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第1章

011.フレンドリーファイア

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「待たせたわね!!」

 エレナがどこかへ行って5分くらい経っただろうか。
 江嶋さんの勧めでソファーに座り、ヒビ割れたスマホをいじっていると入り口から自信満々な声が聞こえてくる。

「おかえりエレナ。ちょうどアイスティーできたわ……って、その格好……それって今度の…………」
「ありがと、アイ。でもお茶はもう少し待ってね」

 江嶋さんは何してるかと思えばアイスティーを作ってくれていたのか。手伝えばよかった。
 エレナは江嶋さんへの挨拶もそこそこに歩みを進めていき、リラックスしていた俺の前に立つ。

「ねぇ、ちょっと」
「ん?」
「どう? これ」
「これって何――――――」

 彼女は未だスマホから目を離さない俺に顔を上げるよう促す。
 そんな言葉足らずの台詞に何事かと顔を上げると、飛び込んできた光景に思わず二度見してしまった。

「じゃ~ん!かわいいでしょ~!」



 ――――それは浴衣と表現するのが一番近かった。

 しかし正確には浴衣に似た……衣装と評すのが近いだろう。
 ワントーン声が高いエレナが目の前で見せびらかしているのは、浴衣風のアイドル衣装だった。
 真っ白な下地に朱色のバラがあしらわれ、スカート部分や袖までもがフリフリになっている。

 その美しい金色の髪と手を口に当ててウインクする仕草から本当に彼女はアイドルなんだなと再認識する。
 更にクルリと一回転した際には膝上程しかないミニスカートがふわりと舞い、危うく下着まで見えてしまいそうに……

「…………なにか言いなさいよ」

 不満げなその言葉で自分が呆けていたことを気付かされる。
 どうやら彼女に見惚れてしまっていたようだ。それにしてもその衣装はなんだろう。少なくとも家で見た動画だけでは見覚えがない。

「あぁごめん。それ、どうしたの?」
「えぇ、この夏用の新衣装よ! 関係者以外では初のお披露目になるわね。どう?かわいいでしょ?」

 そう言って再度クルリと一回転する。そのたびにスカートが舞って中身が見えそうに……あぁ心臓に悪い。

「はいはい、かわいいかわいい。でも、ミニスカって……」
「ぶぅ、なんかおざなりねぇ……本番ではちゃんとレギンスを履くから大丈夫よ。それともぉ――――」

 照れを隠すように適当な返事で返して見せると、エレナはニヤリと口角を上げ、座っている俺へ更に一歩近づく。
 そんな彼女の小さな指が俺の頬を伝い、ヒヤリと垂れた一筋の汗を拭い取った。

「――――この中身が気になるのかしらぁ? 今コレを捲れば見えちゃうわよ~?」
「っ…………!」

 そんな小悪魔のような発言と共にスカートを軽くたくし上げるエレナ。
 もうほんの数センチ上げてしまえば見えてしまうような行動に俺は顔が熱くなり、思わず背もたれまで身体を下げてしまう。

「ほらぁ。これ以上はキミの手でぇ…………あだぁ!!」
「ちょっとエレナ!! 兄妹とはいえ何恥ずかしいことしてるのよ!」

 そんな彼女を止めたのは江嶋さんだった。
 彼女は片手にカップを乗せたお盆を持ち、もう片方には何も乗っていないお盆を持っている。

 どうやら物理的にエレナを止めてくれたようだ。
 一瞬しか見えなかったけど、さっき頭へお盆が縦に入ったよね……?すっごい痛そう…………。

「そ……その……エレナがごめんなさい……。何故か少し前からテンションがおかしくて……」
「いえ……助けてくれてありがとうございます」

 お盆をテーブルに置いた彼女は俺と向き合う。
 そんな脇ではエレナは頭を抑えながら身悶えしている。そういえばエレナってソロじゃなくてグループだったはず。つまり…………

「この服って、江嶋さんも着るんですか?」
「え?あぁ、はい。お恥ずかしながら……」

 そう頬を軽く染めながら頭を掻く。
 そうか……江嶋さんも……。彼女の楚々とした雰囲気と少し派手めなミニスカ浴衣コス、そのアンバランスさが絶妙にマッチしてすごく似合いそうだ。

「それは……よく似合いそうで……見てみたかったですね」
「えっ……? それってホント、ですか?」

 彼女は目を軽く開き、半歩ほど俺に近づいてくる。その表情は虚をつかれた感じで、何かを期待しているような……

「勿論です。きっとエレナより似合うと思いますよ」
「――――! そう……ですか…………でしたら!部屋に戻って私も――――」
「な~にイチャイチャしてるのよ」
「「!?」」

 江嶋さんが何かを言いかけた途端、下の方から低音が聞こえてくる。
 二人して驚いてそちらに目をやると涙目になったエレナがいまだだ頭を抑えながらこちらを睨みつけていた。

「私を倒したからって、あんまりウチのアイを口説いてもらっちゃ困るわね。まだ第二第三の私が……」
「口説くって、そもそも江嶋さんは男性恐怖症じゃあ……」

 そもそもの問題だ。いくらエレナの弟っていう設定でも男性恐怖症なら口説くもなにも無いだろう。
 あと倒したのは江嶋さんでフレンドリーファイアだ。第二第三って何。

「いえ……弟さんはいい人だってわかりましたし……それに、衣装を見せるくらいなら……」
「「!?」」

 その言葉に俺たちは揃って目を丸くする。
 当の江嶋さんは指先を合わせながら口元にやり、目線をあっち行ったりこっち行ったりしていた。かわいい。

 そんな様子を見たエレナはソファーによじ登り、俺の後ろに回り込んでからの――――

「キミは私が着替えている間に一体何をしたのかしらねぇ…………!?」
「ぐっ……! し、してない! 何もしてない!!」

 まさかの首元へのヘッドロックだった。意外と本気で首を締めにかかってくるものだから必死に気道を確保して否定する。
 それにしても、背中に彼女の身体が触れているが女性特有の柔らかな感触がほぼ感じられない。まだまだ今後に期待のよう…………あだだだだだ!!

「…………あとさっき、私よりもアイのほうが似合いそうって言ってたけど本当?」
「そ、それは……あの衣装に限っては本当! 他の衣装はエレナのほうが似合うのがあった!」

 段々と呼吸もし辛くなっていき、喋るのにも力が籠もってしまう。
 言い訳がましい言葉になってしまったが、その言葉が功を奏したのか徐々に締めていく腕の力が弱まっていく。

「そっ…………まぁいいわ」
「ふぅ…………」
「……着替えてくるわ」

 彼女はすこし考える素振りを見せた後、スッと力を抜いてくれる。なんだか知らないがあっさりと引き下がってくれたようだ。
 俺が呼吸を整えている間に彼女はテーブルに置かれた紅茶を一気飲みし、再度廊下へと姿を消してしまう。

「?なんだろ?」
「さぁ、何でしょう……」

 そんな彼女の行動に2人揃って困惑してしまう。もう見せるものは見せたから満足、といったところだろうか。

「そ、そうです。 紅茶を淹れたので是非飲んでくれませんか?」
「あ、うん。ありがとう……ございます」

 江嶋さんに手渡されたカップの中身はアップルティーだった。紅茶については詳しくないが紅茶特有の甘い香りが俺の鼻孔をくすぐり、先程までてんやわんやだった心をゆっくりと鎮めてくれた。
 一つ口に入れるとエレナに合わせたのか味もだいぶ甘くなっており、冷房で冷やされた身体をほんのり温めてくれる。

「……うん、美味しいです!」
「よかった……」

 江嶋さんも俺と同じソファーへ一人分間を開けて腰を下ろし、テーブルに置かれたカップに口をつける。
 男性恐怖症なのにこれくらい近くは大丈夫なのか、それとも少しでも心を開いてくれたのだろうか。少なくともエレナを壁にして話していた初対面に比べたら大きな縮まりだ。




「さっき……」
「?」

 1分。2分と。
 ほんの数分の無言の時。エレナがいないが故に続かない会話。二人してシンと紅茶を飲んでいると、しばらく無言の時の後に小さく、けれど確かに江嶋さんから声が発せられた。
 そこから次の言葉まで更に時間を要したが彼女は紅茶を一息に飲んで勢いよくカップを置き、こちらと向かい合う。

「さっき、私も似合うだろうって……それにエレナよりも似合うって言ってくれたのは、本当ですか?」
「うん。本当だけど……」
「なぜ、です? 私には似合わないような、派手な衣装なのに……」

 そう問いかける彼女は不安げそうに茶色の瞳を揺らしている。
 俺からしたら大きな答えではなかったが、彼女にとってはなにか引っかかることがあったのだろうか。
 真意のほどは定かではないが、真っ直ぐ聞かれたからには問いに答えるためカップをテーブルに置いて姿勢を正す。

「うぅん……あくまで俺の想像ですが……江嶋さんって清楚とかよく言われません?」
「はい……よく……」
「それなのに派手な衣装を着るってことは今までのイメージを刷新するってこともありますが、違う自分を出せるんじゃないかなって思いまして」
「違う自分、ですか?」

 ピンと来ていないのか首を傾ける江嶋さん。
 あくまで動画でしか見てこなかったが彼女の衣装はいつも青く、フリフリや露出も少ない、悪く言えば地味めなものばかりだった。
 それなのに今回の浴衣風衣装はフリフリでミニスカと、いつものとはまったく印象の異なるものだ。彼女自身も派手っというということはきっとエレナと同じような衣装を割り当てられたのだろう。

「その人の本性……というわけじゃないんですが、無意識に押さえつけてる自分でしょうか。動画でエレナと笑い合ってる時とかいつもと違ってすごく素敵に見えました」
「あれは……周りにも凄く良かったって言ってもらって……でも、普段はできなくって……」

 完全に無意識だったわけか。
 ならばなおのことである。

「そこで普段と違う格好から印象を変えて、自分の殻を破るといつもと違った景色が見えてくると思います。そしたらきっと笑い合っているときのような笑顔が出せるんじゃ無いでしょうか?」

 服装を変えると気持ちまで変わるというのはよく聞く話だ。きっと衣装を作った人もそういう意図があるのだと思う。 


「でも――――」
「それに俺自身、あの衣装の江嶋さんは似合っててとっても素敵だと思いますよ」

 なにか言わんとする彼女を遮り、残った紅茶に口をつける。
 少しカッコつけすぎたかなと思いながら恐る恐る伺うと彼女は驚いた表情を浮かべていた。

「…………初めてです……そんなこと言われたの。いつもはイメージを損ねるから変わるなって言われてたのに、今回の衣装は派手で戸惑っていたんです……まさかそんな理由があったなんて……」
「いえ、これはあくまで俺の印象でして、本職の方々の考えなど――――」

 そこまで言葉を連ねるも彼女に手で制されて止まってしまう。

「ううん、きっとそうです。もし違っていてもそう思うことにします。 ありがとうございます。助かりました」
「い、いえ……」

 彼女の優しい微笑みに思わず目を背けてしまった。
 そんな情けない行動に印象悪くしてしまったかと思い再び彼女を見ると今度は何かを言い出そうとして、止めてを繰り返しているようだった。

「? 江嶋さん?」
「あの……その……えっと………………あのぅ――――!!」
「!?」

 しばらく逡巡するものの、勢いのままに出た突然の声量に思わず身体を震わせてしまう。

「あ、ごめんなさい。 あの、私のこ――――」
「いやぁ、待たせたわね! 準備できたわよ!!」

 見計らっていたのか本当にタイミングよく、彼女の声を遮ってエレナが再度姿を現した。先程までの衣装から駅前での姿に着替え、外出する気満々といった様子で。

「ど、どうしたの?エレナ」
「えぇ、二人とも準備して頂戴。次に行くわよ」
「次って、どこに?」

 俺に何を言おうとしたのか聞きそびれたがすぐさま切り替えてエレナと対応する江嶋さん。問われたエレナはゆっくりと縦に頷いた。

「決まってるじゃない。衣装を見せるっていう目的は達成したのだし、次は新しいスマホを買うためにショップへ行くわよ!」

 その顔は満面の笑みで、イタズラが成功したかのように告げるのであった。
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