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第3章

076.お片付け

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「さっ!愛惟さん、お兄ちゃんへの罰ゲームはなににするの!?」

 敗者の決まったゲーム終わり。
 見事圧倒的な差をつけられて最下位となった俺を尻目に紗也が楽しげに問いかける。
 女子二人で手を合わせて喜び合っていた紗也とアイさん。

 最後の最後、同時にゴールテープを二人は、コンピュータという厳正な審査の結果アイさんが見事一位となって幕を下ろした。
 結果彼女が俺に対して罰ゲームをすることに。今更ながらに2位へも罰ゲームアリにておけばと公開する。

「えっ!?私は……ゲームに夢中で罰なんて全然……考えて無くって……」
「何言ってるの!正当な権利なんだから好きなことお願いしないと!!」

 まさに無欲の勝利というべきか、項垂れる俺の一方で、アイさんは命令なんて考えていないようだった。
 
 彼女の手さばきは初心者とは思えないほど上手かった。最後の最後はルール無用の紗也の策略により負けはしたものの、彼女自身の腕前がなければ2位にすらなれなかっただろう。それはアイドルのレッスンで培ったものなのか生まれ持つ才能か、なんにせよその実力にはただただ脱帽するしか無い。

「ほらっ!何でもいいんだよ? パシリに使ってもこの先一週間夕食当番変わってでも」
「私は当番制じゃないし……でも……ううん……」

 随分とアイさんに懐いたものだな、紗也よ。お兄ちゃんちょっと嫉妬しちゃうぞ。

 エレナには随分と警戒していて心配だったが、いつの間にか随分と仲良くなったものだ。
 紗也はアイさんの背中に張り付きながらその身体を俺の方に向け、彼女に隠れるように俺と向かい合う。

 その姿はまるで、初めて会ったアイさんのようだった。
 けれどあの時とは随分と様変わりしている。そもそも隠れるのはアイさんだったのに今となっては位置的に紗也が隠れる形になっている。
 それに彼女も困ってはいるが嫌そうではなく、俺のことも怖がっていない。まさに梅雨の彼女とは別人のように思えた。きっとアイさんは恐怖症さえなければ文字通り"高嶺の花"と呼ばれる理想的な女性になっていただろう。今でもアイドルとして人気は絶頂だが。

「…………うん、はいっ!決めました!!」
「なになに!?」
 
 息を整えて決まったであろうアイさんに罰ゲームの影響を受けない紗也が食いつく。
 まるで罪状を読み上げられるように向かい合う様に、ソファーで正座をして判決を待つ。紗也の前で恥ずかしいことや大金を使うことだけは勘弁してほしいが……。

「それでは……慎也さん」
「……はい」
「その……これから……慎也さんが私と話す時の敬語をやめてもらえませんか?」
「…………はい?」

 敬語をやめる。
 その罰ゲームとは思えない申告に腑抜けた声が出てしまった。
 後ろから彼女の肩に顎を乗せていた紗也も疑問符を浮かべている。

「どういうことです……アイさん?」
「その敬語です。慎也さん、さっきゲームで私と話しているとき外れていたじゃないですか」
「……そうでしたっけ?」

 先程のことを思い返すも全く思い出せない。
 外れてたっけなぁ……あの時は熱中しすぎて無意識だったから。会話内容すら覚えてない。

「外れていたんです。ですので、これからも私に対しては敬語を外すのを継続……はどうでしょう?」
「は……うん。その、アイさんがそう言うのなら……。ところでアイさんの敬語は?」
「私はいいのです。この話し方で慣れちゃったんで」

 実際に意識して使ってみると随分と難しいし恥ずかしい。
 けど、案外悪くないかもしれない。今はまだ慣れないがこういうのもなんかこう……アリだ。

「ムー!」

 二人して笑い合う中、それを面白く思わない人物が一人いた。
 そう、我が妹だ。紗也はアイさんから一旦離れ、俺と彼女の間に立ってから無理やり俺の膝に乗ってくる。

「紗也?」
「そんなの罰ゲームじゃないよ~!もっとこう……お兄ちゃんを使うことじゃないと!」

 何その暴論!?
 当事者間で済んだことだからいいだろうに。

「え……えっと、じゃあ……肩を揉んでもらう、とか?」
「う~ん……変に近づきすぎるのもアレだしそれくらいなら……うん、オッケー!お兄ちゃん、それで行こう!」

 えぇ……。
 いつの間に紗也が判断する側になっちゃってるの。

 いきなり追加された罰ゲームを執行しかねていると、紗也は立ち上がってから俺の腕を引っ張り立つよう促してくる。
 その様子に渋々と立ち上がると今度はアイさんの背中側へ。え、ホントにやるの?

「アイさん、いいんですか?」
「はい……お願いします。あと、敬語もですよ?」

 おっと、敬語も継続か。
 俺は紗也が見守るという妙な雰囲気の中、白いシャツに身を包んだアイさんの肩にそっと手を触れる。

「んっ…………!」
「だ、大丈夫!?」
「平気です! 平気ですからどうか続きを……」

 その小さな肩に触れた瞬間、彼女の口から小さく声が漏れ、身体が一瞬大きく震えた。
 本当に大丈夫だろうか……内心不安になりながらも俺はゆっくりとその手に力を込め始める。

「あっ……んっ……お、お上手……ですね……」
「あ……ありがと……」

 彼女の色っぽい悶えるような声は極力聞かないように務める。

 二人して言葉が跡切れ跡切れになりながらもその手は止まることなく動かし続けた。
 彼女の方は凝りが酷いという程でもなかった。多少はあるものの大したことなく、柔肌に手が沈み込む。
 夏だからか着ているものが薄いのもあって指先に伝わってくる肩にある紐状の感触。そして、揉む時に少しだけ服が弛むものだからチラチラと首から白い下着が見えるような見えないような…………

「アイさん……そろそろ……」
「だ、ダメです! まだ……もうちょっとだけ……」

 彼女から醸し出される妖艶な雰囲気に堪えきれなくなってギブアップを出そうとしたがその懇願により更にやらざるをえなくなってしまった。

 男性恐怖症のはずなのに……なんでここまで……
 無を意識しながら動かし続ける脳の隅っこでそんな考えが浮かんでくる。
 酷くなった話なのだから本来なら触られるのも嫌なはずだ。こんな、こんなことを許されるとなると勘違いしてしまいそうになる。

 ダメだ。彼女はアイドル。一般で何の突出した才能の無い俺と比べても釣り合うわけもない。勘違いしたって夢破れるだけだ。

「もう……そろそろ……」
「ダ…………んっ!……ダメ……です……もっ―――――」
「――――しゅうりょ~~~!!」

 いつしかチキンレースのようになってしまった俺たちを止めてくれたのは紗也だった。 
 ずっと隣で見ていたはずなのだがきっと雰囲気に堪えきれなくなったのだろう。

 ナイス。俺も抜け出せなくなるところだった。

「なんだか見てるだけなのにえっちすぎるよ!愛惟さんも!もういいでしょ!」
「えっ……あっ……! すみません慎也さん!我儘言っちゃって!」
「い、いえ。俺もすみません……」

 二人して謝り倒すものの、なんだか罰ゲームを受ける側の俺は約得の気分だった。
 けれど妙な雰囲気というのはどうしても残るものだ。俺はそれから一日、彼女が帰るまでその雰囲気の影響かしばらくまともに話すことが出来なかった。



 ―――――――――――――――――
 ―――――――――――
 ―――――――



「今日は突然だったのにありがとね」
「いえ、私としても楽しかったです。ありがとうございます」

 夕焼けが伸びるとあるマンションの廊下にて二人の女性が会話をしている。
 一人は黒髪、一人は茶髪。どちらも端正な顔立ちをしているが年の差がある二人だった。

「明日も仕事だからお願いね? それじゃ、今日はこれで」
「はい。マネージャーも頑張ってください」

 お互い少ない会話を終えてからマネージャーと呼ばれた茶髪の女性はエレベーターに乗り、黒髪の女性は扉が締まるまで見送った。
 その場に少女一人が残され静寂が場を支配すると、無言で近くの扉の鍵を開けて中に入っていく。

「ただいま……」

 その声は誰に届くこともない。当然だ。その部屋には彼女以外誰も住んでいないのだから。
 少女はそれ以上言葉を発することなく廊下を進み、最奥の扉を開けて最も広い部屋へと入っていく。

 開いた扉の先にあるのはリビング。毎日見るし毎日食事をするところ。
 彼女は荷物をそこそこに片付けてから辺りを見渡すと、ソファーの上にある物を見つけた。

「髪の毛……」

 ソファーの上には三種類の髪の毛があった。
 黒髪、金髪、茶髪の三種類。そのうち茶髪だけ短く、太いことがひと目でわかる。少女もそれぞれの髪を一つまみして眺めた後、茶色の髪だけを摘んで廊下へと向かう。

「ようやく手に入れられました」

 そう呟いて片付けを後回しにした少女はリビングを出てすぐ隣の部屋に向かった。
 立ち止まったのはそこは開かずの扉。鍵がかかって開くことが出来ない部屋だ。
 しかし彼女はこの部屋の主。表情を変えることなくポケットから鍵を取り出して施錠を……開いた。

「ただいま」

 この部屋には少女以外誰も居ない。
 ペットも、家族も、友人も。なのに少女は二度目の『ただいま』を発する。それは誰かに語りかけるように。

 少女は明かりを付けることもなく部屋の中央にある椅子を引っ張って座り、周りの壁を見渡す。
 そこには壁一面覆い隠さんというほどの、ありとあらゆる"――――"で埋め尽くされていた。

 少女は迷うこと無く奥にある棚から小さな袋を取り出して摘んでいたものを入れる。
 そしてほとんど光の届かぬ部屋の中、かろうじてわかる輪郭を頼りに、今まで貼られていたものを外して交換するように、新たに手に入れた"――――"を取り付ける。この夏からやるようになった動作だ。端から取り付けていったものが、もう部屋の3分の1まで行き着くというほどまで。

 少女はライトをつけることなく暗い部屋のまま椅子に座り、スマホの画面を見て一人つぶやく。

「ずっと…………、ずっと、一緒ですからね。"――――"。」

 まるで永遠を誓い合うような言葉は誰の耳にも届かない。
 けれど彼女にとってはそれで十分だった。誰にも届かない声を発した彼女は、ほとんど動かさなかった口角をぐにゃりと大きく歪め笑うのであった。
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