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第3章
039.罰と夏
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「ふぅ…………」
黄金の草原。そこに立つ一人の人物が一つため息をつく。
まっさらな光り輝く世界。辺りには彼女以外に誰も居らず、ついさっき消え去った扉の残滓を見送りながら一人呟く。
「ようやく、全てが終わりましたね」
それは一仕事終えたあとの安堵の言葉。ようやく一つの大きな仕事が終わったと黒髪の人物、マヤが口にした。
煌司がこの世界にやってきてから帰るまでの数カ月間。幾星霜を生きる彼女にとってその期間は一瞬に満たない出来事だろう。しかし魂を案内するだけだという変わらない日々の仕事をこなす彼女にとって、この僅かな日々は随分と濃いものとなった。
自分で送り出した手前、みんなが居なくなったことに寂しさを覚えるが神様たるものそんなことでくじけてはならないと自らを鼓舞して背筋を伸ばして胸を張る。
まだだ。まだ最後の後始末が残っていると、彼女は光り輝く空に向かって言い放った。
「もう出てきても構いませんよ」
マヤ以外誰も居ない空間での独り言。…………のようにも思われたが、虚空に放った言葉に呼応するように輝かしい世界の空にヒビが入った。
ガラスでできた透明なドームに割って入るように、まるでここではない何処かからの干渉を受けるようにポッカリと黒い穴が出来上がり、そこから一人の人物がゆっくりと降り立った。
2メートルの身長を持つマヤと比べたら随分と小さい……煌司や祈愛と比べても小さいと評される女の子だった。。
おおよそ140センチあればいいほうの、小さな子。茶色の髪をボブにして、クリンと大きな瞳はツリ目になってまるで猫のよう。
そして何より特筆すべきは背中に生えた翼だろう。正確には腰辺りに生えている肩から肘程度の小さな翼。しかし彼女の持つ白いそれはまさに"天使"と呼ぶに相応しいものであった。
呼びかけに応じるよう降り立った人物は黙ってマヤの正面に立つ。そしてつり上がったその目をキッと睨みつけるようにしてマヤへと向けた。
「お久しぶりです千代さん。何年ぶりでしょうか……3年?」
「………20年ぶりですよ。お久しぶりです」
「あらそうでしたか。すみません、千年もこの仕事していると時間の感覚が曖昧になってしまって」
そう昔を懐かしむように笑うマヤに千代と呼ばれた人物は苛立ちを隠せないようにキッともう一度マヤを睨む。
しかし当の本人は全く気にする様子が無い。その様子に更に苛立ちを重ねた彼女は20年ぶりの再会だというにも関わらずさっさと本題を切り出すことを決めた。
「私がどうして来たか、分かっておりますよね」
「えぇもちろん。そうでないとエリートコースのあなたがここのような辺境の地へ訪れる理由がありませんから。私を処分しに来たのでしょう?」
「…………はい。この数ヶ月、魂の転生阻止に度重なる死者への現世誘導や魂の復活など、多くの重罪微罪を重ねてきましたね」
裁判官のように淡々と告げられる言葉の数々にマヤは優しい顔でゆっくり頷く。
それはマヤが犯してきたこれまでの罪。
少年少女たちを復活・成長させるにあたって彼女は知らぬところで様々な罪を重ねてきたのだ。
代表的なのは瑠海の転生阻止だろう。魂を適切に誘導させる役割を持つマヤにとって、故意に適切でない魂の操作をするのは彼女らにとって罪にあたる。
だからこそ千代はここへとやってきた。罪を重ねたマヤを罰するために。執行人として。
その手には丸められた羊皮紙が握られている。きっとそこにマヤがどうなるか書いているのだ。
「あの子はなんて?」
「"我らが主"は事が済んだ今、私に命をお与えになりました。『決して見過ごすことはできない』と」
「そうですか。残念ですね」
これから自分はどうなるか。自己の消滅か、地獄に追放か、それとも無罪放免か。
少なくとも見過ごせないと言われた以上無罪はないだろう。幾つか選択肢を頭の中で浮かべてから一つを排除する。
穏やかに返事をするマヤは決して未来が見えるからではない。
未来を把握するのは現世の出来事にしか適用しないのだ。だからマヤ自身もこれからどうなるかわからない。しかしそれでも色即是空の心を持って平穏を保つ。
「規程に従い、動揺を避けるため罰を告げた後は速やかに執行されます。何か言い残すことはありますか?」
「なにも。………あぁいえ、20年ぶりに会えた愛弟子に消滅させられるのは、師匠として鼻が高いです。よく頑張りましたね」
「っ………!では読み上げます!!」
罪を重ねたマヤ。しかし最期に愛弟子である千代に手をかけてもらえるとなると、執行人になるまで昇進したということが伺えて鼻が高い。だからこそ悲しみというものは一切なかった。
一方で積み重ねた怒りを堪えていた千代だったが、その言葉を受けて瞳が大きく揺れ動く。
その迷いを断ち切るように手にした羊皮紙を大きく広げた。そこには確かにマヤへの処遇が書かれている。
「1つ!先に述べた数々の罪を重ねたことにより、対象には消滅の罰を言い渡す!!」
「…………そうですか」
消滅。それは魂として転生することもこの世界に留まることも何一つできなくなる到達点。
楽しむことも悲しむことも何一つできなくなるという、いわゆる極刑である。
それでもマヤは動揺しない。その未来を自ら受け入れていた。
「2つ!しかし、対象が積み上げたこれ迄の実績と本件による功績、そして千代執行官の陳情を踏まえ、それを減刑するものとする!!」
「えっ…………」
極刑。それはマヤ自身受け入れていた罰。
しかし次に告げられていた言葉によって穏やかだった顔がようやく変わった。
信じられないといった驚きの表情。マヤと目を合わせた千代も、ようやく堅苦しい表情を解いて柔らかな笑みを浮かべて優しい口調で語りかける。
「…………本来ならこの件、誤ってあの男を現世に誘導させてしまった私の責任なのです。それなのに罪を被って尻拭いまでしてくれて……罰せられるわけ無いじゃないですか」
そう。煌司たちには"あの人"を復活させたのは自分のミスだと説明したのだが、実際にミスをしたのは千代である。
それなのに敢えて罪を被ったマヤ。未来へ続く人へこそ自身の全てを託すに足ると考えるマヤだからこそ、千代による執行は本望だったが、まさかそのような結果になるとは思わず動揺が生まれる。
「それに、消滅なんてさせてしまったら"我らが主"……あなたのお子さんが悲しみますよ。摩耶夫人」
「あの子はそんなことでは…………」
「いいえ、絶対悲しみます。今回だってどう消滅を回避しようかあの方自ら走り回ったのですから」
「………。 では、私の罪というのは……」
極刑ではない。それはわかった。
ならば自身の罰はどうなるというのか。
そう問いかけたマヤに答えるよう、千代は広げていた羊皮紙をひっくり返す。
「これは…………!?」
「ふっふっふ。是非とも驚いてください。摩耶夫人への罰は―――――」
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「――――ふぅ、こんなもんかな」
ドスン!そんな音とともにズッシリと重くなったビニール袋を床に落として額の汗を拭う。
家の前。階段の下。人が通らないその場所には幾つものビニール袋が多く積み上がっていた。
今日は晴れ。明日も晴れ。明日の朝これらを所定の場所へ持っていけば行政が然るべき処理をしてくれるだろう。とりあえず今日のところは一時しのぎとしてこの場所へ。
俺は階段の影から明るい場所へ一歩前に出て空を仰ぎ見る。
「それにしても、あっついなぁ…………」
空は澄み切った青空。雲ひとつ無い快晴だ。
そして季節は夏まっただ中。テレビでは酷暑と聞くに相応しい熱波が容赦なく俺たちを照りつけていた。
今も額や腕、背中から汗がこれでもかと言うほど流れ出ている。
しかしそれは生の実感。"生きている"証なのだと俺は一粒の汗ごとに嬉しさが湧き上がってくる。
あの世界から戻ってきて数ヶ月。病院で目覚めた俺は何とか日常生活が送れるくらいまで回復した。
目覚めた時はもう大変だった。数ヶ月寝ていた分筋肉という筋肉がこれでもかというほど鈍っていて、歩くことすらままならなかったから真っ先にリハビリコース。
何度も検査を繰り返してようやくお墨付きを貰えた俺は今朝、無事に退院を果たしたのだ。
どうも倒れている間、俺は植物状態だったらしい。あの状態から回復したのは奇跡だと医者が言っていた。
夢のような世界での出来事を今も俺は覚えている。しかしそれを口外してはいない。気づいたら目が覚めていたということで押し通した俺は家に帰って真っ先に部屋の大掃除を始めていた。
奴が大いに汚し、そして俺も血溜まりを作ってしまったアパートの一室。
ゴミを捨て、雑巾で綺麗にし、何とか廃墟からボロアパートと言えるくらいにはなった。雨漏りとか隙間風とか根本的な原因はあるものの、今は"涼しいからいいじゃない"の一言で目を逸らすとしよう。
それとあの病院でふっ飛ばした奴のことだが、どうやら俺の目論見通りお縄になったらしい。しかし大人の世界というのは面倒なようで、今は裁判で拘置所とやらにいるようだ。なんにせよ実刑は免れないだろうとのこと。
そして俺の保護者だが、元母親である祈愛の実母が立候補してくれた。これも大人の事情とやらでまだ正式とはならないが、近いうちに実現するだろう。
……そういえば蒼月母、退院時迎えに行くって言ってたけど勝手に帰ってきちゃったな。
まぁいいか。看護婦さんは俺が帰ったことを知ってるし、ちょっと行き違いになるけど軽く怒られれば済むことだろう。
そんなこんなでまだ複雑な心境で相対する蒼月の家庭だが、まだ祈愛と会うことは叶っていない。10年と随分長い期間寝ていたせいで会える状態に無いと言っていた。ならば手紙でもと思ったが、それも難しいと。
しかし伝言は預かっている。『元気にしている』と。俺は今日もその言葉を胸に綺麗になった自室へ向かうため階段を駆け上がる。
ピンポーン―――――
「あ、は~い!」
大掃除が終わって数時間。
幾分綺麗になった部屋で昼寝をしていると、意識が浮上した直後そんな音が聞こえてきた。
気づけば世界は逢魔時。随分と眠りこけてしまったようだ。昼と夜の境目で目覚めた俺は今夜寝られるのかと一抹の不安を抱えながらインターホンに対応するため玄関へと向かっていく。
一体誰だろう。
この家にはモニター付きインターホンなんて高尚なものが無いから実際に扉を開けないと誰だかわからない。
蒼月の母だろうか。それとも何度か事情聴取された警察のお姉さんだろうか。数少ないながら事件絡みで訪ねてくる人に心当たりはいた。そのうちの誰かだろうとアタリをつけて扉をゆっくりと開いていく。
「は~い、どちら様です……………か…………」
「こんにちは。……こんばんわでしょうか?お久しぶりですね。煌司さん」
モジモジと少し緊張気味の声と上目遣い。
そこに立っていたのは見覚えのない女性だった。
年は俺よりも上、社会人という印象はないから大学生だろうか。肩まで伸びた銀の髪を携えた、少し朧気な雰囲気を持つ不思議な女性。
物腰柔らかく、それでいて芯の強さを感じられる人物は、俺の知らない人物だった。
否。知らない。けれど知っている。
なんとも不思議な感覚ではあるが、見覚えはなくとも何故か俺には彼女が誰だか人目で理解することができた。
自然と彼女の名前が口から出てくる。
「る……み……さん?」
「はい! お変わり無いようで安心しました。煌司さん!!」
「なん……で……」
見た目こそ完全に変わっているが所々に感じる雰囲気、そして俺の直感は正しかった。
その名を口にすると嬉しそうに手を合わせて喜んでくれる。
彼女は瑠海さん。この世界で自ら命を断ち、あの世界で別れを告げた仲間。そして、そこに立っていたのは彼女だけじゃない。
「ふふっ、もちろんこの方の力を借りて、ですよ」
「この方……?」
「私達換算ではつい先程ですが、煌司さんからしたらお久しぶりでしょうね。お元気ですか?」
「……マヤ!?」
瑠海さんの言葉とともに目を配らせた先、そこに立っていた人物は間違いなく彼女だった。
流石に2メートルという長身は失われたものの長い黒髪に神秘的な雰囲気、そして俺たちをまとめて包み込んでくれる母性は間違いなくマヤ本人。
全てが終わって家に帰り着いてやってくるあの世界の2人の来訪。
俺は突然やってきた彼女たちに、ただただ言葉を失うのみであった。
黄金の草原。そこに立つ一人の人物が一つため息をつく。
まっさらな光り輝く世界。辺りには彼女以外に誰も居らず、ついさっき消え去った扉の残滓を見送りながら一人呟く。
「ようやく、全てが終わりましたね」
それは一仕事終えたあとの安堵の言葉。ようやく一つの大きな仕事が終わったと黒髪の人物、マヤが口にした。
煌司がこの世界にやってきてから帰るまでの数カ月間。幾星霜を生きる彼女にとってその期間は一瞬に満たない出来事だろう。しかし魂を案内するだけだという変わらない日々の仕事をこなす彼女にとって、この僅かな日々は随分と濃いものとなった。
自分で送り出した手前、みんなが居なくなったことに寂しさを覚えるが神様たるものそんなことでくじけてはならないと自らを鼓舞して背筋を伸ばして胸を張る。
まだだ。まだ最後の後始末が残っていると、彼女は光り輝く空に向かって言い放った。
「もう出てきても構いませんよ」
マヤ以外誰も居ない空間での独り言。…………のようにも思われたが、虚空に放った言葉に呼応するように輝かしい世界の空にヒビが入った。
ガラスでできた透明なドームに割って入るように、まるでここではない何処かからの干渉を受けるようにポッカリと黒い穴が出来上がり、そこから一人の人物がゆっくりと降り立った。
2メートルの身長を持つマヤと比べたら随分と小さい……煌司や祈愛と比べても小さいと評される女の子だった。。
おおよそ140センチあればいいほうの、小さな子。茶色の髪をボブにして、クリンと大きな瞳はツリ目になってまるで猫のよう。
そして何より特筆すべきは背中に生えた翼だろう。正確には腰辺りに生えている肩から肘程度の小さな翼。しかし彼女の持つ白いそれはまさに"天使"と呼ぶに相応しいものであった。
呼びかけに応じるよう降り立った人物は黙ってマヤの正面に立つ。そしてつり上がったその目をキッと睨みつけるようにしてマヤへと向けた。
「お久しぶりです千代さん。何年ぶりでしょうか……3年?」
「………20年ぶりですよ。お久しぶりです」
「あらそうでしたか。すみません、千年もこの仕事していると時間の感覚が曖昧になってしまって」
そう昔を懐かしむように笑うマヤに千代と呼ばれた人物は苛立ちを隠せないようにキッともう一度マヤを睨む。
しかし当の本人は全く気にする様子が無い。その様子に更に苛立ちを重ねた彼女は20年ぶりの再会だというにも関わらずさっさと本題を切り出すことを決めた。
「私がどうして来たか、分かっておりますよね」
「えぇもちろん。そうでないとエリートコースのあなたがここのような辺境の地へ訪れる理由がありませんから。私を処分しに来たのでしょう?」
「…………はい。この数ヶ月、魂の転生阻止に度重なる死者への現世誘導や魂の復活など、多くの重罪微罪を重ねてきましたね」
裁判官のように淡々と告げられる言葉の数々にマヤは優しい顔でゆっくり頷く。
それはマヤが犯してきたこれまでの罪。
少年少女たちを復活・成長させるにあたって彼女は知らぬところで様々な罪を重ねてきたのだ。
代表的なのは瑠海の転生阻止だろう。魂を適切に誘導させる役割を持つマヤにとって、故意に適切でない魂の操作をするのは彼女らにとって罪にあたる。
だからこそ千代はここへとやってきた。罪を重ねたマヤを罰するために。執行人として。
その手には丸められた羊皮紙が握られている。きっとそこにマヤがどうなるか書いているのだ。
「あの子はなんて?」
「"我らが主"は事が済んだ今、私に命をお与えになりました。『決して見過ごすことはできない』と」
「そうですか。残念ですね」
これから自分はどうなるか。自己の消滅か、地獄に追放か、それとも無罪放免か。
少なくとも見過ごせないと言われた以上無罪はないだろう。幾つか選択肢を頭の中で浮かべてから一つを排除する。
穏やかに返事をするマヤは決して未来が見えるからではない。
未来を把握するのは現世の出来事にしか適用しないのだ。だからマヤ自身もこれからどうなるかわからない。しかしそれでも色即是空の心を持って平穏を保つ。
「規程に従い、動揺を避けるため罰を告げた後は速やかに執行されます。何か言い残すことはありますか?」
「なにも。………あぁいえ、20年ぶりに会えた愛弟子に消滅させられるのは、師匠として鼻が高いです。よく頑張りましたね」
「っ………!では読み上げます!!」
罪を重ねたマヤ。しかし最期に愛弟子である千代に手をかけてもらえるとなると、執行人になるまで昇進したということが伺えて鼻が高い。だからこそ悲しみというものは一切なかった。
一方で積み重ねた怒りを堪えていた千代だったが、その言葉を受けて瞳が大きく揺れ動く。
その迷いを断ち切るように手にした羊皮紙を大きく広げた。そこには確かにマヤへの処遇が書かれている。
「1つ!先に述べた数々の罪を重ねたことにより、対象には消滅の罰を言い渡す!!」
「…………そうですか」
消滅。それは魂として転生することもこの世界に留まることも何一つできなくなる到達点。
楽しむことも悲しむことも何一つできなくなるという、いわゆる極刑である。
それでもマヤは動揺しない。その未来を自ら受け入れていた。
「2つ!しかし、対象が積み上げたこれ迄の実績と本件による功績、そして千代執行官の陳情を踏まえ、それを減刑するものとする!!」
「えっ…………」
極刑。それはマヤ自身受け入れていた罰。
しかし次に告げられていた言葉によって穏やかだった顔がようやく変わった。
信じられないといった驚きの表情。マヤと目を合わせた千代も、ようやく堅苦しい表情を解いて柔らかな笑みを浮かべて優しい口調で語りかける。
「…………本来ならこの件、誤ってあの男を現世に誘導させてしまった私の責任なのです。それなのに罪を被って尻拭いまでしてくれて……罰せられるわけ無いじゃないですか」
そう。煌司たちには"あの人"を復活させたのは自分のミスだと説明したのだが、実際にミスをしたのは千代である。
それなのに敢えて罪を被ったマヤ。未来へ続く人へこそ自身の全てを託すに足ると考えるマヤだからこそ、千代による執行は本望だったが、まさかそのような結果になるとは思わず動揺が生まれる。
「それに、消滅なんてさせてしまったら"我らが主"……あなたのお子さんが悲しみますよ。摩耶夫人」
「あの子はそんなことでは…………」
「いいえ、絶対悲しみます。今回だってどう消滅を回避しようかあの方自ら走り回ったのですから」
「………。 では、私の罪というのは……」
極刑ではない。それはわかった。
ならば自身の罰はどうなるというのか。
そう問いかけたマヤに答えるよう、千代は広げていた羊皮紙をひっくり返す。
「これは…………!?」
「ふっふっふ。是非とも驚いてください。摩耶夫人への罰は―――――」
―――――――――――――――――
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「――――ふぅ、こんなもんかな」
ドスン!そんな音とともにズッシリと重くなったビニール袋を床に落として額の汗を拭う。
家の前。階段の下。人が通らないその場所には幾つものビニール袋が多く積み上がっていた。
今日は晴れ。明日も晴れ。明日の朝これらを所定の場所へ持っていけば行政が然るべき処理をしてくれるだろう。とりあえず今日のところは一時しのぎとしてこの場所へ。
俺は階段の影から明るい場所へ一歩前に出て空を仰ぎ見る。
「それにしても、あっついなぁ…………」
空は澄み切った青空。雲ひとつ無い快晴だ。
そして季節は夏まっただ中。テレビでは酷暑と聞くに相応しい熱波が容赦なく俺たちを照りつけていた。
今も額や腕、背中から汗がこれでもかと言うほど流れ出ている。
しかしそれは生の実感。"生きている"証なのだと俺は一粒の汗ごとに嬉しさが湧き上がってくる。
あの世界から戻ってきて数ヶ月。病院で目覚めた俺は何とか日常生活が送れるくらいまで回復した。
目覚めた時はもう大変だった。数ヶ月寝ていた分筋肉という筋肉がこれでもかというほど鈍っていて、歩くことすらままならなかったから真っ先にリハビリコース。
何度も検査を繰り返してようやくお墨付きを貰えた俺は今朝、無事に退院を果たしたのだ。
どうも倒れている間、俺は植物状態だったらしい。あの状態から回復したのは奇跡だと医者が言っていた。
夢のような世界での出来事を今も俺は覚えている。しかしそれを口外してはいない。気づいたら目が覚めていたということで押し通した俺は家に帰って真っ先に部屋の大掃除を始めていた。
奴が大いに汚し、そして俺も血溜まりを作ってしまったアパートの一室。
ゴミを捨て、雑巾で綺麗にし、何とか廃墟からボロアパートと言えるくらいにはなった。雨漏りとか隙間風とか根本的な原因はあるものの、今は"涼しいからいいじゃない"の一言で目を逸らすとしよう。
それとあの病院でふっ飛ばした奴のことだが、どうやら俺の目論見通りお縄になったらしい。しかし大人の世界というのは面倒なようで、今は裁判で拘置所とやらにいるようだ。なんにせよ実刑は免れないだろうとのこと。
そして俺の保護者だが、元母親である祈愛の実母が立候補してくれた。これも大人の事情とやらでまだ正式とはならないが、近いうちに実現するだろう。
……そういえば蒼月母、退院時迎えに行くって言ってたけど勝手に帰ってきちゃったな。
まぁいいか。看護婦さんは俺が帰ったことを知ってるし、ちょっと行き違いになるけど軽く怒られれば済むことだろう。
そんなこんなでまだ複雑な心境で相対する蒼月の家庭だが、まだ祈愛と会うことは叶っていない。10年と随分長い期間寝ていたせいで会える状態に無いと言っていた。ならば手紙でもと思ったが、それも難しいと。
しかし伝言は預かっている。『元気にしている』と。俺は今日もその言葉を胸に綺麗になった自室へ向かうため階段を駆け上がる。
ピンポーン―――――
「あ、は~い!」
大掃除が終わって数時間。
幾分綺麗になった部屋で昼寝をしていると、意識が浮上した直後そんな音が聞こえてきた。
気づけば世界は逢魔時。随分と眠りこけてしまったようだ。昼と夜の境目で目覚めた俺は今夜寝られるのかと一抹の不安を抱えながらインターホンに対応するため玄関へと向かっていく。
一体誰だろう。
この家にはモニター付きインターホンなんて高尚なものが無いから実際に扉を開けないと誰だかわからない。
蒼月の母だろうか。それとも何度か事情聴取された警察のお姉さんだろうか。数少ないながら事件絡みで訪ねてくる人に心当たりはいた。そのうちの誰かだろうとアタリをつけて扉をゆっくりと開いていく。
「は~い、どちら様です……………か…………」
「こんにちは。……こんばんわでしょうか?お久しぶりですね。煌司さん」
モジモジと少し緊張気味の声と上目遣い。
そこに立っていたのは見覚えのない女性だった。
年は俺よりも上、社会人という印象はないから大学生だろうか。肩まで伸びた銀の髪を携えた、少し朧気な雰囲気を持つ不思議な女性。
物腰柔らかく、それでいて芯の強さを感じられる人物は、俺の知らない人物だった。
否。知らない。けれど知っている。
なんとも不思議な感覚ではあるが、見覚えはなくとも何故か俺には彼女が誰だか人目で理解することができた。
自然と彼女の名前が口から出てくる。
「る……み……さん?」
「はい! お変わり無いようで安心しました。煌司さん!!」
「なん……で……」
見た目こそ完全に変わっているが所々に感じる雰囲気、そして俺の直感は正しかった。
その名を口にすると嬉しそうに手を合わせて喜んでくれる。
彼女は瑠海さん。この世界で自ら命を断ち、あの世界で別れを告げた仲間。そして、そこに立っていたのは彼女だけじゃない。
「ふふっ、もちろんこの方の力を借りて、ですよ」
「この方……?」
「私達換算ではつい先程ですが、煌司さんからしたらお久しぶりでしょうね。お元気ですか?」
「……マヤ!?」
瑠海さんの言葉とともに目を配らせた先、そこに立っていた人物は間違いなく彼女だった。
流石に2メートルという長身は失われたものの長い黒髪に神秘的な雰囲気、そして俺たちをまとめて包み込んでくれる母性は間違いなくマヤ本人。
全てが終わって家に帰り着いてやってくるあの世界の2人の来訪。
俺は突然やってきた彼女たちに、ただただ言葉を失うのみであった。
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