89 / 167
第4章
089.思考の逃げ場
しおりを挟む「娘と遊んでいただき本当にありがとうございました」
俺とリオの前で小さな少女……のぞみちゃんを抱えた母親がペコリと頭を下げる。
リオとのぞみちゃんがボール遊びを初めて1時間半程。
もう太陽も落ちてきて夕飯が近いからと、母親が声を掛けたことで本日の遊びはお開きとなった。
ちなみに遊んでいる間ずっと、のぞみちゃんはリオにベッタリで、残された俺と母親といえばベンチに座りながらその様子を見守りつつチョコチョコとおしゃべりをしたくらいだ。
母親が声を掛けたことでのぞみちゃんもまだ遊びたいと駄々をこねるかと思ったが意外とそんなことはなく、もう十分遊んだからと素直に駆け寄ってきた。
「おねえちゃん、ありがとう」
「ううん、のぞみちゃんこそ、遊んでくれてありがとう」
足元にやってきたのを見てしゃがんで目を合わせつつ微笑むリオ。
リオがこうも子供好きだとは思わなかった。
彼女の印象としては第一に自由奔放がくる。だからそういった縛られるものを嫌うと思っていたのたのだが。
「それでは私達はそろそろ。……リオさん、少し構いませんか?」
「はい?」
母親は内緒話をするかのように自らの口に手を当て、リオの耳元へと近づく。
つられるようにリオも近づくのだが、のぞみちゃんを抱えて上手く近寄れないからかその話し声は俺の耳にも届いていて……
「その、活動はもちろん、恋も頑張ってください。応援してますから」
「…………はい。絶対に彼を落としてみせますよ」
「リオさんなら絶対に落とせますよ!スクープを楽しみにしてますね」
ありありと母親は胸元でフリーの手をギュッと固く握るものだから、それを見ていたのぞみちゃんも真似をするように両手でキュッと握り拳を作る。
いいなぁ……こういうの。可愛いなぁ……
まだまだ小さく柔らかな手。そして母親の真似をする素直さ。せめて炎上リスクのあるスクープを楽しみにするのは勘弁してほしいところだが。
――――あ、そういえば。
「すみません。今更なんですがマフィンいかがですが? 学校で一杯貰っちゃって…………」
「え、いいんですか? ありがとうございます!」
その柔らかそうな頬を見ていたらバッグに入ったマフィンのことを思い出した。
期限も近いに小北さんには明日謝っておこう。
「のぞみちゃんは食べられるかわからないんで判断はお願いしても?」
「もちろんです。あれ?これって―――」
母親……は両手ふさがっていたからのぞみちゃんに二袋ほど渡したらマジマジとマフィンを見つめられた。
あれ?もしかしてこういうのダメだったのかな?
「もしかして苦手だったとか……?」
「あっ――――いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
俺の問いかけにより我を取り戻したのか手提げ袋にマフィンを入れていく。
アレルギーとか色々あるかもしれないし、おまかせするしかない。
「それでは今度こそ、私達はこれで。おやすみなさい」
「おねぇちゃん、おにぃちゃん、ばいば~い!」
もう話すこともなくなり、最後の挨拶とともに去っていく母親越しにのぞみちゃんが大きく手を振ってくるのを見て、俺とリオも小さく手を振る。
その無邪気な笑みは今日一日の疲れが一気に癒されるようだ。
アレくらいの小さな子ってホント可愛い盛り。素直で元気で、庇護欲が……
「……行っちゃったね」
「そうだね」
「リオもお疲れ様。大変だったでしょ?」
「……ううん」
やがて二人の姿が見えなくなり、俺たちだけになってしまった公園。
俺たちの手は自然と互いの手を求め、繋ぎあったあとにコテンと彼女の頭がこちらに寄りかかってくる。
「ねね、慎也クン」
「ん?」
「いい子だったね。のぞみちゃん」
「そうだね。 可愛かった」
朧げに思い出せる自らの過去と比べてみても、のぞみちゃんは随分と理性的でありながら元気いっぱいに遊ぶ子だった。
当時の俺は……本能でしか動いていなかったかもしれない。それに、アレくらい無邪気な子が笑っているのを見るとこっちまで嬉しくなってくる。
「私達の子もあんなふうになるのかな?」
「…………」
「およ? 慎也クン?」
リオは一体何を言っているのか。
背中に嫌な汗が出て周りに誰もいないことを確認しながら隣を見ると、これみよがしにお腹をさする彼女が目に映る。
「リオの中で俺はどうなってるの?」
「ふぅむ…………旦那様?」
「えぇ……」
兄、彼氏ときていつの間にか旦那様になっていた。
このまま放っておいたら1週間後にはどんな立場になっているのだろうかと恐ろしくてたまらない。
「でも、せっかくの放課後だったのに私のワガママに付き合ってくれてアリガト」
「ううん、俺も見ていて楽しかったから全然。だいぶ日も落ちちゃったしそろそろ時間かな?」
「時間?」
なんのことかわからずに寄り添っていたリオがこちらの顔を覗き込んでくる。
残暑のお陰で太陽は見えているが、これが冬ならば既に真っ暗になっている時間帯。チラリと時計を見つつ肩を竦める。
「もう夜だからリオも帰らなきゃ。家でアイさんが夕飯作って待ってるでしょ?」
「あぁ、そういえばすっかり言い忘れてたよ」
そういえばと思い出すのは彼女が持ってきた大きめのバッグ。遊んでいる間もずっと離そうとしなかったものにほんの少しだけ好奇心がくすぐられていた。
そう言って彼女は何かを思い出したかのように肌身肩にかけていたエナメルバッグを地面に置いて中身を漁りだす。
「私ね。アイにはマネージャーの家に泊まってくるって言ってあるの」
「はぁ……」
「それでマネージャーには何も言ってない。更に言えば明日はお休み。つまり、どういうことだと思う?」
「…………!! リオ、もしかして……」
ニヤリと、背中から振り返る目が光る。
そこまで言われたらいくら鈍い俺といえども察しはついた。
見せつけるように取り出したのは歯ブラシセットと化粧品。そこから意味するものとはつまり……
「ジャーン! 今日は慎也クンの家に泊まらせていただきます!」
「泊まり!?俺の許可は!?」
「ちゃぁんとお母さんに許可取ったから大丈夫!!」
「いや俺の許可!」
「家主権限があるからセーフだよ!!」
母さん!!
もはやハメられたも同然。留守番状態の俺に拒否権なんて存在しない。
先日のエレナの件といい随分と根回し周到だ!せめて当事者である俺に言っておいてと心の大海原に叫ぶ。
チラリと顔をのぞかせるエナメルバッグには着替えと思しき服が何点か見える。それは彼女の泊まる意志が嘘偽りないことの証左。
「最初に言ったでしょ?『今日は一緒に居てね?』って……だから……家でもよろしくね。ダーリンっ!」
バッグを持ったリオは勢いに任せて俺の腕に抱きついてくる。
エレナの時は何も知らないまま寝てたし、今回は事前申告で逃げ場がない……母さんがあちら側に回った今、もはや俺にはどうしようもないというのか……
俺は思考の逃走も兼ねて、今日の夕飯をどうしようか考え始めた。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
大好きな彼女を学校一のイケメンに寝取られた。そしたら陰キャの僕が突然モテ始めた件について
ねんごろ
恋愛
僕の大好きな彼女が寝取られた。学校一のイケメンに……
しかし、それはまだ始まりに過ぎなかったのだ。
NTRは始まりでしか、なかったのだ……
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる