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序章
004.祈愛
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「神……様……?」
ありえないと思っていた存在の名前に、心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。
神様。それは現世において存在がまことしやかに囁かれているもの。絶対に存在すると言う者もいれば反対に存在しないと主張する者もいる。それぞれの言い分はおいておくとして、双方に共通するものは実際に見たことがないということだ。
見ることができない、故に神聖さを帯びる。俺もこれまで生きてきた中で神様に祈ったことはなくもない。その際思い浮かぶのは神秘的で万能という漠然としたものだ。
だからこそ俺も死後の世界にやってきたとしてどんな様子なのかと気にならなかったわけではない。しかし、それがまさかこんな簡単に出会えるだなんて……
「はい、神様です。……といっても元はあなた方と同じ人ですよ。ボランティアで神をやっております」
「ボランティア……!?そんなので神に!?」
「えぇ、まぁ。なんていうのでしょう。ほら、最近現世でも流行ってる……雇われ店長?とかそのようなものです。いうなれば雇われ神様でしょうか」
「――――」
空いた口が塞がらなかった。
神様に会えただけでも驚きなのに、それがまさかのボランティアな上に雇われ制!?
この世界に来てから怒涛のような情報量だったが今の情報は何よりも衝撃的で受け止めきれない内容だった。
あまりにも驚きすぎて頭痛がする。痛覚ないけど。
「どうしたの?頭抱えて……もしかして頭痛?風邪引いた?」
「祈愛さん。ここは死後の世界で肉体がないのですから、肉体がない以上風邪なんて引くことはありませんよ」
「あははっ!そうだった!」
それはもしかして冗談なのか?
愉快な調子で語り合う2人のジョークを耳にしながら本当に神なのかと訝しむ。
確かに元人と言っていたのだから俗世的なものも理解できる。しかし元々俺はさっき信じると言った手前でアレだが死後の世界というもの自体に半信半疑なのだ。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。煌司君。私はあなたに害をなすことはありませんから」
「なんで俺の名前を……」
「それはもちろん、神様ですから」
そう言ってにこやかに笑った彼女はピンクの少女との会話をそこそこにこちらに近づいてくる。
2メートルをゆうに越す長身。こうして近づかれると圧巻だ。しかし圧迫感というものは感じない。
見上げる俺と見下ろす彼女。
俺と視線を交わしてフッと笑った彼女は手をゆっくりと上げつつ俺の頭に近づけて―――――
【お前、なんであの時邪魔しやがったぁ!?】
「っ――――」
彼女の手が頭に触れるその直前、突然雷が落ちたかのような光が視界いっぱいに広がったと思いきや、突如として目の前に"あの人"が姿を現した。
家で散々俺を殴ってきた"あの人"。激昂して一直線にこちらへ向かっているその姿はまさに阿修羅の如く烈火に燃えていて、眉間にしわを寄せ目を見開いた"あの人"の手はこれ以上無いほど力強く握られていた。あっという間に目の前までやってきた"あの人"は、おおきく振りかぶって拳を俺の頬へと撃ち抜いていく。
拳が頬を捉える直前。
それから逃げるように後ろへ大きく飛び退いた俺は、気づけば神々しい死後の世界へと戻ってきていた。
この場に広がるは身体を屈めつつ片手を地面につける俺と、突然飛び退いたその姿をポカンとした様子で見ている二人の女性。
「どうしたの?」
少女の不思議そうな顔が俺を捉える。
そこでようやく気がついた。
さっき"あの人"が出てきた光景は幻覚だったのだと。
嫌な記憶のフラッシュバック。それも死ぬ直前まで喰らっていたものだから新鮮ホヤホヤだ。
どうやら俺はその高身長から伸びる腕を"あの人"が殴ってくる拳だと思ってしまったらしい。慌てて取り繕うように元の場所へと戻っていく。
「悪い。ちょっと驚いただけだ」
「そう?風邪かな?具合悪かったら言ってね?」
「死んでるのにどうやって風邪引くんだよ」
心配する少女に苦笑しつつも同じように返してみせる。
そうだ。死んでる。俺はもう死んでるんだ。
"あの人"はここにいないのだし、殴られたところで死んだ今となっては痛みもなにもない。
「それで神様……だっけ。俺これからどうなるんだ?」
「………………」
「……神様?」
「えっ、あっ、はい。少しボーっとしておりました。なんでしょう?」
神様でもボーっとすることってあるんだな。それも元人間ならではということなのだろうか。
俺の呼びかけにハッとした彼女は居住まいを直しこちらに向き直る。
「俺はこれからどうなるんだ?やっぱり今すぐあの列に加わって転生か?」
そう言って視線を向けるは果てまで伸びる長い長い列。
どこから始まっているのかもどこまで伸びているのかもわからない。唯一わかるのは意識の虚ろな人がただ黙って列を形成し徐々に歩いていることだけだ。
少女によるとこの先で成仏して転生するという。
しかし、そもそも成仏って何なんだ?転生って?
最も重要な、そして最も不安な事。
この世界の時点で未知の塊。この先となるともはや想像すらできない。
そんな不安を察知してか彼女は微笑みを向けた上でしゃがみ、俺と目線を合わせてくれる。
「……もちろん望めばそうすることもできますが、あなたには他の道も残されておりますよ」
「他の……?」
「えぇ。そうですね…………。あそこに居る人を見てください。女性に挟まれた小さな男の子です」
そう言って彼女が指さした先に見えるのは行列の一欠片。そこには確かに女性に挟まれた小さな男の子が歩いていた。
おそらく日本人ではない。年齢的に10になるかどうかといったところだろうか。あんな小さな子までもが……。
そう考えながら言われた通り見守っていると突如としてフラフラ歩いていたその男の子は目を覚ましたかのように身体を大きく揺らし、しっかり伸びた背筋で辺りを見渡したと思いきや迷うことなく列を抜け出して来たであろう道を逆走してしまう。
「あれは?」
「あの子は運がよかったですね。生き返ったのです。九死に一生を得るといった表現が正しいでしょうか」
どんどん小さくなっていく男の子。次第に光に呑まれ消えていく。
「あの子は川で溺れてたのですが助けられたようですね。一時心肺停止に陥ったようですが、一命をとりとめたようでなによりです」
九死に一生……そして今このことを言うということは、もしかして……。
「じゃあ、もしかして俺も……」
「はい。幸いにもまだ現実でのあなたは生きております。生き返ることができますよ」
俺はその言葉にグッと拳を硬く握り喜びを噛みしめる。
目の端でピンク髪の少女が寂しそうな顔をしていたのを、見ないようにしながら――――。
ありえないと思っていた存在の名前に、心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。
神様。それは現世において存在がまことしやかに囁かれているもの。絶対に存在すると言う者もいれば反対に存在しないと主張する者もいる。それぞれの言い分はおいておくとして、双方に共通するものは実際に見たことがないということだ。
見ることができない、故に神聖さを帯びる。俺もこれまで生きてきた中で神様に祈ったことはなくもない。その際思い浮かぶのは神秘的で万能という漠然としたものだ。
だからこそ俺も死後の世界にやってきたとしてどんな様子なのかと気にならなかったわけではない。しかし、それがまさかこんな簡単に出会えるだなんて……
「はい、神様です。……といっても元はあなた方と同じ人ですよ。ボランティアで神をやっております」
「ボランティア……!?そんなので神に!?」
「えぇ、まぁ。なんていうのでしょう。ほら、最近現世でも流行ってる……雇われ店長?とかそのようなものです。いうなれば雇われ神様でしょうか」
「――――」
空いた口が塞がらなかった。
神様に会えただけでも驚きなのに、それがまさかのボランティアな上に雇われ制!?
この世界に来てから怒涛のような情報量だったが今の情報は何よりも衝撃的で受け止めきれない内容だった。
あまりにも驚きすぎて頭痛がする。痛覚ないけど。
「どうしたの?頭抱えて……もしかして頭痛?風邪引いた?」
「祈愛さん。ここは死後の世界で肉体がないのですから、肉体がない以上風邪なんて引くことはありませんよ」
「あははっ!そうだった!」
それはもしかして冗談なのか?
愉快な調子で語り合う2人のジョークを耳にしながら本当に神なのかと訝しむ。
確かに元人と言っていたのだから俗世的なものも理解できる。しかし元々俺はさっき信じると言った手前でアレだが死後の世界というもの自体に半信半疑なのだ。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。煌司君。私はあなたに害をなすことはありませんから」
「なんで俺の名前を……」
「それはもちろん、神様ですから」
そう言ってにこやかに笑った彼女はピンクの少女との会話をそこそこにこちらに近づいてくる。
2メートルをゆうに越す長身。こうして近づかれると圧巻だ。しかし圧迫感というものは感じない。
見上げる俺と見下ろす彼女。
俺と視線を交わしてフッと笑った彼女は手をゆっくりと上げつつ俺の頭に近づけて―――――
【お前、なんであの時邪魔しやがったぁ!?】
「っ――――」
彼女の手が頭に触れるその直前、突然雷が落ちたかのような光が視界いっぱいに広がったと思いきや、突如として目の前に"あの人"が姿を現した。
家で散々俺を殴ってきた"あの人"。激昂して一直線にこちらへ向かっているその姿はまさに阿修羅の如く烈火に燃えていて、眉間にしわを寄せ目を見開いた"あの人"の手はこれ以上無いほど力強く握られていた。あっという間に目の前までやってきた"あの人"は、おおきく振りかぶって拳を俺の頬へと撃ち抜いていく。
拳が頬を捉える直前。
それから逃げるように後ろへ大きく飛び退いた俺は、気づけば神々しい死後の世界へと戻ってきていた。
この場に広がるは身体を屈めつつ片手を地面につける俺と、突然飛び退いたその姿をポカンとした様子で見ている二人の女性。
「どうしたの?」
少女の不思議そうな顔が俺を捉える。
そこでようやく気がついた。
さっき"あの人"が出てきた光景は幻覚だったのだと。
嫌な記憶のフラッシュバック。それも死ぬ直前まで喰らっていたものだから新鮮ホヤホヤだ。
どうやら俺はその高身長から伸びる腕を"あの人"が殴ってくる拳だと思ってしまったらしい。慌てて取り繕うように元の場所へと戻っていく。
「悪い。ちょっと驚いただけだ」
「そう?風邪かな?具合悪かったら言ってね?」
「死んでるのにどうやって風邪引くんだよ」
心配する少女に苦笑しつつも同じように返してみせる。
そうだ。死んでる。俺はもう死んでるんだ。
"あの人"はここにいないのだし、殴られたところで死んだ今となっては痛みもなにもない。
「それで神様……だっけ。俺これからどうなるんだ?」
「………………」
「……神様?」
「えっ、あっ、はい。少しボーっとしておりました。なんでしょう?」
神様でもボーっとすることってあるんだな。それも元人間ならではということなのだろうか。
俺の呼びかけにハッとした彼女は居住まいを直しこちらに向き直る。
「俺はこれからどうなるんだ?やっぱり今すぐあの列に加わって転生か?」
そう言って視線を向けるは果てまで伸びる長い長い列。
どこから始まっているのかもどこまで伸びているのかもわからない。唯一わかるのは意識の虚ろな人がただ黙って列を形成し徐々に歩いていることだけだ。
少女によるとこの先で成仏して転生するという。
しかし、そもそも成仏って何なんだ?転生って?
最も重要な、そして最も不安な事。
この世界の時点で未知の塊。この先となるともはや想像すらできない。
そんな不安を察知してか彼女は微笑みを向けた上でしゃがみ、俺と目線を合わせてくれる。
「……もちろん望めばそうすることもできますが、あなたには他の道も残されておりますよ」
「他の……?」
「えぇ。そうですね…………。あそこに居る人を見てください。女性に挟まれた小さな男の子です」
そう言って彼女が指さした先に見えるのは行列の一欠片。そこには確かに女性に挟まれた小さな男の子が歩いていた。
おそらく日本人ではない。年齢的に10になるかどうかといったところだろうか。あんな小さな子までもが……。
そう考えながら言われた通り見守っていると突如としてフラフラ歩いていたその男の子は目を覚ましたかのように身体を大きく揺らし、しっかり伸びた背筋で辺りを見渡したと思いきや迷うことなく列を抜け出して来たであろう道を逆走してしまう。
「あれは?」
「あの子は運がよかったですね。生き返ったのです。九死に一生を得るといった表現が正しいでしょうか」
どんどん小さくなっていく男の子。次第に光に呑まれ消えていく。
「あの子は川で溺れてたのですが助けられたようですね。一時心肺停止に陥ったようですが、一命をとりとめたようでなによりです」
九死に一生……そして今このことを言うということは、もしかして……。
「じゃあ、もしかして俺も……」
「はい。幸いにもまだ現実でのあなたは生きております。生き返ることができますよ」
俺はその言葉にグッと拳を硬く握り喜びを噛みしめる。
目の端でピンク髪の少女が寂しそうな顔をしていたのを、見ないようにしながら――――。
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