24 / 43
第2章
023.ひまり
しおりを挟む
「は~いっ!お湯かけるから目瞑って~?」
「んっ…………!」
「はい、ばっしゃ~んっ!!」
ジャバァ!!と、桶に貯められていたお湯が傾けられたことによって勢いよく重力のままに下に落ちていく。
命を洗い流す神聖な水。それを一身に受け止めた女の子は小さな手をキュッと握り目も力いっぱい瞑りながらお湯が流れ落ちるのを耐えていく。
一回。ニ回。身体に付着している泡を落とすために何度か上から下へお湯が流れていくのを暗闇の中で待っていると、「はい!終わったよ~」と元気な声が耳に届いてゆっくりと目を開けていく。
「泡泡だったのに頑張ったね~。どう?気持ちよかった?」
「………うん」
「そっかぁ、よかった。じゃあチョットだけあっちでお湯に浸かっててくれるかな?私達も身体洗ってすぐ向かうから」
「ん……」
「うん、いい子」
ピンク髪の少女がそっと女の子の頭を撫でると、合図かのようにそれ以上言葉を重ねることなく湯船の方に向かっていく。
恐る恐る、勢いよく触れるのが怖いのがありありと分かるような足の踏み入れ方。小さな足先で湯船いっぱいに張られた水面をチョンとゆっくりと触れながら、お湯の熱さに問題ないことを確かめてそぉっとお湯に浸かっていく。
濡れた髪を浸けないように上げ、ゆっくりと肩まで浸かった女の子。
その背の低さから膝立ちでようやく肩に浸かるくらいになりながらも振り返ってその先にいる2人の女性に目を向けた。
一人はさっきまで積極的に話しかけながら女の子の身体を洗っていたピンク髪の少女、祈愛。もう一人はそのサポートをしていた黒髪の女性、瑠海だ。
2人はそれぞれシャワーヘッドの方に向かいながら身体を洗っている。時折祈愛は女の子の方へ視線を向け、目が合うとニコっと笑って女の子の心を溶かそうとしていた。
「あの子、どうされたのでしょう……こんなところに一人で現れるなんて」
「私にもわかりません。でも経験上、マヤが干渉してこないということは……」
「やっぱり……そういうことになるんですね……」
祈愛が言葉の途中で途切れさせたものの、その意味を察した瑠海は悲痛な表情を浮かべる。
この世界に肉体あるものは訪れない。人はすべて魂だけの存在だ。
煌司のように生きているものが来ることはほとんどありえない。もし生者が来たとしてもいつぞや列から抜け出した子供のように、迅速に現世へ戻るのがセオリーだ。もし戻らないとするならば世界の管理者であり神であるマヤが早急に的確に、然るべき措置が取られることを祈愛は知っている。
しかしマヤはこの家のツアーが始まって以降姿を現していない。それは暗に女の子の存在がどういうものであるかを示していた。
ルームツアーの最後にインターホンを鳴らしてこの家を訪れた少女。
その背丈は1メートルにも及ばず小学校……いや園児ほどの年齢しかない。突然現れた小さな女の子、3人でどうするか話し合った結果出した結論は"一緒にお風呂へ入ること"だった。
提案者は祈愛。その提案は驚くほどすんなりと通った。それもそうだろう。少女がここに訪れた格好は何処かの園の制服であると予感させたがものの所々黒く煤けていたからだ。
場所によっては穴も空き、肩に掛けていた鞄は端が黒く焦げていてその身に悲惨なことが起きたのだと直感させる。だからこそこれ以上不安にさせないように女性二人で女の子をお風呂に入れると決めたのだ。
「こんな小さな子まで……親御さんは一体……」
「近くに居ないとなると期待しないほうがいいと思います。一緒にこっち来てはぐれた可能性もありますけど、より高い可能性は一人で……」
「そう、ですか……」
あり得る可能性を耳にして瑠海は顔に影を落とす。
園児くらいの女の子が一人この世界で。その理由は多岐に渡る。しかし総じて親と一緒にというパターンは少ないものだろう。事件事故、様々な可能性があるがそのどれもが全て悲劇にしかならない。この子もまた、なんらかの悲劇の当事者だ。
「おねぇ、ちゃん。どうしたの?」
「「――――!!」」
二人して女の子の身に降り注いだ悲劇に顔を落とす。しかしそれを察知した女の子から声が発せられた。
それは案じる一言。小さくも確実に聞こえた声に二人して顔をあげると湯船に浸かりながら心配そうに見つめている女の子と目が合う。
「な……何でも無いですよ!ちょっと泡が目に入っちゃって!」
「そ、そうそう!直ぐにそっち向かうから待っててね!」
女の子の呼びかけにあれこれ予想を立てるのは今じゃないと理解した2人は慌てて泡を洗い流し女の子の元へ向かう。
心配そうにしながらもこちらを見守っていた小さな女の子。2人の女性が近づいたことで身体を方向転換させ迎え入れると、二人が湯船に足を踏み入れたことでいくらかのお湯が流れ出る。
「ふぅ、いいお湯だぁ……。いい子にしてたね」
「…………うん」
「大丈夫?熱くない?」
「……平気」
祈愛が明るく話しかけるも女の子は顔を伏せたまま元気なさげだ。やはり親が居ないことで不安なのだろうか。
しかし近くに居なかったということはこの世界には……。そこまで考えてまた嫌な気持ちになっていると自覚し気分を切り替える。
「ねねっ、キミの名前を教えてくれないかな? 私は祈愛っていうの。それでこっちのお姉さんは………」
「瑠海です。よろしくお願いしますね」
不安げな女の子を励まそうと努めて明るく振る舞う少女たち。
そんな2人を交互に見た女の子は、ほんの少し逡巡しながらもゆっくりと口を開いた。
「……ひまり。5さい」
「ひまりちゃんかぁ……。いい名前だね!ひまりちゃんはどうしてウチのインターホンを鳴らしたのかな?」
「……ママが、はぐれた時には優しそうなお家でお電話貸してもらいなさいって」
「そっかぁ……」
更に話を広げようとした祈愛だったが、ひまりの話を聞いてそれ以上言葉が出なかった。
母親の言うことを聞く素直な子。しかしこの世界においてもそれは死んだ自覚が無いことに他ならない。
そもそも意識ある状態でこの世界に来る人は限りなく少ない。いたとしてもマヤが真っ先に現れて処理をするから、特別な存在である煌司を除き実質初めての邂逅といっても過言ではない。
こんな小さな子にどうやって死んだのだと自覚させるかと悩み果て、小さく唇を噛んだ。
その姿を横目で見た瑠海は、代わってひまりの前に行く。
「でしたら、お風呂上がったらお母さんを探しましょうか。それまでお姉さんたちと一緒に遊びましょう?」
「……いいの?」
「えぇ、もちろん。何して遊びましょう?やりたい遊びはありますか?」
「んっとね……んっとね……アルプスいちまんじゃく!!」
「それでしたら私も得意です!一緒にやりましょう?」
「うん!」
瑠海の言葉を受けて初めて浮かべたひまりの笑顔。
その無垢で素直な笑みに、2人は"死んだ"という事実を伏せることに若干の罪悪感を感じつつも、同じく笑いかけるのであった。
「んっ…………!」
「はい、ばっしゃ~んっ!!」
ジャバァ!!と、桶に貯められていたお湯が傾けられたことによって勢いよく重力のままに下に落ちていく。
命を洗い流す神聖な水。それを一身に受け止めた女の子は小さな手をキュッと握り目も力いっぱい瞑りながらお湯が流れ落ちるのを耐えていく。
一回。ニ回。身体に付着している泡を落とすために何度か上から下へお湯が流れていくのを暗闇の中で待っていると、「はい!終わったよ~」と元気な声が耳に届いてゆっくりと目を開けていく。
「泡泡だったのに頑張ったね~。どう?気持ちよかった?」
「………うん」
「そっかぁ、よかった。じゃあチョットだけあっちでお湯に浸かっててくれるかな?私達も身体洗ってすぐ向かうから」
「ん……」
「うん、いい子」
ピンク髪の少女がそっと女の子の頭を撫でると、合図かのようにそれ以上言葉を重ねることなく湯船の方に向かっていく。
恐る恐る、勢いよく触れるのが怖いのがありありと分かるような足の踏み入れ方。小さな足先で湯船いっぱいに張られた水面をチョンとゆっくりと触れながら、お湯の熱さに問題ないことを確かめてそぉっとお湯に浸かっていく。
濡れた髪を浸けないように上げ、ゆっくりと肩まで浸かった女の子。
その背の低さから膝立ちでようやく肩に浸かるくらいになりながらも振り返ってその先にいる2人の女性に目を向けた。
一人はさっきまで積極的に話しかけながら女の子の身体を洗っていたピンク髪の少女、祈愛。もう一人はそのサポートをしていた黒髪の女性、瑠海だ。
2人はそれぞれシャワーヘッドの方に向かいながら身体を洗っている。時折祈愛は女の子の方へ視線を向け、目が合うとニコっと笑って女の子の心を溶かそうとしていた。
「あの子、どうされたのでしょう……こんなところに一人で現れるなんて」
「私にもわかりません。でも経験上、マヤが干渉してこないということは……」
「やっぱり……そういうことになるんですね……」
祈愛が言葉の途中で途切れさせたものの、その意味を察した瑠海は悲痛な表情を浮かべる。
この世界に肉体あるものは訪れない。人はすべて魂だけの存在だ。
煌司のように生きているものが来ることはほとんどありえない。もし生者が来たとしてもいつぞや列から抜け出した子供のように、迅速に現世へ戻るのがセオリーだ。もし戻らないとするならば世界の管理者であり神であるマヤが早急に的確に、然るべき措置が取られることを祈愛は知っている。
しかしマヤはこの家のツアーが始まって以降姿を現していない。それは暗に女の子の存在がどういうものであるかを示していた。
ルームツアーの最後にインターホンを鳴らしてこの家を訪れた少女。
その背丈は1メートルにも及ばず小学校……いや園児ほどの年齢しかない。突然現れた小さな女の子、3人でどうするか話し合った結果出した結論は"一緒にお風呂へ入ること"だった。
提案者は祈愛。その提案は驚くほどすんなりと通った。それもそうだろう。少女がここに訪れた格好は何処かの園の制服であると予感させたがものの所々黒く煤けていたからだ。
場所によっては穴も空き、肩に掛けていた鞄は端が黒く焦げていてその身に悲惨なことが起きたのだと直感させる。だからこそこれ以上不安にさせないように女性二人で女の子をお風呂に入れると決めたのだ。
「こんな小さな子まで……親御さんは一体……」
「近くに居ないとなると期待しないほうがいいと思います。一緒にこっち来てはぐれた可能性もありますけど、より高い可能性は一人で……」
「そう、ですか……」
あり得る可能性を耳にして瑠海は顔に影を落とす。
園児くらいの女の子が一人この世界で。その理由は多岐に渡る。しかし総じて親と一緒にというパターンは少ないものだろう。事件事故、様々な可能性があるがそのどれもが全て悲劇にしかならない。この子もまた、なんらかの悲劇の当事者だ。
「おねぇ、ちゃん。どうしたの?」
「「――――!!」」
二人して女の子の身に降り注いだ悲劇に顔を落とす。しかしそれを察知した女の子から声が発せられた。
それは案じる一言。小さくも確実に聞こえた声に二人して顔をあげると湯船に浸かりながら心配そうに見つめている女の子と目が合う。
「な……何でも無いですよ!ちょっと泡が目に入っちゃって!」
「そ、そうそう!直ぐにそっち向かうから待っててね!」
女の子の呼びかけにあれこれ予想を立てるのは今じゃないと理解した2人は慌てて泡を洗い流し女の子の元へ向かう。
心配そうにしながらもこちらを見守っていた小さな女の子。2人の女性が近づいたことで身体を方向転換させ迎え入れると、二人が湯船に足を踏み入れたことでいくらかのお湯が流れ出る。
「ふぅ、いいお湯だぁ……。いい子にしてたね」
「…………うん」
「大丈夫?熱くない?」
「……平気」
祈愛が明るく話しかけるも女の子は顔を伏せたまま元気なさげだ。やはり親が居ないことで不安なのだろうか。
しかし近くに居なかったということはこの世界には……。そこまで考えてまた嫌な気持ちになっていると自覚し気分を切り替える。
「ねねっ、キミの名前を教えてくれないかな? 私は祈愛っていうの。それでこっちのお姉さんは………」
「瑠海です。よろしくお願いしますね」
不安げな女の子を励まそうと努めて明るく振る舞う少女たち。
そんな2人を交互に見た女の子は、ほんの少し逡巡しながらもゆっくりと口を開いた。
「……ひまり。5さい」
「ひまりちゃんかぁ……。いい名前だね!ひまりちゃんはどうしてウチのインターホンを鳴らしたのかな?」
「……ママが、はぐれた時には優しそうなお家でお電話貸してもらいなさいって」
「そっかぁ……」
更に話を広げようとした祈愛だったが、ひまりの話を聞いてそれ以上言葉が出なかった。
母親の言うことを聞く素直な子。しかしこの世界においてもそれは死んだ自覚が無いことに他ならない。
そもそも意識ある状態でこの世界に来る人は限りなく少ない。いたとしてもマヤが真っ先に現れて処理をするから、特別な存在である煌司を除き実質初めての邂逅といっても過言ではない。
こんな小さな子にどうやって死んだのだと自覚させるかと悩み果て、小さく唇を噛んだ。
その姿を横目で見た瑠海は、代わってひまりの前に行く。
「でしたら、お風呂上がったらお母さんを探しましょうか。それまでお姉さんたちと一緒に遊びましょう?」
「……いいの?」
「えぇ、もちろん。何して遊びましょう?やりたい遊びはありますか?」
「んっとね……んっとね……アルプスいちまんじゃく!!」
「それでしたら私も得意です!一緒にやりましょう?」
「うん!」
瑠海の言葉を受けて初めて浮かべたひまりの笑顔。
その無垢で素直な笑みに、2人は"死んだ"という事実を伏せることに若干の罪悪感を感じつつも、同じく笑いかけるのであった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる