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021.眠りの前の
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窓から吹き込む風が風呂上がりに火照った身体を程よく冷ましていく。
窓の向こうに見える世界は暗い闇の世界。本日2度目の風呂を堪能した俺は、自室にて上半身裸になりながら女性の視線を一身に受けていた。
「坊ちゃま、手を上げてジッとしてじっとしていてください」
「はい……」
指示に従うようにベッドの縁に腰を降ろして上半身裸のままT字になるよう手を上げる。言われるがままにしていると、眼の前の女性はジッと真剣な目で上から下まで見つめてくる。
まるで値踏みするような、観察するような、確かめるような見逃しのひとつも許さない視線をジッと耐える。
恥ずかしさや不快な気持ちは無い。ただ無言で真剣な様子にどうにも気まずい空気が部屋に流れていた。
「…………なるほど、わかりました。坊ちゃま、続きまして背中をみせていただけますか?」
「わ、わかりました」
そう言ってようやく目を離した女性は手元に構えたミニテーブルに敷いた紙へ何かを書き込んでいく。
何を見ているのか戸惑いつつも従って背中を向くと、今度はヒンヤリと冷たい手のひらが火照る俺の背中に触れ、思わず身を震わせてしまう。
「っ……!」
「冷たかったですか?すみません」
「いえ……」
「これが最後となりますのでもうしばらく辛抱してください」
首から背骨を伝って腰まで。その後脇に移動されていく冷たい手。
段々と慣れて震えることはなくなったものの、俺はこの"健康診断"をジッと固まって委ねていく。
本日2度目、夜のお風呂上がり。
段々と日課になってきた寝る前の読書を楽しもうと寝室に入ったところで彼女……メイド長が訪ねてきた。
その目的は"健康診断"。昨日の一件から経過観察という位置づけらしい。
そんなこんなで上半身裸になってじっくり観察されている。何を見ているのかわからないが、まるで聴診のようだと天を見上げて時が経つのを待つ。
「これにて終了です。お疲れ様でした坊ちゃま」
「ほっ……」
冷たさは慣れてきたが脇や脇腹に触れてくるものだからほんの少しくすぐったくなっていた。
もうしばらく続けていたら笑いがこらえきれなくなっただろう。ようやく終わって服を着ながら一安心ついていると、メイド長は紙を眺めながら険しい顔をしていることに気づく。
「あの、何か悪いところでもありましたか?」
「いえ、坊ちゃまの魔力の流れを診ていましたが悪いところは一つもありませんでした。えぇ、一つも……」
聴診みたいなことをしているなとは思っていたが、どうやら魔力の流れとやらを診ていたようだ。
納得する一方で何やら含みをもたせたような言い方にほんの少しだけ違和感を覚える。
悪くなければいいじゃないか。そう思い口に出そうとしたところで、彼女は俺より早くその意味を口にする。
「昨日坊ちゃまが触れたというロザリオ……記録と同じものならあれはまさしく"毒"なのです。発動時に触れているだけで昏倒し、後遺症だって残るもの……それなのに影響の一つも見受けられない健康体だというのがどうにも……」
どうやら健康体であるのが逆に不思議とらしい。
言うなれば薬を飲んだのに目的とする効果が得られなかったとかそんな感覚だろうか。
既に朧気となりかけている当時の記憶を思い出しながら幾つかの可能性を考える。
「記録とは別の魔道具だったという線は?」
「考えられる可能性の一つではあります。ですが伝え聞く特徴はどう考えても…………。坊ちゃまたちの報告を疑っているわけではありませんよ。それでも信じたうえで不思議だと思いまして。これは――――」
そういえば昼もマティが似たような事を言っていたことを思い出す。
冗談交じりみたいな言い方だったが、確かあの時俺に聞いてきたことは――――
「――――まるで祝福のようですね」
「祝福……」
そう。マティも同じことを口にしていた。
それが今回の健康体と関係があるのだろうか。
「メイド長、祝福ってなんですか?」
「祝福とは……その説明の前に、魔王が居なくなったこの世では魔法は使われなくなった、というお話はご存知ですよね」
「はい」
彼女の問いかけにゆっくりと頷く。
魔王が討たれて魔の力が弱くなり、多くの魔法使いが杖を置いたと本に書いてあった。
「実は今でも魔法は普通に使えるのです。……とはいえ出力はもとの10%未満、マッチの火を灯す程度に400メートル全速力するほどの疲労感を味わう事となるのですが」
「そう聞いてます」
「ですが祝福は違います。祝福は平和になった今でもなお十全に効果を発揮できる魔法のことを指すのです」
なるほど、とようやく自分の中で腑に落ちる感覚があった。
魔法というナンデモアリなものが存在する世界。ならば祝福と魔法は明確に何が違うのかという疑問はあった。
そんな便利な物があったのなら明確に分けられるべきであろう。だが、それなら世の中にはもっと魔道具ではなく祝福が溢れ…………そこまで考えて、これまで世界を見てきた中でそれらしい祝福を見たことが無いことに気づく。
「もしかして祝福って、使える人が限られるのですか?」
「そのとおりです坊ちゃま。ご指摘の通り限られた者……つまり王族しか使うことができません。それが神様からの贈り物と言われるのに拍車をかけ、祝福と呼ばれております」
神様の贈り物……それで祝福か。
そういえば過去送られてきたという日本人も魔王に立ち向かうため全員何らかの力が与えられたと聞く。
でないとハンディキャップが著しいと本を読んだ時はスルーしていたが、それも祝福に当たるのだろうか。
「具体的にどういうものなんです?魔法みたいに杖を振ったら火が灯るとか、何でもできたりするものですか?」
「内容は千差万別、1人につき1つの祝福が与えられるようです。現王族は不明ですが歴代では身体を巨大化させる者・毒や風邪などにかからず常に健康体の者などが聞かれております」
確かに風邪や毒無効ならばロザリオの一件も平気な可能性も考えられなくはない。祝福だと疑う理由にもなりうる。
しかし一方で祝福だけはないと示せる可能性にも行き着いた。
「確かにそれなら祝福という可能性も……。でも、ボクのお父さんとお母さんは王族じゃありませんよね?」
「えぇ、王族ではありません。つまり坊ちゃまも残念ながらそういった線は考えられないということになりますね」
だろうな、という感想だった。
夢のある話ではあったものの美味い話は無いのだと肩を落とす。
「結局話は振り出しですね」
「はい……。ですが健康体なのはいいこととも捉えられますね」
「確かにそうなのですが……」
「あまり深く考えなくても大丈夫ですよ。もう寝る時間ですし、そういった難しいことは大人に任せて坊ちゃまはお休みください…………ちょうど従者もいらした頃ですしね」
そうベッドに横になるよう促しながら彼女が視線を送ったのはこの部屋の扉だった。
つられて俺も顔を向けると寝る準備万端なシエルが枕を抱いておずおずとこちらを覗き込んでいる。
「す、すみませんメイド長。お取り込み中に」
まさかメイド長が部屋にいると思わなかったのだろう。言葉を震わせながら問いかけるシエルに対し正面向いたメイド長は腕を組んで凛とした声を鳴り響かせる。
「シエルさん、坊ちゃまの明日のお召し物の確認はお済みですか?戸締まりは?」
「か、確認終わってます!戸締まりも!」
「寝る前のお手洗いは行きましたか?一緒にお休みになる以上眠りの邪魔をすることは許されませんよ?」
「は、はい!」
ピシッ!とかかとを付けて背筋を伸ばし、緊張した面持ちで返答するシエル。
俺と一緒にいる時とは考えられない緊張のしようだ。目は泳ぎ手は僅かに震えている。
もうここに来て一週間。きっとよっぽど厳しくされているのだろう。たまに見かける俺でも把握している。あまり厳しくするのもどうかとメイド長に言うべきか悩んでいると、メイド長はかがんで俺の耳元にそっと口を近づけてきた。
「シエルさんには坊ちゃまの従者として特別厳しくしておりますが、それ以上に娘だとも思っております。私が厳しくしている分、坊ちゃまが労ってあげてくださいませんか?」
「メイド長……」
「今後とも我が娘も同然のシエルさんを、よろしくお願いいたします」
俺の思考が読まれていたのだろうか。
彼女はそれだけを言い残して一礼し部屋を後に行ってしまう。
取り残されたのは俺とシエルの二人。シエルはメイド長がいなくなるのを見送ってからこちらにテコテコと枕を抱いて近づいてくる。
「ご主人さま、お待たせいたしました」
「シエル、突然だけどメイド長についてどう思ってる?」
「メイド長、ですか?」
不意に脈絡なく問われたことを不思議に思ったのだろう。
彼女はコテンと首を傾げたもの一瞬のこと。すぐに「うんと」とすれ違ったメイド長を思い出す。
「すごく……厳しい方です。ほんの少しのミスやズレも見逃さない方で叱責されることも多く、未だに向かい合うと緊張してしまいます」
「……そっか」
「…………でも、それ以上に優しい方です。厳しいのも全てご主人さまや私のためであることが伝わってきて、きっと砲塔は優しい方なんだなというのが伝わってきます」
「…………そっか」
どうやら俺の心配は杞憂だったみたいだ。
シエルは厳しい相手でもその本質を見抜いている。それはこちらが無闇に指摘したり気を揉む必要なんて無いんだと理解させられた。
そう言って笑ってみせる彼女に、俺はいつものようにポンポンと自らの隣を立ていてベッドに乗るよう促してみせる。
「それじゃあ早速寝よっか。……おいで」
「はいっ」
彼女も隣で横になるのをすっかり慣れたみたいだ。
俺のすぐ隣で横になるシエル。彼女は自らの枕に頭を寄せてはにかんでみせる。
そんな彼女を見た俺は、そっと小さな頭と枕の間に腕を突っ込んで、おもむろに引き寄せてみせた。
「ふえぇっ!?ご、ご主人さま!?」
「シエル、今日も仕事お疲れ様」
「はい……で、ですがこれは……」
引き寄せたシエルはそのまま俺の胸の中へ。
スッポリと収まって抱きしめる形となった彼女は驚きに目を丸くしていた。
労ってくれ。あまりそういうのは得意じゃないが、母さんみたいに抱きしめる感じでいいのだろうか。
「嫌?もしかして寝にくいかな?」
「いえっ!決してそんなことは……。ご主人さまこそ構わないのですか?きっと寝辛いのでは……」
「ボクがこうしてシエルと眠りたいの。ダメ?」
「かまい……ません。でしたらこうして一緒に……えへへ……」
どうやらこの方法で間違いないみたいだ。ホッと一息ついた俺も胸の内で彼女を収めながらそっと目を閉じる。
その日は二人抱き合いながら夢の世界に飛び込んで、翌朝揃ってメイド長に優しく起こされるのであった。
窓の向こうに見える世界は暗い闇の世界。本日2度目の風呂を堪能した俺は、自室にて上半身裸になりながら女性の視線を一身に受けていた。
「坊ちゃま、手を上げてジッとしてじっとしていてください」
「はい……」
指示に従うようにベッドの縁に腰を降ろして上半身裸のままT字になるよう手を上げる。言われるがままにしていると、眼の前の女性はジッと真剣な目で上から下まで見つめてくる。
まるで値踏みするような、観察するような、確かめるような見逃しのひとつも許さない視線をジッと耐える。
恥ずかしさや不快な気持ちは無い。ただ無言で真剣な様子にどうにも気まずい空気が部屋に流れていた。
「…………なるほど、わかりました。坊ちゃま、続きまして背中をみせていただけますか?」
「わ、わかりました」
そう言ってようやく目を離した女性は手元に構えたミニテーブルに敷いた紙へ何かを書き込んでいく。
何を見ているのか戸惑いつつも従って背中を向くと、今度はヒンヤリと冷たい手のひらが火照る俺の背中に触れ、思わず身を震わせてしまう。
「っ……!」
「冷たかったですか?すみません」
「いえ……」
「これが最後となりますのでもうしばらく辛抱してください」
首から背骨を伝って腰まで。その後脇に移動されていく冷たい手。
段々と慣れて震えることはなくなったものの、俺はこの"健康診断"をジッと固まって委ねていく。
本日2度目、夜のお風呂上がり。
段々と日課になってきた寝る前の読書を楽しもうと寝室に入ったところで彼女……メイド長が訪ねてきた。
その目的は"健康診断"。昨日の一件から経過観察という位置づけらしい。
そんなこんなで上半身裸になってじっくり観察されている。何を見ているのかわからないが、まるで聴診のようだと天を見上げて時が経つのを待つ。
「これにて終了です。お疲れ様でした坊ちゃま」
「ほっ……」
冷たさは慣れてきたが脇や脇腹に触れてくるものだからほんの少しくすぐったくなっていた。
もうしばらく続けていたら笑いがこらえきれなくなっただろう。ようやく終わって服を着ながら一安心ついていると、メイド長は紙を眺めながら険しい顔をしていることに気づく。
「あの、何か悪いところでもありましたか?」
「いえ、坊ちゃまの魔力の流れを診ていましたが悪いところは一つもありませんでした。えぇ、一つも……」
聴診みたいなことをしているなとは思っていたが、どうやら魔力の流れとやらを診ていたようだ。
納得する一方で何やら含みをもたせたような言い方にほんの少しだけ違和感を覚える。
悪くなければいいじゃないか。そう思い口に出そうとしたところで、彼女は俺より早くその意味を口にする。
「昨日坊ちゃまが触れたというロザリオ……記録と同じものならあれはまさしく"毒"なのです。発動時に触れているだけで昏倒し、後遺症だって残るもの……それなのに影響の一つも見受けられない健康体だというのがどうにも……」
どうやら健康体であるのが逆に不思議とらしい。
言うなれば薬を飲んだのに目的とする効果が得られなかったとかそんな感覚だろうか。
既に朧気となりかけている当時の記憶を思い出しながら幾つかの可能性を考える。
「記録とは別の魔道具だったという線は?」
「考えられる可能性の一つではあります。ですが伝え聞く特徴はどう考えても…………。坊ちゃまたちの報告を疑っているわけではありませんよ。それでも信じたうえで不思議だと思いまして。これは――――」
そういえば昼もマティが似たような事を言っていたことを思い出す。
冗談交じりみたいな言い方だったが、確かあの時俺に聞いてきたことは――――
「――――まるで祝福のようですね」
「祝福……」
そう。マティも同じことを口にしていた。
それが今回の健康体と関係があるのだろうか。
「メイド長、祝福ってなんですか?」
「祝福とは……その説明の前に、魔王が居なくなったこの世では魔法は使われなくなった、というお話はご存知ですよね」
「はい」
彼女の問いかけにゆっくりと頷く。
魔王が討たれて魔の力が弱くなり、多くの魔法使いが杖を置いたと本に書いてあった。
「実は今でも魔法は普通に使えるのです。……とはいえ出力はもとの10%未満、マッチの火を灯す程度に400メートル全速力するほどの疲労感を味わう事となるのですが」
「そう聞いてます」
「ですが祝福は違います。祝福は平和になった今でもなお十全に効果を発揮できる魔法のことを指すのです」
なるほど、とようやく自分の中で腑に落ちる感覚があった。
魔法というナンデモアリなものが存在する世界。ならば祝福と魔法は明確に何が違うのかという疑問はあった。
そんな便利な物があったのなら明確に分けられるべきであろう。だが、それなら世の中にはもっと魔道具ではなく祝福が溢れ…………そこまで考えて、これまで世界を見てきた中でそれらしい祝福を見たことが無いことに気づく。
「もしかして祝福って、使える人が限られるのですか?」
「そのとおりです坊ちゃま。ご指摘の通り限られた者……つまり王族しか使うことができません。それが神様からの贈り物と言われるのに拍車をかけ、祝福と呼ばれております」
神様の贈り物……それで祝福か。
そういえば過去送られてきたという日本人も魔王に立ち向かうため全員何らかの力が与えられたと聞く。
でないとハンディキャップが著しいと本を読んだ時はスルーしていたが、それも祝福に当たるのだろうか。
「具体的にどういうものなんです?魔法みたいに杖を振ったら火が灯るとか、何でもできたりするものですか?」
「内容は千差万別、1人につき1つの祝福が与えられるようです。現王族は不明ですが歴代では身体を巨大化させる者・毒や風邪などにかからず常に健康体の者などが聞かれております」
確かに風邪や毒無効ならばロザリオの一件も平気な可能性も考えられなくはない。祝福だと疑う理由にもなりうる。
しかし一方で祝福だけはないと示せる可能性にも行き着いた。
「確かにそれなら祝福という可能性も……。でも、ボクのお父さんとお母さんは王族じゃありませんよね?」
「えぇ、王族ではありません。つまり坊ちゃまも残念ながらそういった線は考えられないということになりますね」
だろうな、という感想だった。
夢のある話ではあったものの美味い話は無いのだと肩を落とす。
「結局話は振り出しですね」
「はい……。ですが健康体なのはいいこととも捉えられますね」
「確かにそうなのですが……」
「あまり深く考えなくても大丈夫ですよ。もう寝る時間ですし、そういった難しいことは大人に任せて坊ちゃまはお休みください…………ちょうど従者もいらした頃ですしね」
そうベッドに横になるよう促しながら彼女が視線を送ったのはこの部屋の扉だった。
つられて俺も顔を向けると寝る準備万端なシエルが枕を抱いておずおずとこちらを覗き込んでいる。
「す、すみませんメイド長。お取り込み中に」
まさかメイド長が部屋にいると思わなかったのだろう。言葉を震わせながら問いかけるシエルに対し正面向いたメイド長は腕を組んで凛とした声を鳴り響かせる。
「シエルさん、坊ちゃまの明日のお召し物の確認はお済みですか?戸締まりは?」
「か、確認終わってます!戸締まりも!」
「寝る前のお手洗いは行きましたか?一緒にお休みになる以上眠りの邪魔をすることは許されませんよ?」
「は、はい!」
ピシッ!とかかとを付けて背筋を伸ばし、緊張した面持ちで返答するシエル。
俺と一緒にいる時とは考えられない緊張のしようだ。目は泳ぎ手は僅かに震えている。
もうここに来て一週間。きっとよっぽど厳しくされているのだろう。たまに見かける俺でも把握している。あまり厳しくするのもどうかとメイド長に言うべきか悩んでいると、メイド長はかがんで俺の耳元にそっと口を近づけてきた。
「シエルさんには坊ちゃまの従者として特別厳しくしておりますが、それ以上に娘だとも思っております。私が厳しくしている分、坊ちゃまが労ってあげてくださいませんか?」
「メイド長……」
「今後とも我が娘も同然のシエルさんを、よろしくお願いいたします」
俺の思考が読まれていたのだろうか。
彼女はそれだけを言い残して一礼し部屋を後に行ってしまう。
取り残されたのは俺とシエルの二人。シエルはメイド長がいなくなるのを見送ってからこちらにテコテコと枕を抱いて近づいてくる。
「ご主人さま、お待たせいたしました」
「シエル、突然だけどメイド長についてどう思ってる?」
「メイド長、ですか?」
不意に脈絡なく問われたことを不思議に思ったのだろう。
彼女はコテンと首を傾げたもの一瞬のこと。すぐに「うんと」とすれ違ったメイド長を思い出す。
「すごく……厳しい方です。ほんの少しのミスやズレも見逃さない方で叱責されることも多く、未だに向かい合うと緊張してしまいます」
「……そっか」
「…………でも、それ以上に優しい方です。厳しいのも全てご主人さまや私のためであることが伝わってきて、きっと砲塔は優しい方なんだなというのが伝わってきます」
「…………そっか」
どうやら俺の心配は杞憂だったみたいだ。
シエルは厳しい相手でもその本質を見抜いている。それはこちらが無闇に指摘したり気を揉む必要なんて無いんだと理解させられた。
そう言って笑ってみせる彼女に、俺はいつものようにポンポンと自らの隣を立ていてベッドに乗るよう促してみせる。
「それじゃあ早速寝よっか。……おいで」
「はいっ」
彼女も隣で横になるのをすっかり慣れたみたいだ。
俺のすぐ隣で横になるシエル。彼女は自らの枕に頭を寄せてはにかんでみせる。
そんな彼女を見た俺は、そっと小さな頭と枕の間に腕を突っ込んで、おもむろに引き寄せてみせた。
「ふえぇっ!?ご、ご主人さま!?」
「シエル、今日も仕事お疲れ様」
「はい……で、ですがこれは……」
引き寄せたシエルはそのまま俺の胸の中へ。
スッポリと収まって抱きしめる形となった彼女は驚きに目を丸くしていた。
労ってくれ。あまりそういうのは得意じゃないが、母さんみたいに抱きしめる感じでいいのだろうか。
「嫌?もしかして寝にくいかな?」
「いえっ!決してそんなことは……。ご主人さまこそ構わないのですか?きっと寝辛いのでは……」
「ボクがこうしてシエルと眠りたいの。ダメ?」
「かまい……ません。でしたらこうして一緒に……えへへ……」
どうやらこの方法で間違いないみたいだ。ホッと一息ついた俺も胸の内で彼女を収めながらそっと目を閉じる。
その日は二人抱き合いながら夢の世界に飛び込んで、翌朝揃ってメイド長に優しく起こされるのであった。
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