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037.婚約者の本音
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大門を抜けた先はきらびやかなパーティー会場だった。
見渡す限り金銀財宝がある部屋でも、大きなシャンデリアの飾られた部屋なんかでもない。
ポッカリと空があいた吹きさらしの会場。夕焼けが人々を赤く照らし、どこからかやってくる風が夏の暑さを吹き飛ばしてくれる。
エクレール王女により連れて来られたのは日帰りで行ける超隣国、アスカリッド王国。その中枢に位置するお城。
どこぞの魔法学校にでも転用できそうなこちらの国のお城とは違い、今日来たお城は砦のような建物。パーティー会場はその中心で行われていた。
建物で取り囲むようにポッカリと空いた中庭。庭らしく様々な花々が咲き乱れているその場所は、テーブルが幾つも並べられた立食パーティー会場だった。
俺達が着いた頃にはもう始まっているのか多くの人々が集まっており、みなグラスを片手に様々な会話を交わしている。
「既に始めておられるのですね。スタン様、私の腕に手を添えてくださいますか?」
「う、うん」
そこに加わるよう会場入りした俺は、慌てて指示通り腰前で手を重ねた彼女の腕に手を添える。
それは彼女自身がエスコートしてくれるというサイン。日本では男性主導が多かったが、ここは場馴れしている彼女に任せる。
「なので今度輸出する品は御社に―――――おぉ、ガルフィオン王国のエクレール王女!貴女も来られたのですね!」
「お久しぶりですアントニー様。ご壮健のようで何よりです」
「エクレール王女!お久しぶりです! いやぁ、1年ぶりでしょうか。しばらく見ない間に背も伸びましたなぁ!」
「ローラン様もお久しぶりです。 以前悪いと仰ってましたお腰は大事ありませんか?」
「――――!」
「――――!」
それはエクレールが現れたことに目ざとく気付いた大人たちの声だった。
彼女が一歩輪の中に入り、談笑していた大の男たちがこちらに気づくやいなや、一斉にたけなわとばかりに繰り広げられていた会話を打ち切って俺たちの周りを取り囲む。
そして何の苦もなく話しかけてくるそれぞれの名を呼んで会話を盛り上げていくエクレール。気づけば俺達のまわりには参加しているほぼ全ての人が集まっているかのような人だかりが出来ていた。
日帰りで来れる隣国なのだからパーティーも頻繁に行われていることは予想の範疇、だがここまで人が集まるとは、相当な人望を持っているのだと今更ながらに脱帽する。
一方で先程馬車内でレイコさんが『素を出せる御学友となると……』と言っていた。つまり裏を返せば今の彼女は素ではないのだろう。
間の外的側面。
人には協調性を発揮するため、外行きの性格と内の性格があるという。
どちらが本来の自分という話ではない。どちらも自分。そこに優劣なんてありはしない。
要はただの使い分け。笑顔を絶やさず会話を繰り広げる彼女を見ていると、ふと何者かの視線がこちらに向けられたことに気づく。
「それでその、隣にいる子が噂になっているエクレール王女の…………」
「……えぇ。私の婚約者、スタン様ですわ」
「――――!」
いつの間にか話は俺へと向けられてしまい、彼女の肯定の言葉で辺りは一気に盛り上がる。
「ようやくか!」や「これでガルフィオン王国も安泰か!」や、「後はウチの王女様が……」と口々にその場を騒ぎ立てて喜びに満ちる大人たち。
そんな中大人たちがいくら騒いでもエクレールは笑顔一つ崩さない。その年で……これが王女様というものか。
「この子が……。 ちなみに、どういうところが気に入ったのか聞いても?」
「もちろんですわ。……初めてお会いしたスタン様は凡夫のようだと愚考しておりましたが、再びお会いした時、彼の非凡さに気づきましたの。どんな緊急時であっても自分のことを顧みず、従者ただ一人でも大切にするその様は、まるで街道に咲く一輪の蒲公英のように強く立派な精神性をお持ちだと。そこに私は惹かれましたわ」
待ってましたと言わんばかりにスラスラと並び立てられる言葉たちに、おぉ!とその場に感心の声が並び立つ。
彼女の一言でそこに居た全員の視線が一斉にこちらに向けられ、口々に大人同士で話し合う。
エクレールはまさかそんな想いを俺に抱いて……いや、きっとこの時用に考えた常套句だろう。彼女もパーティー用の対策は万全というわけらしい。
「――――みなさま、私にも顔を見させてもらえるかしら?」
「っ……! その声は……!」
――――ふと、人混みの向こうからよく通る鈴の鳴るような声が聞こえてきた。
感嘆に湧いている人混み。アリの子一匹通さないほどひしめき合った塊は、突然聞こえてきた声に連動するよう、さながらモーゼの如く一斉に割れていく。
人混みを割いて真っ直ぐ近づいてきた人物。それは小さな女の子だった。
小さい……といっても俺たちよりは大きく、5センチほど背の高い子。
紅い瞳と金色の髪。肩甲骨ほどの金髪をストレートに伸ばした少女は自信満々のつり上がった大きな目を開きながら俺たちの前にゆっくり歩いてきた。そしてその姿は―――――
「アオザイ――――」
「――――あらっ」
ふと、見覚えのある服装につい言葉が漏れ出てしまった。
金髪の少女が身にまとうもの。それは地球でも見たことのある服装、アオザイだった。
日本ではあまり見たことのない、俺もベトナムに行った時にチラリとだけ見たことがある。上から下まで繋がった丈の長さが特徴的な民族衣装。
少女の纏うそれも、かつて見た衣装と瓜二つだった。純白と呼ぶに相応しい汚れ一つない無地の白を首元から足先まで身に包み、幼いながらも身に纏う気品が他の大人たちと一線を画していることは明白だった。
「ねぇねぇあなたっ!!」
「っ……!」
気づけばアオザイを着た少女は俺を前に立っていた。
向けられる赤い瞳。明らかに好奇心が全面に出たその目に思わずたじろいでしまう。
「あなたっ、この服知ってるのね!初めて見た衣装だから驚かせようと着てきたのに……ねぇ、どこのどなた様!?」
「えっと……」
さっきまでエクレールをターゲットにしていたのに今は完全に俺を狙い定めていた。
どうやら俺の知識の出自が気になっているみたいだ。しかし地球で見た……だなんて言えるはずがない。
助けを求めるようにチラリと隣へ目を向ければ伝わったのか俺との間にエクレールが割り込んでくれる。
「お久しぶりです、ラシェル王女」
「むっ…………」
「お会いするのは半年といったところでしょうか。私の婚約者に、なにか?」
「それじゃあこの男の子が……」
「えぇ。スタン様と申します」
急なエクレールの割り込みにムッと眉をひそめた少女はなにか言いたそうに口を開こうとして……やめた。
周りの目を気にしたのだろう。すぐに咳払いをしてエクレールに軽く会釈して見せる。
「お久しぶりです。エクレール王女。おかげさまで……。本日は急なお誘いにも関わらず、こうして婚約者ともども来てくださってありがたく存じます」
「うふふ……」
「ふふっ……」
…………怖い。
笑顔でお互い挨拶を交わすが、次元の違うところで何らかの争いをしているような気がした。
まるで虎と龍の争いかのような一触触発の雰囲気。至って平和な会話なのに今にも爆弾が炸裂しそうなこの空気。
きっと近くにいた大人たちもその空気を感じ取ったのだろう。気付けば口々になにやら離れる言い訳を並び立てて一人残らずこの場を去ってしまった。
そうして残されたのは俺たち子供3人のみ。レイコさんは最初から何処かに消え去っている。
「さて、改めて久しぶりエクレール。……相変わらずみたいね」
「ラシェル様こそ。突然の招待になにか大病でも患われたのかと思いましたが大事なかったようで残ね――――安堵いたしましたわ」
周りに誰一人居なくなった会場。相手方の口調こそフランクになったものの雰囲気は決して崩れず。
この人がこの国の王女様……。口調こそマティに似ているが雰囲気は似ておらず、その視線に絶対の自信と強かさを感じた。
そんな紅の目がふとこちらに向けられると、彼女はニイッと口を歪めて俺を上から下まで眺めはじめる。
「それでこの子がエクレールの……」
「はい。ご紹介に預かりましたスタン・カミングと申します」
俺としても神山家で頻繁にパーティに出席していたお陰で粗相はすることはない。
ただでさえさっきのエクレールのお手本を見た後だ。何の苦も無く挨拶をこなしてみせる。
「さすがは婚約者。礼儀もきちんとしてるわね」
「お褒めに預かりまして光栄です」
「それで……スタンだっけ?あなた、あの国の王様になるつもり?」
「ボ……私がですか?」
「あったりまえじゃない!第一王女の婚約者なのよ。他に誰がいるってのよ!」
ズイッと距離を詰めるように一歩大きく近づいた彼女は、腕を組んで楽しげに返答を待っている。
エクレールは継承権第一位の王女様だ。結婚するとなったら王様になる。当たり前のことを指しているのだろう。
馬車で会話はエクレールがやると言った手前、黙っておくべきか…………いや。
「ラシェル王女、スタン様は―――――」
「いえ、私は王様になるつもりはありません」
「――――スタン様!?」
俺は自らの意思を伝えることにした。
同時に会話に入ろうとしたエクレールが驚いたようにこちらを見る。
「……フゥン。どうして?」
「はい。私は凡夫ですのでエクレール様に適う道理もございません。足る為にどんな艱難を嘗めるかすら想像の埒外でございます。 ですが、そんな私を買ってくれた彼女の為、大輪のように光り輝く向日葵に添えられる蒲公英になれるよう支えて参りたいと考えております」
「スタン様………」
感心するように俺を見るエクレールをよそに、俺はまっすぐラシェル王女を見据えて語ってみせた。
別に本当に結婚するわけじゃないんだ。友達として支えることもできるだろうし好き勝手言ってやれ。女性が王座に留まれるかなんて知らないが、そんなの俺も知ったこっちゃない。
最初はラシェル王女もポカンと驚いたようにしていたが、すぐに言葉を咀嚼したようであはは!と声を上げて笑い出した。
「あははっ!それ、言ってる意味わかってる?あなた、王を辞退してエクレールを女王様にするって言ってるのよ?」
「もちろん。王の適性が私よりも優れているならば。その隣について支えるだけです」
「へぇ……」
堂々と告げてはいるが心臓は大きく高鳴っていた。
これは大きな綱渡り。婚約しても王様にならないなど、印象が悪ければ彼女の不評を買うと同時にエクレールにも失望されるだろう。
しかしはいそうですかと、今日の会話をすべてエクレールに任せて安全圏でヌクヌクとする気にもなれない。
神山の言葉。
弱みを見せてはならない。浸け込まれる隙を与えず、己の力でねじ伏せよ。
ここまで来たからには黙っていられなかった。エクレールのためにも、俺ははっきりと自分の意思をラシェル王女に伝える。
「――――あなた、なかなか面白いじゃない!!」
ラシェル王女からの反応は、好印象だった。
驚いたように目を見開かせつつもその表情は笑顔でバンバンと俺の肩を叩いてくる。
「あ、ありがとうございます……」
「いやぁ、エクレールの婚約者だっていうから一癖も二癖もあるとは思っていたけど、まさかこんな面白い子がエクレールの婚約者になるなんてねぇ……決めた!」
「……へっ?」
下手すれば二国の王女様から嫌われる発言。その綱渡りをなんとかクリアした安堵から反応が遅れてしまった。
ラシェル王女は俺たちの不意を突くように腕をつかみ、力いっぱい引っ張ってきた。その力に抵抗できなかった俺は慣性のまま足をもたつかせながらも引っ張る方へと進んでいく。
「スタン、あなたちょっと来なさい!!」
「えっ……へ!?」
「ス……スタン様!?」
エクレールが引き留めようとするもそれは叶わず、俺はラシェル王女に引っ張られながらお城の方向へと向かっていく。
それは驚異的なスピード。あっという間にエクレールを引き離し、俺はどこかへ連れ去られてしまうのであった。
見渡す限り金銀財宝がある部屋でも、大きなシャンデリアの飾られた部屋なんかでもない。
ポッカリと空があいた吹きさらしの会場。夕焼けが人々を赤く照らし、どこからかやってくる風が夏の暑さを吹き飛ばしてくれる。
エクレール王女により連れて来られたのは日帰りで行ける超隣国、アスカリッド王国。その中枢に位置するお城。
どこぞの魔法学校にでも転用できそうなこちらの国のお城とは違い、今日来たお城は砦のような建物。パーティー会場はその中心で行われていた。
建物で取り囲むようにポッカリと空いた中庭。庭らしく様々な花々が咲き乱れているその場所は、テーブルが幾つも並べられた立食パーティー会場だった。
俺達が着いた頃にはもう始まっているのか多くの人々が集まっており、みなグラスを片手に様々な会話を交わしている。
「既に始めておられるのですね。スタン様、私の腕に手を添えてくださいますか?」
「う、うん」
そこに加わるよう会場入りした俺は、慌てて指示通り腰前で手を重ねた彼女の腕に手を添える。
それは彼女自身がエスコートしてくれるというサイン。日本では男性主導が多かったが、ここは場馴れしている彼女に任せる。
「なので今度輸出する品は御社に―――――おぉ、ガルフィオン王国のエクレール王女!貴女も来られたのですね!」
「お久しぶりですアントニー様。ご壮健のようで何よりです」
「エクレール王女!お久しぶりです! いやぁ、1年ぶりでしょうか。しばらく見ない間に背も伸びましたなぁ!」
「ローラン様もお久しぶりです。 以前悪いと仰ってましたお腰は大事ありませんか?」
「――――!」
「――――!」
それはエクレールが現れたことに目ざとく気付いた大人たちの声だった。
彼女が一歩輪の中に入り、談笑していた大の男たちがこちらに気づくやいなや、一斉にたけなわとばかりに繰り広げられていた会話を打ち切って俺たちの周りを取り囲む。
そして何の苦もなく話しかけてくるそれぞれの名を呼んで会話を盛り上げていくエクレール。気づけば俺達のまわりには参加しているほぼ全ての人が集まっているかのような人だかりが出来ていた。
日帰りで来れる隣国なのだからパーティーも頻繁に行われていることは予想の範疇、だがここまで人が集まるとは、相当な人望を持っているのだと今更ながらに脱帽する。
一方で先程馬車内でレイコさんが『素を出せる御学友となると……』と言っていた。つまり裏を返せば今の彼女は素ではないのだろう。
間の外的側面。
人には協調性を発揮するため、外行きの性格と内の性格があるという。
どちらが本来の自分という話ではない。どちらも自分。そこに優劣なんてありはしない。
要はただの使い分け。笑顔を絶やさず会話を繰り広げる彼女を見ていると、ふと何者かの視線がこちらに向けられたことに気づく。
「それでその、隣にいる子が噂になっているエクレール王女の…………」
「……えぇ。私の婚約者、スタン様ですわ」
「――――!」
いつの間にか話は俺へと向けられてしまい、彼女の肯定の言葉で辺りは一気に盛り上がる。
「ようやくか!」や「これでガルフィオン王国も安泰か!」や、「後はウチの王女様が……」と口々にその場を騒ぎ立てて喜びに満ちる大人たち。
そんな中大人たちがいくら騒いでもエクレールは笑顔一つ崩さない。その年で……これが王女様というものか。
「この子が……。 ちなみに、どういうところが気に入ったのか聞いても?」
「もちろんですわ。……初めてお会いしたスタン様は凡夫のようだと愚考しておりましたが、再びお会いした時、彼の非凡さに気づきましたの。どんな緊急時であっても自分のことを顧みず、従者ただ一人でも大切にするその様は、まるで街道に咲く一輪の蒲公英のように強く立派な精神性をお持ちだと。そこに私は惹かれましたわ」
待ってましたと言わんばかりにスラスラと並び立てられる言葉たちに、おぉ!とその場に感心の声が並び立つ。
彼女の一言でそこに居た全員の視線が一斉にこちらに向けられ、口々に大人同士で話し合う。
エクレールはまさかそんな想いを俺に抱いて……いや、きっとこの時用に考えた常套句だろう。彼女もパーティー用の対策は万全というわけらしい。
「――――みなさま、私にも顔を見させてもらえるかしら?」
「っ……! その声は……!」
――――ふと、人混みの向こうからよく通る鈴の鳴るような声が聞こえてきた。
感嘆に湧いている人混み。アリの子一匹通さないほどひしめき合った塊は、突然聞こえてきた声に連動するよう、さながらモーゼの如く一斉に割れていく。
人混みを割いて真っ直ぐ近づいてきた人物。それは小さな女の子だった。
小さい……といっても俺たちよりは大きく、5センチほど背の高い子。
紅い瞳と金色の髪。肩甲骨ほどの金髪をストレートに伸ばした少女は自信満々のつり上がった大きな目を開きながら俺たちの前にゆっくり歩いてきた。そしてその姿は―――――
「アオザイ――――」
「――――あらっ」
ふと、見覚えのある服装につい言葉が漏れ出てしまった。
金髪の少女が身にまとうもの。それは地球でも見たことのある服装、アオザイだった。
日本ではあまり見たことのない、俺もベトナムに行った時にチラリとだけ見たことがある。上から下まで繋がった丈の長さが特徴的な民族衣装。
少女の纏うそれも、かつて見た衣装と瓜二つだった。純白と呼ぶに相応しい汚れ一つない無地の白を首元から足先まで身に包み、幼いながらも身に纏う気品が他の大人たちと一線を画していることは明白だった。
「ねぇねぇあなたっ!!」
「っ……!」
気づけばアオザイを着た少女は俺を前に立っていた。
向けられる赤い瞳。明らかに好奇心が全面に出たその目に思わずたじろいでしまう。
「あなたっ、この服知ってるのね!初めて見た衣装だから驚かせようと着てきたのに……ねぇ、どこのどなた様!?」
「えっと……」
さっきまでエクレールをターゲットにしていたのに今は完全に俺を狙い定めていた。
どうやら俺の知識の出自が気になっているみたいだ。しかし地球で見た……だなんて言えるはずがない。
助けを求めるようにチラリと隣へ目を向ければ伝わったのか俺との間にエクレールが割り込んでくれる。
「お久しぶりです、ラシェル王女」
「むっ…………」
「お会いするのは半年といったところでしょうか。私の婚約者に、なにか?」
「それじゃあこの男の子が……」
「えぇ。スタン様と申します」
急なエクレールの割り込みにムッと眉をひそめた少女はなにか言いたそうに口を開こうとして……やめた。
周りの目を気にしたのだろう。すぐに咳払いをしてエクレールに軽く会釈して見せる。
「お久しぶりです。エクレール王女。おかげさまで……。本日は急なお誘いにも関わらず、こうして婚約者ともども来てくださってありがたく存じます」
「うふふ……」
「ふふっ……」
…………怖い。
笑顔でお互い挨拶を交わすが、次元の違うところで何らかの争いをしているような気がした。
まるで虎と龍の争いかのような一触触発の雰囲気。至って平和な会話なのに今にも爆弾が炸裂しそうなこの空気。
きっと近くにいた大人たちもその空気を感じ取ったのだろう。気付けば口々になにやら離れる言い訳を並び立てて一人残らずこの場を去ってしまった。
そうして残されたのは俺たち子供3人のみ。レイコさんは最初から何処かに消え去っている。
「さて、改めて久しぶりエクレール。……相変わらずみたいね」
「ラシェル様こそ。突然の招待になにか大病でも患われたのかと思いましたが大事なかったようで残ね――――安堵いたしましたわ」
周りに誰一人居なくなった会場。相手方の口調こそフランクになったものの雰囲気は決して崩れず。
この人がこの国の王女様……。口調こそマティに似ているが雰囲気は似ておらず、その視線に絶対の自信と強かさを感じた。
そんな紅の目がふとこちらに向けられると、彼女はニイッと口を歪めて俺を上から下まで眺めはじめる。
「それでこの子がエクレールの……」
「はい。ご紹介に預かりましたスタン・カミングと申します」
俺としても神山家で頻繁にパーティに出席していたお陰で粗相はすることはない。
ただでさえさっきのエクレールのお手本を見た後だ。何の苦も無く挨拶をこなしてみせる。
「さすがは婚約者。礼儀もきちんとしてるわね」
「お褒めに預かりまして光栄です」
「それで……スタンだっけ?あなた、あの国の王様になるつもり?」
「ボ……私がですか?」
「あったりまえじゃない!第一王女の婚約者なのよ。他に誰がいるってのよ!」
ズイッと距離を詰めるように一歩大きく近づいた彼女は、腕を組んで楽しげに返答を待っている。
エクレールは継承権第一位の王女様だ。結婚するとなったら王様になる。当たり前のことを指しているのだろう。
馬車で会話はエクレールがやると言った手前、黙っておくべきか…………いや。
「ラシェル王女、スタン様は―――――」
「いえ、私は王様になるつもりはありません」
「――――スタン様!?」
俺は自らの意思を伝えることにした。
同時に会話に入ろうとしたエクレールが驚いたようにこちらを見る。
「……フゥン。どうして?」
「はい。私は凡夫ですのでエクレール様に適う道理もございません。足る為にどんな艱難を嘗めるかすら想像の埒外でございます。 ですが、そんな私を買ってくれた彼女の為、大輪のように光り輝く向日葵に添えられる蒲公英になれるよう支えて参りたいと考えております」
「スタン様………」
感心するように俺を見るエクレールをよそに、俺はまっすぐラシェル王女を見据えて語ってみせた。
別に本当に結婚するわけじゃないんだ。友達として支えることもできるだろうし好き勝手言ってやれ。女性が王座に留まれるかなんて知らないが、そんなの俺も知ったこっちゃない。
最初はラシェル王女もポカンと驚いたようにしていたが、すぐに言葉を咀嚼したようであはは!と声を上げて笑い出した。
「あははっ!それ、言ってる意味わかってる?あなた、王を辞退してエクレールを女王様にするって言ってるのよ?」
「もちろん。王の適性が私よりも優れているならば。その隣について支えるだけです」
「へぇ……」
堂々と告げてはいるが心臓は大きく高鳴っていた。
これは大きな綱渡り。婚約しても王様にならないなど、印象が悪ければ彼女の不評を買うと同時にエクレールにも失望されるだろう。
しかしはいそうですかと、今日の会話をすべてエクレールに任せて安全圏でヌクヌクとする気にもなれない。
神山の言葉。
弱みを見せてはならない。浸け込まれる隙を与えず、己の力でねじ伏せよ。
ここまで来たからには黙っていられなかった。エクレールのためにも、俺ははっきりと自分の意思をラシェル王女に伝える。
「――――あなた、なかなか面白いじゃない!!」
ラシェル王女からの反応は、好印象だった。
驚いたように目を見開かせつつもその表情は笑顔でバンバンと俺の肩を叩いてくる。
「あ、ありがとうございます……」
「いやぁ、エクレールの婚約者だっていうから一癖も二癖もあるとは思っていたけど、まさかこんな面白い子がエクレールの婚約者になるなんてねぇ……決めた!」
「……へっ?」
下手すれば二国の王女様から嫌われる発言。その綱渡りをなんとかクリアした安堵から反応が遅れてしまった。
ラシェル王女は俺たちの不意を突くように腕をつかみ、力いっぱい引っ張ってきた。その力に抵抗できなかった俺は慣性のまま足をもたつかせながらも引っ張る方へと進んでいく。
「スタン、あなたちょっと来なさい!!」
「えっ……へ!?」
「ス……スタン様!?」
エクレールが引き留めようとするもそれは叶わず、俺はラシェル王女に引っ張られながらお城の方向へと向かっていく。
それは驚異的なスピード。あっという間にエクレールを引き離し、俺はどこかへ連れ去られてしまうのであった。
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