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第2章
019.真珠星と珊瑚星
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『あちらに見えますのが春の大三角の一つであるスピカ。アークトゥルスと合わせて春の夫婦星として有名ですが、実は――――』
天に広がる星々を解説する優しげな声が寝転ぶ俺の耳に響いてくる。
星を見つめる人々に決して邪魔にならない語り口。空を見上げている客たちもその引き込まれる語り部に耳を傾けている。
それを隅っこで耳にしている俺も、ボーっとしながらだが煌めく光とともに興味のそそられる話とともにプラネタリウムを楽しんでいた。
ゆっくりくつろげる席で天を眺めて語りを聞く。ただそれだけのこと。
生前の俺ならきっと1分と経たずに眠りこけてしまっていたことだろう。それはきっとここに来るくらいならバイトをするか家で眠るかしていたかったから。しかし今は眠る必要のない魂だけの存在。他にすることもないからゆっくりと星を眺める事ができる。
死んでから……バイトと眠るだけを繰り返す生活から離れてようやく知った。こうやって無意味とも思える時間を過ごすのも悪くないと。
むしろ空に広がる黒き海を眺めながらボーっと振り返る。もしかして俺の人生、バイト以外だと何も――――
「どうでした?楽しかったですか?」
「……瑠海さん」
スッと空を眺める俺の視界に影が差したと思いきや、そこから覗き込むのは俺をここに連れてきた瑠海さんだった。
落ちる髪を手で抑えつつ見下ろす表情は優しげなもの。彼女の目が俺と合ってニコッと微笑まれると、フッと暗き海に光が差して段々と部屋が明るくなっていく。
「あぁ、もう終わったのか」
どうやら俺の知らぬ間に終わってしまっていたようだ。
終盤なんかボーっとしていたせいで全然聞いてない。
「もしかして考え事でもされてました?」
「そうだな。色々と自分を見つめ直してたよ」
「それは私の告白についてでしょうか?」
「…………」
「考えてくれて嬉しいです。まるで私がスピカであなたがアークトゥルスのようですね」
沈黙は肯定とみなす。まさにそう思わざるをえない言い切りだった。
上半身を起こして彼女と目を合わせるとニコニコと微笑まれるだけでそれ以上は何も言う気配がない。
それは無言のゴリ押し。まさにそのまま押し通そうという顔。
瑠海さん……案外図太いな。よくそんな事臆面もなく言えるものだ。
「……コホン。そもそもなんで俺の事好きなんだ?別にあの日の俺を見てただけだろ。何も出来なくって全部瑠海さん自身が解決してたし」
「そうですか?祈愛さんと一緒に私を海から連れ出してくれましたし、何より身を挺して庇ってたあの姿。イザというときは助けてくれるあの姿に私は惹かれましたよ?」
「…………」
「それだけじゃないですよ。それと――――」
そう言って彼女はそっと俺の頬に手を添える。
「この絶望したような瞳。ずっと何かを諦めてきたのでしょうね。そんなあなたを支えたいとも思ったのです」
「…………男見る目無いよ。アンタ」
「ふふっ。私もそう思います」
バッと触れる手から逃げるように顔を逸らすと彼女は何を言うわけでもなく肯定してみせた。
なんともやりにくい人だ。あの時は咄嗟で結局役に立てなかったし、突き放そうとしても意味がない。そんな彼女から意識を逃がすように上映が終わったからと人々の立ち去る後ろ姿を眺めていると、「あっ」と思い出したように声がかけられる。
「それで、私の告白は受け入れてくれるのですか?」
「ブッ………!?」
それは唐突で全く時間を置かない電撃的な質問。
まさかさっきの今で聞かれるとは思っておらず、そして逃げられもしなかったことに吹き出してしまった。
驚きに満ちた顔で振り返れば相変わらずニコニコとした顔。コイツ……確信犯か?
「どうでしょう?祈愛さんは妹のようだと言っておられましたが、それなら私とは付き合ってくれるのですか?」
「いや……その……。積極的すぎないか?昨日の今日で」
あまりの積極性につい言葉を濁してしまう。
正確には昨日出会った訳では無いが、それでも大して日が経っていない。なのに何故そこまで一直線に好意を伝えてくるのだろうか。
嬉しいことには違いないのだが、それ以上に困惑が勝ってしまう。しかし彼女はなんてことなく「そうですか?」と首を傾げてみせる。
「私もこの身になって、お二人と関わって気づいたのです。祈愛さんの言う通り魂は自由なんだって。だから私は決めたのです。心惹かれた人にはまっすぐ気持ちを伝えると」
「だからって俺は何も……」
「先程の言葉じゃ足りませんでしたか?では、一目惚れではいかがでしょう?」
「んな無茶な……」
そんな取ってつけたような理由で……。
やはり彼女の積極性には困惑するが、しかしその想いに勘違いや嘘が紛れてしないことは理解できた。
でも、それでも俺は――――
「―――それはないだろ。付き合えない」
「どうしてでしょう?やっぱり以前他の人と付き合っていたからでしょうか?信じてもらえないかも知れませんが、これでも私はまだキスも知らない処――――」
「そういうのじゃない!違うから!」
「――――むぅ」
中々にとんでもないことを言い出す気配を感じて割り込むと、まるで祈愛のように頬を膨らませて抗議してくる。
そうじゃない。そうじゃなくってだな……なんというか……。
「俺たちって魂だけなんだぞ?生きてないのに恋愛とかそういうのは何ていうか、違うだろ?」
「そうでしょうか。私は幽霊でも恋愛してもいいと思うのですが」
「むぅ……」
あまりにも真っ直ぐな問いに今度は俺が言葉を失ってしまう。
たしかに幽霊同士で恋愛しちゃイケナイという法律があるわけではない。
「……俺が考えられないんだよ。この身体になってから特に、恋愛するってことが」
「それは煌司君がまだ生きているから、ということも関係あるのでしょうか?」
「…………」
俺は黙って首を縦に振る。
そう言えば以前電車で蒼月が変な抗議をしていたとき"煌司君みたいに生きていても"と言っていた。
もしかしたらその時のことが耳に残っていたのかも知れない。
そして俺が恋愛について考えられないこともそのことが大きく関係している。
元々現世で目覚める予定がある俺。それが何の因果かまだこの世界に留まっているだけだ。つまり恋愛関係になってもすぐに永遠のお別れとなってしまう。そんな事耐えられやしない。
「良かったです。その程度の理由で」
「よかった……?」
絶対的な否定。そんな返事を耳にしても、彼女は諦めることはなかった。
むしろ安堵。ホッとしたように胸をなでおろす彼女を見て俺は訝しげな表情を浮かべる。
「はい。だって生き死の問題なら私自身の問題じゃないですし、心変わりする可能性も……脈だってまだあります!」
「……脈、止まってないか?」
「もうっ!そんな無粋なこと言いっこナシですよ!!」
なんとも前向きな女性。
生き死に。それは心変わり以上に覆しようのない問題。それでも彼女は前向きに、笑顔をもって応えてくる。
「……じゃあ、お友達からってことでどうでしょうか?」
「じゃあって何だよ。諦め切れないのか?」
「はい!もちろん、私は好きになったら一直線ですから!」
俺が否定しても彼女は諦めようとはしなかった。
ならばと提案したのは友達から。
そして一直線の性格。それはよく理解した。
そこまで一直線じゃなきゃ地縛霊になれないだろうしな。
自慢気に胸を張る彼女は中々に楽しそう。告白を断ったはいいが、それ以上深く突き放せない俺はただその姿を黙って眺めてしまう。
すると彼女はふと立ち上がってこちらに手をかざしてきた。よく見れば会場に生者の姿はもう見えなくなっている。
「でしたら好き嫌いのお話ではなく、お友達として煌司くんの生きていた頃について話してもらえませんか?それくらいなら構いませんよね?」
「まぁ、それくらいなら……。いいのか?何も面白い話じゃないぞ」
「はい。どんなにつまらなくても、私は煌司君のことが知りたいので」
ただただまっすぐに、蒼月とは違うベクトルで自らの心をぶつけてくる彼女の手をそっと取る。
話すつもり無かったのに、そんな事言われちゃ断ることなんてできないじゃないか。俺は彼女とともに手を繋いでプラネタリウムの地を後にするのであった。
天に広がる星々を解説する優しげな声が寝転ぶ俺の耳に響いてくる。
星を見つめる人々に決して邪魔にならない語り口。空を見上げている客たちもその引き込まれる語り部に耳を傾けている。
それを隅っこで耳にしている俺も、ボーっとしながらだが煌めく光とともに興味のそそられる話とともにプラネタリウムを楽しんでいた。
ゆっくりくつろげる席で天を眺めて語りを聞く。ただそれだけのこと。
生前の俺ならきっと1分と経たずに眠りこけてしまっていたことだろう。それはきっとここに来るくらいならバイトをするか家で眠るかしていたかったから。しかし今は眠る必要のない魂だけの存在。他にすることもないからゆっくりと星を眺める事ができる。
死んでから……バイトと眠るだけを繰り返す生活から離れてようやく知った。こうやって無意味とも思える時間を過ごすのも悪くないと。
むしろ空に広がる黒き海を眺めながらボーっと振り返る。もしかして俺の人生、バイト以外だと何も――――
「どうでした?楽しかったですか?」
「……瑠海さん」
スッと空を眺める俺の視界に影が差したと思いきや、そこから覗き込むのは俺をここに連れてきた瑠海さんだった。
落ちる髪を手で抑えつつ見下ろす表情は優しげなもの。彼女の目が俺と合ってニコッと微笑まれると、フッと暗き海に光が差して段々と部屋が明るくなっていく。
「あぁ、もう終わったのか」
どうやら俺の知らぬ間に終わってしまっていたようだ。
終盤なんかボーっとしていたせいで全然聞いてない。
「もしかして考え事でもされてました?」
「そうだな。色々と自分を見つめ直してたよ」
「それは私の告白についてでしょうか?」
「…………」
「考えてくれて嬉しいです。まるで私がスピカであなたがアークトゥルスのようですね」
沈黙は肯定とみなす。まさにそう思わざるをえない言い切りだった。
上半身を起こして彼女と目を合わせるとニコニコと微笑まれるだけでそれ以上は何も言う気配がない。
それは無言のゴリ押し。まさにそのまま押し通そうという顔。
瑠海さん……案外図太いな。よくそんな事臆面もなく言えるものだ。
「……コホン。そもそもなんで俺の事好きなんだ?別にあの日の俺を見てただけだろ。何も出来なくって全部瑠海さん自身が解決してたし」
「そうですか?祈愛さんと一緒に私を海から連れ出してくれましたし、何より身を挺して庇ってたあの姿。イザというときは助けてくれるあの姿に私は惹かれましたよ?」
「…………」
「それだけじゃないですよ。それと――――」
そう言って彼女はそっと俺の頬に手を添える。
「この絶望したような瞳。ずっと何かを諦めてきたのでしょうね。そんなあなたを支えたいとも思ったのです」
「…………男見る目無いよ。アンタ」
「ふふっ。私もそう思います」
バッと触れる手から逃げるように顔を逸らすと彼女は何を言うわけでもなく肯定してみせた。
なんともやりにくい人だ。あの時は咄嗟で結局役に立てなかったし、突き放そうとしても意味がない。そんな彼女から意識を逃がすように上映が終わったからと人々の立ち去る後ろ姿を眺めていると、「あっ」と思い出したように声がかけられる。
「それで、私の告白は受け入れてくれるのですか?」
「ブッ………!?」
それは唐突で全く時間を置かない電撃的な質問。
まさかさっきの今で聞かれるとは思っておらず、そして逃げられもしなかったことに吹き出してしまった。
驚きに満ちた顔で振り返れば相変わらずニコニコとした顔。コイツ……確信犯か?
「どうでしょう?祈愛さんは妹のようだと言っておられましたが、それなら私とは付き合ってくれるのですか?」
「いや……その……。積極的すぎないか?昨日の今日で」
あまりの積極性につい言葉を濁してしまう。
正確には昨日出会った訳では無いが、それでも大して日が経っていない。なのに何故そこまで一直線に好意を伝えてくるのだろうか。
嬉しいことには違いないのだが、それ以上に困惑が勝ってしまう。しかし彼女はなんてことなく「そうですか?」と首を傾げてみせる。
「私もこの身になって、お二人と関わって気づいたのです。祈愛さんの言う通り魂は自由なんだって。だから私は決めたのです。心惹かれた人にはまっすぐ気持ちを伝えると」
「だからって俺は何も……」
「先程の言葉じゃ足りませんでしたか?では、一目惚れではいかがでしょう?」
「んな無茶な……」
そんな取ってつけたような理由で……。
やはり彼女の積極性には困惑するが、しかしその想いに勘違いや嘘が紛れてしないことは理解できた。
でも、それでも俺は――――
「―――それはないだろ。付き合えない」
「どうしてでしょう?やっぱり以前他の人と付き合っていたからでしょうか?信じてもらえないかも知れませんが、これでも私はまだキスも知らない処――――」
「そういうのじゃない!違うから!」
「――――むぅ」
中々にとんでもないことを言い出す気配を感じて割り込むと、まるで祈愛のように頬を膨らませて抗議してくる。
そうじゃない。そうじゃなくってだな……なんというか……。
「俺たちって魂だけなんだぞ?生きてないのに恋愛とかそういうのは何ていうか、違うだろ?」
「そうでしょうか。私は幽霊でも恋愛してもいいと思うのですが」
「むぅ……」
あまりにも真っ直ぐな問いに今度は俺が言葉を失ってしまう。
たしかに幽霊同士で恋愛しちゃイケナイという法律があるわけではない。
「……俺が考えられないんだよ。この身体になってから特に、恋愛するってことが」
「それは煌司君がまだ生きているから、ということも関係あるのでしょうか?」
「…………」
俺は黙って首を縦に振る。
そう言えば以前電車で蒼月が変な抗議をしていたとき"煌司君みたいに生きていても"と言っていた。
もしかしたらその時のことが耳に残っていたのかも知れない。
そして俺が恋愛について考えられないこともそのことが大きく関係している。
元々現世で目覚める予定がある俺。それが何の因果かまだこの世界に留まっているだけだ。つまり恋愛関係になってもすぐに永遠のお別れとなってしまう。そんな事耐えられやしない。
「良かったです。その程度の理由で」
「よかった……?」
絶対的な否定。そんな返事を耳にしても、彼女は諦めることはなかった。
むしろ安堵。ホッとしたように胸をなでおろす彼女を見て俺は訝しげな表情を浮かべる。
「はい。だって生き死の問題なら私自身の問題じゃないですし、心変わりする可能性も……脈だってまだあります!」
「……脈、止まってないか?」
「もうっ!そんな無粋なこと言いっこナシですよ!!」
なんとも前向きな女性。
生き死に。それは心変わり以上に覆しようのない問題。それでも彼女は前向きに、笑顔をもって応えてくる。
「……じゃあ、お友達からってことでどうでしょうか?」
「じゃあって何だよ。諦め切れないのか?」
「はい!もちろん、私は好きになったら一直線ですから!」
俺が否定しても彼女は諦めようとはしなかった。
ならばと提案したのは友達から。
そして一直線の性格。それはよく理解した。
そこまで一直線じゃなきゃ地縛霊になれないだろうしな。
自慢気に胸を張る彼女は中々に楽しそう。告白を断ったはいいが、それ以上深く突き放せない俺はただその姿を黙って眺めてしまう。
すると彼女はふと立ち上がってこちらに手をかざしてきた。よく見れば会場に生者の姿はもう見えなくなっている。
「でしたら好き嫌いのお話ではなく、お友達として煌司くんの生きていた頃について話してもらえませんか?それくらいなら構いませんよね?」
「まぁ、それくらいなら……。いいのか?何も面白い話じゃないぞ」
「はい。どんなにつまらなくても、私は煌司君のことが知りたいので」
ただただまっすぐに、蒼月とは違うベクトルで自らの心をぶつけてくる彼女の手をそっと取る。
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