命のその先で、また会いましょう

春野 安芸

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第3章

033.目的地と対象者

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「ここは…………」

 目的地。明らかに警察の御用になりかねない実の父を追っていった俺たちは、ようやく目的の場所にたどり着いた。
 時刻は深夜0時。夜更けも夜更け、日付も変わってしまう頃。まだ辛うじて動いている最終電車に揺られ、人通りの無くなった商店街を通り過ぎて住宅街をも過ぎ、更に長いこと歩みを進めた先。"あの人"の目的地はそこにあった。

 それは山の麓にある大きな大きな建物。街中に鎮座するショッピングモールにも引けを取らないほどの大きさを誇る施設だった。
 しかし決して商業施設などではない。富を使い富を生み出す施設ではない。むしろ逆、庶民にとっては少ない富で大きな結果をもたらす現代においてなくてはならない施設。

「病……院……?」

 ポツリ瑠海さんがつぶやく声が聞こえる。
 そう、ここは病院。駅から遠く離れたこの施設は人の命を守る機関である大病院だった。おそらく規模的に国立やそれに近いものだろう。
 少し離れた位置から尾行する俺たちは豆粒姿の"あの人"が迷いなく建物へ向かっている姿を見送る。

 しかし何故わざわざ夜更けにこんなところに来たのだろう。当然ながら受付は終わっている時間だし、わざわざナイフなんか持って……。

「煌司君、これ本当に大丈夫なのかな?やっぱり病院にナイフ持ち込むって……」
「………さぁな」

 俺も背中に嫌な汗が流れて適当な返事になってしまう。
 正直嫌な予感しかしない。普通にここに来るだけなら問題はないが、時間と持ち物、おまけに風貌を考えると色々不味い。
 しかし一方で安心材料もある。今日は何かのイベントなのか、敷地内を歩く人が多いのだ。これだけ人が多いなら何か起こっても直ぐに対処が可能…………

「祈愛さん、なんだかここ嫌な感じがします……。それに周りの人達って……」
「……はい。ここを歩いてる人はみんな幽霊ですね。聞いた話でしかなかったけど、病院にはそういった存在が多いみたいです。きっと生者は"あの人"だけかと」

 …………マジかよ。
 昼間かと思うほど人が多く行き交ってると思ったけどこれ全部?
 よくよく見れば人は高齢者が殆どだ。それにみんな虚ろな目をしている。

「つまり、ここの方々はみんな私達と同じ……?」
「瑠海さんは地縛霊だったからチョットだけ違いますけどね。歩いてる人たちはそれほど思いが強くない浮遊霊だと思います。一瞬だけこの世界に留まりますが、すぐにアッチへ向かうはずです。害はありませんよ」

 知りたくなかったそんな事実。
 害がないとはいえこういう施設に幽霊が多いのはなんというか、チョット怖い。

 人が最も恐れるものは【未知】だと思う。
 わからないから怖い。幽霊だってどこに居るかわからない、どこから見られているかわからない、何をされるかわからない。
 分からないからこそ人は怒る。事故で電車に取り残されるのが良い例だろう。いつ解放されるかわからないからこそフラストレーションが溜まるのだ。
 もし未来全てを知っていたら、人は何があろうと穏やかな心を崩さないのかもしれない。

 閑話休題。
 そんな怖くとも、今は二人の手前俺が前に出なければならない。
 "あの人"の息子として幽霊だの何だのに今はかまっている暇はない。

「ほら、浮遊霊に気を取られて目的を忘れるなよ。そろそろ行かないと見失う」
「えっ!?うんっ!」

 俺が見つめる視線の先。遠くでは"あの人"がどこから入手したのか鍵を取り出して扉を開いてみせた。
 もしかしたらここの関係者で何かちゃんとした用事があって来たのかもしれない。けれど俺にはそうは思えなかった。なにやら心の奥でざわつくのを感じながら奴を追って閉められた扉をすり抜けていく。


 すり抜けた先は薄暗くなった病院の廊下だった。
 足元のライトが辛うじて歩くに支障がない程度の光を灯しているものの、それが逆にお化け屋敷の通路のようで恐怖感を増している。しかし対照的に、所々をあからさまに幽霊だと分かるような人が歩いているものだから増した恐怖感が打ち消されている。
 つまりは思ったより怖くない。お化け屋敷だって全てネタバレされた後はいうほど怖くないような、似たようなものだ。
 俺たちは人気のある暗い病院内を、遠くに見える背中を追って歩きだす。

「ねぇ、これ誰のところへ行ってるのかな?」
「誰でしょう……?煌司さん、心当たりはありますか?」
「……さぁな」

 階段を上がりながら俺たちはその背中を追っていく。
 瑠海さんの問いに適当な生返事をしてしまったが、一人だけ心当たりがあった。
 それは妹だ。入院してる人物の中で俺が知ってるのはそれしか無い。

 しかし何故か俺には妹の記憶が欠落している。名前と顔が思い出せない。存在していたことは間違いないが、この世界に来て以降、どこに入院してるかすら覚えていないのだ。
  もしかしてここに居るのか……?そうだとしたならあのナイフが気になる。奴が誰を殺そうとどうでもいいが妹だけは別だ。もし向かった先が妹の病室の場合、俺が何をしてでも守らなければならない。

「あっ、階段から出たよ!あの階じゃない!?」

 四つほど階を登った先。
 蒼月が真っ先に気づいたようで顔をあげると、奴は目的階に着いたようで階からフロアへ向かう扉を開け放っていた。
 俺たちも急いで階段を駆け上がりそのフロアへ向かうと、そこは同じような光景が長く長く続いていた。
 長く、闇へ向かっていく廊下。その暗さは先が闇へ溶けていくほどであり、永遠と同じ景色の道が続いているような錯覚さえ覚える。
 実際には少し長いけれど確実に終わりがある廊下。しかし夜のお陰で永遠のように見える廊下はあの世界のように神秘的にも感じられた。

 歩きながら光に照らされた壁を見ると、そこには様々な名前が並べられている。きっとそれぞれの部屋で入院している患者の名前だろう。
 一人だったり四人だったり数こそバラバラなものの、そこには沢山の人が入院している事を実感させられる。
 そんな病室を迷うことなく真っ直ぐ進む奴は、長い長い永遠のような廊下の最奥、行き止まりまでたどり着いたことでその足を止めた。

『ここか……』

 ポツリとした呟きが廊下に響く。
 その言葉こそここが目的の場所であることの証明。一体こんな夜更けに何をしに来たのか。一体誰の病室へとやってきたのか。
 確実に面会可能時間を過ぎた時間帯にもかかわらず、奴は迷うことなくその扉を開けて中へと入っていく。
 俺たちはその扉が閉まるのを見計らって、駆け足で扉前まで向かっていった。

「もしかして本当に……刺しちゃうのかな?」
「わかりません……。でもそうだとしたら、マヤに何と報告しましょう……」
「普通にありのままでいいだろ。さて、一体ここは誰の病室だ―――――」

 気になりはするが、ヤツが誰を殺そうがそして捕まろうが俺にとってはどうだって構わない。霊になったせいかそういう人情が薄れているのを自分ごとながら感じる。
 妹じゃなきゃどうでもいいと思っていた俺は、いち早くネームプレートに掛かっている名前を確認した。

「……………違う」

 良かった。妹どころか女性の名前じゃない。
 なら俺の知らない第三者だろう。非情で悪いが勝手にやって勝手に捕まってくれればそれでいい。

 …………そう一安心したのもつかの間。
 俺はもう一度チラ見したネームプレートを確認する。この名前には見覚えがある。

 いや、見覚えどころかこれは…………

「っ――――!!」
「煌司さん!?」

 ネームプレートに書かれていた名前。
 底に書かれていた文字を理解した瞬間、俺は反射的に動いていた。
 その様子を見ていた瑠海さんから驚きの声が上がるが構っていられない。一刻も早く中の様子を探るため、扉すらも関係なく壁を突っ切って病室へと駆け出していく。

 暗い壁を抜ければ月明かりに照らされた病室が一気に開く。
 扉を抜けた先にある僅かな廊下の奥。小物を置くための小さな台にバッグを乗せ、何か漁っている人物の前に立ちふさがった。

「おいっ!こんなところに何しに来た!!」

 声が届かないのは百も承知。

 しかし叫ばずにはいられなかった。
 俺が目にしたネームプレートは一つだけ。つまりここは個室。どこからそんな金が出たのか不思議ではあるが今はどうでもいい。そこに書かれていた文字は【篠原しのはら 煌司こうじ】だったのだ。

 篠原 煌司。
 間違いようもない自分の名前。
 あぁ、どうしてその可能性を俺は排除していたのだろう。
 妹ばかりに気を取られてなんで真っ先に思いつきそうなことを、俺は……。

 そして何故こんなところに来たのか。
 父親なのだから居場所を知っていて当然だ。しかしこの時間。このタイミング。あの持ち物。全てが出来すぎていた。

 もしかしたらマヤはこの未来を知っていて、あえて俺に依頼したのかもしれない。
 そちらについては後で問い詰めるとして、今はただ目の前の"奴"へと意識を集中させる。

『――――あ?』

 生者と死者。
 そこには明確な次元の壁が存在する。故に触れることも言葉が届くこともない。
 けれど奴は間違いなく俺の声に反応した。そしてあろうことか、奴の気だるそうな瞳が間違いなく俺を捉えた・・・・・

『……あぁ。誰かと思ったら煌司か。奇遇だなぁこんなところで』
「っ……!」

 まるで俺の存在が認識できて当たり前のようなその反応。
 見えるはずもない俺を見、そして言葉に反応してこちらに話しかけてきた。
 間違えるはずもない実の父。死者でも幽体離脱でもない、現実世界に干渉できる生者。旧来の友人にでも会ったかのように気安く広げるその右手には、月明かりに照らされて鈍く光るナイフが握られているのであった。
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