前世で抑圧されてきた俺がドラ息子に転生したので、やりたい放題の生活をしていたらハーレムができました

春野 安芸

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018.認められた呼び名

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 昨日の雷雨なんてまるでウソかと思うような晴天。
 雲ひとつ無い青空。それでいて湿度もそこそこなまさに理想ともいえる気候。

 太陽がちょうど真上に上がった時間帯に俺達は屋敷の外で一堂に会していた。
 目の前には昨日も世話になった馬車が今かと仕事を待ちわびていて、乗り込む直前の男性は我が父と名残惜しむように握手を交わす。

「本当にもう帰るのかい?怪我も大したことないとはいえ、もう少しゆっくりしていってもいいんだよ?」
「あんまり長居すると今度はお母さんが心配するからね。それに、マティも家の方が安心だろう」

 父が惜しむような声を出すも、男性は申し訳無さそうにその提案を否定する。
 彼の言葉で思い出すのは昨晩目にしたマティナールの怪我。足には傷がパックリと開いて血が雨とともに流れ出ていた。最悪の状況さえ当時は脳裏に浮かんだが、実際に専門の者に見せると事はそこまで酷いものではなかったという。
 今朝受けた怪我の報告に安堵したが怪我人は怪我人。程度は軽いとはいえ療養が必要だ。そのためにも実家でゆっくりは一番いいと俺も思う。

「ほらマティも。挨拶しなさい。スタン君には特に世話になっただろう?」
「…………」

 彼女の父親に促されたのは先に馬車へ乗り込んでいたマティナール。しかし彼女はその言葉に返答することはなく、ただ窓からチラリとこちらを見るだけに留める。

「……まったく。ゴメンな、どうにも今日のマティは機嫌悪いみたいだ」
「いえ……」

 代わりに父親がフォローしてくれるものの、俺は複雑な心中のまま苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 無言の反応は無理もない。彼女とは目が覚めて以降一度も言葉を交わしていないのだ。
 朝シエルと父の乱入によって目を覚ましたマティナール。あの時は二人の目があったからか右ストレートも魔物騒動の騒ぎも発生しなかったが、それ以上に会話すらできなかった。
 ただひたすらに無言。午前中シエルや父たちと話しているのは見たが、俺とは一切言葉を交わさない。こちらから話しかけようと思ってもひたすら避けられていた。

 きっと怒っているのだろう。
 何に怒っているのかと問われれば回答に困るが、この反応はそれ以外考えられなかった。

「……まったく。昨日の一件で仲良くなったと思ったんだがなぁ。凄かったぞ。昨晩飛び込んできた時のマティの形相は」
「えっ、そうなんですか?」
「あぁ。涙でグシャグシャになって、自分も怪我してるっていうのに治療しようとしても『スタンを先に』ってものともしなくてなぁ」

 呆れるように腕を組みながら出てきた情報に思わず前のめりになる。
 昨日の一件については今朝説明し、彼女の父親からは危ない思いをさせたと一通りの謝罪は受けた。しかし屋敷前で俺が倒れた後何があったかの詳細はまだ聞けていない。

 昨晩は薄れゆく意識の中、ぼんやりとマティナールが俺を呼ぶ声が聞こえてきた気が無いでもない。まさか倒れた後そんな事になっていたとは。

「ちょっとパパ」
「おっと、口を滑らせてしまったようだ」

 マティナールに叱られ口元に手を当てた彼だが、その微笑みは崩れることなく確信犯であることを示していた。

「それじゃあ今度こそ本当に失礼するけれど、マティナールもいいんだね?」
「…………」

 馬車の手すりに手をかけ、再度問われたマティナールはまたも何も応えない。
 本当に何も言うことなく帰るのだろうか。そんな思いとともに馬車に乗り込もうとする彼を見送っていく。

「まって」

 彼が馬車に乗り込もうと足をかけたところで、ついにマティナールの声を今日初めて耳にした。
 乗り込もうとする父にまったをかける静止の声。彼が乗り込もうのをするのを止めると同時にチラリと彼女の視線がこちらに向けられて俺と目が合い、ゆっくりとその小さな口が動き出す。

「ねぇ、アンタ」
「……ボク?」
「えぇ、アンタ。こっち回りなさい」
「……わかった」

 よかった、話す気はあったんだなと心の底から安堵する。
 彼女の指示通り向かうは示されたマティナールの後方……つまり馬車の反対側だ。
 回り込むように1人向かって馬車の窓を見上げると、扉を開けた彼女が俺の前に小さくジャンプして着地して見せる。

「…………」
「マティナール……」
「…………」
「えっと、怪我は大丈夫?」
「……えぇ」

 俺を呼びつけたマティナール。馬車から降りて何を語るかと思えばひたすら無言だった。
 呼びつけたのに無言とはこれ如何に。そんな思いを抱きつつも、こちらからの問いかけには短くも答えてくれたことにホッとする。

「昨日はごめんね、怖い思いさせて。それにボクが倒れた後呼びに行ってくれてありがとう」
「…………」

 またも無言。どうやらマティナールにとって昨日のことが地雷みたいだ。
 再び顔を伏せ黙ってしまう彼女。トラウマになってしまったかもしれない。もしくは厄病神とかなんとか言って俺を忌避しているのかもしれない。
 せっかく仲良くなれたと思ったのに残念だ。しかし立つ鳥跡を濁さず、別れは笑顔で別れようと表情には出さず笑みを向けていると、ふと彼女の様子が俺の予想と違っていたことに気づく。

「えっと……その……」

 忌避、恐怖、不快。甘く見積もっても、魔物騒動からの疑い。
 そんな感情を彼女は抱いていると思っていた。しかし彼女は何かを言い出しそうで言い出せない、何かに戸惑っている様子だった。
 正確に表現するなら、それはまさしく緊張している様子。予測の感情と違っていたことにまさかと思いつつも言い出そうとしている言葉を黙って待つ。

「昨日はその……ありがとね。色々あったけど助かったし……こう言うと不謹慎かもしれないけど、楽しかったわ」

 緊張の末にグッと押さえつけて顔を上げる。その口から発せられたのは昨日のお礼だった。
 彼女はお礼を言いつつも少し恥ずかしさもあるのか、ほんの少し頬が紅潮して視線を外へ向けている。

「楽しかったって、逃げ出すことが?」
「そんなわけ無いじゃない!怖さしかなかったわよ!!楽しかったのは街を案内した時のことっ!」

 そんな緊張に塗れた彼女へ返す俺の言葉はちょっとした冗談だった。

 冗談交じりに疑問で返すとせきを切ったかのように言い返される。
 そこにはさっきまでのしおらしさは既になく、昨日のような天真爛漫を取り戻したよう。たった一日しか関わってない。けれどそのマティナールのほうが良い。そうクスリと笑って見せると、彼女は恥ずかしそうに頬を染めながらフンを鼻を鳴らしてみせる。

「ううん、そう思ってもらえたならよかった。お互い何もなくてよかったよ」
「……そうね。でも本当にアンタはどこも怪我してないの?」
「全然。マティナールこそ本当に足は大丈夫?」
「あたしこそ全然よ。ちょっとだけ歩くのが痛いけどなんてことないわ!」

 そう言ってプラプラと揺らして見せる足には厳重に巻かれた包帯が見え隠れしていた。
 しかし先程馬車からジャンプしたのといい、きっと本当に大丈夫なのだろう。

「よかった……。ところでシエルとは話せた?」
「えぇ、朝食のあとにね。謝ったら逆に感謝されたわ。『ご主人さまを助けてくれてありがとうございます』って」
「ははっ、シエルらしいな」

 慌てて頭を下げるシエルの姿が目に浮かぶようだ。

「笑い事じゃないわよ、まったくもう……。アンタは知らないかもだけど、昨日のアンタ、本当に大変な状況だったのよ?」
「えっ?」

 呆れるように頭を抱えてみせるマティナールだが、直後に放たれた思わぬ事実に思わず目を丸くする。
 大変とはどういう状況だったのだろう。そう首を傾げると周りを気にする素振りをみせた彼女がコッソリと口元をに手を当てる。

「本当はアンタに話すなって言われてるんだけどね。あの時あたしたちを昏睡させた魔道具……パパによると実はかなりマズイ物らしくて触れた人間の魔力を根こそぎ奪い去るものだったのよ」
「魔力って……人間から無くなるとどうなるの?」
「生き物には多少なりとも魔力が備わってるものなの。全部なくなったら生きる屍、つまり廃人ね。基本は回復せず、たとえ奇跡が起こって目を覚ましても完治まで数年かかるらしいわ」
「そんなに…………」

 あの時拾い上げた魔道具はそんな恐ろしいものだったとは。
 喰らった直後はズルい道具程度にしか思っていなかった。
 個人的には昏倒も数時間だったからスタンガン的なものだろうと。

「マティナールは?マティナールも触れたけど大丈夫だったの?」
「あたしはほら、アンタに触れて間接的だったからたいしたことないわ。直接触れた上、あたしを背負って家まで帰るなんて奇跡としか……。アンタ、もしかして祝福ギフト持ちなんじゃないの?」
祝福ギフト?」
「えぇ、祝福ギフトっていうのは――――」
「――――マティ、そろそろいいかい?」

 突然出てきた祝福ギフトなどという聞き慣れない言葉。
 一体何かと思ったところで不意に降り掛かったのは彼女の父からの呼びかけだった。
 彼からの呼びかけに言葉を中断せざるをえなくなった彼女は『はーい!』と元気な声で呼びかける。

「……っと、悪いわね。その話はまた今度にしましょう?」
「う、うん……」

 随分と気になるところで終わってしまったがそれ以上深堀りするわけにもいかず、マティナールは軽い身のこなしで馬車へと乗り込んでいく。

「それじゃあ、また会いましょう?今度はお互い安全を確保して、ね?」
「そうだね。……また」

 互いに黙る静かな時間が俺達の間を流れる。
 名残惜しい。まだ色々と話したい。そんな思いを彼女からも伝わってきた。

 それでももう時間だ。別れを惜しむようにゆっくりと馬車から遠ざかるように後ろ向きに歩いていくと、ふと頭上から「ねぇ!」と声がかかった。

「ねぇ、スタン!」
「マティナール?」
「そういえばアンタ、昨日あたしを背負ってる時、『マティ』って呼んでたわね」
「……へっ?そうだっけ?」

 突然の指摘に思い起こされる昨晩の記憶。
 そんなこと言った気もするし言っていない気もする。なにより必死だったから呼び方さえ意識を割くことができなかった。

「えぇ、そうよ」
「そっか……ゴメン、全然意識してなかった」

 どうも彼女は俺にその名で呼ばれたくないようだ。
 昨日の朝呼んだら足を蹴られた事を思い出す。きっと親密な者にしか許可していないのだろう。言ってしまったのなら全面的に俺が悪いと素直に頭を下げる。

「……別にやめろって言ってるわけじゃないのよ」
「……えっ?」

 ポツリと、彼女が漏らした言葉に思わず聞き返す。
 それは一体どういう意味か。彼女の真意が読み解けず顔を上げると真っ赤な顔のままこちらを睨んでいた。

「だから、その……『マティ』で良いって言ってるの!アンタは"スタン"!他の何者でもなく"家族"なんでしょう!?」
「―――――」

 それは驚きに満ちた言葉だった。

 顔を真っ赤にして放たれる言葉に俺は言葉を失うほかなかった。
 『マティ』という呼び名を許してくれたのもそうだが、それ以上に俺のことを"スタン"と、"家族"と認めてくれた。
 俺がスタンでないことを見抜き、魔物とさえ疑った彼女がだ。見抜いた上で受け入れてくれたことにただただ目を丸くする。

「それだけっ!パパ、お願い!!」

 驚きでフリーズしてしまう俺をよそに、彼女は窓から乗り出していた顔を引っ込めて合図を送る。
 それからすぐに、ゆっくりと動き出す馬車を俺は黙って見続けていると、最後の最後でもう一度彼女が窓から姿を現した。

「またね!スタン!今度も目一杯遊びましょう!!」
「――――!う、うん!またねマティ!また今度!!」


 彼女の呼びかけによりハッと目を覚ました俺は手を振る彼女に応えるよう、より大きく手を振って見送っていく。

 この世界に来て初めてできた友達。
 その後ろ姿が見えなくなるまで手を振り続け、森の奥へ消え去ったところで父とともにいたシエルが近づいてくる。

「ご主人さま、そろそろ戻りましょう?」
「あぁ、そうだね」

 一言だけ俺に告げて再び屋敷に戻ろうとするシエル。
 そのメイド服に身を包んだ彼女へ追いつくため俺も急ごうとすると、ふと違和感を覚えた。

「…………」

 静かに前を歩く彼女をジッと見つめる。

 なんだか淡白だ。
 普段のシエルならもう少しだけ言葉を続けていた……と思う。まだ1週間程度の付き合い、気の所為と言われればそれまでだが、まさかと思い先を歩く彼女を呼び止める。

「ねぇ、シエル」
「なんでしょう?ご主人さま」
「……なんか怒ってない?」

 違うとは思う。けれど何故かそうではないかと俺の心が告げていた。
 勘違いであってくれなんて思いながら問いかけると、足を止めた彼女の表情は……笑顔。

「そんな、怒ってるなんてあるわけ無いじゃないですか。ご主人さまとマティナールさんが仲良くなったのは喜ばしいことです。怒るなんて、そんな事ないですよ」
「…………」

 完全に怒っていた。いい笑顔なのに怒気が溢れ出ている。
 けれど全く心当たりがない。何故怒らせてしまったのかいくら考えても答えなんて出てこない。

「……ご主人さまのバカ」
「えっ、ボクがどうかしたの?」
「なんでもないです~!ほら、早くお屋敷に戻りますよっ!!」

 小さく小さく、シエルがなにか呟いたような気がした。
 俺の事を呼ばれた気がしたがその全容までは聞き取れず、聞き返してもそれ以上応える気が無いみたいだ。

 怒っている、が、どちらかといえば拗ねているとかそんな空気。
 不思議に思いながらも彼女に着いていき屋敷へと続く扉に手をかけたところで、後方から呼びかける声に振り返る。

「――――あぁ、ちょっとまってくれ。スタン」
「? お父さん?」
「旦那様?」

 どうやら呼び止めたのは我が父親のようだった。
 どうしたのかと振り返れば彼は手を組んで俺を見つめている。
 その目は普段の優しい瞳ではなくただまっすぐ。そして真剣そのものであった――――。
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