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序章

002.ピンク髪の天使

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「死んだ……?俺が……?」
「そっ。死んだの。君は」

 広く広く一面に広がる金色の草原。
 それは俺の知る限り現実のものではなく、少なくとも日本ではないと予感させる場所だった。
 そこで少女は俺の言葉を復唱するように言い放つ。『死』という現実味の無い言葉を。

「……いやいやいや。それはないだろ」
「なんで?だって君も覚えてるんでしょ?ドアノブに頭ぶつけたの」

 その言葉で朧気に浮かんでくる当時の状況。
 そういえばここに来る直前、部屋を出ようとして、そして……

「たしかにそうだが……。でも!俺はいつもアレ以上に痛い思いをしてきた!だからあの程度で死ぬわけが……!」
「頭へのダメージをバカにしちゃいけないんだよ~!ちょっとの衝撃でも命取りなんだから!!」

 そういって頬を膨らますのはピンクと青の髪を持った謎の少女。翼があれば天使にも思えてしまう人物。
 彼女の言う命取りとはまさに文字通り。その言葉を信じるのであれば、俺はちょっとの衝撃によって命を落としてしまったのだ。
 しかし未だに信じることができない。普段あれ以上に痛い思いをしてきたのに、たかが転けて頭ぶつける程度で死んでしまうというのか。

 それとも、もしかしたら夢なのかもしれない。それなら全ての出来事にも納得だ。
 そう思って自らの腕を持ち上げて自らの指でキュッとひねり上げてみる。

「痛くない………」

 ほら、やっぱり夢じゃないか!
 最初は優しくやりすぎたかなと思ってもう一度強く捻ってみたがやはり痛みなど感じられない。むしろ爪を立てても触られている感覚がないのだ。

 あぁびっくりした。まさか古典的な方法が役に立つ日が来るだなんて。
 そうだよな。夢って何故かどんな突拍子のない展開でもすんなり受け入れられる時があるもんな。
 じゃあ今は明晰夢ってやつか。夢を夢と自覚してるって結構自由に動けるものなんだな。…………って違う!今はそんなことに感心している場合じゃない!バイトだ!バイトに行こうとしてたんだ!!
 
 でも、夢ってどうやったら目覚めることが出来るんだ?
 なんかこう、「目覚めろ~!」って念じることでどうにかならない?…………ダメそう。

「なぁ、これどうやって戻れるんだ?」
「ほえ?どういう事?」
「だから、どうやったら目覚めるんだ?これ夢だろ?」

 夢の住民に聞いても意味がないと思うが、もしかしたらということもある。
 きっと彼女は俺の深層心理が生み出した理想の女性とかそういう感じだ。ならばもしかしたらということもあるかもしれない。
 そう希望を持って話しかけたが彼女は驚いたように目を丸くし、ブンブンと首を横に振ってみせる。

「夢!?夢なんかじゃないよ!さっきも言ったでしょ!死んだって!」
「そういうのはいいから。俺バイトあるから急がなきゃいけないんだよ」

 きっと倒れた時点で遅刻は確定だろう。しかし長時間穴を空けるのは避けなければならない。
 俺が来ないことによりバイト先の人がウチにきてあの人と鉢合わせする最悪なケースなんて考えたくもない。
 だから一刻も早く起きなければならない。それに、給料が下がったりなんかしたらそれこそあの人にまた殴られる。

「む~!ほら、アッチ見て!」
「あっち……?」

 頬を膨らませた彼女が示したのは俺の遥か後方。
 そこにはついさっきまで気づかなかったが草を分ける何かが動いていた。
 遠くで目を凝らさないと分からないが列を成すように長く続く集団。人だ。
 まさか俺たち以外にも人がいるとは。そのことに気づいた俺は急いで地面を蹴り列に向かって走っていく。

「これは……何だ……?」

 他の人ならば夢から覚める方法を知っているのかも知れない。
 そう思って向かったはいいが、列に接触する手前で俺の足は動きを止めてしまった。

 俺が目にした列は確かに人だった。
 何十何百……それ以上になるであろう人の列。どれだけの人が歩みを進めているのか、その列だけポッカリと獣道のように草が分けられている。
 問題はそこではない。特筆すべきは歩みを進める人々が全員虚ろな目をしていたことだ。
 まるで夢うつつ、ゾンビかと思ってしまうような人々の行進。ひと目見ただけで話しかけても無駄だと言うことを察知して足を引っ込める。

「だから言ったでしょ。死んだんだって」
「お前……」

 呆然と立ち尽くす俺に背後から語りかける少女。
 後手に語るその表情は少しだけ困ったような笑顔だ。

「ここは……何ていうのかな?三途の川を渡った先?みたいな?とにかく死んだ人が進む道なの。偶にキミみたいにそこらで寝てる人もいるけど、大抵はこの列に並んでるんだ」
「なら適当に一人引っ張って起こせば……!」
「起こしてどうするの?目覚める方法を聞く?キミ以上に何も知らないのに?」
「っ…………」

 意を決して歩く一人を掴まえ引っ張ろうと手を伸ばしたものの、彼女から突きつけられる言葉に怯んで伸ばした手を引っ込める。

「この人たちもまた死んだばかり。行った先でみんな成仏するの。そこらで寝てる人もいずれは意識のないまま列に加わって、そうして魂を洗って転生するんだ」

 少し寂しげに過ぎ去る人々を見送っていく少女。
 たしかにそうだ。例え一人連れ出して起こしたとしても何の解決にもなりはしないだろう。むしろ面倒事が増えるだけだ。
 触れようとした人が俺を見向きもせず通り過ぎていく。ノロノロと歩みを進め見えなくなるくらいまで。この先は光が眩くてどうなっているかわからない。彼女の言う通り成仏したのかも知れない。
 ならばなおさら……どうして……。過ぎ去る人々が一人、また一人と見えなくなるのを見送って俺は振り返り彼女を睨みつける。

「なら、なんで俺を起こしたんだ?」
「それは…………」

 初めて彼女の笑みが崩れた。

 未だに死んだなんて信じきれないが、起きることのできない以上可能性は否定できない。それならそれで仕方ない。心配事も心残りもあったがあの人の地獄から開放されたと思えばまだ救いはある。
 楽になれるチャンス。それなのに何故起こしたのか。そう簡単に俺を楽にさせないという嫌がらせか?

「なぁ教えてくれ。俺が憎かったのか?それとも無差別に選んだのか?」
「そ、そんな事……」
「じゃあなんで!?」
「きゃっ……!!」

 小さな悲鳴が宙に溶けていく。
 肩を掴んで見下ろすは不安そうな、悲しみを伴った顔。
 ……違う。こんなことをしたいんじゃない。そもそも死んだのが本当ならそれは全て俺の責任じゃないか。なんでこんな少女に当たるようなことを。

「……スマン。ちょっと気が立ってた」
「ううん、私こそゴメンね。キミを引っ張ったのは理由があるけどまだ話せないの……」
「………?」

 何かしら意味ありげな言葉に首を傾げるも話す気が無いと見てすぐにそれ以上の追求を諦める。
 俺を起こしたのは何かしら理由がある。でもそれは言うことができない。ならどうするか。横に逸れて視線を交わすことのない彼女を見て1つため息を吐く。

「わかった。とりあえずはお前の言うことを信じてみる」
「ほんと……?」
「だって目覚めることもできそうにないし、それ以外に選択肢なんてなさそうだしな」

 そう言ってチラリと見るのは集団の行き先。
 あの先に行くこともアリなんだが正直、それはダメなような気がする。

「よかった……。ありがとう」
「あぁ。それで?俺はこの死後の世界?で何しろっていうんだ?」
「うんっ……!そのことなんだけどね!会って欲しい人が――――!」
「…………?」

 諦めるように俺が肩を竦めると彼女はまたさっきと同じような笑顔を取り戻す。
 ……しかし、それもすぐに崩れ去った。彼女が何かを言いかけたところで固まり、すぐに首を横に向ける。その顔は紅くなっているような?

「なんだ?会って欲しい人?」
「うんっ!そうなんだけど……そうなんだけどね! その……その前に服を着てほしいなぁ~。なんて……」
「服…………?―――――!!!」

 恥ずかしそうに顔を逸らす彼女とともに俺は自らを確認するため視線を下に向けて――――気がついた。

「す、すまん!!」
「ううん……。私も、言うのが遅れて……ゴメンね……」

 今の俺は全裸。何も隠すものがない素っ裸だ。
 全裸で草原を駆け巡り、集団の1人に触れようとして、彼女に詰め寄った。
 それらの行動を全て裸で行っていたという事実を自覚したことで俺も慌ててしゃがみ込む。彼女との間を遮るように稲穂のようなものをかき集めるという無駄な作業をしながら、代わりとなる服を探そうと辺りを見渡すのであった。
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