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第1章

024.撮影の終わり。そして――――

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「はいカットぉ~! みんなぁ!おつかれ~!」
「「「おつかれさまでした~!」」」

 夕焼けが差し込む中、監督の高い声と彼女たち安堵した声が辺りに鳴り響く。
 どうやらもう撮影は終わったようだ。あの3人も暑かったのだろう。一斉にカーディガンを脱いで渡されたドリンクを一気飲みしている。

「どうだった?ウチのタレントたちは?」
「えぇ……すごかった、です」

 月並みだがそれしか言葉にできなかった。
 舞台は港。そこに3人が集まってグミを食べさせ合う――――。そんなありきたりな15秒尺のCMだった。
 エレナがリオの手に持つグミを奪うように食べ、リオも江嶋さんのを、江嶋さんはエレナのを……そうして最後には笑い合うというありきたりな内容。

 神鳥さんに渡された資料を見る限りだとこんなの俺でもできると高をくくっていた。
 けれどそれは大きな間違いだった。

 彼女たちはこの暑い中厚着をして汗を一切見せることなく、本当に自然に、笑みすら崩さず資料の通りの演技をしてくれた。
 俺ならきっと汗を見せているか不快感が拭えずに顔に出ていたことだろう。


 これがプロか……そうあっけに取られていると今日のMVPたちがこちらに向かって駆け寄ってくる。

「どうだったかしら?……いえ、聞かなくてもわかるわ。惚れ直したでしょう!?」
「…………」

 エレナがいつもの調子で胸を張ってくる。
 しかし俺が何も言葉を発しないせいか、その顔も段々と不安なものに変わり、心配そうな目で見つめてきた。

「大丈夫? もしかして暑い中にいて体調崩しちゃった?」
「あぁ……いや、ごめん。平気だよ。 本当に……惚れ直したっていうか……すごかった」
「そ、そう……それは頑張ったかいがあったわ……」

 なんとなく、お互いが妙に恥ずかしくなって目線を合わせられなかった。
 けれど今回は茶化すことができない。それほどまでに凄い仕事ぶりだった。

「私は!?私はどうでした!? 前坂さん!!」
「江嶋さんも……最高でした」
「ねぇアイ、やっぱりちゃんと男の人の目を見て呼べてるよね?それに名前だって。ねぇいつから?」

 江嶋さんはエレナの言葉が聞こえていないのか見向きもしていない。それでいいんだ……

「よかったです……放送したCMの感想も是非聞かせてくださいね」
「もちろんです」

 そんな江嶋さんの笑顔に癒やされながら俺は3人目、リオの方へ目を向ける。
 彼女はもうスイッチが切れたのか眠たそうな目に戻ってこちらを見上げてきていた。

「私もやる時はやるんだぜ?」
「うん、本当に驚いたよ。 リオが一番輝いてた」

 正直、一番驚いたのはリオだった。
 彼女は今まで眠そうな表情しか見てこなかったから心配だったが、いざ撮影が始まると人が変わったかのように明るくなり、それもリオと江嶋さんよりも輝きを放っているように思えた。

「むふふ……やったぁ」

 そう小さく声を上げて手で口を隠すリオ。
 3人とも本当にすごかった。これがアイドルか……売れるのもわかる気がする。

「はい、みんなお疲れ様。 撤収するよ~」
「「え~」」
「異論は認めません!慎也君もありがとう、気をつけて帰ってね。ほら、次があるんだから帰る準備!」

 3人分のタオルを放った神鳥さんはエレナとリオの抗議もシャットアウトして3人を車に押し込んでいく。
 売れっ子だし、忙しいもんね。

「…………あれ?」

 そう思っていたら車から一人、バックをもってこちらに走ってくる人物がいた…………そう、リオだ。彼女は俺の前でブレーキをし、その汗を拭うことなくバックを漁りだす。

「ど、どうしたの?」
「忘れ物……はい、これ」
「あっ……」

 そうして渡されたものは黒い箱状のもの。お弁当箱だ。預けっぱなしだということを忘れてた。
 それを受け取ったと見るやリオは180度方向転換して再度車に向かって走り出す。

「それ、頑張って作ったから……美味しく食べてくれると嬉しいなっ!」

 ふと途中で立ち止まった彼女はまたもや振り返り、手を口に当てて叫ぶ。最後に小さく手を振ってまた駆け出すその姿を、俺は小さく手を上げて応えることしかできなかった。



 家に帰って渡されたお弁当箱を開けるとそれは和一色だった。
 ご飯の上にうなぎ、海老にサバ、里芋に卵焼きと。
 一瞬どこかの精進料理かとも思ったが、ところどころ切り口などに歪さが見受けられて本当に頑張って作ったんだなということが伺えた。
 彼女の頑張りに感謝しながら口にすると濃いめの味付けで美味しく、男子高校生である俺の好みを考えてくれたのかなと心が暖かくなるお弁当だった――――



 ―――――――――――――――――
 ―――――――――――
 ―――――――



 そんなことがあった翌週。
 今日は午後の授業を潰しての高校のみで行われる全校集会らしい・・・

 らしい、とはどういうことなのか。
 なぜなら本来、この時間は普通に授業があるはずなのだ。
 けれど授業の時間になって早々、急遽全校集会に変更となったとの宣告があった。

 そうして誰しも頭に疑問符が浮かんだまま体育館に向かうさなか、ふと智也が俺の隣に現れて話しかけてきたくる。

「おう、こんなこと初めてだよな?」
「うん」
「内容予想しようぜ。 俺は誰か逮捕者が出たってとこだな」
「そんな物騒なことは勘弁してほしいなぁ……」

 確かに考えられなくもないがそんなことあってほしくない。
 けれど他に理由は――――

「―――――ッ!」
「うわっ!どうした、変に震えだして……」
「いや、ちょっと悪寒が……」

 何今の!?何この悪寒!?
 なんだかいきなり背筋の冷えが止まらなくなってきた……風邪引いたかな?

「そうか?気をつけろよ。夏に風邪は厄介だ」
「ありがと。でも大丈夫」

 そう止まらない悪寒を耐えながら智也に笑顔を見せる。
 彼も少し不安げな表情を見せたもののそれ以上は何も言ってこなかった。きっとすぐ動けるように心構えはしてくれているのだろう。ありがたい。


「おっと、もう着いた……って本当に全生徒集まってんだな」
「うん。みんな困惑してる」

 俺達が体育館に着いた頃にはすでに大半の生徒たちが集まっており、ある程度列はなしているものの移動していたり会話していたりと喧騒に満ちていた。しかし誰も理由がわかっていないようで"なんで"の3文字がそこかしこから聞こえてくる。

「なぁ、あれって……」
「スピーカー、だね」

 そんな中で指定の場に座ると真っ先に見えたもの……正面壇上の両端には何やら大きなスピーカーが鎮座していた。その高さは人の背丈くらい届くほど。
 いくらスピーチをすると言ってもあんな上等なスピーカー見たことない。集会であんな立派なスピーカーなんて使うものだろうか。もっとこう、別の理由があるような……

「ごめんなさい、ここいいかしら?」
「あ、すみません」
「ありがと」

 少し普段見ない物を目にして意識が集中していたようで、邪魔になっていることに気が付かなかった。
 俺は聞こえる声に応えるために少し前に詰めると、後方から腰を降ろす気配がする。

「あ、あともう一つ、いいかしら?」
「……何でしょう?」

 俺はそれでも彼女の方を見ずに壇上に視線をやり考え事に意識を集中させながら返事をする。

「これ、何が来るのかわかる?」
「さぁ……どこかのお偉いさんじゃぁ――――冷たっ!?」

 意識を集中させるため少し適当に返事をしていたからまったく警戒できなかった。
 いつの間にか伸びていた後ろの女子の手らしきものが俺の首に伸び、その冷たい感触にまたもや変な声を上げてしまう。

「なにするん――――って、えぇ!?エ――――」
「シーー!!」

 突然首に触れてきた冷たい感触。その冷たさに文句の一つでも言おうと振り返った瞬間、全ての謎が解けてしまった。
 後ろに座っている少女。彼女の名を呼ぼうとすると細い指が一本口元に立てられつい黙ってしまう。

 なんで!? なんでここにこの人が!?
 どうやって!? と、いうか彼女がいるってことは、このドデカイスピーカーは……

「え……えーちゃん……」
「よしっ!」

 なんとか取り繕って彼女のあだ名を口にする。
 なんだろ、すっごい恥ずかしい……

「どうしてここに! しかもその格好……!」

 なんとか落ち着きを取り戻した俺は声を潜めながら彼女に問いかける。
 今の彼女の格好はカンカン帽に茶色いサングラス、そして黒のトレンチコートを着用した不審者モードだった。

「あぁこれ? エアコンがないと夏の体育館ってすっごい暑いのね。もう汗だくよ……いつものチェスターコート選ばなくて正解だったわ」
「いや、そうじゃなくって……」

 たしかにそこらも変わってるけど、生徒たちがひしめく体育館に一人そんな格好だから余計に目立って引かれてる。
 ほら、周りのクラスメイト女子の目がすっごい怯えてるんだけど……

「それにしてもここに来る前少し校舎を見て回ったけどいい学校じゃない。私も転校しようかしら」
「そういうの今は置いといて、何しに来たの?」
「決まってるじゃない。 私たちが来たってことは――――」
「おい、慎也!」

 彼女が目的を言いかけた途端、智也の大声が会話を途切れさせる。
 彼は目を丸くし、手を震わせながら俺の目の前にいる少女を指差した。

「その女子……帽子から見える金髪にその声……デジャヴを感じるぞ……もしかして――――」
「あら、バレてしまっては名乗るしかないわね」

 智也の声に被せるように彼女が自信満々の声を上げ、腰を上げてから帽子とコートに手をかけ――――投げ捨てた。

『キャーー!!!』

 途端――――
 体育館が歓喜の声に包まれる。

 盛大に着用していた変装セットを投げ捨てた彼女はこの学校の制服に身を包み、綺麗な金色の髪をたなびかせて辺りを見渡す。

「――――エレナ」
「うん、いい反応。 ごめんね、驚かせて」

 俺に謝るように手を合わせて舌も出すその姿は見慣れた制服なのに新鮮さを覚え、本当に目の前に居るのか一瞬わからなくなってしまった。
 彼女はしばらく歓声を浴びた後、壇上に視線を固定して声を上げる

「リオ!」
「はいっ!!」

 リオと呼ばれた少女はどこからか高くて可愛らしい声を上げ、上階から鉤縄を使って体育館隅に綺麗に着地する…………忍者か。
 そんないつもどおりの謎行動をする彼女もエレナと同じここの制服。翻って見えたスカートの奥にはスパッツを履いていた。

「それじゃあ、江嶋さんもどこかで……」

 もしかして彼女もどこかに隠れているのでは……そう思ったが、どうやら壇上の袖に隠れていたようで2人と一緒に壇上に姿を現した。
 江嶋さんも2人と同じ制服で身を包み、生徒たちに向かって手を振ってくれている。

 生徒たちの歓声の中笑顔を振りまく3人は同時に俺のほうを向いた気がしたがそれも一瞬のこと、すぐにマイクに目をやって壇上横のスピーカーが震えだす。

『今日は突然ごめんね~! サプライズで来ちゃった~! 私達はぁ……ストロベリーリキッドって言います!知ってるかな~? 』

 アイドルモードの明るいリオの声がマイクを通して聞こえてくる。と同時に周りの生徒たちのレスポンスが鳴り響く。
 やはりそういうことか。

『それじゃあ早速だけど歌っちゃうねっ!最初の曲は――――」

 そんな混乱の中突然始まったライブは、生徒の大歓声の中完璧に歌い切るのであった――――
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