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第5章

109.同類

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「リオ……!どうして……!? 買い物に行かせたはずなのに…………!」

 開かずの扉の先。誰も入ったことのないアイさんの部屋。
 そこには4人の少年少女が一同に介していた。

 ベッドに捉えられる俺とリオと出入り口で腕を組むエレナが一斉に組み伏せられているアイさんへ視線を向けていた。

 リオに押さえつけられたアイさんは必死に抵抗するも、体重を乗せた捕縛に敵うことはなくビクともしない。
 恨めしそうに問いかけられたリオは「うんとね」と軽い様子でその問いに答える。

「ちょっと前から思ってたけどアイの……慎也クンを見る目が今日は一段と熱籠もってたからね。あのアイが買い物忘れなんて珍しいこともあったし、みんなを分断させようと企ててるなって直感して私の部屋から様子を伺ってたよ」
「そんな……エレナもここにいるのは……」
「もちろん。しばらく見てたら慎也クンに続いてアイが入っていくんだもの。合鍵持って急いで呼びに行ったよ」

 彼女たちの鍵……それは三人とも残り二人の分も持っているという。
 この部屋に入るためにエレナの分は俺が、アイさんのは自身が持っているとするならばリオが鍵を使うしか無いだろう。
 自らの企てを看破されたアイさんは悔しそうに唇を噛む。

「くぅ…………!」
「さて、エレナ。悪いんだけど慎也くんの手錠を外してくれない?見た感じオモチャだからどこかにボタンがあると思う」
「…………」

 リオの言葉を受けたエレナは何を言うわけでも無くただ黙って俺に近づき、手首の手錠を探り出す。
 どうやらすぐにボタンを見つけたようで、カシャリと小さな音の後手首の開放される感覚が。
 同様に足首の手錠も外してくれて拘束されていた身が自由になる。

「平気?怪我とか……何もされてない?」

 小さくも確かに、俺を案じてくれる声が聞こえてきた。
 ほんの十数分前に聞いたばかりなのだが、もう何日も聞いてなかったかのような懐かしさと安心感に思わず身体の力が抜け始める。

 そのせいで一瞬足元がおぼつかなくなりふらついてしまったが、エレナの咄嗟の支えにより事なきを得た。
 片手を上げて問題ないと示すと彼女はそっと離れてくれる。

「ありがと。大丈夫。怪我も何も無いよ」
「そう……。ごめんね、怖い思いさせちゃって」

 そう申し訳無さそうに乱れた俺の服を丁寧に直してくれたエレナは、振り返りつつベッドのアイさんと向かい合う。

「ありがとね、リオ。もう離していいわよ」
「そう? じゃあ私は慎也クンとイチャコラしてるわねぇ」
「…………程々にね」

 え、それは止めてくれないの?
 黙って近づいてくるリオに何をされるかと一瞬身構えたが、トテトテと俺のそばに付くだけで何もしてこなかった。
 もしかしたらリオなりの護衛なのかもしれない。黙って寄り添ってくれる彼女を受け入れると、アイさんの目がチラリとリオを捉える。

「リオ…………リオの『トップアイドルになる約束』って、約束した相手は紗也ちゃんでしょ?」
「ん? あぁうん、そうだよ。よくわかったね?」

 ベッドに手をついたまま話しかけてくるアイさんはうつむき、髪に隠れているため表情はわからない。
 しかし問いかける声色は恨めしげだ。

 一方で関心したように答えたリオだったが、答えを聞いたアイさんはグッとベッドシーツを握りしめたかと思いきやその俯いた顔を一気に振り上げる。

「なら……なら!なんで慎也さんにこだわるの!!リオに紗也ちゃんがいるなら……ボクに慎也さんをくれたっていいでしょう!?」

 ――――それは彼女の心からの叫びだった。
 涙ながらに心の内を叫ぶアイさん。彼女の言葉に即答する者は現れず、ただ静寂が一時空間を包み込む。

「どうして……ボクには……」

 苦痛を堪えるような言葉。
 次第に力なく俯いていく彼女にリオは一つ息を吐き、彼女の前へしゃがんで目を合わせる。

「それはダメ」
「どうして!?」
「そもそも、約束をしたのは慎也クンの彼女として認めてもらう条件だから。私はずっと……小学生の頃から慎也くんの彼女になるために頑張ってたから」

 リオの真っ直ぐな言葉を直視することができない。
 俺はそんなに立派な人間じゃない。むしろ俺のほうがふさわしくないのにと……。そんな思いが頭の中を駆け抜けるが、今は考えるべきではないとその思考を横に振る。

「それだったらボクだって……!」
「そう。私もアイも、エレナにだってその資格はあるよ。おんなじグループなんだから。……ね、エレナ?」

 リオに話を振られたエレナは今まで黙って組んでいた腕を解き、一つ息を吐いてベッドの横に腰掛けた。
 彼女は身体を捻りアイさんと向かい合わせて乱れた髪を梳きはじめる。

「アイ、私達はみんな対等なのよ。そんなことも気付かず強引な抜け駆けだなんて視野が狭くなりすぎじゃない?どれだけ一直線過ぎるの」
「エレナ…………」
「それにしてもこの部屋、凄いわねぇ。一つたりとも撮られた自覚なかったわ。ここまで私のことも好きでいてくれてるとはね」

 エレナが感心するように見上げるのは壁一面の写真の数々。
 どうやら俺と同じようにエレナも覚えがない写真のようだ。黙ってしまう彼女にエレナは言葉を続けていく。

「私の写真はどうでもいいわ。撮られ慣れてるし。問題はさっきのことよ。 あなたね、無理矢理迫るって何考えてるの?今度は慎也が女性恐怖症にでもなったらどうするつもり?危うく元父親と同じことしてたわよ」
「ボクが……あの男の人と……?」
「えぇ、だってそうじゃない。隠し撮りするし、拘束までしてから一方的に迫って恐怖を植え付けて」
「ボクは……………」
「ま、幸いにも慎也はそんなヤワじゃないみたいだけど。さすが私の弟ね」

 自信満々の笑みでこちらに振り向いて手を招くエレナ。
 どうやら呼んでいるようだ。隣にアイさんがいるなか近づいていいのかと思いつつ恐る恐る近づくと、リオがベッドと対面するように椅子を配置してきて言われるがままに腰を下ろす。

「いい子。大丈夫?アイのこと怖くない?」
「俺は全然……」
「そう。よかった」

 まるで子供に語りかけるように優しく聞いてくるエレナに首を振ると、彼女は微笑みながらアイさんと向き合った。

 エレナによって髪をかき分けられ表情を露わにするアイさん。
 うつむきがちに見えるその表情は目を伏せ、落ち込んでいるのが見て取れる。目の端には微かに涙のようなものも浮かんでいた。

「ほら、そんな暗い顔をしない。せっかくの可愛い顔が台無しじゃない」
「でも、ボク……慎也さんに酷いことを…………」
「そうね。でも、私だって同類よ」
「…………?」

 エレナはそんなアイさんの頭を撫で、一度ベッドから俺の前に降り立った。
 眼の前にはエレナの困ったような笑み。そのままアイさん同様頭を一撫でし、そっと中腰になってリオへと視線を移す。

「リオ、ごめんね」
「しゃーない。今回ばっかりはエレナの勝ちだわね。慎也クンには悪いけど」
「その通りね。慎也には悪いけど」

 揃ってよくわからない会話をする二人組。
 俺に悪いってどういうことだろうか。微笑みあった彼女らは優しい目をしながら座っている俺へと意識を移す。

「俺に悪いってどういうこと?」
「そうね。実際に見てもらったほうが分かるわ」
「見るって何――――――!!」

 そこからはつい数分前をフラッシュバックするような、突然の出来事だった。
 そっと頬に手を触れた瞬間、迫ってくるのはエレナの顔。
 反射的に逸そうともしたがエレナの小さな手が顔を包み込んで首を動かすことはかなわない。
 小さく震える手、キュッと目を瞑った顔が近づいてくるのをどうすることも出来ず、先程のアイさんと同様、唇に柔らかな感触に襲われた。


 本日何度目かのキスだった。

 今回はキスをされていると理解するのにそう時間を要さなかった。
 反射的に身体を強張らせ、離れようとするも後ろから両肩をリオに掴まれていて動くことが出来ない。


 ――――全く慣れていないのか唇越しに歯が当たる下手くそなキス。
 アイさんはぬいぐるみで練習をしたと言っていた。比べるようで悪いがエレナは本番も練習も、そういったものは一切ないのだろう。
 ただただ唇同士をあてるという、下手くそなキスを終えた彼女は満足そうな表情を見せながらゆっくりと距離を取る。

「えぇ。私も慎也が好き。大好きよ!当然、弟よりも彼氏になってほしいわ!」
「――――」

 誇るように全員の前での宣言。

 なにも言えなかった。
 もしかしたら、と思う時もあった。そうであったら嬉しいとも。

 けれどこうも目の当たりにすると何も言えない。開いた口が塞がらない。
 まるで注射を我慢した子供を励ますように後ろから頭を撫でてくるリオが、ついでとばかりに頬へキスをしてくる。

「と、いうことで無理矢理迫った件を含めて、慎也のことが好きな私もアイも同類よ。ついでにリオもね」
「ついでとは失礼な。私が一番初めに好きだったというのに」

 リオは役目を終えたように俺を立ち上がらせる。
 もしかして、このためだけに椅子へ座らせたというのか。

「エレナ……ボク…………」
「えぇ、いいわ。ちゃんと話しましょ。 でも、その前に――――慎也」
「……?」

 アイさんの言葉を遮ってエレナは俺へと再度振り向く。
 さっきまでとは違い立ち上がった都合上、完全に見上げる形になった彼女はもう一度手首の様子を伺って俺の顔を視界に収める。

「ごめんね?慎也が当事者なのは分かるけれど、今日はこれくらいにしてもらえないかしら? 三人で話し合いたいの」
「え?うん。それくらいなら全然…………」
「本当に今日はごめんね。 また近いうちに絶対、謝りに行くから。アイと一緒に」

 謝るだなんてそんな。
 ちょっとしたアクシデントがあっただけで実害なんてほとんどなにもない。
 キスだって、それは俺より彼女たちが大変だろう。むしろ俺は悪い気なんて一切しなかった。

「わかった。 じゃあ、また今度」
「あ、慎也クン。掃除もありがとね。 残りはちゃんとやっておくから」

 きっと俺が居たらこれ以上話が進まないかこじれるだけだろう。
 そのままエレナに従う形で開かずの扉をくぐる。 後ろ髪を引かれる思いの中、アイさんの部屋を出るのであった――――。
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