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第2章
024.みんないっしょに
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「アルプスいちまんじゃーく、こやりのうえで―――――」
バシャバシャと水の跳ねる音に加え、楽しげに歌う2人の声が聞こえてくる。
歌声の主は瑠海、そして突然この家に訪問してきた女の子、ひまりだ。2人は湯船の中で向かい合わせになりながら『アルプス一万尺』を口ずさみ、互いの手の動きに合わせつつ水を跳ねさせている。
2人の姿はさながら年の離れた姉妹のよう。現実にはついさっき出会ったばかりの他人同士。祈愛は二人の様子を眺めながら、なんとか"遊び"というツールを介してひまりの笑顔を引き出せたことに安堵の息を一つ吐いた。
突然この家へ不安そうな表情で現れたひまりは泣くこともなかったが、発せられる負のオーラはヒシヒシと感じていた。今はなんとか抑えられていることに一安心だろう。
しかし難は去った訳では無い。2人の楽しげな姿を眺めながら少女――祈愛はもう一度思案する。
議題はこれからどうするか。普通死者は意識の曖昧な状態で転生の列に加わるというもの。もし意識が明瞭であればマヤが対処する。しかし今現在において頼みのマヤは出てこない。
それはお風呂の邪魔をしないためか、何らかの用事のためか。理由は分からないけれど今現在居ないという事実だけはハッキリしていた。
少年少女三人だけじゃ何をして良いのかもさっぱりわからない。ならば……そう、やることといえばこの子を保護しマヤに任せることだ。
いつになるか分からないが決して遠い先のことじゃないはず。もしかしたらお風呂から出るとリビングで待ち構えてくれているかも知れない。大丈夫、相手は神様。きっと直ぐに察知して現れてくれるだろう。
「よしっ……」
そう結論づけてからいつの間にか水面に向けていた視線そのままに顔を洗いつつ正面を向く。
すると祈愛の目線その前に、小さな女の子が不思議そうな顔でこちらを覗き込んできていたことに気づいて、少女は小さく悲鳴を上げる。
「ひゃっ!?」
「おねぇちゃん?大丈夫?」
「ひ、ひまりちゃん……?」
覗き込んでいたのはさっきまで瑠海と遊んでいた女の子、ひまり。
ひまりは何やら心配そうな顔を浮かべつつこちらを覗き込んできていて祈愛はパチクリと驚いた顔を向ける。
するとひまりの後方からもう一人、瑠海がゆっくりと水をかき分けつつこちらに向かってきた。
「祈愛さんごめんなさい。さっきまで呼んでいたのに気づかなかったもので。何か考え事でもされてました?」
「えっ……あぁ、はい。大丈夫です。ちょっとボーっとしてましたけど結論は出ましたから。ひまりちゃんも、心配してくれてありがとね。お姉ちゃんは大丈夫だよ」
「ん……」
水から手を出してその小さな頭にそっと触れると、ひまりは少し嬉し恥ずかしそうにしながらもその手を受け入れる。
結局のところ問題の先送りにしかならないがそれでも方針は決まった。後は煌司も交えて話し合うだけだと考えつつ、今は目の前の女の子を笑顔にするために頭を切り替える。
「それじゃあひまりちゃん、次はお姉ちゃんと遊ぼっか!何して遊ぶ?」
「ん……」
バシャアと湯船から立ち上がって手を差し出したものの、肝心のひまりは目を伏せるだけでそれに反応しようとしない。どうしたのだろう。まさか自分が考え事をしている間に何か起こったのだろうかという考えが頭をよぎる。
「ひまりちゃん……?」
「その、ですね祈愛さん。ちょっと……いえ、非常に言いにくいといいますか、なんと言えばいいのか私も困っているところなのですが……」
「……瑠海さん?」
ひまりが顔を伏せたと思ったら、今後は瑠海までもが何やら言いにくそうに苦い顔を浮かべている。いうなれば秘密を暴露する直前のような。
まさかひまりについて新たな事実が判明したとでもいうのか。そう祈愛は考えたが、瑠海の表情が困りつつも若干笑みが溢れていることに気付いた。
祈愛はもう一度目線を合わせて喉を鳴らす。一体何を語り出そうというのか――――
「ねぇ、おねぇちゃん。さっきのおにぃちゃんはお風呂一緒に入らないの?」
「そっかそっか、私もおにいちゃんと一緒に…………おにいちゃんと!?」
―――ノリツッコミ。
思わず自分らしくない反応をしてしまった祈愛。
しかしそれほどまでにひまりからの問いは衝撃的なものであった。
軽く咳き込みながらもう一度ひまりを見ると、つぶらな瞳が真っ直ぐとこちらに向けられている。
「ひ、ひまりちゃん……それってどういう……?お兄ちゃんって煌司くんのことだよね……?」
「うん。最初に出てきたおにぃちゃん。お風呂はみんなで入るものなんでしょ?うちでもパパとママ、あかりおねぇちゃんのみんなで入ってるよ?」
それは無垢。純粋な目。
何一つとして他意の無い質問が祈愛を苦しめた。
もう一度瑠海を見れば苦笑いしつつ困ったような顔をしている。きっと瑠海も同じことを問われたのだろう。
しかし困った。なんて説明しよう。
祈愛はさっきまで思案していたこと以上に頭を回転させ、小さな子に相応しい解を模索する。
「えっとね……それは……そう!お兄ちゃんはひまりちゃんのお着替えを用意してくれてるの!それにちょぉっと時間掛かっちゃってるのかも!」
ウソではない。
事実煌司は煤けたひまりの服の代わりを創った上で待ってもらっている。ただちょっと時間が掛かっているだけだ。時間がかかった結果間に合わなかったのなら、何とか言い訳は立つだろう。
「じゃあ、もうちょっと待ってれば一緒に入れる?」
「それはぁ…………」
ダラダラダラ。
湯船に浸かっているというのに嫌な汗が流れ出る。
どう応えるべきだろう。正直祈愛本人は入ってくれても構わない。むしろこの大きな風呂を設計した理由も、いつか一緒にと邪な考えがあってのことだ。
しかし瑠海はどうだろう。そう考えて視線をチラリと横に向ける。
「私はその……祈愛さんがいいのであれば」
―――なんと。
その言葉を受け、モジモジと恥ずかしそうな姿を見て心の中で絶句した。
そこまで瑠海は煌司のことを良く思っていたとは。そして同時に確信する。やはり彼女はライバルになりうるのだと。
しかし瑠海が良いとなるとどうなる。
自分もいい、瑠海もいい、ひまりもいい。全員問題ないのであれば別に煌司を呼んでも問題ないじゃないか。
「じゃあ、私も――――」
問題ないよ。
そう祈愛は結論づけようとして――――直前で止まった。
今一度祈愛は考え直す。
正直自分の身体には自信がある。そこそこある胸、引き締まったウエスト、ちょっと小さいけどそこそこのお尻。彼と手を繋ぐとドキドキしてくれるのもわかっている。だから脈もあるのだと認識している。
しかしちょっと待って欲しい。そんな自分以上に驚異的なのが瑠海だ。
瑠海は祈愛よりも遥かに大きい胸、あまり変わらないくらいのウエスト、安産型と言えるくらいのお尻。つまり完璧なプロポーションだ。
そんな瑠海と一緒に煌司がお風呂に入ったらどうなるだろう。どう考えても瑠海へ傾倒してしまうに決まっている。男の子は胸の大きい人が好みだとマヤに聞いた。だから"そこそこ"の自分なんか、あっという間にポイされてしまうじゃないか。
それだけじゃない。
問題なのは瑠海だけじゃなくひまりだって当てはまる。
マヤによると小さい女の子じゃないとダメだという困った男の人もいるという。もし……もし煌司がそうであったとしたら。もしくはこのお風呂によってその内なる獣が姿を現したりでもしたら。
祈愛の頭の中では嫌な予感ばかりが生まれ出る。
そんな頭を抱える様子を瑠海とひまりは黙って見守っていた。
「―――ううん、やっぱりダメ。ひまりちゃんゴメンね。お兄ちゃんはお風呂苦手みたいだから入れないみたい」
「そっかぁ……」
「ごめんね」
「そんなぁ………」
祈愛の出した結論は断ることだった。やはり煌司は自分が守らなければならない。
後数年の辛抱だ。もうちょっとすればきっとあのスタイルと同じくらいに……・。そう自分に言い聞かせながらおくびに出すこともなくツラツラと別の言い訳を並べ立てた。
ひまりに続いて瑠海の残念そうな声が聞こえるが、努めて聞こえないフリをしてもう一度頭を撫でる。
「だから代わりに、お兄ちゃんとはお風呂から出た後いっぱい遊んでもらお!ひまりちゃんものぼせちゃ大変、お身体拭いてあげるから一緒に出よっか!」
「うん!」
流石は素直な子というべきか、聞き分けのいい返事に祈愛は心底安堵した。
出した提案に明るい笑顔を浮かべるひまりにつられて顔をほころばせ、共に手を繋いでお風呂を出ていく。
「煌司さんとは絶対一緒に……。そうです、ひまりちゃんみたいに汚れた服を創り着てから彼の前に立てばきっと――――」
…………ひまりと共に風呂を後にしながら、後ろから煌司とお風呂へ入る計画を立てている瑠海に、祈愛は絶対に阻止しようと心に固く誓うのであった。
バシャバシャと水の跳ねる音に加え、楽しげに歌う2人の声が聞こえてくる。
歌声の主は瑠海、そして突然この家に訪問してきた女の子、ひまりだ。2人は湯船の中で向かい合わせになりながら『アルプス一万尺』を口ずさみ、互いの手の動きに合わせつつ水を跳ねさせている。
2人の姿はさながら年の離れた姉妹のよう。現実にはついさっき出会ったばかりの他人同士。祈愛は二人の様子を眺めながら、なんとか"遊び"というツールを介してひまりの笑顔を引き出せたことに安堵の息を一つ吐いた。
突然この家へ不安そうな表情で現れたひまりは泣くこともなかったが、発せられる負のオーラはヒシヒシと感じていた。今はなんとか抑えられていることに一安心だろう。
しかし難は去った訳では無い。2人の楽しげな姿を眺めながら少女――祈愛はもう一度思案する。
議題はこれからどうするか。普通死者は意識の曖昧な状態で転生の列に加わるというもの。もし意識が明瞭であればマヤが対処する。しかし今現在において頼みのマヤは出てこない。
それはお風呂の邪魔をしないためか、何らかの用事のためか。理由は分からないけれど今現在居ないという事実だけはハッキリしていた。
少年少女三人だけじゃ何をして良いのかもさっぱりわからない。ならば……そう、やることといえばこの子を保護しマヤに任せることだ。
いつになるか分からないが決して遠い先のことじゃないはず。もしかしたらお風呂から出るとリビングで待ち構えてくれているかも知れない。大丈夫、相手は神様。きっと直ぐに察知して現れてくれるだろう。
「よしっ……」
そう結論づけてからいつの間にか水面に向けていた視線そのままに顔を洗いつつ正面を向く。
すると祈愛の目線その前に、小さな女の子が不思議そうな顔でこちらを覗き込んできていたことに気づいて、少女は小さく悲鳴を上げる。
「ひゃっ!?」
「おねぇちゃん?大丈夫?」
「ひ、ひまりちゃん……?」
覗き込んでいたのはさっきまで瑠海と遊んでいた女の子、ひまり。
ひまりは何やら心配そうな顔を浮かべつつこちらを覗き込んできていて祈愛はパチクリと驚いた顔を向ける。
するとひまりの後方からもう一人、瑠海がゆっくりと水をかき分けつつこちらに向かってきた。
「祈愛さんごめんなさい。さっきまで呼んでいたのに気づかなかったもので。何か考え事でもされてました?」
「えっ……あぁ、はい。大丈夫です。ちょっとボーっとしてましたけど結論は出ましたから。ひまりちゃんも、心配してくれてありがとね。お姉ちゃんは大丈夫だよ」
「ん……」
水から手を出してその小さな頭にそっと触れると、ひまりは少し嬉し恥ずかしそうにしながらもその手を受け入れる。
結局のところ問題の先送りにしかならないがそれでも方針は決まった。後は煌司も交えて話し合うだけだと考えつつ、今は目の前の女の子を笑顔にするために頭を切り替える。
「それじゃあひまりちゃん、次はお姉ちゃんと遊ぼっか!何して遊ぶ?」
「ん……」
バシャアと湯船から立ち上がって手を差し出したものの、肝心のひまりは目を伏せるだけでそれに反応しようとしない。どうしたのだろう。まさか自分が考え事をしている間に何か起こったのだろうかという考えが頭をよぎる。
「ひまりちゃん……?」
「その、ですね祈愛さん。ちょっと……いえ、非常に言いにくいといいますか、なんと言えばいいのか私も困っているところなのですが……」
「……瑠海さん?」
ひまりが顔を伏せたと思ったら、今後は瑠海までもが何やら言いにくそうに苦い顔を浮かべている。いうなれば秘密を暴露する直前のような。
まさかひまりについて新たな事実が判明したとでもいうのか。そう祈愛は考えたが、瑠海の表情が困りつつも若干笑みが溢れていることに気付いた。
祈愛はもう一度目線を合わせて喉を鳴らす。一体何を語り出そうというのか――――
「ねぇ、おねぇちゃん。さっきのおにぃちゃんはお風呂一緒に入らないの?」
「そっかそっか、私もおにいちゃんと一緒に…………おにいちゃんと!?」
―――ノリツッコミ。
思わず自分らしくない反応をしてしまった祈愛。
しかしそれほどまでにひまりからの問いは衝撃的なものであった。
軽く咳き込みながらもう一度ひまりを見ると、つぶらな瞳が真っ直ぐとこちらに向けられている。
「ひ、ひまりちゃん……それってどういう……?お兄ちゃんって煌司くんのことだよね……?」
「うん。最初に出てきたおにぃちゃん。お風呂はみんなで入るものなんでしょ?うちでもパパとママ、あかりおねぇちゃんのみんなで入ってるよ?」
それは無垢。純粋な目。
何一つとして他意の無い質問が祈愛を苦しめた。
もう一度瑠海を見れば苦笑いしつつ困ったような顔をしている。きっと瑠海も同じことを問われたのだろう。
しかし困った。なんて説明しよう。
祈愛はさっきまで思案していたこと以上に頭を回転させ、小さな子に相応しい解を模索する。
「えっとね……それは……そう!お兄ちゃんはひまりちゃんのお着替えを用意してくれてるの!それにちょぉっと時間掛かっちゃってるのかも!」
ウソではない。
事実煌司は煤けたひまりの服の代わりを創った上で待ってもらっている。ただちょっと時間が掛かっているだけだ。時間がかかった結果間に合わなかったのなら、何とか言い訳は立つだろう。
「じゃあ、もうちょっと待ってれば一緒に入れる?」
「それはぁ…………」
ダラダラダラ。
湯船に浸かっているというのに嫌な汗が流れ出る。
どう応えるべきだろう。正直祈愛本人は入ってくれても構わない。むしろこの大きな風呂を設計した理由も、いつか一緒にと邪な考えがあってのことだ。
しかし瑠海はどうだろう。そう考えて視線をチラリと横に向ける。
「私はその……祈愛さんがいいのであれば」
―――なんと。
その言葉を受け、モジモジと恥ずかしそうな姿を見て心の中で絶句した。
そこまで瑠海は煌司のことを良く思っていたとは。そして同時に確信する。やはり彼女はライバルになりうるのだと。
しかし瑠海が良いとなるとどうなる。
自分もいい、瑠海もいい、ひまりもいい。全員問題ないのであれば別に煌司を呼んでも問題ないじゃないか。
「じゃあ、私も――――」
問題ないよ。
そう祈愛は結論づけようとして――――直前で止まった。
今一度祈愛は考え直す。
正直自分の身体には自信がある。そこそこある胸、引き締まったウエスト、ちょっと小さいけどそこそこのお尻。彼と手を繋ぐとドキドキしてくれるのもわかっている。だから脈もあるのだと認識している。
しかしちょっと待って欲しい。そんな自分以上に驚異的なのが瑠海だ。
瑠海は祈愛よりも遥かに大きい胸、あまり変わらないくらいのウエスト、安産型と言えるくらいのお尻。つまり完璧なプロポーションだ。
そんな瑠海と一緒に煌司がお風呂に入ったらどうなるだろう。どう考えても瑠海へ傾倒してしまうに決まっている。男の子は胸の大きい人が好みだとマヤに聞いた。だから"そこそこ"の自分なんか、あっという間にポイされてしまうじゃないか。
それだけじゃない。
問題なのは瑠海だけじゃなくひまりだって当てはまる。
マヤによると小さい女の子じゃないとダメだという困った男の人もいるという。もし……もし煌司がそうであったとしたら。もしくはこのお風呂によってその内なる獣が姿を現したりでもしたら。
祈愛の頭の中では嫌な予感ばかりが生まれ出る。
そんな頭を抱える様子を瑠海とひまりは黙って見守っていた。
「―――ううん、やっぱりダメ。ひまりちゃんゴメンね。お兄ちゃんはお風呂苦手みたいだから入れないみたい」
「そっかぁ……」
「ごめんね」
「そんなぁ………」
祈愛の出した結論は断ることだった。やはり煌司は自分が守らなければならない。
後数年の辛抱だ。もうちょっとすればきっとあのスタイルと同じくらいに……・。そう自分に言い聞かせながらおくびに出すこともなくツラツラと別の言い訳を並べ立てた。
ひまりに続いて瑠海の残念そうな声が聞こえるが、努めて聞こえないフリをしてもう一度頭を撫でる。
「だから代わりに、お兄ちゃんとはお風呂から出た後いっぱい遊んでもらお!ひまりちゃんものぼせちゃ大変、お身体拭いてあげるから一緒に出よっか!」
「うん!」
流石は素直な子というべきか、聞き分けのいい返事に祈愛は心底安堵した。
出した提案に明るい笑顔を浮かべるひまりにつられて顔をほころばせ、共に手を繋いでお風呂を出ていく。
「煌司さんとは絶対一緒に……。そうです、ひまりちゃんみたいに汚れた服を創り着てから彼の前に立てばきっと――――」
…………ひまりと共に風呂を後にしながら、後ろから煌司とお風呂へ入る計画を立てている瑠海に、祈愛は絶対に阻止しようと心に固く誓うのであった。
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