上 下
5 / 43
序章

004.祈愛

しおりを挟む
「神……様……?」

 ありえないと思っていた存在の名前に、心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。

 神様。それは現世において存在がまことしやかに囁かれているもの。絶対に存在すると言う者もいれば反対に存在しないと主張する者もいる。それぞれの言い分はおいておくとして、双方に共通するものは実際に見たことがないということだ。
 見ることができない、故に神聖さを帯びる。俺もこれまで生きてきた中で神様に祈ったことはなくもない。その際思い浮かぶのは神秘的で万能という漠然としたものだ。
 だからこそ俺も死後の世界にやってきたとしてどんな様子なのかと気にならなかったわけではない。しかし、それがまさかこんな簡単に出会えるだなんて……

「はい、神様です。……といっても元はあなた方と同じ人ですよ。ボランティアで神をやっております」
「ボランティア……!?そんなので神に!?」
「えぇ、まぁ。なんていうのでしょう。ほら、最近現世でも流行ってる……雇われ店長?とかそのようなものです。いうなれば雇われ神様でしょうか」
「――――」

 空いた口が塞がらなかった。
 神様に会えただけでも驚きなのに、それがまさかのボランティアな上に雇われ制!?
 この世界に来てから怒涛のような情報量だったが今の情報は何よりも衝撃的で受け止めきれない内容だった。
 あまりにも驚きすぎて頭痛がする。痛覚ないけど。

「どうしたの?頭抱えて……もしかして頭痛?風邪引いた?」
祈愛いあさん。ここは死後の世界で肉体がないのですから、肉体がない以上風邪なんて引くことはありませんよ」
「あははっ!そうだった!」

 それはもしかして冗談なのか?
 愉快な調子で語り合う2人のジョークを耳にしながら本当に神なのかと訝しむ。
 確かに元人と言っていたのだから俗世的なものも理解できる。しかし元々俺はさっき信じると言った手前でアレだが死後の世界というもの自体に半信半疑なのだ。

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。煌司こうじ君。私はあなたに害をなすことはありませんから」
「なんで俺の名前を……」
「それはもちろん、神様ですから」

 そう言ってにこやかに笑った彼女はピンクの少女との会話をそこそこにこちらに近づいてくる。
 2メートルをゆうに越す長身。こうして近づかれると圧巻だ。しかし圧迫感というものは感じない。

 見上げる俺と見下ろす彼女。
 俺と視線を交わしてフッと笑った彼女は手をゆっくりと上げつつ俺の頭に近づけて―――――

【お前、なんであの時邪魔しやがったぁ!?】

「っ――――」

 彼女の手が頭に触れるその直前、突然雷が落ちたかのような光が視界いっぱいに広がったと思いきや、突如として目の前に"あの人"が姿を現した。
 家で散々俺を殴ってきた"あの人"。激昂して一直線にこちらへ向かっているその姿はまさに阿修羅の如く烈火に燃えていて、眉間にしわを寄せ目を見開いた"あの人"の手はこれ以上無いほど力強く握られていた。あっという間に目の前までやってきた"あの人"は、おおきく振りかぶって拳を俺の頬へと撃ち抜いていく。

 拳が頬を捉える直前。
 それから逃げるように後ろへ大きく飛び退いた俺は、気づけば神々しい死後の世界へと戻ってきていた。
 この場に広がるは身体を屈めつつ片手を地面につける俺と、突然飛び退いたその姿をポカンとした様子で見ている二人の女性。

「どうしたの?」

 少女の不思議そうな顔が俺を捉える。

 そこでようやく気がついた。
 さっき"あの人"が出てきた光景は幻覚だったのだと。
 嫌な記憶のフラッシュバック。それも死ぬ直前まで喰らっていたものだから新鮮ホヤホヤだ。
 どうやら俺はその高身長から伸びる腕を"あの人"が殴ってくる拳だと思ってしまったらしい。慌てて取り繕うように元の場所へと戻っていく。

「悪い。ちょっと驚いただけだ」
「そう?風邪かな?具合悪かったら言ってね?」
「死んでるのにどうやって風邪引くんだよ」

 心配する少女に苦笑しつつも同じように返してみせる。
 そうだ。死んでる。俺はもう死んでるんだ。
 "あの人"はここにいないのだし、殴られたところで死んだ今となっては痛みもなにもない。


「それで神様……だっけ。俺これからどうなるんだ?」
「………………」
「……神様?」
「えっ、あっ、はい。少しボーっとしておりました。なんでしょう?」

 神様でもボーっとすることってあるんだな。それも元人間ならではということなのだろうか。
 俺の呼びかけにハッとした彼女は居住まいを直しこちらに向き直る。

「俺はこれからどうなるんだ?やっぱり今すぐあの列に加わって転生か?」

 そう言って視線を向けるは果てまで伸びる長い長い列。
 どこから始まっているのかもどこまで伸びているのかもわからない。唯一わかるのは意識の虚ろな人がただ黙って列を形成し徐々に歩いていることだけだ。
 少女によるとこの先で成仏して転生するという。

 しかし、そもそも成仏って何なんだ?転生って?

 最も重要な、そして最も不安な事。
 この世界の時点で未知の塊。この先となるともはや想像すらできない。
 そんな不安を察知してか彼女は微笑みを向けた上でしゃがみ、俺と目線を合わせてくれる。

「……もちろん望めばそうすることもできますが、あなたには他の道も残されておりますよ」
「他の……?」
「えぇ。そうですね…………。あそこに居る人を見てください。女性に挟まれた小さな男の子です」

 そう言って彼女が指さした先に見えるのは行列の一欠片。そこには確かに女性に挟まれた小さな男の子が歩いていた。
 おそらく日本人ではない。年齢的に10になるかどうかといったところだろうか。あんな小さな子までもが……。

 そう考えながら言われた通り見守っていると突如としてフラフラ歩いていたその男の子は目を覚ましたかのように身体を大きく揺らし、しっかり伸びた背筋で辺りを見渡したと思いきや迷うことなく列を抜け出して来たであろう道を逆走してしまう。

「あれは?」
「あの子は運がよかったですね。生き返ったのです。九死に一生を得るといった表現が正しいでしょうか」

 どんどん小さくなっていく男の子。次第に光に呑まれ消えていく。

「あの子は川で溺れてたのですが助けられたようですね。一時心肺停止に陥ったようですが、一命をとりとめたようでなによりです」

 九死に一生……そして今このことを言うということは、もしかして……。

「じゃあ、もしかして俺も……」
「はい。幸いにもまだ現実でのあなたは生きております。生き返ることができますよ」

 俺はその言葉にグッと拳を硬く握り喜びを噛みしめる。
 目の端でピンク髪の少女が寂しそうな顔をしていたのを、見ないようにしながら――――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

坊主頭の絆:学校を変えた一歩【シリーズ】

S.H.L
青春
高校生のあかりとユイは、学校を襲う謎の病に立ち向かうため、伝説に基づく古い儀式に従い、坊主頭になる決断をします。この一見小さな行動は、学校全体に大きな影響を与え、生徒や教職員の間で新しい絆と理解を生み出します。 物語は、あかりとユイが学校の秘密を解き明かし、新しい伝統を築く過程を追いながら、彼女たちの内面の成長と変革の旅を描きます。彼女たちの行動は、生徒たちにインスピレーションを与え、更には教師にも影響を及ぼし、伝統的な教育コミュニティに新たな風を吹き込みます。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

刈り上げの春

S.H.L
青春
カットモデルに誘われた高校入学直前の15歳の雪絵の物語

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

ハッピークリスマス !  

設樂理沙
青春
中学生の頃からずっと一緒だったよね。大切に思っていた人との楽しい日々が この先もずっと続いていけぱいいのに……。 ――――――――――――――――――――――― |松村絢《まつむらあや》 ---大企業勤務 25歳 |堂本海(どうもとかい)  ---商社勤務 25歳 (留年してしまい就職は一年遅れ) 中学の同級生 |渡部佳代子《わたなべかよこ》----絢と海との共通の友達 25歳 |石橋祐二《いしばしゆうじ》---絢の会社での先輩 30歳 |大隈可南子《おおくまかなこ》----海の同期 24歳 海LOVE?     ――― 2024.12.1 再々公開 ―――― 💍 イラストはOBAKERON様 有償画像

処理中です...