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第4章

089.思考の逃げ場

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「娘と遊んでいただき本当にありがとうございました」

 俺とリオの前で小さな少女……のぞみちゃんを抱えた母親がペコリと頭を下げる。

 リオとのぞみちゃんがボール遊びを初めて1時間半程。
 もう太陽も落ちてきて夕飯が近いからと、母親が声を掛けたことで本日の遊びはお開きとなった。
 ちなみに遊んでいる間ずっと、のぞみちゃんはリオにベッタリで、残された俺と母親といえばベンチに座りながらその様子を見守りつつチョコチョコとおしゃべりをしたくらいだ。

 母親が声を掛けたことでのぞみちゃんもまだ遊びたいと駄々をこねるかと思ったが意外とそんなことはなく、もう十分遊んだからと素直に駆け寄ってきた。

「おねえちゃん、ありがとう」
「ううん、のぞみちゃんこそ、遊んでくれてありがとう」

 足元にやってきたのを見てしゃがんで目を合わせつつ微笑むリオ。

 リオがこうも子供好きだとは思わなかった。
 彼女の印象としては第一に自由奔放がくる。だからそういった縛られるものを嫌うと思っていたのたのだが。

「それでは私達はそろそろ。……リオさん、少し構いませんか?」
「はい?」

 母親は内緒話をするかのように自らの口に手を当て、リオの耳元へと近づく。
 つられるようにリオも近づくのだが、のぞみちゃんを抱えて上手く近寄れないからかその話し声は俺の耳にも届いていて……

「その、活動はもちろん、恋も頑張ってください。応援してますから」
「…………はい。絶対に彼を落としてみせますよ」
「リオさんなら絶対に落とせますよ!スクープを楽しみにしてますね」

 ありありと母親は胸元でフリーの手をギュッと固く握るものだから、それを見ていたのぞみちゃんも真似をするように両手でキュッと握り拳を作る。
 いいなぁ……こういうの。可愛いなぁ……
 まだまだ小さく柔らかな手。そして母親の真似をする素直さ。せめて炎上リスクのあるスクープを楽しみにするのは勘弁してほしいところだが。

 ――――あ、そういえば。

「すみません。今更なんですがマフィンいかがですが? 学校で一杯貰っちゃって…………」
「え、いいんですか? ありがとうございます!」

 その柔らかそうな頬を見ていたらバッグに入ったマフィンのことを思い出した。
 期限も近いに小北さんには明日謝っておこう。

「のぞみちゃんは食べられるかわからないんで判断はお願いしても?」
「もちろんです。あれ?これって―――」

 母親……は両手ふさがっていたからのぞみちゃんに二袋ほど渡したらマジマジとマフィンを見つめられた。
 あれ?もしかしてこういうのダメだったのかな?

「もしかして苦手だったとか……?」
「あっ――――いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

 俺の問いかけにより我を取り戻したのか手提げ袋にマフィンを入れていく。
 アレルギーとか色々あるかもしれないし、おまかせするしかない。

「それでは今度こそ、私達はこれで。おやすみなさい」
「おねぇちゃん、おにぃちゃん、ばいば~い!」

 もう話すこともなくなり、最後の挨拶とともに去っていく母親越しにのぞみちゃんが大きく手を振ってくるのを見て、俺とリオも小さく手を振る。

 その無邪気な笑みは今日一日の疲れが一気に癒されるようだ。
 アレくらいの小さな子ってホント可愛い盛り。素直で元気で、庇護欲が……

「……行っちゃったね」
「そうだね」
「リオもお疲れ様。大変だったでしょ?」
「……ううん」

 やがて二人の姿が見えなくなり、俺たちだけになってしまった公園。
 俺たちの手は自然と互いの手を求め、繋ぎあったあとにコテンと彼女の頭がこちらに寄りかかってくる。

「ねね、慎也クン」
「ん?」
「いい子だったね。のぞみちゃん」
「そうだね。 可愛かった」

 朧げに思い出せる自らの過去と比べてみても、のぞみちゃんは随分と理性的でありながら元気いっぱいに遊ぶ子だった。
 当時の俺は……本能でしか動いていなかったかもしれない。それに、アレくらい無邪気な子が笑っているのを見るとこっちまで嬉しくなってくる。

「私達の子もあんなふうになるのかな?」
「…………」
「およ? 慎也クン?」

 リオは一体何を言っているのか。
 背中に嫌な汗が出て周りに誰もいないことを確認しながら隣を見ると、これみよがしにお腹をさする彼女が目に映る。

「リオの中で俺はどうなってるの?」
「ふぅむ…………旦那様?」
「えぇ……」

 兄、彼氏ときていつの間にか旦那様になっていた。
 このまま放っておいたら1週間後にはどんな立場になっているのだろうかと恐ろしくてたまらない。

「でも、せっかくの放課後だったのに私のワガママに付き合ってくれてアリガト」
「ううん、俺も見ていて楽しかったから全然。だいぶ日も落ちちゃったしそろそろ時間かな?」
「時間?」

 なんのことかわからずに寄り添っていたリオがこちらの顔を覗き込んでくる。
 残暑のお陰で太陽は見えているが、これが冬ならば既に真っ暗になっている時間帯。チラリと時計を見つつ肩を竦める。

「もう夜だからリオも帰らなきゃ。家でアイさんが夕飯作って待ってるでしょ?」
「あぁ、そういえばすっかり言い忘れてたよ」

 そういえばと思い出すのは彼女が持ってきた大きめのバッグ。遊んでいる間もずっと離そうとしなかったものにほんの少しだけ好奇心がくすぐられていた。

 そう言って彼女は何かを思い出したかのように肌身肩にかけていたエナメルバッグを地面に置いて中身を漁りだす。

「私ね。アイにはマネージャーの家に泊まってくるって言ってあるの」
「はぁ……」
「それでマネージャーには何も言ってない。更に言えば明日はお休み。つまり、どういうことだと思う?」
「…………!! リオ、もしかして……」

 ニヤリと、背中から振り返る目が光る。

 そこまで言われたらいくら鈍い俺といえども察しはついた。
 見せつけるように取り出したのは歯ブラシセットと化粧品。そこから意味するものとはつまり……

「ジャーン! 今日は慎也クンの家に泊まらせていただきます!」
「泊まり!?俺の許可は!?」
「ちゃぁんとお母さんに許可取ったから大丈夫!!」
「いや俺の許可!」
「家主権限があるからセーフだよ!!」

 母さん!!
 もはやハメられたも同然。留守番状態の俺に拒否権なんて存在しない。
 先日のエレナの件といい随分と根回し周到だ!せめて当事者である俺に言っておいてと心の大海原に叫ぶ。

 チラリと顔をのぞかせるエナメルバッグには着替えと思しき服が何点か見える。それは彼女の泊まる意志が嘘偽りないことの証左。

「最初に言ったでしょ?『今日は一緒に居てね?』って……だから……家でもよろしくね。ダーリンっ!」

 バッグを持ったリオは勢いに任せて俺の腕に抱きついてくる。
 エレナの時は何も知らないまま寝てたし、今回は事前申告で逃げ場がない……母さんがあちら側に回った今、もはや俺にはどうしようもないというのか……

 俺は思考の逃走も兼ねて、今日の夕飯をどうしようか考え始めた。
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