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第3章
056.人知れずの二人
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「ねぇ、リオ……」
「なんじゃい、ダーリン。 あ、その綿あめ一口頂戴?」
「…………ん」
そこは人が多く行き交う祭り会場の真っ只中。
リオは片手にりんご飴や串焼きを器用に持ちながら返事をする。
様々な店に移る視線がこちらに振り向きざま、俺の手に握られている綿あめを身を乗り出すように口にする。
……さっきなんて呼ばれた?
「ん~、やっぱり甘いものはいいねぇ。 ……それで、どうしたの? もしかして、また食べ足りないとか!?よしっ、次は何行こう!?焼きそば?イカ焼き?」
その、一人で話を進める様はまさにいつもどおりのリオだった。直前まで紗也と一緒に居たときの面影など何一つ見えない。
彼女は調子よく近くの屋台まで歩いていって行きそうなところを俺は踏みとどまって彼女ごと止めた。
「ありゃ? 違った?」
「リオってさ、堂々と歩いて大丈夫なのかなって。ほら……色々と有名……だし?」
正直、ここまで堂々とされると本当に有名なのか疑問形になってしまう。
エレナやアイさんはちゃんと変装してるけどリオは自然体だし、それでもなお人がざわめくところなど見たことがない。
でもアイドルだということは身を持って知っている。だからこそ、この人目をはばからない様に疑問を抱いてしまったのだ。
「あぁ~、大丈夫ダイジョブ。 ほら、私って影薄いから」
「そんな適当な……」
串焼きを食べながらする適当な返事に力が抜けてしまったが、彼女が示す周りの人達を見てあながち間違いではないかもと考えを改める。
道行く人は誰一人気にする素振りを見せないし、屋台で対応した人も一瞥すらしていなかった。もしかしたら本当にそういった特技があるのかも。
「ほら、誰も気にしてないでしょ?」
「なら……なんで俺は普通に話せてるんだろう?」
「それはほら……これじゃない?」
「これ?」
「うん、これ」
曖昧な答えで彼女が示したのはりんご飴などが握られているものとは逆側の手。
それが持ち上げられると同時に上がるのは俺の手。 そう、あれからずっと俺たちの手は握られたままだ。汗ばんでるけど気持ち悪いとか思われてないかな……
「手を繋いでるから?」
「なんとなくだけどね。私もよくわかんない」
彼女は興味なさそうに説明し、残り僅かだった食べ物を一気に平らげてしまう。
これから踊るのに平気かと心配にもなったがきっと大丈夫だろう。だってリオだし。
「ほら、慎也クン。 そっちの割り箸も回収するから頂戴?」
「え? あぁ、ありがと」
今の彼女はこれから着替えも控えているからかジーンズとTシャツのラフな格好。
身体を捻って遠くにある俺の手に伸ばすものだから、その隙間から白い紐状のものがチラチラと目に入ってしまい、思わず顔をそらしてしまった。
「…………よしっ!ようやく身軽になった……って、なんで顔赤いの?」
「……なんでも」
ゴミ捨ての戻り際に顔を見られたようで、眠たげな瞳が軽く開いてこちらを覗き込んでくる。
彼女は気づいてはいないみたいだがどうにも無防備過ぎて心臓に悪い。
「? ま、慎也クンにはなにを見られてもいいけど。……それがたとえ下着でも、ね」
「っ……!気づいてたの!?」
「もちろん。気にしてるのか手をニギニギと……。手に汗かいて可愛かったよ?」
「~~~!!」
上目遣いながら微笑む彼女に、俺は思わず火を吹くように真っ赤になってしまう。
もしかしてわざと!?
いや、リオは搦め手より直接派みたいだし……でも、再会したときの格好はだいぶ際どかったしなぁ……
「でも、そっか……これ、慎也クンの…………」
「……リオ?」
俺が火照った顔をもとに戻そうと天を仰いでいると、気づけば彼女の視線はさっきまで繋がれていた掌に向いていた。
そしてここまでは聞こえないが何か小さくつぶやいているようでその手を近づけたり遠ざけたりしている。
「――――――――えいっ」
「リオっ!?」
唐突に。
彼女は何を思ったのか自らの掌に舌を這わせ始めた。
たしか、手に付いているのはさっきリオ自身が言っていた俺の汗で……つまり、彼女は……ああぁぁぁ!
「ふむふむ……普通にしょっぱい。 でも不思議と悪い気はしないかな?」
「お願い……もう勘弁して…………」
内心発狂しそうなほど恥ずかしくなった俺はもう彼女を見ることが出来ない。
そのまま下を向いていると彼女が近づいてきたのかシューズだけが視界に収まる。
「実を言うとね、私も結構緊張してたんだ。だから、慎也クンの手に付いてる汗はもしかしたら私のかもね?」
そう、少しはみかみながら聞こえる声は恥ずかしいがっていることを理解させる。
そっか、この手には彼女の――――――――って違う!俺にはそんなアブノーマルな趣味はない!
「ほ、ほら!俺も拭くから! リオもその俺の汗とかばっちいの付いた手を拭いて!」
「ばっちいって……久々に聞くねそれ」
首を振ってようやく正気に戻った俺は自らの手をハンカチで拭き、彼女に差し出す。
リオもその口調に少し困惑の色を見せたものの、すぐに従ってその手を拭き始めた。
「別に私はこのままでも全然良かったんだけど……」
「俺が良くないの!」
「はいはい……およ?」
彼女が何かを気にし始めたと同時にザザッと広報のスピーカーのスイッチが入り独特の機械音が聞こえてくる。
この時間、タイミング的にもしかして……
『まもなくメインステージにてストロベリーリキッドのスペシャルライブが行われます。チケットのお持ちの方は――――』
それは彼女の出番と同時に、俺達の時間の終わりを示していた。
リオはアナウンスの後、小さくため息を吐いて茶色の瞳をこちらに向ける。
「さて、デートはこれでおしまいかな? 楽しかった?」
「……恥ずかしかった」
「ふふっ。 私はとっても楽しかったよ。もちろん、チケットがあるんだから見るよね?」
「……うん」
リオもチケットが渡されていることを知っているようだ。
彼女は数歩ずつゆっくりと後ずさりするように距離を取り、俺と離れるのを惜しんでくれていることを実感させる。
「リオ」
「はいはい?」
「ライブ、楽しみにしてる。 頑張って」
「――――うんっ!」
彼女が見せたのはこの日一番の笑顔。
アイドルの時とは見るからに違う、本当の素から出ていると確信できるような笑顔だった。
「慎也クンも、正面の私ををちゃんと見ててね?」
「……もちろん」
言葉を残してステージの裏に一人走っていく後ろ姿に向かって小さく手を振る。
何度も、何度も彼女は振り返りそのたびに手を振る。俺は彼女の姿がだんだんと見えなくなるまで手を振り続けるのであった。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「ふぅ…………」
人混みを抜け一人になったところで立ち止まり息を吐く。
最初は全ての計画が狂ったと絶望した時間だった。
計画では彼が祭りに参加したのを後ろからつけて、いずれ驚かせるつもりだったのに。
それが一発目で紗也ちゃんに看破されてあろうことか過去まで知られるなんて。
紗也ちゃんに会えたことは素直に嬉しい。彼が一部だけでも思い出してくれたことも今思えば嬉しい。
だけど最初は動揺が勝ってしまった。自分の"素"が出て挙動不審になった記憶は今思い出しても恥ずかしくて穴に隠れたくなる。
「でも……たのしかったなぁ」
その後の時間は最高だった。
大好きな彼とのデート。ほんのちょっとだけども心置きなく一緒にいられて手もつなげた。
凄く楽しかった。…………楽しかったからこそ、考えてしまう事がある。
「もっと長く…………」
もっと長く。一秒でも長く一緒にいたかった。
パフォーマンスを披露するという役割は大事で、万全で完璧な自分を見せたいけれど、同時に一緒に居たい気持ちも強くある。別に祭りが終わってもまた会える。けれど"祭り"という特別な時間に二人きりは今しか無かった。
「やっぱり私、好きなんだなぁ」
とっくの昔から自覚していたことを今更ながらに実感する。
会ったことは数回、話したことはほぼない友人のお兄さん。それでも好きな気持ちは人一倍。
重いと言われるかもしれない。それでも自分の気持ちに嘘はつけない。
本当は今すぐに引き返してギュッとしたいけど今は仕方ない。本番まで時間ないし、早いところ二人と合流しよう―――――
「リオッ!!」
「――――えっ?」
自分に仕方ないと言い聞かせて二人が待つ集合場所へ向かおうと足を動かし始めたその時、後方から私を呼ぶ声が響いた。
何事かと思って振り向くと、そこには愛しい彼の姿が。彼は真っ直ぐ迷うことなく私を見つめている。
「どう……して…………」
目を丸くした私がなんとかひねり出したのは疑問の声だった。
それはどちらの『どうして』だったのだろう。
どちらもだ。何故呼び止めたのか。そして何故私を見つけられたのか。
私の影の薄さは群を抜いている。変装せずとも祭りで一切声をかけられないくらいに。
看破できるのはごく一部。私の知る限り彼の妹と母の二人しかしらない。
母と妹。ならばその家族である彼も看破できるのだろうか。いや違う。これまで一度たりとも見つけられたことはない。
もしかすると、看破できるように"なった"……?
「リオ……」
なんで?どうして?そんな思考の渦に囚われそうになったところで彼に呼びかけられ私の疑問は霧散した。
なに?と不思議な目を向けると、彼はほんの少しだけ逡巡してから迷わず私の手を取る。
「慎也クン……?」
「その……直前までついて行っていい?」
「どう、して?」
「どうしてだろ……。うまく言葉に出来ないけど、さっきのリオ……凄く名残惜しそうだったから」
目も合わせず告げる彼は耳まで真っ赤にしていた。
その姿が愛おしく思うと同時にどうしようもなくもなく嬉しくなった。
驚きに占められていた頭が喜びに塗り替えられていく。
私の考えを当ててくれた。
願いを叶えてくれた。
――――私を見つけてくれた。
「いい、よ」
もはや語彙力すら失われてしまい、なんとか出た言葉は驚くほど簡素なものだった。
彼は「よかった」と小さくつぶやいて手を繋いだまま隣を歩く。
人とは欲深い生き物だ。
どれだけ願いがかなっても決して満たされることはない。
私は隣を歩く彼のぬくもりを感じながら、『もっとこの時間が続けばいいのに』とひたすらに願い続けるのであった。
「なんじゃい、ダーリン。 あ、その綿あめ一口頂戴?」
「…………ん」
そこは人が多く行き交う祭り会場の真っ只中。
リオは片手にりんご飴や串焼きを器用に持ちながら返事をする。
様々な店に移る視線がこちらに振り向きざま、俺の手に握られている綿あめを身を乗り出すように口にする。
……さっきなんて呼ばれた?
「ん~、やっぱり甘いものはいいねぇ。 ……それで、どうしたの? もしかして、また食べ足りないとか!?よしっ、次は何行こう!?焼きそば?イカ焼き?」
その、一人で話を進める様はまさにいつもどおりのリオだった。直前まで紗也と一緒に居たときの面影など何一つ見えない。
彼女は調子よく近くの屋台まで歩いていって行きそうなところを俺は踏みとどまって彼女ごと止めた。
「ありゃ? 違った?」
「リオってさ、堂々と歩いて大丈夫なのかなって。ほら……色々と有名……だし?」
正直、ここまで堂々とされると本当に有名なのか疑問形になってしまう。
エレナやアイさんはちゃんと変装してるけどリオは自然体だし、それでもなお人がざわめくところなど見たことがない。
でもアイドルだということは身を持って知っている。だからこそ、この人目をはばからない様に疑問を抱いてしまったのだ。
「あぁ~、大丈夫ダイジョブ。 ほら、私って影薄いから」
「そんな適当な……」
串焼きを食べながらする適当な返事に力が抜けてしまったが、彼女が示す周りの人達を見てあながち間違いではないかもと考えを改める。
道行く人は誰一人気にする素振りを見せないし、屋台で対応した人も一瞥すらしていなかった。もしかしたら本当にそういった特技があるのかも。
「ほら、誰も気にしてないでしょ?」
「なら……なんで俺は普通に話せてるんだろう?」
「それはほら……これじゃない?」
「これ?」
「うん、これ」
曖昧な答えで彼女が示したのはりんご飴などが握られているものとは逆側の手。
それが持ち上げられると同時に上がるのは俺の手。 そう、あれからずっと俺たちの手は握られたままだ。汗ばんでるけど気持ち悪いとか思われてないかな……
「手を繋いでるから?」
「なんとなくだけどね。私もよくわかんない」
彼女は興味なさそうに説明し、残り僅かだった食べ物を一気に平らげてしまう。
これから踊るのに平気かと心配にもなったがきっと大丈夫だろう。だってリオだし。
「ほら、慎也クン。 そっちの割り箸も回収するから頂戴?」
「え? あぁ、ありがと」
今の彼女はこれから着替えも控えているからかジーンズとTシャツのラフな格好。
身体を捻って遠くにある俺の手に伸ばすものだから、その隙間から白い紐状のものがチラチラと目に入ってしまい、思わず顔をそらしてしまった。
「…………よしっ!ようやく身軽になった……って、なんで顔赤いの?」
「……なんでも」
ゴミ捨ての戻り際に顔を見られたようで、眠たげな瞳が軽く開いてこちらを覗き込んでくる。
彼女は気づいてはいないみたいだがどうにも無防備過ぎて心臓に悪い。
「? ま、慎也クンにはなにを見られてもいいけど。……それがたとえ下着でも、ね」
「っ……!気づいてたの!?」
「もちろん。気にしてるのか手をニギニギと……。手に汗かいて可愛かったよ?」
「~~~!!」
上目遣いながら微笑む彼女に、俺は思わず火を吹くように真っ赤になってしまう。
もしかしてわざと!?
いや、リオは搦め手より直接派みたいだし……でも、再会したときの格好はだいぶ際どかったしなぁ……
「でも、そっか……これ、慎也クンの…………」
「……リオ?」
俺が火照った顔をもとに戻そうと天を仰いでいると、気づけば彼女の視線はさっきまで繋がれていた掌に向いていた。
そしてここまでは聞こえないが何か小さくつぶやいているようでその手を近づけたり遠ざけたりしている。
「――――――――えいっ」
「リオっ!?」
唐突に。
彼女は何を思ったのか自らの掌に舌を這わせ始めた。
たしか、手に付いているのはさっきリオ自身が言っていた俺の汗で……つまり、彼女は……ああぁぁぁ!
「ふむふむ……普通にしょっぱい。 でも不思議と悪い気はしないかな?」
「お願い……もう勘弁して…………」
内心発狂しそうなほど恥ずかしくなった俺はもう彼女を見ることが出来ない。
そのまま下を向いていると彼女が近づいてきたのかシューズだけが視界に収まる。
「実を言うとね、私も結構緊張してたんだ。だから、慎也クンの手に付いてる汗はもしかしたら私のかもね?」
そう、少しはみかみながら聞こえる声は恥ずかしいがっていることを理解させる。
そっか、この手には彼女の――――――――って違う!俺にはそんなアブノーマルな趣味はない!
「ほ、ほら!俺も拭くから! リオもその俺の汗とかばっちいの付いた手を拭いて!」
「ばっちいって……久々に聞くねそれ」
首を振ってようやく正気に戻った俺は自らの手をハンカチで拭き、彼女に差し出す。
リオもその口調に少し困惑の色を見せたものの、すぐに従ってその手を拭き始めた。
「別に私はこのままでも全然良かったんだけど……」
「俺が良くないの!」
「はいはい……およ?」
彼女が何かを気にし始めたと同時にザザッと広報のスピーカーのスイッチが入り独特の機械音が聞こえてくる。
この時間、タイミング的にもしかして……
『まもなくメインステージにてストロベリーリキッドのスペシャルライブが行われます。チケットのお持ちの方は――――』
それは彼女の出番と同時に、俺達の時間の終わりを示していた。
リオはアナウンスの後、小さくため息を吐いて茶色の瞳をこちらに向ける。
「さて、デートはこれでおしまいかな? 楽しかった?」
「……恥ずかしかった」
「ふふっ。 私はとっても楽しかったよ。もちろん、チケットがあるんだから見るよね?」
「……うん」
リオもチケットが渡されていることを知っているようだ。
彼女は数歩ずつゆっくりと後ずさりするように距離を取り、俺と離れるのを惜しんでくれていることを実感させる。
「リオ」
「はいはい?」
「ライブ、楽しみにしてる。 頑張って」
「――――うんっ!」
彼女が見せたのはこの日一番の笑顔。
アイドルの時とは見るからに違う、本当の素から出ていると確信できるような笑顔だった。
「慎也クンも、正面の私ををちゃんと見ててね?」
「……もちろん」
言葉を残してステージの裏に一人走っていく後ろ姿に向かって小さく手を振る。
何度も、何度も彼女は振り返りそのたびに手を振る。俺は彼女の姿がだんだんと見えなくなるまで手を振り続けるのであった。
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「ふぅ…………」
人混みを抜け一人になったところで立ち止まり息を吐く。
最初は全ての計画が狂ったと絶望した時間だった。
計画では彼が祭りに参加したのを後ろからつけて、いずれ驚かせるつもりだったのに。
それが一発目で紗也ちゃんに看破されてあろうことか過去まで知られるなんて。
紗也ちゃんに会えたことは素直に嬉しい。彼が一部だけでも思い出してくれたことも今思えば嬉しい。
だけど最初は動揺が勝ってしまった。自分の"素"が出て挙動不審になった記憶は今思い出しても恥ずかしくて穴に隠れたくなる。
「でも……たのしかったなぁ」
その後の時間は最高だった。
大好きな彼とのデート。ほんのちょっとだけども心置きなく一緒にいられて手もつなげた。
凄く楽しかった。…………楽しかったからこそ、考えてしまう事がある。
「もっと長く…………」
もっと長く。一秒でも長く一緒にいたかった。
パフォーマンスを披露するという役割は大事で、万全で完璧な自分を見せたいけれど、同時に一緒に居たい気持ちも強くある。別に祭りが終わってもまた会える。けれど"祭り"という特別な時間に二人きりは今しか無かった。
「やっぱり私、好きなんだなぁ」
とっくの昔から自覚していたことを今更ながらに実感する。
会ったことは数回、話したことはほぼない友人のお兄さん。それでも好きな気持ちは人一倍。
重いと言われるかもしれない。それでも自分の気持ちに嘘はつけない。
本当は今すぐに引き返してギュッとしたいけど今は仕方ない。本番まで時間ないし、早いところ二人と合流しよう―――――
「リオッ!!」
「――――えっ?」
自分に仕方ないと言い聞かせて二人が待つ集合場所へ向かおうと足を動かし始めたその時、後方から私を呼ぶ声が響いた。
何事かと思って振り向くと、そこには愛しい彼の姿が。彼は真っ直ぐ迷うことなく私を見つめている。
「どう……して…………」
目を丸くした私がなんとかひねり出したのは疑問の声だった。
それはどちらの『どうして』だったのだろう。
どちらもだ。何故呼び止めたのか。そして何故私を見つけられたのか。
私の影の薄さは群を抜いている。変装せずとも祭りで一切声をかけられないくらいに。
看破できるのはごく一部。私の知る限り彼の妹と母の二人しかしらない。
母と妹。ならばその家族である彼も看破できるのだろうか。いや違う。これまで一度たりとも見つけられたことはない。
もしかすると、看破できるように"なった"……?
「リオ……」
なんで?どうして?そんな思考の渦に囚われそうになったところで彼に呼びかけられ私の疑問は霧散した。
なに?と不思議な目を向けると、彼はほんの少しだけ逡巡してから迷わず私の手を取る。
「慎也クン……?」
「その……直前までついて行っていい?」
「どう、して?」
「どうしてだろ……。うまく言葉に出来ないけど、さっきのリオ……凄く名残惜しそうだったから」
目も合わせず告げる彼は耳まで真っ赤にしていた。
その姿が愛おしく思うと同時にどうしようもなくもなく嬉しくなった。
驚きに占められていた頭が喜びに塗り替えられていく。
私の考えを当ててくれた。
願いを叶えてくれた。
――――私を見つけてくれた。
「いい、よ」
もはや語彙力すら失われてしまい、なんとか出た言葉は驚くほど簡素なものだった。
彼は「よかった」と小さくつぶやいて手を繋いだまま隣を歩く。
人とは欲深い生き物だ。
どれだけ願いがかなっても決して満たされることはない。
私は隣を歩く彼のぬくもりを感じながら、『もっとこの時間が続けばいいのに』とひたすらに願い続けるのであった。
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