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第1章

020.侵入者

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 ピィィィィィ…………!!

「そこまで!!」

 雲ひとつ無い空の下、甲高い笛の音が辺りの空気を響かせる。
 それと同時に発せられた大声が場を支配し、30分近くも走り回っていた俺たちは徐々にその足を止めていった。

「……よし、そろそろチャイムがなるからここらで各自解散! ボールは忘れずに片付けるように!!」

 その宣言を聞いた生徒たちが、わっと歓喜の声が上がると同時にそれだけを言い残して足早に校舎へと戻っていく我が学校の体育教師。

 そろそろと言ってもまだ10分は時間があるし、今日はなんだか早い授業の終わりだな……
 一部の生徒も多少困惑していたものの、それも他の大多数の生徒にかき消されてしまう。そうして休み時間モードに入った人々は我先にと更衣室に走っていったり水分を補給しにいったりと、まばらに散り始めていった。

「…………俺かぁ」

 今まで俺に集まってきていたクラスメイトが全員捌け、残されたのは俺一人とボール一個。
 学校では片付けは生徒たちの押し付けあい。最後にボールを持っていた者が対象者となる。
 タイミングの悪いことに終わる瞬間、サッカーボールをキープしていたのは俺となってしまった。

 誰も居ないグラウンドで嘆くものの、文句を言ってもなにも変わらない。ため息をつきながらもそう結論づけ、校舎とは反対位置に存在している片付け場所……倉庫に向かって一人ボールを蹴飛ばしながら歩みを進める。

「おう、慎也」

 まだ昼休みには余裕があったからボーッと前も見ずに歩いていると、正面から聞き慣れた友人の声が。
 ふと視線を前に戻すと、ゴールポストに背中を預けるようにしてその人物は待ち構えていた。

「智也……戻らないの?」
「まぁまぁ。 ボール番残念だったな。早いとこ片してメシ食いにいこうぜ?」

 中学からの友人、智也はそう言いながらすれ違うようにボールをカットして倉庫まで一人走っていく。

 彼の唐突な行動に戸惑ってしまい足を止めるも、すぐにその意図を理解した。
 なるほど、俺の代わりに片付けてくれるのか。 いい友人を持って俺は幸せ者…………

「ちなみに俺からボール奪い取れなかったら運送費用としてジュースおごってもらうからな!」
「……えっ!? ちょっとまって!!」

 そのまま見送ってしまおうかと思ったその時、まるで押し付けるかのように一方的な言い出しが。
 走ってからそんなこと言い出すなんてズルすぎる!!
 俺は脚に全身全霊の力を込め、そのま相手をま転がす勢いで足元めがけてスライディングを決めにいった――――


 ―――――――――――――――――
 ―――――――――――
 ―――――――


「ったく……まさか本気でくるとは……」

 あれから昼休みを知らせるチャイムが鳴り響き、着替えも終えて教室に戻っていると智也がボソッと恨み節を言うように呟きだす。

「あんな事言い出す智也が悪い」
「だからってよう……本当に転がすとは思わないだろ!?」

 そう。 あの時スライディングした脚は見事智也の重心を崩し、ボールが奪い去られるとともに転けてしまうという二重苦が彼に降りそそいだ。
 おかげで彼の体操服は砂まみれ。おかげで砂を落とすための時間が余計にかかってしまった。

 ちなみに試合中、俺は智也に転がされかけたからこれでイーブンだ。 ギリギリで踏みとどまって転けずに済んだけど。

「アレで試合での借りは返したってことで。それじゃ、俺がボール片付けたしジュースお願い」
「あ?何言ってんだ? アレは俺が片付ける条件であってお前が片しても奢るとは言ってないだろ?」
「…………なんだって?」

 智也は何を言ってるんだ?

 ……冗談は置いておいて、たしかに奢られるとは言っていたが、俺に奢るとは言っていなかったのは理解している。試しに聞いてみたものの引っかからなかったか。
 ここは非常にシャクだが彼が一枚上手だったということだろう。

「たしかに……」
「だろ?……と言いたい所だが、汚れ落とすのに付き合ってもらったし、ジュース一本くらい奢ってやるよ」
「あっ、ホント!?」

 思わぬ棚ぼたについ言葉が裏返ってしまった。
 若干マッチポンプな気もしないでもないが、そう言ってくれるならここは乗らせてもらおう。



「そういえば俺は食堂でメシなんだが慎也はどうなんだ?」

 教室に戻って体操服を片付けながら智也が問いかけてきた。
 俺の昼食は普段コンビニで買うか学食かの二択だ。家でお弁当を作った方が安上がりなことはわかっているが、どうしても朝作る気力が湧いてこない。
 たしか今日は……

「今日は学食だったはず。一緒に食べる?」
「お、そうか。 じゃあ久しぶりにラスク食おうぜ? あそこのラスクは無性に食べたくなる時がたまにあるんだよなぁ」

 今の教室内はだいぶ人がまばらだ。きっとみんなシャワーを浴びてリフレッシュしているのだろう。そんな中、一足先に食堂へ向かう準備のできた智也がこちらの机に近づいてくる。

 ラスク……ラスクね。
 思い出されるのは6月の台風の日。クゥとお腹を鳴らした少女に渡したラスク。
 ……そういえばエレナもアレ気に入ってたっけ。あの美味しかった顔、また会う機会があれば買っていってもいいかもしれない。

「いいね。 今日はそれも追加で」
「決まりだな。 でも、そうしたら金ヤバいから今日はうどんかなぁ……慎也は何食うんだ?」

 うどん――――
 それは学食で常時販売されている貧乏学生にとっての命綱。
 他にもラーメンや定食など数多くのメニューが存在するもののそれを一線を画するかのように最安値を誇っているものだ。
 欠点としては量が少し物足りないくらい。人によってはトッピングで穴埋めをしているみたいだが、結果的に普通の定食と変わらない値段になっていることを声高に言いたい。

 俺の残高は…………まだそこそこ余裕もあるしうどんじゃなくてもよさそうだ。

「俺は適当にご飯物かな。さっき身体を動かしたからお腹すいてて……」
「そうか……金持ってる慎也が羨ましいぜ……」

 何度も何度もゲーム買ったりゲーセン行っている智也が悪い。もっと節約しないと。
 そう心の中で突っ込みながら片付けの終わった俺は財布とスマホをポケットに突っ込んで彼に一度頷いて見せる。

「ラスク、食べてみたい」
「おう慎也、それさっきも聞いたぞ…………って、ん?」
「……あれ?」

 俺の声だと勘違いした智也が一瞬早くその違和感に気付き、俺も後を追うように声が出てしまう。

 今まで俺の机で二人だけで話していたはずなのに何やら一人増えた気が……
 その主を探すように音の発信源に目を向けると、なにやら背の低い一人の少女がいつの間にか俺の側に立っていることに二人同時に気がついた。

「うぉっ! びっくりしたぁ!? 誰だ!?」
「どうして……ここに……」

 机を挟んだ智也は数歩後ずさるように俺たちから距離を取る。

 俺とはまるで肩が触れるくらいの距離。 ここまで近づかれてなおその存在に気づくことができなかったその人物は自然な茶色の髪色をし、ここのものではない制服を着用した見知った顔だった。
 それもほんの少し前に出会ったばかりの……

「来ちゃった」

 彼女は首をコテンと傾げて以前と変わらない眠そうな顔で返事をする。
 ここに居てはならない人物が何故か、どうやってかもわからないがそこに居るという事実に俺はしばし固まってしまう。

「お……おい、慎也…………慎也!」
「はっ!」

 あまりの衝撃に脳がキャパオーバーしてショートしていたようだ。
 近くに居た智也の呼びかけのおかげでなんとか意識を取り戻す。

「大丈夫か? それで、その女子って見覚えがあるぞ……たしか昨日テレビで――――」
「そぉおい!」
「もふっ!?」

 彼に気づかれて名前を言われてしまえばおしまいと。
 そう察した瞬間にはもう身体が動いていた。

 俺は手元にあった袋からさっきまで着ていた体操服のシャツを取り出して彼女の顔を隠すように頭から突っ込む。
 そうして怯んだ瞬間……気づいた時にはその細い腕を取り、教室の扉を勢いよく開いてその場から脱していた。

「たしかスト――――って、慎也! どこいくんだ!?」
「ごめん智也! 食堂はまた後日!!」

 遠ざかっていくその場所から何やら智也の声が聞こえているがこれ以上対応していられない。
 俺は前が見にくいであろう彼女の手を取りながら廊下をひたすら走っていく。

 なぜ彼女が?……わからない。
 わからないがこれ以上生徒に見られる前に誰も居ないところへ逃げるのが先決だ。
 走っていると様々な人にすれ違って目で追われるのを感じるが、それにもかまっていられずただ1つの場所を目指していく。




「はぁ……はぁ……先生!!」
「なんだ!? ま、前坂か……どうした?」

 そうしてたどり着いたのは我が担任が駐在している科学準備室。
 電気が点いていることに安心して扉を開けるとカップ麺を口にしていた先生が目を丸くしながらこちらに顔を向けてきた。

「先生! ちょっと隣の科学室使わせてください!」
「わ、わかった……。それで、その女子は……?」
「ありがとうございます!」

 俺は先生の問いかけに応えることなく科学準備室に入室し、そこから繋がっている科学室に入っていく。
 ここならば廊下から入る扉は鍵が掛かっているし昼休み中は人が来ることはないだろう。
 今まで走り回って乱れた息を整えるように深呼吸し、掴んでいた手を離してから視界を塞いでしまっている体操服に手をかける。

「突然被せてごめん。 もう外すから…………あれ?」
「む……む……!!」

 なぜだか体操服を外そうとしても動く気配がない。
 それどころか聞こえるのは彼女のくぐもった声。おかしいな、引っかかるものなんて無かったはずだけど……そう疑問に思ってもう1段視線を下にずらすとすぐに外せない予測はついた。

「…………ねぇ、手を離してくれないかな?」
「いやよ! そうやって私から何もかも奪っていくのね!」

 セリフは真に迫るものだが、明らかな棒読みが科学室に鳴り響く。

 なぜ突然小芝居を……。
 けれど外せない理由は確定した。その手ががっしりと体操服を掴んでいるからだ。
 彼女は鼻の形がわかるくらい服に顔を密着させ、ここからでも聞こえるくらい大きくてゆっくりとした呼吸を行っている。

「ほら、汗臭いから。 辛いでしょ……ねっ!」
「え~! それがいいのに~!」
「よくないよ恥ずかしい!!」

 体操服を引き剥がそうとする俺とそれに抵抗する彼女。
 しばらく謎の攻防が続いていたものの、何気なしに彼女の横腹を突くと「ひゃっ!」と可愛い悲鳴を上げてその手の力が緩んでいく。

「ふぅ……やっと取れた」
「むぅ、もったいない」

 もう奪われないように体操服を抱くと不満そうに見つめてきた。
 もったいなくない。恥ずかしいだけ。

「それで、なんでいるの?」
「…………きちゃった」

 再度の問いかけに同じような答えをする彼女。
 俺は学校に現れた彼女――――リオを前にして頭をかかえるのであった。
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