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第6章

165.有名税

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「はぁ……はぁ…………」

 もはやお馴染みとなった空き教室。
 そこに駆け込んだ俺は膝に手をつき肩で息をする。

 彼女の……リオの爆弾発言からすぐのこと。
 目を丸くして驚くクラスメイトたちと、同時に少しづつ突き刺してくる殺気を感じ取ってた俺はいつもの逃げ場へと退避していた。
 もちろん二人のことも忘れちゃいない。俺の両手には美代さんとリオの腕が握られている。字面だけ見れば両手に花だがそうも言っていられない。

「何々~? 突然人気のないとこに来ちゃって、三人でイチャイチャするの~?」
「リオ……はぁ、はぁ……。絶対……わかってて……はぁ、はぁ……。言ったでしょ、さっきの」

 ここまで全力で走ったものだからなかなか呼吸が整わない。
 美代さんも息切れしてるのにリオは余裕そうだ。さすがちょっと前までアイドルだっただけはある。対して俺はロクに泳いでなかったから運動不足の極地だ。

「もちろん。わかってて言ったわけだしね~」
「なん……で……あんな大勢の前で……」
「ん~、これからのことを考えて?」

 これから?
 どうせ美代さんの時みたくいずれバレるものだから早い内に暴露しておきたいとか?
 回転の足りない今の頭ではリオに友達ができにくくなるだけだと思う。オマケで俺は二股してることが広まって風当たりが強くなるだろうに。
 それともそこから二股された被害者的な同情を誘ってクラスでの立ち位置を確保するとかだろうか。それなら納得だ。

「ほら、私って多少なりとも影響力あるじゃん?」
「今のリオより影響力ある人は日本に数少ないと思うよ」
「それで、私だって普通に好きな人がいるってことで普通の女の子だ~!ってアピールしようと思って」
「そんなので普通の女の子って言えるの?」
「もちろん。立ち回り次第だけどね。 女の子の社会って色々と大変なんだから~」

 そんなものなのだろうか。
 しかし女社会は大変だとは時々聞く。グループで会話してて、一人がトイレに言ったら全員でその子の悪口言ってるなんて風のウワサを耳にしたことがある。

「でも、その前に美代さんと付き合ってるのは広まってるかもだから「二股なのに」とか言われるかもしれないけど?」
「私はうまく立ち回れるから大丈夫!慎也クンは……ほら、4人のお嫁さんがいることの有名税ってことで?」
「そんなので有名になりたくないんだけど!?」

 まさかの俺が刺されるのは確定事項だったらしい。
 しかし一方で全部のヘイトが俺に向くのならそれでいいのかもしれないという考えも同時に浮かぶ。

「まぁ……それでリオが二股された被害者ってことで同情貰えるならいいけどさ……」
「被害者?何言ってるの? 勝者でしょ!」
「なんで勝者……?」
「だってこれ以上慎也クンに悪いオンナがつかないようにって牽制が大部分の目的だし」
「牽制て……」

 そんなの絶対あり得ないと肩を竦める。

「あぁ……わかる気がする」
「美代さん?」

 あり得ないと一蹴しても隣の美代さんは違ったようだ。
 唇に手を当てて考えるようにポツリと呟く彼女に否定の目を向ける。 

「俺としてはリオのほうが心配なんだけど」
「およ?どうして?」
「だって………。……色々と言い寄って来そうで」
「そ、それはもしかして……嫉妬?」
「……悪い?」

 目ざとく気づかれた嫉妬心に俺はそっぽを向く。
 言っておきながら自分は強欲だなと心のなかでため息をつく。仕方ないんだ、美代さんにもリオにも、みんなに嫉妬してしまうんだ。

「むふふ~。 だぁいじょうぶだよ~」

 彼女は目を細めて満足そうに俺の正面に立ち、首に細腕を回していく。
 つま先立ちになり近づく彼女の顔。それはちょっと彼女がジャンプすればすぐにキス出来るほどだった。
 リオはそんな中でも動じること無く妖艶な笑みを浮かべて見つめてくる。

「私はこの10年、一時たりともおにいちゃんを想わなかった事なんてないんだもん。何だったら今から放送室言って宣言してもいいし、それでも足りないなら今ここで私を孕ませてみる?」
「はらっ……!?」
「ふふふ……おにいちゃんの子供をお腹に宿したまま授業受ける……いいと思わなぁい?」

 まるで魅了するように頬へと手を触れてくる。
 俺はそのぷるんと柔らかそうな唇から目が離せないでいた。

「おにいちゃん……いいよ……?」
「リオ……」

 俺はその小さくも柔らかな唇に顔を近づける。
 それに応えるように、彼女も目を瞑って俺を受け入れ――――

「慎也君、リオちゃん。 さすがにここはダメだよ」
「むぎゅっ!」
「ぐぅ……!」

 互いの唇が触れる寸前、間に入り込んでブロックしたのは美代さんだった。
 彼女は呆れた表情を浮かべながら俺たちの間に手を差し込んでいた。

「美代ちゃんだってキスしたいくせに~。ここは誰も人こないから大丈夫だよ~!」
「そ……そりゃキスしたいけど……今ここで許したらリオちゃん絶対抑えきれないよね!?さっき孕ますとか変なこと聞こえたんだけど!!」
「ちっ。ばれちゃってたか」
「すぐ側に居たんだからばれるよぉ! それはリオちゃんにとってもよくないことだから今はだめです!!」
「ちぇ~」

 た、助かった……。危うく俺も流されるところだった。
 彼女らはホント魔性だ。あの操るような瞳で見つめられたら俺も受け入れてしまう。

「慎也君もだよ!」
「え、俺!?」
「当然! 慎也君が唯一の旦那さんだから、あんまり流されないでちゃんとみんなの今後を考えること!!」
「うっ……! き、肝に命じます……」

 そこを突かれたら痛い。
 本来なら俺がしっかりして良い悪いを判断するのに流されちゃ世話ない。その結果しんどい思いをするのは俺達なのに。

「あ、でも慎也君」
「うん?」
「私の愛は……いつでもいくらでも受け取っていいからね? 例えば教室でキスしたくなったら私が全部受け入れてあげるから。 それに……それ以上も……」
「ちょっとちょっと~。 私を止めておいてそれは酷いよ~」

 美代さんの手が俺に触れる寸前、肩を掴んで抗議の意を示すリオ。
 それ以上って……どこまで……?そう邪な気持ちが頭を過ぎったが、首を横に振って邪心を滅するよう努める。

「美代さん、気持ちはありがたいけど気をつけることにするよ。 俺もあんまり流されないようにするからさ」
「それならいいけど……私もかぁ……」

 もちろんです。
 そりゃ俺だって男だからそういうのは流されたくもなるけど、さっき言ってたように今後を考えたらね?


 思った答えと違ったようで口を尖らせる美代さんを宥めていると、ふと学校中にチャイムの音が鳴る。
 これは……なんのチャイムだっけ?

「あ、もうこんな時間だ」
「リオ? なんかあるの?」
「そりゃもちろん。 入学式だよ。そのために今日来たわけだし」

 あぁ、新一年生に向けたチャイムだったか。
 そういえば午後からだったね。すっかり忘れてた。

「じゃあ、俺達はどうしよっか……リオが終わるまでここで待とうか?」
「いいよいいよ。夕方まで掛かるかもしれないから家に帰ってて。 あ、でも家には居てほしいかな?美代ちゃんも」
「私も?」

 ふと向けられた視線に美代さんが自らを指さす。
 それくらいなら全然いいけど……暇つぶしに珈琲店巡りしか考えてなかったし。

「んむ。それじゃ、よろしくね? また後で」
「また。 入学式、頑張って」
「まかせんしゃい!」

 リオは小さく力こぶを作って科学室を出ていく。
 そんな彼女が教室へと消えていく姿を見送って、俺たちも家に帰るため科学室を出るのであった――――。
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