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序章
003.慰めはいらない
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「一応毛布ならあるけど……いる?」
「スマン、助かる」
自分が裸であることを認識して少し。
少女が恐る恐る渡してくれる薄い毛布を受け取った俺はなんとか下半身だけは隠すことに成功した。
知らずとはいえこれまで全裸で走り回り、毛布一枚で立ち上がる様子はまるで何処か未開の地にいる部族のよう。
「にあってる、よ?」
慰めはいらない……いっそ殺してくれ。
……もう死んでるんだった。両手で顔を覆い隠す彼女は苦笑しつつも指と指の間で明らかにこちらを見ているが、俺と目が合うと慌てて開いていた指が閉じられる。
まさか死んでから女の子に裸を見られることになるとは……1人大きくため息を吐く。
仕方ないじゃないか、分からなかったんだから……。目覚めたばかりで右も左もわからない。更に腕を抓っても痛みが無いということは痛覚がないということ。肌に服が触れる感触もなく風が吹き付ける感覚もない。それなら自らの目で確かめるまでわからないじゃないかと、自らを慰めるための言い訳を並べる。
「しかし……なんで俺は裸だったんだ?」
呟くのは素朴な疑問。
離れた位置に見える集団はもちろん服を着ている。私服だったり軍服だったりスーツだったり様々だ。ごくごく稀に裸の人物も見えるが何か違いがあるのだろうか。
「死んだ時の服は自分が一番心に残ってる服か、死んだ時の服装になるみたい。1000人に1人くらいかな?よっぽど服装に頓着がない人は裸になっちゃうらしいよ」
「じゃあ、俺はそのよっぽどの1人だったわけだ」
ハッ!と自嘲するように吐き捨てる。
たしかにそうだ。新しい服を買う余裕もなく使い回しは当たり前、時には洗って生乾きのまま着ることだってあった。仕方ないから着ているだけ。ところどころ穴が空いてボロボロだし思い入れもなにもない。
別にだからといってどうこうするつもりもない。むしろ死んでしまったのだから今更だ。むしろ隙間風と薄着が原因で震えることが無くなってせいせいする。
だが、1つ気になることがある。
それは今俺が腰に巻いているこの毛布。これはいったいどこから出てきたのだろう。
ぱっと見何の変哲も無いただの毛布。変哲のなさすぎて量産品かと疑ってしまうほど。薄くて暖を取るには少し心もとない。
そんな普通の毛布を彼女はどこからか取り出した。
いったい今までどこに隠し持っていた?腰に巻けるほどだからそこそこの大きさがある。しかし俺がついさっきまで彼女と向き合っていた時にはこんなものを持っている様子はなかった。どこかに置き場があったのか?
「なぁ、この毛布どこから持ってきた?」
「えっ、あ、ゴメンね!気に入らなかった?私が出せるのってこういう地味なのしかなくって……」
「気に入るとかそういうのじゃなくって…………って、出す?」
出す……出すってどういうことだ?
持ってくるとかならまだ分かる。しかし出すという表現はよくわからない。
鞄すら持っていない少女。そういえばずっと俺の近くに居たのに気づけば毛布を持っていた。どういう理屈かと問いかけると彼女はすぐにそれを示してみせる。
「うん。ここでは思いが形になる世界なの。『でろ~!』って念じれば出てくるよ。こんな感じで」
そう言って両手を自身の目の前に掲げて見せるとポンッ!と腰に巻いたものと同じ毛布が突然現れた。
一瞬の早業。俺も見逃したつもりなんて無かったのに突如として出現したそれに目を丸くしてしまう。
「なっ!?どこから!?」
「だから念じた結果だってば~。触ってみる?」
よくできたマジックは魔法と言って差し支えない。
何の予兆もなく出てきた毛布。瞬きの間に現れる凄技はまさに魔法のようだった。現実ならきっとマジシャンとして食べていけるほどの腕前だろう。
差し出してくるそれをまさかと思い受け取ると、腰に巻いているものと瓜二つだった。機械で作ったのかと疑うくらいそっくりな2枚。彼女の言う通り本当に出したのだと実感しながら彼女に返すと今度は二度目の瞬きの間に消し去ってしまう。
「ちょこっと慣れが必要だけどね。自分が使い慣れたもの、思い入れのある物なんかは特に出しやすいかな」
「思い入れ……思いが形に……」
「そうだ!キミも服なら出せるんじゃないかな!?いっつも同じ服着てたんだしやってみなよ!」
「俺が!?」
「うんっ!!」
突然の提案をして期待の目を向けてくる少女。
いやそんな事、さっき頓着が無いって言われたばかりで出来るわけ……。
しかしいまここで出さない限り俺はずっと毛布一枚で過ごすことになる。確かに人は彼女しか居ないのだが、件の"あって欲しい人"なるものがいる以上、下手な格好で会うわけにはいかないだろう。
たしか手をまっすぐ掲げて『出ろ』って念じるんだったな。
「出ろ……出ろ……!」
「うんうん!その調子!」
楽しげな彼女の声援を聞きながら俺は目を閉じ集中する。
イメージするのはこれまで着てきた服。色褪せた黒いシャツにオフホワイトのスラックス。洗濯機のない中自らの手で洗って干してきたボロボロの服。
どうせ出すならボロボロなものより綺麗なほうがいいはずだ。俺は更に集中して新品だった時のことを思い出す。
昔、幸せだった時に母さんが買ってくれた洋服。楽しかった最後の日。今まですっかり忘れていた時のことを思い出していると、突然何かに吸われるような感覚が俺を襲う。
「っ…………!」
「わっ!できた!できたよ!」
「できた……のか?」
まるで動いていないのに突然100メートル走をやりきったような、そんな感覚。突然ゴッソリ吸い取られた体力に膝が折れ曲がると少女の驚くような声が聞こえてきた。
突然の体力の消耗。少し息が乱れながら目を開くとそこには俺が思い出していたであろう服が腕の中に収まっていた。
「凄いよ一発なんて!私なんて出来るのに結構かかったのに!」
「そんなに難しい、ものなのか?」
「聞いた話によると、こういうのはイメージ力と才能なんだって!一発はきっと天才だよ!」
「…………」
なんとも単純な話だが、可愛い子に褒められて悪い気はしない。
黙って頬をかいて嬉しいのを誤魔化す。
しかしこれで助かった。裸だって気づいた時にはどうしようかと思ったが服が出せるならなんとかなりそうだ。
「じゃあちょっと、着替えるから……」
「うん。じゃあ私は目を瞑っておくね」
服が出せたとなればあとは着替えるだけ。
謎の部族から現代人にジョブチェンジ。そう思って毛布に手をかけたところで気付く。
ん?後ろを向くでもなく目を瞑るだけ?
「…………覗くなよ?」
「あ、それ知ってる!覗くなって言っておいて覗いて欲しい時に言うあの――――」
「向こうで着替えて来る!」
「わ~!冗談!冗談だってば!」
……ったく。
今度こそ後ろ向いたことを確認して手早く脱ぎ着する。
服を着ている感覚がない。しかしこれまでの経験のおかげか苦労することなく着替えることができた。
今度こそちゃんとした格好。「もういいぞ」との言葉に目を開けた彼女はウンウンと大きく頷く。
「さっすが。よく似合ってるよ!」
「それはどうも。……んで、さっき会わせたい人が居るって言ってたが、それって――――」
「――――私の事ですか?」
――――!?
大げさに褒める彼女に肩を竦めながら本題を切り出そうとすると、突然背後から掛けられて思わずその場から飛び退いてしまう。
身体を捻りながら前方に。声の方向から距離を取りつつ振り返りながら飛んで見せると、そこには一人の女性が立っていた。
腰まで伸びる長い黒髪に真っ白な上下の服。服からはスラリと長い手足が出ているが、それがなおのこと俺の警戒心を増幅させていた。
女性は俺が飛び退いてもなお首を曲げなければならないほどの長身。少なくとも2メートルはゆうに越える。どこかネットの広大な海で見た『ポ』という言葉が特徴的の、なんとかとかいう妖怪を彷彿とさせる人物。謎の人物に警戒心を募らせていると、ピンク髪の人物はなんてことのないように声を出す。
「あ、マヤ。遅かったね」
「これでも大急ぎで諸々片付けて参ったのですよ。……それで、この子が呼んだ目的の男の子ですか?」
「うん、そう!」
マヤ……?
そう言って警戒心の欠片もなく近づく少女はまさに知り合いといった様子だった。
マヤと呼ばれた人物も物腰柔らかな感じで少女を受け入れる。知り合いか……?
「アンタは……?」
「あ、ゴメンね。 この人が会わせたいって言ってた人!マヤだよ」
「ご紹介に預かりました、マーヤと申します。一応"神"ですがフランクにマヤとお呼びください」
「それはどうも。俺は篠原…………は?」
死後の世界・裸での疾走・想像の出現と、これまでなんとか耐えてきたキャパシティが限界を突破してしまった。
今こいつ、なんて言った……?
「……なんだって?」
「はい。私はあなた方の認識でいう、紛れもない"神さま"です」
突然に唐突に前触れもなく。
いかにも自然体で顔色一つ変えず出てきた"神"とかいう言葉。俺は考えもしなかった人物の登場に、しばらくその場で固まってしまうのであった。
「スマン、助かる」
自分が裸であることを認識して少し。
少女が恐る恐る渡してくれる薄い毛布を受け取った俺はなんとか下半身だけは隠すことに成功した。
知らずとはいえこれまで全裸で走り回り、毛布一枚で立ち上がる様子はまるで何処か未開の地にいる部族のよう。
「にあってる、よ?」
慰めはいらない……いっそ殺してくれ。
……もう死んでるんだった。両手で顔を覆い隠す彼女は苦笑しつつも指と指の間で明らかにこちらを見ているが、俺と目が合うと慌てて開いていた指が閉じられる。
まさか死んでから女の子に裸を見られることになるとは……1人大きくため息を吐く。
仕方ないじゃないか、分からなかったんだから……。目覚めたばかりで右も左もわからない。更に腕を抓っても痛みが無いということは痛覚がないということ。肌に服が触れる感触もなく風が吹き付ける感覚もない。それなら自らの目で確かめるまでわからないじゃないかと、自らを慰めるための言い訳を並べる。
「しかし……なんで俺は裸だったんだ?」
呟くのは素朴な疑問。
離れた位置に見える集団はもちろん服を着ている。私服だったり軍服だったりスーツだったり様々だ。ごくごく稀に裸の人物も見えるが何か違いがあるのだろうか。
「死んだ時の服は自分が一番心に残ってる服か、死んだ時の服装になるみたい。1000人に1人くらいかな?よっぽど服装に頓着がない人は裸になっちゃうらしいよ」
「じゃあ、俺はそのよっぽどの1人だったわけだ」
ハッ!と自嘲するように吐き捨てる。
たしかにそうだ。新しい服を買う余裕もなく使い回しは当たり前、時には洗って生乾きのまま着ることだってあった。仕方ないから着ているだけ。ところどころ穴が空いてボロボロだし思い入れもなにもない。
別にだからといってどうこうするつもりもない。むしろ死んでしまったのだから今更だ。むしろ隙間風と薄着が原因で震えることが無くなってせいせいする。
だが、1つ気になることがある。
それは今俺が腰に巻いているこの毛布。これはいったいどこから出てきたのだろう。
ぱっと見何の変哲も無いただの毛布。変哲のなさすぎて量産品かと疑ってしまうほど。薄くて暖を取るには少し心もとない。
そんな普通の毛布を彼女はどこからか取り出した。
いったい今までどこに隠し持っていた?腰に巻けるほどだからそこそこの大きさがある。しかし俺がついさっきまで彼女と向き合っていた時にはこんなものを持っている様子はなかった。どこかに置き場があったのか?
「なぁ、この毛布どこから持ってきた?」
「えっ、あ、ゴメンね!気に入らなかった?私が出せるのってこういう地味なのしかなくって……」
「気に入るとかそういうのじゃなくって…………って、出す?」
出す……出すってどういうことだ?
持ってくるとかならまだ分かる。しかし出すという表現はよくわからない。
鞄すら持っていない少女。そういえばずっと俺の近くに居たのに気づけば毛布を持っていた。どういう理屈かと問いかけると彼女はすぐにそれを示してみせる。
「うん。ここでは思いが形になる世界なの。『でろ~!』って念じれば出てくるよ。こんな感じで」
そう言って両手を自身の目の前に掲げて見せるとポンッ!と腰に巻いたものと同じ毛布が突然現れた。
一瞬の早業。俺も見逃したつもりなんて無かったのに突如として出現したそれに目を丸くしてしまう。
「なっ!?どこから!?」
「だから念じた結果だってば~。触ってみる?」
よくできたマジックは魔法と言って差し支えない。
何の予兆もなく出てきた毛布。瞬きの間に現れる凄技はまさに魔法のようだった。現実ならきっとマジシャンとして食べていけるほどの腕前だろう。
差し出してくるそれをまさかと思い受け取ると、腰に巻いているものと瓜二つだった。機械で作ったのかと疑うくらいそっくりな2枚。彼女の言う通り本当に出したのだと実感しながら彼女に返すと今度は二度目の瞬きの間に消し去ってしまう。
「ちょこっと慣れが必要だけどね。自分が使い慣れたもの、思い入れのある物なんかは特に出しやすいかな」
「思い入れ……思いが形に……」
「そうだ!キミも服なら出せるんじゃないかな!?いっつも同じ服着てたんだしやってみなよ!」
「俺が!?」
「うんっ!!」
突然の提案をして期待の目を向けてくる少女。
いやそんな事、さっき頓着が無いって言われたばかりで出来るわけ……。
しかしいまここで出さない限り俺はずっと毛布一枚で過ごすことになる。確かに人は彼女しか居ないのだが、件の"あって欲しい人"なるものがいる以上、下手な格好で会うわけにはいかないだろう。
たしか手をまっすぐ掲げて『出ろ』って念じるんだったな。
「出ろ……出ろ……!」
「うんうん!その調子!」
楽しげな彼女の声援を聞きながら俺は目を閉じ集中する。
イメージするのはこれまで着てきた服。色褪せた黒いシャツにオフホワイトのスラックス。洗濯機のない中自らの手で洗って干してきたボロボロの服。
どうせ出すならボロボロなものより綺麗なほうがいいはずだ。俺は更に集中して新品だった時のことを思い出す。
昔、幸せだった時に母さんが買ってくれた洋服。楽しかった最後の日。今まですっかり忘れていた時のことを思い出していると、突然何かに吸われるような感覚が俺を襲う。
「っ…………!」
「わっ!できた!できたよ!」
「できた……のか?」
まるで動いていないのに突然100メートル走をやりきったような、そんな感覚。突然ゴッソリ吸い取られた体力に膝が折れ曲がると少女の驚くような声が聞こえてきた。
突然の体力の消耗。少し息が乱れながら目を開くとそこには俺が思い出していたであろう服が腕の中に収まっていた。
「凄いよ一発なんて!私なんて出来るのに結構かかったのに!」
「そんなに難しい、ものなのか?」
「聞いた話によると、こういうのはイメージ力と才能なんだって!一発はきっと天才だよ!」
「…………」
なんとも単純な話だが、可愛い子に褒められて悪い気はしない。
黙って頬をかいて嬉しいのを誤魔化す。
しかしこれで助かった。裸だって気づいた時にはどうしようかと思ったが服が出せるならなんとかなりそうだ。
「じゃあちょっと、着替えるから……」
「うん。じゃあ私は目を瞑っておくね」
服が出せたとなればあとは着替えるだけ。
謎の部族から現代人にジョブチェンジ。そう思って毛布に手をかけたところで気付く。
ん?後ろを向くでもなく目を瞑るだけ?
「…………覗くなよ?」
「あ、それ知ってる!覗くなって言っておいて覗いて欲しい時に言うあの――――」
「向こうで着替えて来る!」
「わ~!冗談!冗談だってば!」
……ったく。
今度こそ後ろ向いたことを確認して手早く脱ぎ着する。
服を着ている感覚がない。しかしこれまでの経験のおかげか苦労することなく着替えることができた。
今度こそちゃんとした格好。「もういいぞ」との言葉に目を開けた彼女はウンウンと大きく頷く。
「さっすが。よく似合ってるよ!」
「それはどうも。……んで、さっき会わせたい人が居るって言ってたが、それって――――」
「――――私の事ですか?」
――――!?
大げさに褒める彼女に肩を竦めながら本題を切り出そうとすると、突然背後から掛けられて思わずその場から飛び退いてしまう。
身体を捻りながら前方に。声の方向から距離を取りつつ振り返りながら飛んで見せると、そこには一人の女性が立っていた。
腰まで伸びる長い黒髪に真っ白な上下の服。服からはスラリと長い手足が出ているが、それがなおのこと俺の警戒心を増幅させていた。
女性は俺が飛び退いてもなお首を曲げなければならないほどの長身。少なくとも2メートルはゆうに越える。どこかネットの広大な海で見た『ポ』という言葉が特徴的の、なんとかとかいう妖怪を彷彿とさせる人物。謎の人物に警戒心を募らせていると、ピンク髪の人物はなんてことのないように声を出す。
「あ、マヤ。遅かったね」
「これでも大急ぎで諸々片付けて参ったのですよ。……それで、この子が呼んだ目的の男の子ですか?」
「うん、そう!」
マヤ……?
そう言って警戒心の欠片もなく近づく少女はまさに知り合いといった様子だった。
マヤと呼ばれた人物も物腰柔らかな感じで少女を受け入れる。知り合いか……?
「アンタは……?」
「あ、ゴメンね。 この人が会わせたいって言ってた人!マヤだよ」
「ご紹介に預かりました、マーヤと申します。一応"神"ですがフランクにマヤとお呼びください」
「それはどうも。俺は篠原…………は?」
死後の世界・裸での疾走・想像の出現と、これまでなんとか耐えてきたキャパシティが限界を突破してしまった。
今こいつ、なんて言った……?
「……なんだって?」
「はい。私はあなた方の認識でいう、紛れもない"神さま"です」
突然に唐突に前触れもなく。
いかにも自然体で顔色一つ変えず出てきた"神"とかいう言葉。俺は考えもしなかった人物の登場に、しばらくその場で固まってしまうのであった。
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