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第1章

016.答え合わせ

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「私達のような存在が故意で現実に影響を及ぼす……ですか?ありますよ。普通に」

 それは、俺たちの誰も知らなかった驚きの言葉だった。
 どうやらこの世界の先輩である蒼月も知らなかったようで目を見開いて驚きの表情がそれを物語る。
 なんてことのないように、まるで横断歩道を渡る時は手を上げるのが常識だと言い放つようにサラッと言い放つのは黒髪高身長の女性、マヤだった。

 散歩ともつかない長い長い一日を終えた俺と蒼月。そんな2人を待ち受けていたのは現世で成仏した地縛霊の瑠海さんだった。
 夕日をバックに感動的なお別れを台無しにした早すぎる再会。そして間を置かずどこからか現れたマヤに事の顛末を説明すると、そんな言葉が飛び出してきた。

 きっとここにソファーとテレビがあれば寝転がりながら言い放っていただろう。酒とつまみがあればそれらを堪能しながら、当たり前の常識を語るような軽い口ぶり。
 しかしあまりに信じられない言葉に、俺は「いやいや」と否定の言葉を上げる。

「ちょっと待ってマヤ。それだったら世の中心霊現象だらけになるだろ。少なくともネットにイヤってくらい上がるはずだ。それなのに今まで都市伝説レベルっておかしくないか?」

 そう。そんなポンポン影響があったら世の中大変なことになる。
 少なくとも配信してるストリーマーとかはしょっちゅうそういう事象に遭うはずだし、SNSでもそこらで動画が上がるはずだ。
 なのにそういうのが出てくるのは専門のサイトくらい。あったとしても大抵本物かどうか怪しいで終わってしまうようなものばかりだ。
 そんな俺の問いを耳にしたマヤは「えぇ」といつもの柔和な微笑みで受け止めて見せる。

「仰るとおり、誰しもが平然とそのような事象を起こせるとしたら現世では心霊現象だらけになってしまうでしょう。普通にある……というのは語弊がありましたね。正確にいいますと、実際に影響を及ぼすには条件があるのです」
「条件……?」
「えぇ、条件は三つ。第一に自然の摂理に逆らえるほどの思いを抱えていること……例えば地縛霊などですね。第二にそれほどまでに思いの強い者が転生……成仏するほど存在を賭けることです。心当たりありませんか?」

 ……確かに、ある。
 さっき遭った瑠海さん。彼女は地縛霊だった。普通成仏されるのに逆らってその場所に囚われるということは、それほど強い思いがあったのだろう。
 そして彼女はあの後あの世界で光に包まれて消え去った。今は何故かここにいるが、条件としては確かに合致している。

「えっとじゃあ、私は成仏したってことでいいのでしょうか……?」
「いえ、瑠海さん。あなたは成仏しそうなところを私が拾ってきちゃいました。お陰で2人に中々のサプライズができたでしょう?」

 成仏したはずなのにここにいるのは不思議だと思ってたらアンタの仕業か!!
 相手は神様だがこれだけは言わせて貰う。なに成仏する魂拾ってきてるんだ!!犬猫じゃないんだぞ!!

「……もちろん、本人がまたお二人に会いたいって望んでおられたからですよ。決して犬猫のような感覚ではないので安心してください煌司さん」
「うっ……」

 しまった!完全に読まれてた!!
 心が読まれたのか表情から察したのかはわからない……多分前者だろう。
 怯む俺にニッコリと笑みを浮かべるマヤ。仕方ない、相手は神様で何もかもあちらが上手だ。心の内での言いようは切り替えてマヤと向き合う。

「ゴホン。じゃあ、条件の三つ目って何なんだ?思いの強さに存在を賭けること、あとは?」
「それは簡単です。単純に親和性……適性があるかどうかですよ。これは生まれ持ってのもので瑠海さんには適正があったのでしょうね」
「俺の適正は?」
「そこそこ、といったところです」

 そこそこねぇ。
 ここでチートクラスに適正があったりしてドッペルゲンガー起こし放題とか言われたら、生きてた頃ムカついた人を脅かそうと思ったのに残念だ。
 仕方ないと肩を竦めていると、ふと隣の少女が俯いたまま何も喋っていないことに気がついた。珍しいな。普段ならしょっちゅう会話に割り込んでくるはずなのに。

「ちなみに全くといっていいほど適正がない人だっています。そのような人は存在を賭けても物に触れることはできないでしょう。……なので気にすることはありませんよ、祈愛さん」
「…………」

 隣でギュッと服の裾を握りしめつつ小さく頷くのは蒼月。
 表情こそ見えないがそれは何かを噛み締めているよう。

「蒼月……?」
「……! な、何かな!?煌司君!」
「いや、ボーっとしてたから。何かあったのか?」
「なんにも!私も知らなかったことに驚いただけ!ちょっとマヤ~!なんでそんな大事なこと教えてくれなかったの~!?」

 …………。
 なにかあったのだろうか。しかしそれを追求するのはまだ時が、少なくとも今は違うとそう思えた。
  逃げるようにマヤの元へ駆ける後ろ姿を眺めていく。

「それはもちろん、大切な友人である祈愛さんが大事だからですよ」
「も~!そんな事言っちゃって~!どうせ才能からっきしですよ~だっ!」
「そんな事ありませんよ。祈愛さんは素敵な方です」

 一つ二つ言葉を交わせば蒼月の暗い顔なんてウソかのようにいつもの笑顔に。
 まるでさっきの伏せっていた様子が見間違いだと思うくらいだ。そんな彼女はわかりやすいマヤのお世辞に照れつつも「あっ」となにか思いついたような声を上げる。

「あっ、そうだ。結局瑠海さんってこれからどうするつもりです?」
「どうする……とは?」
「その、またこっちで会えたことはすっごく嬉しいんですけど、また成仏しちゃうのかなって……それに…………」
「……?」

 なんだ?チラッとこっち見て。
 あ、すぐ戻った。

 どうやら蒼月の気になることは瑠海さんのこれからみたいだ。
 確かに今後どうするかは気になる。また会いたいからとサプライズでこっち来たとはいえ、また成仏しないとも限らない。彼女はどっちを選ぶのだろう。

「これから、ですか。そうですね……」

  俺も気になる案件。再会できたのは嬉しいが、またもお別れになってしまうのだろうか。
 ……そう少し遠巻きに2人様子を伺っていたら、瑠海さんはおもむろに踵を返して俺の前に立ちふさがる。
  にこやかに俺と目を合わせる瑠海さんは何を言うわけでもなく、ただ俺の顔をジーっと……。気まずい。

「……なんだよ」
「煌司君はそうされるのですか?成仏?ここに残られます?」
「そりゃあ、俺はここにいるけど……」
「じゃあ決まりです!神様!私もここに残ります!!」

 まてまてまて。なんで俺の意見を聞くことがある。自分で考えればいいじゃないか。
 そう思っていても彼女は自信満々に言うものだから突っ込むことなどできやしない。
 それと蒼月、なんで俺を睨んでるんだ。何もしてない、冤罪だぞ。

「……煌司君のバカ」
「なんでだよ……」

 睨みからの追撃。
 プクー!とまるで焼いた餅のように頬を膨らます蒼月がフイッと顔を背けると、次に近づくのはマヤ。近づく表情はいつもの柔和な笑みを浮かべているが、その裏でニヤニヤと俗世めいたものを感じる。

「煌司さん、モテモテですね」
「死んでからモテても何一つ嬉しくないんだけど」
「いえいえ、ご安心を。あなたの肉体はまだちゃんと生きておりますよ」
「そういうことじゃないんだよなぁ……」

 生きていた頃に浮いた話のない俺。死後の世界でモテてても嬉しいとは思わない。
 神様の(あえて)ズレた話を聞きながら、天を仰ぎ見るのであった。
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