉致られたとエクレール様より報告を受け、そちらの対処に追われてしまい……」
「――――すみませんでした」
結果不明という結論に落胆したのも一瞬のこと。
調査が進まなかった原因は俺ということを知り、足を引っ張ってしまった事実にただただ俯伏するしかなかった。
「いえ、お手柄でしたスタン様」
「へっ?」
「確かに今回は失敗でしたがあのラシェル王女に気に入られたのです。彼女を介せば情報の入手は容易でしょう」
「たしかに……。ですがそのくらい、仲良しのエクレールにもできるのでは?」
「残念ながらエクレール様は聡すぎます。私からお願いすれば万事うまくやってくれますが、その分理解して多大な心配をかけてしまいかねません」
それもそうだ。王女としての職責を担う身としてあまり心労はかけさせたくないだろう。特に従者が日本に帰りたがってるなんて知ったら、あの手この手で帰還方法を探すかもしれない。
その分俺はうってつけだ。日本人として事情を知り、職責もないから自由に動くこともできる。
「……わかりました。今度連絡することがあれば探ってみます」
「お願いします。……私もこちらでもう30年、親が元気のうちに戻りたいものです」
「…………」
親、か。
ウチの親はどうだろう。気にする……わけがない。
兄二人が居なくなったときだってさほど気にする素振りをみせなかった。今更俺が消えたところでどうもないだろう。せめて妹が……妹が元気であることを祈るのみだ。
揃って青空を見上げながら日本に思いを馳せる。
そのためにも手がかりを手に入れなければならない。俺は気持ちを切り替えて正面の彼女へ目を戻す。
「ところでレイコさん」
「なんでしょう?」
「レイコさんの祝福は"不老"って言ってました。ボクの祝福ってなにかわかりますか?」
「……………」
彼女に聞きたかったこと。それは自分の祝福について。
俺がロザリオの魔道具が効かなかったことについてレイコさんもメイド長も祝福だと言っていた。
なら具体的にどういったものなのか。見識のある彼女に問いかけるも、ただじっとこちらを見るだけで返事はない。
「えっと……?」
「スタン様はわからないのですか?」
「え、えぇ……」
じっと見つめた彼女は複雑な表情だった。
信じられない。そして様々な可能性を模索する目。唇に手を当てて少し考える素振りを見せた彼女は諦めるかのように首を振るう。
「本来"祝福"とは日本人と王家に宿るもの。どちらも共通して発現時、直感的に内容を理解する特徴があります」
「直感的……」
そんな直感、今の俺にはなにもなかった。
確かに理解できるならレイコさんの"不死"にも、死ぬパターンなどデメリットについても理解しているのだろう。
「ですので異例のケースではあります。もしくは時間が解決するかも知れませんね」
「自然と理解することを期待したいところです……。ちなみにエクレールの祝福って?」
「それはこの国のトップシークレット……と、言いたいところですが、まだ未発現です」
どさくさ紛れに聞いてみたがまだ不明のようだ。
もし発現してもトップシークレットとなれば俺が知ることはないだろう。
「早く発現するといいですね」
「そうですね。次元を超える力などだとなお嬉しく――――っと、どうやらこれまでのようです」
「えっ?」
ふと彼女は何かに気づいたかのようにテラスの柵に足をかける。
足をかける直前チラリと見た視線。廊下に続く扉に目を向ければ何者かが近づいてきているのかパタパタとした足音が聞こえてきた。
「本日は突然失礼いたしました。それでは私はドロンします」
「やっぱり忍者ですよね?」
「………従者です」
やはり頑なに忍者とは認めないようだ。
一体どんな消え方をするのか……今一度その姿を目に収めようとスーツの後ろ姿をじっと見つめていく。
「……最後に。一緒に過ごすティータイムは仲直りにぴったりですよ」
「はい?それってどういう…………っ――――!」
ビュゥッ!と――――
彼女の去り際を見ようとしているさなか、何かを思い出したかのような物言いとともに突然ビュゥッ!と目を開けていられないほどの突風が俺を襲う。
次に目を開ければまるで何もいなかったのようなただのテラスが目の前に広がっていた。
「……消えた」
どうやら風が彼女が去る合図のようだ。
突風が収まって目を開ければ既にスーツ姿はそこになく。
ただ呆然といなくなった場所を見つめていると、後方の扉からコンコンとノックの音が聞こえてきた。
「ご主人さま、失礼します」
「…………シエル」
レイコさんと入れ替わるようにやってきたのは従者のシエルだった。
カートを押して現れた彼女はテラスの俺の眼の前までやってきて、目を伏せつつチラチラと俺の様子を伺う。
「あの、シエ―――」
「すみませんでした!」
「―――シエル?」
朝から不機嫌な彼女。何を言い出すかと思えば突然頭を下げられた。
今度は何で拗ねられるだろう。そう思っていたものだから突然の謝罪に目を丸くする。
「突然不機嫌になってしまいすみません。冷静になって考えたんです。ご主人さまにはご主人さまの交友関係があるというのに、取られてしまうんじゃないかって……」
「………シエル。ありがとう。そんなにおもってくれて」
彼女の怒りの源泉は不安。そして拗ねだった。彼女もまだ幼い。年相応の独占欲だってあるだろう。
頭を思い切り下げる彼女に俺はそっと顔を上げさせる。
「俺こそゴメン、不安にさせた。大丈夫、どこにもいかないから」
「本当、ですよね?」
「あぁ。前も……エクレールのときも言ったろ?」
「……はい」
目の縁を拭う彼女にそっと頭を撫でる。
サラサラとした柔らかな髪。ここに来た時とは大違いの綺麗な髪。
すっかり委ねてくれている彼女もまた、旅立ち日が来るかも知れない。だがそれは今じゃない。
「シエル、まだコーヒー余ってるんだ。一緒に飲まない?もちろん蜂蜜たっぷりで」
「あ、私お菓子焼いてきたんです。ご主人さまに謝罪の気持ちとして食べていただきたくて……」
「じゃあ一緒に食べよう?そのほうが美味しいから」
「…………はいっ!」
シエルを伴いながらレイコさんの最後の言葉を思い出す。
彼女は一体どこまで見通してあの言葉を言ったのだろう。
底しれぬ彼女に驚きつつも素直に感謝し、ともにテラスでのティータイムの準備に移る。
ふと、準備途中に一陣の風が吹く。
それはレイコさんが俺の行動を『よくやった』と褒めてくれているような、そんな気がした。
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