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第6章

126.作戦の失敗

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「ダメねぇ……何がいけないのかしら……」

 日も傾きかけた夕方の休日。
 ソファーに腰掛けアイさんを隣にはべらせた俺は、腕を組んで考え込むエレナを見上げる。

「何って全部じゃない?」
「全部ってどこがよ!」
「……人の欲は恐ろしいってことだよ」

 そう苦笑しながら眼下で気持ちよさそうに横になっているアイさんを目に収める。

 作戦――――エレナ立案の『慎也が全部受け入れる作戦』は失敗だった。
 やっぱりというべきか結果は見ての通り。1時間もすれば幸せそうに膝枕されるアイさん。これはコレで可愛いのだが恥ずかしいし、セーターのおかげでスタイルの良さを惜しげもなく晒しているものだから俺の理性もマズイ。

 人の欲とは恐ろしいものだ。一つ目標が達成されれば次のものを、それも達成すれば次を……と人の望みには際限がない。きっとアイさんにとってもいくら受け入れようとも際限はないだろうそれこそ人の欲のように。
 そんなことを考えながら、なんとか理性を抑え込みつつ再び見上げると今度はエレナが俺の逆サイドの三人がけソファーに腰を下ろしてくる。

「まぁ、仕方ないわ。次の作戦を考えることとしましょうかね。……それにしてもまぁ、幸せそうな顔しちゃって……喜ばしいことだけど複雑ねぇ」

 俺の肩に身体を預けながら横になっているアイさんを見る。
 どうやらアイさんは一方的に母性を発揮するタイプではないみたいだ。基本的には発揮するが、たまにこうやって甘えることもしばしばある。
 甘えて、甘えられ。それはまるで麻薬のよう。一歩間違えれば共依存待ったなしの状況を打破しようとした今回の計画だが、流石に一朝一夕では難しそうだ。

「そういえばリオの姿が見えないけど?」
「えぇ、慎也が作戦遂行中私達は買い物行ってたんだけどね、あの子ったらマネージャーに呼ばれちゃって。お陰で荷物は全部私持ちよ。ぶぅ」
「あはは……お疲れ様」

 この1時間ちょっとどこ行ったのかと思えば買い物だったらしい。
 チラリと見た袋から顔をのぞかせているのは赤や緑を基調とした品々。もうじき訪れるクリスマスの飾りつけを買ってきたらしい。
 重くはなさそうだが随分とかさばっている。持って帰るのは大変だっただろう。

「ほらアイ!早く起き上がって!クリスマスの飾りつけをするって昨日言ったでしょ!!」
「ん~~!! や~~~!!」

 エレナの呼びかけに対抗して、まるで駄々をこねるかのように俺の腹回りに抱きつくアイさん。
 これはこれで可愛いのだが、その平均よりもある胸の感触が迫ってきてだいぶ理性がまずい。

「こまったわねぇ。 慎也、説得お願いできる?」
「俺?」
「他に誰がいるっていうの?それとも、胸の感触でずっと鼻伸ばしてるの、失望されたい?」
「っ……!説得させていただきます」

 どうやらエレナには全てお見通しのようだ。彼女の言葉に思わず背筋がピンと伸び、俺の手はアイさんの肩へ伸びる。

「アイさん」
「……なぁに?」

 一時的な退行したように駄々をこねてこちらを見上げてくるアイさん。
 完全なるギャップ。いつもカワイイがベクトルが違うあまりの可愛さに何でも受け入れたくなるが、今回ばかりは心を鬼にする。

「そろそろ飾り付けしよっか? ほら、俺も手伝うからさ」
「……や、です」
「そっかぁ。じゃあ、アイがやらないなら私と慎也で全部働いて飾り付けしましょうか。もちろん、邪魔者抜きの二人きりで、ね?」
「……!! い、いえ!私も手伝います!慎也さんはそこでじっとしていてください!私が全部やりますので!!」

 俺の言葉にも嫌がっていたアイさんだったが、挑発するようなエレナの言いようによりさっきとは一転、どこかスイッチが入ったように立ち上がってくれた。

「さぁエレナ!どこからやるの!?」
「まったく、現金な子ねぇ」

 さっきとはあまりの変わりようにエレナも呆れ顔。
 もしかして俺を働かせたくないのだろうかとさえ思ってしまう。

「やぁやぁごめんねエレナ。 そしてただいま慎也クン。今帰ったよ」

 アイさんが甘えモードを解除、一転いつものやる気満々で働こうとしていると、ふと部屋の奥からリオが表れた。
 マネージャーに呼ばれていたらしいのだが大した用事じゃなかったのだろうか。

「あらリオ、案外早かったのね」
「ん、思ったよりね。それよりもアイがやる気十分ってことは、作戦は成功したの?」
「いえ、失敗よ。これはあくまで"慎也"という人参を前にぶら下げてるだけ」

 どうやら俺は人参らしい。
 袋から飾りを仕分けしているアイさんを見て「そうだと思った」と肩を竦めるリオ。

「で、リオ。マネージャーはなんだって?新しい仕事?」
「いや、エレナには……間接的には関係するけど今回は違うかな」
「そう?じゃあアイ?」
「ううん、今回は……」

 チラリと、リオの目線がこちらに向けられた。
 話の流れは聞いていた。察するに、リオが呼ばれた原因であるマネージャーの用事は…………

「……ま、とりあえず詳しいことが本人に聞いてもらったほうが良さそうだね。おーい!マネージャー!!」

 きっとどこか近くで待機していたのだろう。リオの呼びかけによって廊下の方から『はーい!』と聞き慣れた声が聞こえてくる。
 ほんの少しの床を叩く音。そして扉を開かれるやいなや、姿を現したのはスーツ姿の女性。

「久しぶりだねぇ慎也君! どう?皆とラブラブしてる!?」
「ラブラブって……俺たちはまだ…………」
「なんだよぅ。もういっそ認めちゃえばいいのにぃ」

 表れたのは当然、彼女たちの所属する事務所の社長、神鳥さんだった。彼女は煮え切らない返事につまらなそうな顔をする。

「マネージャー。もしかしてそれだけを言いにここへ来たの?私に荷物を押し付けて」

 買い物を邪魔されたエレナは少しつまらなそうに問いかける。
 きっと荷物持ちが一人になった恨みだろう。随分しんどそうだった。

「違う違う! そんなつまらないことじゃないよ!」
「じゃあなにかしら? 仕事の話なら会社でいいんじゃない?」
「そうともいかないんだよねぇ……今回は慎也君に"仕事"を持ってきたんだから」
「俺?」

 ここにいる全員の顔が一斉にこちらへ向けられる。
 間違いなく"仕事"と言った。またCMの撮影とか考えられるが、何やら普段とは違う真面目な雰囲気をまとっている。

「そうそう!ちょぉっとした簡単なお願いなんだけどねぇ」
「はぁ……何でしょう?」

 彼女は封筒から一枚の紙を取り出しながら、コホンと一つ咳払いをする。

「悪いんだけどさぁ…………私の代わりに、3人のマネージャー業、やってみない?」
「…………へぁ?」
「「えっ……………えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」


 神鳥さんの突然の提案に呆けた声を出す俺。
 そして、俺以上に驚きの声を上げるのは金髪と黒髪の二人の少女だった――――。
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