命のその先で、また会いましょう

春野 安芸

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序章

005.天使のような

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「既に祈愛から聞いたと思いますが、ここは死者の魂が集まる場所です。正確には死にかけの……臨死状態の魂もここを訪れます」

 先を歩く神様の後姿を追っていく。
 身長2メートルを越えるともなれば当然足も遥かに長くなる。つまり一歩で進む歩幅がやけに長い。俺はスタスタと歩いていく彼女を小走りで追っていた。

 歩きながら話してくれるのはこの世界について。
 先程少女も語ってくれた死後の世界。それがどういうものでできているか、浮かんでくる疑問に答えてくれる。

 向かう方向は先程小さな子どもが走っていった列の最後尾。後ろを見ても果てがなく、前を向いても未だ果てが無い。
 もうどれだけ歩いたかもわからない。不思議といくら歩いたところで疲労や空腹なんてものは当然無く、永遠に歩き続けても平気だと思える。
 どれくらい歩いたのかさえ感覚がない。疲れも空腹も太陽の動きが無いということは、時間という一定の指標となるものが失われていることも同義である。

 そんな疲れ知らずな身体になりながら俺は一つの疑問を投げかけた。

「魂が集まるって、俺は普通に肉体があるんだが」

 魂と言われたところでいまいちパッと来ない。
 さっき全裸で転がっていたとはいえ、今の俺には普通に肉体があるのだ。手や足、顔だってあるのは確認済みだ。五感はないけど。視界だって良好。それなのに肉体がないとは?

「そうですね……勘違いするかも知れませんが、その体は魂が記憶を基に形作っているだけなのです。全ては想像の力、その気になればこのように身体を変えることもできますよ。今の男の子はこういうのがお好きなのでしょう?」
「………ヒェッ」

 しかしそんな疑問はすぐに投げ捨てられることとなる。
 チラリと一瞬だけこちらを向いた神様は右手を手刀の形で持ち上げたかと思いきや、一瞬のうちにその手が刃へと変貌した。
 ガンメタルのように黒く輝く両刃の剣。現実であれば簡単に人を殺すに至れると確信できる鋭い刃。何の躊躇もなくむき出しの刃が目の前に現れたことで俺は思わず息を呑む。

「大丈夫ですよ。先程も言いましたがこの身体は魂が形作ったもの。どれだけ細切れにしたところで何の影響もございません」
「本当、だよな?」
「もちろん。試してみますか?」
「~~~~!」

 にこやかに指を刃に伝わせる彼女を見てブンブンと強く首を振る。
 大丈夫とは言ってくれるがもしもがあったらどうする!二度も死んでたまるか!
 死後の世界に来てまで命の危険に怯えていると、彼女は腕を一瞬だけ振ったかと思えばあっという間に刃から普通の手へと戻される。

「このように、この世界では思いの力が全てなのです。自分の身体や服はもちろんのこと、その気になればこの世界だって自由に改変できます。もちろん大規模な世界改変ともなると私達にとっても難しいものですが」

 そう言って今度は自身の足元に手をかざすと今までかき分けていた黄金の草々があっという間に色とりどりの花畑へと姿を変えてしまった。
 地の果てまで広がっていた黄金から美しく敷かれる水色の絨毯へ。残念ながら草花についての知識はなくこれがどんな花かはわからないが、非現実的なものから現実的なものへの変貌に、なんとなく心の奥底でホッと力が抜ける気がした。

「じゃあ、神様はここで何をしてるんだ?ボランティアって?」
「マヤでいいですよ。私の役割はあなたのように迷い込む魂の案内人です。先程の子のように自ら戻っていく魂が多いのですが、たまに勘違いしてそのまま転生しようとしたり、意識が戻って迷い人になってしまう魂も出てくるのですよ」

 ここには九死に一生を得るような人も現れるという。俺も現実ではまだ死んでいないと言っていた。
 今はそんな現実に戻る道に向かっている最中。だったら神様が俺の前に現れるのは閻魔みたいな感じで百歩譲って理解できる。

 ……でも、だったら隣を歩いている少女は?

「じゃあマヤ。こっちの人は?」
「えっ、私のこと?私は祈愛いあだよ。蒼月あおつき 祈愛いあ

 スッと隣を指差すと俺の視線に気づいた彼女は自ら名乗ってくれた。
 蒼月か。見た目はとんでもない美少女。ピンクと青髪という奇抜ながら明るい雰囲気と相まって嫌味になっていない。
 しかし彼女は随分と訳知り顔だ。何故目覚めた時にはもう近くにいたのだろうか。

「そうじゃなくって、アンタも神様なのか?」
「もちろん!私も立派な神さ――――」
「祈愛さんは"神"ではありませんよ」
「――――も~!マヤったらせっかく威厳見せようと思ったのに~!」

 自信満々に胸を張って鼻高に宣言しようとする蒼月だったが、マヤによって即座に訂正されてしまい頬を膨らます。
 「ウソはいけませんよ」と嗜めるマヤに軽く拗ねる蒼月。その姿はまるで母娘だ。

「じゃあ、何だと思う?当ててみて!」
「なにって……そうだな……」

 彼女の問いに俺はしばし頭を働かせる。
 母娘のような2人……そもそも神様って子供を作るのか?いやでも元は人間って言ってたしありえなくもないか。
 それとも神様見習い?いやでも神というのはさっき否定されてたし、そうだとしたら……

「天使、か?」
「!!」

 神に遣えるとしたら天使。
 宗教学に全く詳しくない俺でもなんとかそのくらいは思いついた。
 アタリか?ほとんど当てずっぽう。しかし彼女の大きな瞳は驚きでさらに丸くなっている。

「どうして、そう思ったの?」
「そりゃあ、神の遣いといったら天使だろ。それなら現実離れした可愛さにも納得だしな」
「~~~!聞いた!?ねぇ聞いたマヤ!現実離れした可愛さだってさっ!」

 正直な所唐突な死の世界という混乱から感情が追いついていないが、彼女の可愛さはよっぽどだ。俺のストライクど真ん中ということもあるかもしれない。しかしだからといって現実で出会った数ある女性からは群を抜いている。
 普段なら恥ずかしくてこんな事言えないがなんだかスラリと言葉が出てきてしまう。これも魂だけになった影響だろうか。
 そんな可愛い発言がよっぽど嬉しかったのか、神様に向かってバシバシと平手打ちしているバチ当たりな天使様(仮)。少女の攻撃をものともしていないマヤはハァと1つ嘆息しこちらに視線を送ってくる。

「煌司さん、この子は天使などではありませんよ。あなたと同じ普通の人間の魂です」
「あぁっ!!」

 少女自ら答えを告げる前のネタバレに大きく声を上げる蒼月。
 人間……俺と同じ?じゃあこの子も同じ死者だっていうのか?

「せっかく格好良く見せようと思ったのにぃ。でも同じ死者同士、よろしくね」
「…………あぁ。あとちょっとの付き合いかもしれないがな」

 歩きながら後ろ手に笑いかける彼女を俺はふいっと前を向いて返す。
 死んだ身、といっても俺はまだ生きているらしい。それならばこの世界にとどまるのも後ほんのちょっとだ。つまり彼女らとの付き合いも僅か程度しか残されていないだろう。

 ぶっきらぼうな俺の返事にも「えへへ」と笑ってみせる蒼月。
 よく笑う子だなと他人事ながらに思っていると、ふと先導していたマヤの足が止まるのに気付く。もしかして、やっとか?

「煌司さん、付きましたよ」
「…………あぁ」

 やはりか。
 彼女の大きな体の向こうに見えるのは花畑にポツンと立つ扉だった。
 それはどこぞのネコ型ロボットで有名な扉のようなもの。枠組みはあるが壁に繋がっていないただの扉。回り込めば周りと変わらない景色が広がっていることだろう。
 しかし神様が言うのならば信じるほかない。もとより俺には死の世界に居る以上彼女についていく以外の選択肢が残されていないのだ。

「どうぞ、中へ」
「…………」

 ガチャリ。
 紳士の如く促されたマヤに従って今度は頭をぶつけないよう気をつけながらゆっくりと扉を開いて中へとくぐっていく。

 何の変哲も無いただの扉。そこをくぐった先に見えたのは真っ白な部屋だった。
 小さめの棚に小さなテレビ。壁に埋め込まれた窓からは緑が生い茂る山が見えており風に木々が揺れている。
 そんな窓の近くに見えたのはこの部屋の大部分を占めるベッドだった。
 様々なよくわからない機械が置かれており、ケーブルやチューブがそれぞれベッドへと伸びている。
 更に視線を動かすとベッドの奥に人が眠っていることに気がつく。掛け布団によって見えなくなっているが、ケーブルやチューブはこの人物へと繋がっているのだろう。ゴクンと息を呑んで横になっている人物の顔を覗き込む。

 ここで寝ているのはもしや……

「……やっぱり」

 自然と納得するような言葉が溢れ出る。
 ここは病院の一室。個室のベッドに眠らされていたのは、穏やかな表情で眠っている俺自身であった。
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