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第6章

152.半年後の分岐

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「この二日間、お世話になりました」

 川原での告白を終えた朝。
 あれからアイさんの家で一泊した俺たちは帰り支度をし、三人の母親のお見送りを受けていた。

「いえいえ~。あんまりお構いせずにごめんねぇ?」
「そんなこと……!おしるこ、美味しかったです」

 昨日のエレナ母が出してくれたおしるこ。宴会の行われた夜に、それだけで夕食と言い張れるくらいの量を振る舞ってくれた。
 ほとんど完飲したからきっと正月太りが大変なことになるだろう。学校始まる前に泳ぎにいかなければならない。

「秋が楽しみねぇ。初孫……男の子かしら、女の子かしら?」
「だから!そういうのはまだ早いですってば!!」
「え~。つまんないのぉ」

 リオ母は俺の否定に口を尖らせる。
 昨晩、俺たち四人は初めて一晩同じ部屋で過ごした。
 もちろんリオの母親が言うようなことは一切なく、ただ健全な、寝床を一緒にするだけのこと。

 右を見ても左を見ても美少女たちが無防備に寝息を立てていたことには心臓が高鳴ったが、長旅に加えて色々とありすぎたお陰で、気づけばあっという間に俺の意識も闇へ溶けていた。
 だから一緒に寝るといっても何もなし。一瞬危ない場面があったがなんとか何事もなく切り抜けられた。

「またいつでも遊びに来ていいからね? もう私たちの身内でもあるのだから」
「……ありがとうございます」

 アイさん母が俺の手をギュッと握りしめる。
 その瞳は熱を持っており、本当に俺を受け入れてくれているのだと実感する。
 昨夜アイさんに悟られたように、俺は今の意思を突き通していいのだと、そう許してくれている気がさせる視線だった。

 感謝するように握られた手を力一杯握り返すと、彼女は驚いたのか目を丸くする。

「えっ……慎也、さん?」
「俺も、この二日で大事なものを見つけることができました。 だから、本当にありがとうございます」

 彼女だけじゃないが俺はこの三組の親子には感謝してもし足りない。
 だって俺自身を認めることができたのだから。

「えっ……いえ……そんな……。そんな情熱的な目で見られたら……」
「?」

 感謝の念を込めながら手を握っていると、少し慌てたような姿を見せるアイさんの母親。
 どうしたのかと聞こうともしたがそれよりもも早く彼女の口が動き出す。

「いえ……私には夫が……いないけど、アイが……娘がいるから……えっと……慎也さん、私ってまだキレイ……ですか?」
「?  はい、もちろん。アイさんと親子とは思えないくらい綺麗で若々しいですけど」
「――――!!」

 だってトップアイドルのアイさんを産んだお母さんだ。綺麗に決まっている。
 アイさんは少し美人が入っているが可愛いのベクトルが強い。一方彼女はウチの地元を歩けば誰もが振り返るほどの美貌を持っている。
 もちろんもう二人の母親も美人だ。彼女らを美人と呼ばないのならば一体誰を呼ぶのかというほどに。

「慎也……さん」
「はい?」

 何やら俯いていた彼女が顔を上げると、うっすら瞳に涙を浮かべた顔がそこにあった。
 熱を持っているのは変わらない。だが、さっきと比べて何か込められている意思が違うような……。

「えっと、その……。 私は年増ですし……若い、アイがいるけど……それでもいいのなら――――」

 強く握られる手に、今にも泣きそうな顔。
 その縋るような顔が目の前に迫り、そっと瞳が閉じられる。
 まさにそれはキスをせがむような顔つきで、いつの間にか離れていた彼女の手が、俺の頭に添えられて力がこもり――――

「なにやってるのぉ!!お母さん~!!」

 吸い込まれるように俺の顔が彼女の顔へと近づいていった寸前。目の前に手が伸びてきて、顔が覆われるように目の前が真っ暗になった。

 アイさんだ。彼女は母親の行動にいち早く気がついて、俺との接触を防ぐようにブロックする。

「ア……アイ!なんでここに……!」
「最初からいたよぉ! なに娘の旦那様奪おうとするのぉ!?」
「だって……慎也さん可愛いし、ハーレム作るならコッソリ入れないかなぁって」
「ないよぉ! 慎也さんもお母さんのこと突き放しちゃっていいんですからね!!」

 まるでかばうように俺のことを抱きしめるアイさんは、肩で息をしながら鼻息を荒くする。
 一方敵のように睨みつけられた彼女は肩をすくめながらおとなしく数歩後ろに下がった。

「まぁいいわ。これから息子になっていくらでも時間はできるもの。 ゆっくり……ゆっくり、ね?」
「ダメだよぉ!だって……負けるもん……。慎也さんはお母さんにほだされたりはしない…………ですよね?」

 それはさっきの母親そっくりだった。
 目に涙を浮かべ、すがりつくような瞳。
 それを目の辺りにした俺は庇護欲が掻き立てられた俺は、逆に抱きしめ返すように胸元に収めてその頭を撫でる。

「もちろん。アイさんのことが大好きだから……ね?」
「慎也さん……!」
「あらぁ……」

 胸の内で身体を預けるアイさんと、ニヤニヤと隣で笑みを浮かべる母親。
 あ、これってもしかして……

「もしかして……からかってました?」
「あら、わかったぁ? いやぁ、娘がそんなにメロメロだもの。からかいたくなっちゃうじゃない」
「…………」

 イタズラのバレた子供のように無邪気な笑みを浮かべる彼女に、思わず半目になってしまう。
 ここまで茶目っ気のある人だったんだとは。昨日は酔っ払ってて性格が掴めなかった。

「あ、でもぉ」

 チラリとこちらに視線を向けた彼女は、今度は俺の唇に軽く人差し指を当ててくる。
 そのまま彼女はその指を使って投げキッスをしながらウインクを見せつけて……。

「ホントにアイが飽きたのなら、私はいつでも大歓迎よぉ!」
「もうっ!お母さん!」
「あらやだ、聞こえてたのね」
「もぉ~~!!」

 そりゃあ胸元にいたら嫌でも聞こえるでしょうに。
 でも、こう喜怒哀楽を表に出すアイさんは新鮮で、可愛かった。
 きっと二人しか居ない家族だからこそなのだろう。俺も、そこまで彼女の心を引き出せるようにならなければ。

「な~にやってんのよ。そろそろ行くわよ」

 そんな二人を眺めていると近づいてくるのは二人の人物。エレナとリオだ。彼女たちももう荷造りと挨拶は済んだようで、帰る準備はバッチリだ。

「エレナ!聞いてよぉ! お母さんったら慎也さんのこと狙ってるんだよ!!」
「思いっきりからかわれてるだけじゃない。怖いならずっとその手を握ってなさい。ま、私は絶対に離さないけど」
「そうだけどぉ……うぅ……慎也さんはモテるから……」

 力いっぱい俺の手を握りしめるアイさんはうつむく。そんな彼女の頭にそっと手を置いたのはリオだった。
 リオはアイさんと視線を合わせ、ゆっくりと微笑んで……。

「大丈夫。その時は慎也クンを今度こそ監禁しよ?協力するから」
「リオぉ……うん。わかった。ありがと……」
「ん。 じゃあ帰ろっか」

 目に浮かんだ涙を拭って二人して笑い合う。
 いい話のはずなんだけど……何故か身の危険と寒気が止まらない。風邪でも引いてしまったかもしれない。

「それじゃ、短かったけどありがと。 また来るわね」
「元気でね。みんな。 今度来る時は孫もつれてくるのよ?」
「もちろんよ。今年中には写真を送ってみせるわ」

 まってエレナ!!今年中ってどういう事がわかってるよね!?
 そんなの……帰りに自室用の鍵を買わないといけなくなるじゃないか!!

「慎也も! スマホつつく前に行くわよ!!」
「あ、うん! それじゃあ、皆さんありがとうございました!!」

 スマホの買い物リストを更新する手を止め、俺は一足先に動き始めた彼女たちを追いかける。
 そんな俺達の姿が見えなくなるまで、彼女たち三人の母親は、ずっと見守ってくれていた――――。
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