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038.彼女のすべて
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「はっはっはっはっ…………」
眼の前に少女を追って全力で駆けていく。
迷いのない足取り。たまにこちらを気にするようにチラリと見る赤い瞳。
有無を言わさず連れてかれた足取りはいつしか自分の足で駆け抜けていた。
繋がれていた手は既にほどかれている。
今なら振り切って逃げ出すことも簡単だ。しかし初めて入る建物。その複雑な構造に彼女を見失ったら帰れないかも知れない。そんな言い訳を頭に浮かべながら。
一方で強い強い好奇心の胸のうちにあった。この世界に来て初めてのお城。自宅のある国とは違うがこちらもまたお城で広大だった。
玄関とは、その家の顔のようなものである。
裏口や裏技みたいな方法で中に入らない限り確実に通ることになる、その家の第一印象を決める場所。
第一印象というものは人と円滑な関わり合いをする上で大切なもの。特にパーティーなどで浅く広くの付き合いをする者としては最も重視している人も多いだろう。
そしてこの国、アスカリッド王国のお城の玄関も素晴らしいものだった。
正門を抜け、パーティー会場となっていた庭を抜けた先にあるこの家のエントランス。
さすが一国のトップを担う場所。そこもまた、様々な美術品が並べられた美術館のような場所だった。
数は多くないが引き込まれるような大きな絵が飾られた広間。この世界に来てまだ日が浅いもののそれらはきっと価値のあるものなのだろう。
そしてなにより、最も目を惹くのは両脇にずらりと並べられた鎧の数々。最初はその中に人が入っていて整列しているのかと思いギョッとしたが、よくよく見ればそれらはすべて台座に乗せられているようでホッとする。
「なにジッとしてるの? こっちよ」
「えっ……わわっ!」
気になるものいっぱいのエントランスを抜け、これまた目を奪われる廊下に飾られた絵画に目を奪われていると、そんな声とともに腕が引っ張られて今の俺は連れ去られているという現実に引き戻されてしまった。
道中すれ違うメイドと思しき人々には俺たちの奇妙な姿にギョッとした目で見られるが、腕を掴む少女は驚きの視線をものともせず、奥に進んだ一つの扉を開けて俺ともども入り込んでいく。
「ふぅ……ここでいいかしら」
そこは暗い、物置のような部屋だった。
さっきまで感じていた夏の陽気はこの部屋では感じられず、ヒンヤリとした心地よい地下室。まるで効きっぱなしのエアコンのような冷気が漂っている。
更に感じるのは香ばしい香り。なんだろう……懐かしいような落ち着くような……思い出せそうなのに思い出せない、喉に引っかかったような感覚に少しだけ違和感を覚える。
「あの……ここは?」
「ただの物置よ。私の部屋は一緒に何度も行ってるからすぐ見つかるでしょうし、この部屋ならきっとあの子一人じゃたどり着けないわ」
そう言いながら物置の壁に追いやるのはここまで拉致犯人……もといラシェル王女だった。
金の髪に赤い瞳。そしてアオザイに身を包んだこの国の王女。アオザイでよく全力疾走できたなと心の底から驚きつつ、適当な木箱を促され言われるがままに腰を下ろす。
「何故こんなところに?」
「色々と聞きたいことがあってね。どうせあの子が全部受け答えするって言われてるんでしょ?あの子がいたら本当のこと聞けないでしょうしね」
どうやら俺への問い詰めが目的のようだ。
たしかに会話は任せてと言われていた。それもまたこのラシェル王女にとってお見通しみたいだ。
僅かに舞う埃に鬱陶しそうに手を振る王女。
入り口から漏れ入る光が後光のように届き、その金髪がキラキラときらめいている。
細い腕を伸ばせば壁ドンになるほどの近い距離。気の強さを表す紅い瞳がまっすぐ向けられていることに目を逸らすと、彼女はほんの少しだけ距離を取って仁王立ちのように腕を組んで立ち尽くす。
「さ、教えてもらおうかしら! あなた、あの子の何が気に入って婚約しようと思ったわけ?」
「何がって……それは先程お教えしましたが――――」
「わかってるわ。そこに本音もあるけれど全部じゃないことくらい。公の場だったし気を遣ってくれたのよね」
「…………」
その側面も無くはない。
あんな言葉の数々、日本でパーティーに参加してなかったら出てこなかっただろう。
神山の習い事で、困った時は女性を花に例えろという教えが初めて役に立った気がする。
「にしても、あの子が向日葵は確かに言い得て妙だったわ。向日葵は太陽を模す……あの子ってばああ見えてお転婆すぎるもの」
「もしかして、ラシェル王女もエクレール王女の素を……?」
「あったりまえじゃない!生まれた時からずっと一緒だもの。お城を抜け出すなんて日常茶飯事なあの子の事を知り尽くしてるなんて、私以外にそうはいないわ!」
フン!と鼻を鳴らしてツインテを揺らして見せる王女様。
しかしすぐに真面目な顔に戻ってほのかに紅い唇に指を添える。
「……だからこそ驚いたのよね。婚約者ができたなんて素振りすら見せなかったから。知ってるわよね?あの子、警戒心強すぎて友達いないのよ」
「まぁ……はい」
他国の王女にむざむざと『友達居ない』とまで言われるということは相当なのだろう。
レイコさんも言っていたな。素を出せる相手は限られているって。
「ねぇ、あなたはあの子のどこを気に入ったの?」
それは再びの質問。
ズイッと俺と視線を合わせる形で前のめりになり、真剣な目でこちらを見据えてくる。
「それは…………」
どう……答えるべきだろうか。
素直に本当は婚約してないと伝えるか?いや、それだとここに来た意味が無駄になってしまう。
なら否定することは選択肢としてない。だったら答えは一つか……。
「……彼女と初めてお会いした時は、王女様らしく聡明で、丁寧で、真剣に私達と向き合ってくれる理想の王女様、という印象でした」
初めて会った日。あの事件の謝罪をしに来られた日。
彼女は自らリスクを背負いつつも真摯に向き合って、頭を下げる。そんな王女様だった。
今でこそ表情豊かな普通の女の子という感覚だがその印象は崩れていない。
「そして素になった時はたしかにトンデモですが、それは彼女がどうしようも無く純粋で、何事にも真っ直ぐに見つめているからだと思います」
「…………続けて」
「私と一緒にいる時も色々な事がありました。誤解が加速したり、売り言葉に買い言葉でみんなを巻き込んだり。 でもそれは彼女が人の言葉をまっすぐ信じているからだと思います。今は騙されやすくても国民を一人ひとり見る。そしてムキになるのも年相応の女の子らしさなのだと思います。 私はそんなエクレールが大好きで、今ここに来ました」
それが今、春から夏の三ヶ月で知った、エクレールのすべて。
真面目な時と素の二面性も驚きもしたが、接するうちにわかってきた。
彼女が今、年不相応にしっかりしているは王女としての重圧があってこそだろう。
もしそんな重責がなければ、本来はお転婆なのだ。人を疑う事を知らない彼女が、年相応の姿なのだろう。
「これで納得……いただけたでしょうか……?」
「…………」
恐る恐る問いかけるも、返事がない。
もしやこの場から去ってしまったのかと王女様に視線を合わせるも、彼女は腕を組んだまま目を瞑ってしまっていた。
眠っている……?いや違う。辛うじてだが頷くように首が縦に動いている。
「……そうね。わかったわ。ありがと」
「ほっ……」
「それと同時に驚いたわ。ただ権力に惹かれただけの馬鹿かと思ってたけど、思った以上にあの子のことしっかり見ているじゃない」
どうやら俺の感じた印象は彼女にとっても的を射ているようだった。
笑顔で頷いている姿に胸を撫で下ろしていると、今度はズイッと一歩こちらに踏み込まれてお互いの距離を一気に詰めてくる。
1メートルほどの距離で会話していた俺たち。けれど今となっては十数センチ。背の高い彼女に見上げていると、細い指が俺の頬をツゥ……と撫でてくる。
「大人びたその性格……王家の教育を受けたわけでもないのに、まるで入学前とは思えないくらい。あなた、気に入ったわ」
「あ、ありがとうございます……」
戸惑いながら返事をするも彼女の指は止まらない。
頬を伝う指がクイッと俺の顎を上に持ち上げる。
「だから……スタンって言ったわよね。ねぇスタン、あなた、私の婚約者にならない?」
「はぁ、ありがと…………へぇあ!?」
年下とはいえ他国の王族にも褒められたことは素直に嬉しい。そして婚約者(偽)がバレなかったことも。
そんな安堵感の真っ只中に突然放り込まれた言葉を流しかけたものの、予想を遥かに超えていることに気付いて思わず変な声が出てしまう。
「ねぇ、いいでしょう? こっちはガルフィオン王国と違って王様が人前に出なくたっていいの。ずっと引きこもったりして自由にできるのよ?それに私のほうがエクレールより一つお姉さんだもの。しっかりあなたも甘やかしてあげるわ」
「そっ……それは…………」
あまりに近すぎて言葉が出てこない。
エクレールの一つ上ということは俺とも一つ上だが、精神上は遥か年下。しかしすぐ目の前で妖艶に笑う彼女はそんな年齢を超越してしまっていた。
まさに獲物を狙う目で見つめられていることに今更気付き心臓が高鳴って口が動かない。まさしく蛇に睨まれた蛙だ。
「ウチではね、婚約者と親睦を深める為に一緒に暮らすことになってるの。もちろん、学校なんか行かず一生遊んで暮らせるわ。 だから――――」
「らっ……ラシェル王女! 何してるんですか!!」
もはや今にもキスすらしてしまいそうな雰囲気。
前世今世ともに初めてのキス。それが今こんなところでしてしまいそうだと目をつむったその時。突如として光の届く扉から一人の少女の声が響き渡る。
それは逆光に照らされたエクレールが、真剣な目でこちらを見つめているのであった。
眼の前に少女を追って全力で駆けていく。
迷いのない足取り。たまにこちらを気にするようにチラリと見る赤い瞳。
有無を言わさず連れてかれた足取りはいつしか自分の足で駆け抜けていた。
繋がれていた手は既にほどかれている。
今なら振り切って逃げ出すことも簡単だ。しかし初めて入る建物。その複雑な構造に彼女を見失ったら帰れないかも知れない。そんな言い訳を頭に浮かべながら。
一方で強い強い好奇心の胸のうちにあった。この世界に来て初めてのお城。自宅のある国とは違うがこちらもまたお城で広大だった。
玄関とは、その家の顔のようなものである。
裏口や裏技みたいな方法で中に入らない限り確実に通ることになる、その家の第一印象を決める場所。
第一印象というものは人と円滑な関わり合いをする上で大切なもの。特にパーティーなどで浅く広くの付き合いをする者としては最も重視している人も多いだろう。
そしてこの国、アスカリッド王国のお城の玄関も素晴らしいものだった。
正門を抜け、パーティー会場となっていた庭を抜けた先にあるこの家のエントランス。
さすが一国のトップを担う場所。そこもまた、様々な美術品が並べられた美術館のような場所だった。
数は多くないが引き込まれるような大きな絵が飾られた広間。この世界に来てまだ日が浅いもののそれらはきっと価値のあるものなのだろう。
そしてなにより、最も目を惹くのは両脇にずらりと並べられた鎧の数々。最初はその中に人が入っていて整列しているのかと思いギョッとしたが、よくよく見ればそれらはすべて台座に乗せられているようでホッとする。
「なにジッとしてるの? こっちよ」
「えっ……わわっ!」
気になるものいっぱいのエントランスを抜け、これまた目を奪われる廊下に飾られた絵画に目を奪われていると、そんな声とともに腕が引っ張られて今の俺は連れ去られているという現実に引き戻されてしまった。
道中すれ違うメイドと思しき人々には俺たちの奇妙な姿にギョッとした目で見られるが、腕を掴む少女は驚きの視線をものともせず、奥に進んだ一つの扉を開けて俺ともども入り込んでいく。
「ふぅ……ここでいいかしら」
そこは暗い、物置のような部屋だった。
さっきまで感じていた夏の陽気はこの部屋では感じられず、ヒンヤリとした心地よい地下室。まるで効きっぱなしのエアコンのような冷気が漂っている。
更に感じるのは香ばしい香り。なんだろう……懐かしいような落ち着くような……思い出せそうなのに思い出せない、喉に引っかかったような感覚に少しだけ違和感を覚える。
「あの……ここは?」
「ただの物置よ。私の部屋は一緒に何度も行ってるからすぐ見つかるでしょうし、この部屋ならきっとあの子一人じゃたどり着けないわ」
そう言いながら物置の壁に追いやるのはここまで拉致犯人……もといラシェル王女だった。
金の髪に赤い瞳。そしてアオザイに身を包んだこの国の王女。アオザイでよく全力疾走できたなと心の底から驚きつつ、適当な木箱を促され言われるがままに腰を下ろす。
「何故こんなところに?」
「色々と聞きたいことがあってね。どうせあの子が全部受け答えするって言われてるんでしょ?あの子がいたら本当のこと聞けないでしょうしね」
どうやら俺への問い詰めが目的のようだ。
たしかに会話は任せてと言われていた。それもまたこのラシェル王女にとってお見通しみたいだ。
僅かに舞う埃に鬱陶しそうに手を振る王女。
入り口から漏れ入る光が後光のように届き、その金髪がキラキラときらめいている。
細い腕を伸ばせば壁ドンになるほどの近い距離。気の強さを表す紅い瞳がまっすぐ向けられていることに目を逸らすと、彼女はほんの少しだけ距離を取って仁王立ちのように腕を組んで立ち尽くす。
「さ、教えてもらおうかしら! あなた、あの子の何が気に入って婚約しようと思ったわけ?」
「何がって……それは先程お教えしましたが――――」
「わかってるわ。そこに本音もあるけれど全部じゃないことくらい。公の場だったし気を遣ってくれたのよね」
「…………」
その側面も無くはない。
あんな言葉の数々、日本でパーティーに参加してなかったら出てこなかっただろう。
神山の習い事で、困った時は女性を花に例えろという教えが初めて役に立った気がする。
「にしても、あの子が向日葵は確かに言い得て妙だったわ。向日葵は太陽を模す……あの子ってばああ見えてお転婆すぎるもの」
「もしかして、ラシェル王女もエクレール王女の素を……?」
「あったりまえじゃない!生まれた時からずっと一緒だもの。お城を抜け出すなんて日常茶飯事なあの子の事を知り尽くしてるなんて、私以外にそうはいないわ!」
フン!と鼻を鳴らしてツインテを揺らして見せる王女様。
しかしすぐに真面目な顔に戻ってほのかに紅い唇に指を添える。
「……だからこそ驚いたのよね。婚約者ができたなんて素振りすら見せなかったから。知ってるわよね?あの子、警戒心強すぎて友達いないのよ」
「まぁ……はい」
他国の王女にむざむざと『友達居ない』とまで言われるということは相当なのだろう。
レイコさんも言っていたな。素を出せる相手は限られているって。
「ねぇ、あなたはあの子のどこを気に入ったの?」
それは再びの質問。
ズイッと俺と視線を合わせる形で前のめりになり、真剣な目でこちらを見据えてくる。
「それは…………」
どう……答えるべきだろうか。
素直に本当は婚約してないと伝えるか?いや、それだとここに来た意味が無駄になってしまう。
なら否定することは選択肢としてない。だったら答えは一つか……。
「……彼女と初めてお会いした時は、王女様らしく聡明で、丁寧で、真剣に私達と向き合ってくれる理想の王女様、という印象でした」
初めて会った日。あの事件の謝罪をしに来られた日。
彼女は自らリスクを背負いつつも真摯に向き合って、頭を下げる。そんな王女様だった。
今でこそ表情豊かな普通の女の子という感覚だがその印象は崩れていない。
「そして素になった時はたしかにトンデモですが、それは彼女がどうしようも無く純粋で、何事にも真っ直ぐに見つめているからだと思います」
「…………続けて」
「私と一緒にいる時も色々な事がありました。誤解が加速したり、売り言葉に買い言葉でみんなを巻き込んだり。 でもそれは彼女が人の言葉をまっすぐ信じているからだと思います。今は騙されやすくても国民を一人ひとり見る。そしてムキになるのも年相応の女の子らしさなのだと思います。 私はそんなエクレールが大好きで、今ここに来ました」
それが今、春から夏の三ヶ月で知った、エクレールのすべて。
真面目な時と素の二面性も驚きもしたが、接するうちにわかってきた。
彼女が今、年不相応にしっかりしているは王女としての重圧があってこそだろう。
もしそんな重責がなければ、本来はお転婆なのだ。人を疑う事を知らない彼女が、年相応の姿なのだろう。
「これで納得……いただけたでしょうか……?」
「…………」
恐る恐る問いかけるも、返事がない。
もしやこの場から去ってしまったのかと王女様に視線を合わせるも、彼女は腕を組んだまま目を瞑ってしまっていた。
眠っている……?いや違う。辛うじてだが頷くように首が縦に動いている。
「……そうね。わかったわ。ありがと」
「ほっ……」
「それと同時に驚いたわ。ただ権力に惹かれただけの馬鹿かと思ってたけど、思った以上にあの子のことしっかり見ているじゃない」
どうやら俺の感じた印象は彼女にとっても的を射ているようだった。
笑顔で頷いている姿に胸を撫で下ろしていると、今度はズイッと一歩こちらに踏み込まれてお互いの距離を一気に詰めてくる。
1メートルほどの距離で会話していた俺たち。けれど今となっては十数センチ。背の高い彼女に見上げていると、細い指が俺の頬をツゥ……と撫でてくる。
「大人びたその性格……王家の教育を受けたわけでもないのに、まるで入学前とは思えないくらい。あなた、気に入ったわ」
「あ、ありがとうございます……」
戸惑いながら返事をするも彼女の指は止まらない。
頬を伝う指がクイッと俺の顎を上に持ち上げる。
「だから……スタンって言ったわよね。ねぇスタン、あなた、私の婚約者にならない?」
「はぁ、ありがと…………へぇあ!?」
年下とはいえ他国の王族にも褒められたことは素直に嬉しい。そして婚約者(偽)がバレなかったことも。
そんな安堵感の真っ只中に突然放り込まれた言葉を流しかけたものの、予想を遥かに超えていることに気付いて思わず変な声が出てしまう。
「ねぇ、いいでしょう? こっちはガルフィオン王国と違って王様が人前に出なくたっていいの。ずっと引きこもったりして自由にできるのよ?それに私のほうがエクレールより一つお姉さんだもの。しっかりあなたも甘やかしてあげるわ」
「そっ……それは…………」
あまりに近すぎて言葉が出てこない。
エクレールの一つ上ということは俺とも一つ上だが、精神上は遥か年下。しかしすぐ目の前で妖艶に笑う彼女はそんな年齢を超越してしまっていた。
まさに獲物を狙う目で見つめられていることに今更気付き心臓が高鳴って口が動かない。まさしく蛇に睨まれた蛙だ。
「ウチではね、婚約者と親睦を深める為に一緒に暮らすことになってるの。もちろん、学校なんか行かず一生遊んで暮らせるわ。 だから――――」
「らっ……ラシェル王女! 何してるんですか!!」
もはや今にもキスすらしてしまいそうな雰囲気。
前世今世ともに初めてのキス。それが今こんなところでしてしまいそうだと目をつむったその時。突如として光の届く扉から一人の少女の声が響き渡る。
それは逆光に照らされたエクレールが、真剣な目でこちらを見つめているのであった。
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