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第2章
021.いい子いい子
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光り輝くいつもの拠点。
現世でノンビリと過ごして陽の光が傾き始めた頃にいつもの場所へ戻ると、そこは出かける前とは全く違う世界が広がっていた。
麦畑のような黄金世界。神秘的ともいえる空間。そこに鎮座する神秘感の欠片もない珍妙な物体。
「なんだこれ……。この世界は一日……いや、半日でここまで様変わりできるものなのか……?」
何の障害物も無い吹きさらしで広大に広がる黄金の草原。
そこに場違いなほど凛々しく鎮座するのは一つの一軒家。現世でこの建物があったとしても誰の目に移ろうが誰しもが注目することなく目を滑らし記憶にさえ留まることのないよくある普通の一軒家と呼ぶものだろう。
しかし場所が場所であり、ここは現世ではないあの世である。人工物など俺が創ってそこらに放置したガラクタしか無い。それなのに今日になって立派な建物が建っているのだ。驚きもしよう。
なんだかいつかネットの海で見た、田んぼのど真ん中にあるタワマンを思い出す。今回のコレに関しては世界単位に見てもおそらくこの建物しか無いだろう。スケールが違う。
「あっ!帰ってきたぁ! おかえり~!」
「た、ただいま……。日中見ないだけで家が一軒建つってトンデモなんだけど……」
そんなわけもわからない建物を前に固まっていると、まるで見計らったかのように家から蒼月が姿を現してこちらに駆け寄ってきた。
なんというベストすぎるタイミング。そのタイミングの良さにずっと見られていたのかと一瞬訝しんだが、蒼月に続いてマヤも出てきたことでその考えも霧散する。そりゃあ神様が居るならタイミングを計るくらい朝飯前だろうと自ら納得した。
「すっごいでしょこれ!マヤが一瞬で作ってくれたんだ!ところで煌司君は瑠海さんとのデートはどうだった?何してたの?」
「別にデートってわけじゃ……。普通にプラネタリウム行って公園で駄弁ってそこら辺プラプラして、それだけだ――――って、なんだよその顔は」
今日あったことを一通りざっくり思い返していると、正面の蒼月の顔が中々に面白いことになっていることに気がついた。
ファイティングポーズのように手を前にやり俺を見上げて睨みながら頬を焼き餅の如くプクー!と膨らませている。
明らかに怒っているご様子。そのままジャブが俺の胸元に当たるがもちろん痛くない。
「デートじゃないって言ってるのにしっかりデートしてるじゃん。むぅ……」
「それだったら前に二人で行った海はどうなるっていうんだよ」
「あれはお散歩だからセーフなの!…………アレ?」
何やら謎理論で断定されるデートと散歩。
眉を吊り上げながらこちらを見上げた蒼月だったが、突然俺と目を合わせた途端何かに気がついたのか疑問符を浮かべつつ俺を様々な方向から観察し始める。
右から、左から、はたまた後ろから。まるで何かを確かめるような。すぐに正面に戻ってきた蒼月は続いてジッとこちらをまんまるな目をしながら見上げてくる。
「な、なんだよ……」
「なんだか元気ないね。向こうで何かあった?」
「――――!」
ドキンと。
心臓が口から飛び出そうなほど高鳴った。
平静を装っているつもりだった。いつも通りだと。
何故ピンポイントでそれを見抜いたのか。努めていつも通りにしていたのにどうして見破ったのか。
確かに今の俺は精神的に万全ではない。それは俺の過去、妹についての記憶がすっぽり抜け落ちていることに気がついたから。
人の記憶は曖昧だ。覚えもするが忘れたことも沢山ある。それはこの状態でも変わらないようで確かに記憶の連続性が感じられる。しかし、それでも妹について忘れてしまっていることには間違いなくショックを受けた。
妹と何をして遊んだか、あの時どんな事件があったか。それは今でも鮮明に思い出せる。しかし肝心な顔や名前といった個人を特定できるものは綺麗サッパリ忘れてしまっていたのだ。
そんな事有り得るだろうか。
俺が思うに記憶というものは連続性だと思う。何か取っ掛かりがあればそれに連なる記憶が掘り起こされる。だから忘れた記憶もいつしか必ず思い出せる。しかしその取り掛かりをもってしても記憶の中にある妹の顔は黒塗りだ。
ショックも受けたし狼狽もした。けれど今はなんとか落ち着いている。それなのにまっすぐした目で異常を察知してくるとは。
「別になにも。ただちょっと嫌なことを思い出しただけだ」
「そっかぁ……。じゃあ先輩がナデナデしてあげよう!」
「なっ……!?べ、別にそんなのしなくていいからっ!!」
「またまた~。恥ずかしがっちゃって~」
フイッと目を逸らすように顔を背けると、何故か先輩風を吹かしながら蒼月の手が伸び俺の頭を唐突に撫で始めた。
俺が慌ててその手を振り払おうとするも彼女はすかさずもう片方の手で俺の頭を捉えて決して逃そうとしない。
抵抗すればするほどムキになって近づく蒼月。
どうやっても俺の頭を撫でたいようだ。更に抵抗しようとも考えたが、これ以上は密着具合が大変なことになりそうなので諦める。
その……ね、今でさえ背丈の関係もあって俺に抱きついているような感じにから……無いはずの鼓動が高鳴って……。
「えへへ~。どぉ?元気出た?」
「……あぁ。出た出た。だからそろそろ離してくれ」
「え~。や~だっ!だって今日一日かまってくれなかったし、これくらいはいいよね!」
今日一日なにかあったのか随分と甘えた声を発する蒼月。
そんな彼女に頭を言いようにやられて今の髪はきっとグシャグシャだろう。でもまぁ、いい笑顔だ。俺はヤなことあって不調だが、その笑顔を見るとなんとなく元気がもらえる。
そういえば昔も――――。
思い出した。俺が余計なことして元母親に怒られて泣いてた頃。一緒に居た妹まで何故か泣き出しながら俺の頭を撫でていたっけ。
当時はなんで妹まで泣くか意味わからなかったけど、俺のことが心配だったんだな。
なんだか妹の事を彷彿とさせる蒼月の行動にに俺もほだされたのか力を抜いて受け入れる。
「うんうん、ちゃんと膝を折っていい子いい子!えへへ~」
「あのぅ……。そろそろよろしいでしょうか?」
「えへへ~…………はっ!!」
随分とご機嫌に、ご満悦に俺の頭を撫でていた蒼月だったが、ふと隣からかけられる控えめな声にようやく我に返ったようだ。
こちらに話しかける声は瑠海さん。彼女は既にマヤといくつか話していたようで2人揃ってこちらを見つめている。
話しかけられた蒼月はビクンと身体を大きく震わせ固まってしまった。
それからどうするかと見守っているとそぉっとそぉっと伸ばしていた手を引いて自らの後ろに回して見せる。
「や……やぁ!瑠海さんもおかえりなさい!どうこの家!凄いでしょう!!」
あ、流した。さっきのはなかったことにする気だな。
まるで「どうしたの?今私も来たばかり」と言わんばかりに猫撫で声にて俺を撫でていた事実を葬り去ろうとする蒼月。
そして瑠海さんは優しい人だ。すぐに意図を察したらしく「あっ」と小さく声を発するだけに留めて鎮座している建物に目を向ける。
「は、はい。まさか一日でこんな立派なお家ができるなんて……。びっくりしました」
「ふふん。ですよね!頑張ったんですよ!マヤが!!」
お前じゃないんかい。
まるで自分事のように鼻高な話し方だが、その実行者はマヤという。
さすがに驚きはしない。俺もそうとしか考えられなかったしな。逆に蒼月がやったのなら伝授してほしいわ。
「内装もしっかり完備されてるんですよ!これで毎日シャワー浴び放題!ほらほら、瑠海さんも一緒に見に行きましょ!」
「えっ、あ、はい!」
唐突に話を進行させるような形で瑠海さんの手を取りそのまま家へと突撃していく蒼月。
その姿はまるでさっきの恥ずかしさを誤魔化すよう。俺の取り残されるのも何だし続いて家へ向かおうとすると、そこでふとマヤと目が合ってしまった。
「ふふっ、大人しく撫でられている煌司さん、恋人というよりまるで"きょうだい"のようでしたよ」
「どちらも勘弁してください……俺に姉は居ませんしアイツはそういうのじゃないんです」
瑠海さんもマヤも、何で俺たちが付き合っているような言い方をしてくるんだ。
一つ大きなため息を吐いて今度こそ2人の後を追っていく。その後姿を、マヤは優しい瞳で見送っていた。
現世でノンビリと過ごして陽の光が傾き始めた頃にいつもの場所へ戻ると、そこは出かける前とは全く違う世界が広がっていた。
麦畑のような黄金世界。神秘的ともいえる空間。そこに鎮座する神秘感の欠片もない珍妙な物体。
「なんだこれ……。この世界は一日……いや、半日でここまで様変わりできるものなのか……?」
何の障害物も無い吹きさらしで広大に広がる黄金の草原。
そこに場違いなほど凛々しく鎮座するのは一つの一軒家。現世でこの建物があったとしても誰の目に移ろうが誰しもが注目することなく目を滑らし記憶にさえ留まることのないよくある普通の一軒家と呼ぶものだろう。
しかし場所が場所であり、ここは現世ではないあの世である。人工物など俺が創ってそこらに放置したガラクタしか無い。それなのに今日になって立派な建物が建っているのだ。驚きもしよう。
なんだかいつかネットの海で見た、田んぼのど真ん中にあるタワマンを思い出す。今回のコレに関しては世界単位に見てもおそらくこの建物しか無いだろう。スケールが違う。
「あっ!帰ってきたぁ! おかえり~!」
「た、ただいま……。日中見ないだけで家が一軒建つってトンデモなんだけど……」
そんなわけもわからない建物を前に固まっていると、まるで見計らったかのように家から蒼月が姿を現してこちらに駆け寄ってきた。
なんというベストすぎるタイミング。そのタイミングの良さにずっと見られていたのかと一瞬訝しんだが、蒼月に続いてマヤも出てきたことでその考えも霧散する。そりゃあ神様が居るならタイミングを計るくらい朝飯前だろうと自ら納得した。
「すっごいでしょこれ!マヤが一瞬で作ってくれたんだ!ところで煌司君は瑠海さんとのデートはどうだった?何してたの?」
「別にデートってわけじゃ……。普通にプラネタリウム行って公園で駄弁ってそこら辺プラプラして、それだけだ――――って、なんだよその顔は」
今日あったことを一通りざっくり思い返していると、正面の蒼月の顔が中々に面白いことになっていることに気がついた。
ファイティングポーズのように手を前にやり俺を見上げて睨みながら頬を焼き餅の如くプクー!と膨らませている。
明らかに怒っているご様子。そのままジャブが俺の胸元に当たるがもちろん痛くない。
「デートじゃないって言ってるのにしっかりデートしてるじゃん。むぅ……」
「それだったら前に二人で行った海はどうなるっていうんだよ」
「あれはお散歩だからセーフなの!…………アレ?」
何やら謎理論で断定されるデートと散歩。
眉を吊り上げながらこちらを見上げた蒼月だったが、突然俺と目を合わせた途端何かに気がついたのか疑問符を浮かべつつ俺を様々な方向から観察し始める。
右から、左から、はたまた後ろから。まるで何かを確かめるような。すぐに正面に戻ってきた蒼月は続いてジッとこちらをまんまるな目をしながら見上げてくる。
「な、なんだよ……」
「なんだか元気ないね。向こうで何かあった?」
「――――!」
ドキンと。
心臓が口から飛び出そうなほど高鳴った。
平静を装っているつもりだった。いつも通りだと。
何故ピンポイントでそれを見抜いたのか。努めていつも通りにしていたのにどうして見破ったのか。
確かに今の俺は精神的に万全ではない。それは俺の過去、妹についての記憶がすっぽり抜け落ちていることに気がついたから。
人の記憶は曖昧だ。覚えもするが忘れたことも沢山ある。それはこの状態でも変わらないようで確かに記憶の連続性が感じられる。しかし、それでも妹について忘れてしまっていることには間違いなくショックを受けた。
妹と何をして遊んだか、あの時どんな事件があったか。それは今でも鮮明に思い出せる。しかし肝心な顔や名前といった個人を特定できるものは綺麗サッパリ忘れてしまっていたのだ。
そんな事有り得るだろうか。
俺が思うに記憶というものは連続性だと思う。何か取っ掛かりがあればそれに連なる記憶が掘り起こされる。だから忘れた記憶もいつしか必ず思い出せる。しかしその取り掛かりをもってしても記憶の中にある妹の顔は黒塗りだ。
ショックも受けたし狼狽もした。けれど今はなんとか落ち着いている。それなのにまっすぐした目で異常を察知してくるとは。
「別になにも。ただちょっと嫌なことを思い出しただけだ」
「そっかぁ……。じゃあ先輩がナデナデしてあげよう!」
「なっ……!?べ、別にそんなのしなくていいからっ!!」
「またまた~。恥ずかしがっちゃって~」
フイッと目を逸らすように顔を背けると、何故か先輩風を吹かしながら蒼月の手が伸び俺の頭を唐突に撫で始めた。
俺が慌ててその手を振り払おうとするも彼女はすかさずもう片方の手で俺の頭を捉えて決して逃そうとしない。
抵抗すればするほどムキになって近づく蒼月。
どうやっても俺の頭を撫でたいようだ。更に抵抗しようとも考えたが、これ以上は密着具合が大変なことになりそうなので諦める。
その……ね、今でさえ背丈の関係もあって俺に抱きついているような感じにから……無いはずの鼓動が高鳴って……。
「えへへ~。どぉ?元気出た?」
「……あぁ。出た出た。だからそろそろ離してくれ」
「え~。や~だっ!だって今日一日かまってくれなかったし、これくらいはいいよね!」
今日一日なにかあったのか随分と甘えた声を発する蒼月。
そんな彼女に頭を言いようにやられて今の髪はきっとグシャグシャだろう。でもまぁ、いい笑顔だ。俺はヤなことあって不調だが、その笑顔を見るとなんとなく元気がもらえる。
そういえば昔も――――。
思い出した。俺が余計なことして元母親に怒られて泣いてた頃。一緒に居た妹まで何故か泣き出しながら俺の頭を撫でていたっけ。
当時はなんで妹まで泣くか意味わからなかったけど、俺のことが心配だったんだな。
なんだか妹の事を彷彿とさせる蒼月の行動にに俺もほだされたのか力を抜いて受け入れる。
「うんうん、ちゃんと膝を折っていい子いい子!えへへ~」
「あのぅ……。そろそろよろしいでしょうか?」
「えへへ~…………はっ!!」
随分とご機嫌に、ご満悦に俺の頭を撫でていた蒼月だったが、ふと隣からかけられる控えめな声にようやく我に返ったようだ。
こちらに話しかける声は瑠海さん。彼女は既にマヤといくつか話していたようで2人揃ってこちらを見つめている。
話しかけられた蒼月はビクンと身体を大きく震わせ固まってしまった。
それからどうするかと見守っているとそぉっとそぉっと伸ばしていた手を引いて自らの後ろに回して見せる。
「や……やぁ!瑠海さんもおかえりなさい!どうこの家!凄いでしょう!!」
あ、流した。さっきのはなかったことにする気だな。
まるで「どうしたの?今私も来たばかり」と言わんばかりに猫撫で声にて俺を撫でていた事実を葬り去ろうとする蒼月。
そして瑠海さんは優しい人だ。すぐに意図を察したらしく「あっ」と小さく声を発するだけに留めて鎮座している建物に目を向ける。
「は、はい。まさか一日でこんな立派なお家ができるなんて……。びっくりしました」
「ふふん。ですよね!頑張ったんですよ!マヤが!!」
お前じゃないんかい。
まるで自分事のように鼻高な話し方だが、その実行者はマヤという。
さすがに驚きはしない。俺もそうとしか考えられなかったしな。逆に蒼月がやったのなら伝授してほしいわ。
「内装もしっかり完備されてるんですよ!これで毎日シャワー浴び放題!ほらほら、瑠海さんも一緒に見に行きましょ!」
「えっ、あ、はい!」
唐突に話を進行させるような形で瑠海さんの手を取りそのまま家へと突撃していく蒼月。
その姿はまるでさっきの恥ずかしさを誤魔化すよう。俺の取り残されるのも何だし続いて家へ向かおうとすると、そこでふとマヤと目が合ってしまった。
「ふふっ、大人しく撫でられている煌司さん、恋人というよりまるで"きょうだい"のようでしたよ」
「どちらも勘弁してください……俺に姉は居ませんしアイツはそういうのじゃないんです」
瑠海さんもマヤも、何で俺たちが付き合っているような言い方をしてくるんだ。
一つ大きなため息を吐いて今度こそ2人の後を追っていく。その後姿を、マヤは優しい瞳で見送っていた。
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