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ED.恋の花は、咲いたまま。
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疲れた。
婚約記念の祝いを終えて、自室のバルコニーにでぼんやりするエドゥアールだったが、背後から声をかける者があった。
「彼女が、殿下の【リシェーナ】?」
夜の冷たい空気によく通る、高めの声。
相手が誰かを予期しながら振り返ったエドゥアールは、室内に戻りながら微笑んだ。
「綺麗だろう。 それに、とても優しい。 黙っていると精巧な人形のようなのに、口を開くと可愛くて、そのギャップも好きだ」
言いながら、バルコニーへと続く扉を閉め、鍵をかけ、カーテンを閉じる。
そうして、相手に向き直れば、彼女は腕組みをした上で、呆れたような顔をしていた。
「婚約者の前で、盛大に惚気てくれますこと」
その発言に、エドゥアールは口元だけで笑う。
彼女は、エドゥアールの婚約者のメリシアンヌだ。
かつて、【フレンティアの猛禽】と各国にその名を轟かせた、元軍部統括総帥、ジルド・ガーファンクルの孫娘。
ジルドと同じ、オレンジサファイアの瞳に、しっかりと癖をつけて巻かれた金髪の、はっきりとした顔立ちの美人。
父には、「メリシアンヌ嬢は【美人】で、どうしてアンネとティーナは【可愛い】なのかなぁ…?」と謎がられたが、それはそうなのだから仕方がない。
「いいじゃないか。 別に、僕は君に恋愛感情はないし、君だって僕に恋愛感情はない」
先程、彼女はエドゥアール発言に、呆れてはいたが、怒ってはいない。
自分たちは、性別を超えた友人、あるいは、同志のようなものだと、エドゥアールは思っている。
メリシアンヌも恐らく、同様だろう。
だから彼女は、エドゥアールの婚約者に、なったのだ。
彼女は、エドゥアールの妹である、フレンティーナの親友でもあるのだが、メリシアンヌのフレンティーナを見る視線に、違和感を覚え始めたのはいつからだったろう。
ああ、彼女は、自分と同じなのだと、思った。
メリシアンヌと婚約したのは、互いの利害が一致したからだ。
エドゥアールは生涯独身でも構わなかったのだが、完璧な王になるためには、それではいけないのだと気づいた。
周りにどれだけ言われても、妃を迎えない王など、何か訳アリだと触れ回るも同然だ。
それならば、何もかも理解してくれる誰かを妃に向かえた方が、問題がないと思ったのだ。
ついでに言うのなら、フレンティーナは、「いやぁぁぁぁ! お兄様の婚約者なんて、わたくしが認めた女性でなければ絶対、絶対、認めませんから!!」と言うような、立派なブラコンへと成長していた。
だが、いざ婚約者だと現れたメリシアンヌを目にした途端、「お兄様をお願いね」と豹変したのだから、エドゥアールにはメリシアンヌ以外の相手はいなかったのではないかと思っている。
一方、メリシアンヌも、訳のわからない馬の骨に嫁がされるくらいなら、気心の知れた親友の兄の方がいい、となったらしい。
エドゥアールと婚約し、結婚すれば、フレンティーナとも義姉妹になり、親友よりも強固な繋がりができる。
友人という関係が、結婚、出産により疎遠になるというのはありがちなことだが、姻族となればそうはいかない、という思惑が働いたのだろう。
加えて、エドゥアールとメリシアンヌの間に子が生まれずに、エドゥアールがメリシアンヌ以外に妃を迎えなければ、恐らくフレンティーナの子を養子に、という話が持ち上がる。
メリシアンヌは、フレンティーナの子を、自分の子どもとして育てられるわけだ。
互いに、完全なる打算で、共犯者と呼んでも差し支えない関係だと思う。
「…お互い、報われませんわね」
エドゥアールの考えていたことを見透かしたわけでもないだろうに、ぽつり、とメリシアンヌが零した。
エドゥアールは瞬きを繰り返す。
何か違和感を覚えた。
なんだろう、と考えて、すぐに気づく。
思わず、笑ってしまった。
自分たちは似ている、と思っていたが、自分たちの間には決定的な違いがあるようだ。
メリシアンヌの「報われませんわね」という呟きは、報われたいと思う者のそれだ。
対して、エドゥアールはどうやら、報われたいとは思っていないらしい。
「…何か?」
エドゥアールが笑ったことに対して、だろう。
メリシアンヌは片眉を跳ね上げた。
器用なことだ、と思う。
恐らく、メリシアンヌの心情としては、「お互いの境遇を嘆いているというのに、笑うとは何事か」といったところだろう。
こほん、と一つ咳払いをして、エドゥアールは自分の考えを伝えることにする。
「いや、何も。 …でも、そうだね。 僕は自分を不幸だと思ったことはないよ」
メリシアンヌは、何度か瞬きをした。
一体、何を言い始めたのだろうこの男は、と言ったところか。
別に、メリシアンヌにどう思われようと、構わない。
エドゥアールにとっては些末な問題だ。
リシェーナがいたから、いい王になろうと思った。
彼女の、尊敬の対象であるような王になろうと思った。
今の自分は、リシェーナによって造られたものだと、エドゥアールは胸を張って言える。
人は、僕の事を、不幸だと言うだろうか。
それでも、僕は、断言できる。
目を伏せて、静かに微笑んだ。
「出逢えてよかったと、心から思う」
リシェーナに恋をした僕は、幸せだと。
初恋は、実らぬものらしい。
それならば僕は、この想いを抱えて、この恋の花を大切に咲かせておこう。
実をつけなくてもいい。
この想いは、僕だけが理解できる、僕だけのものだ。
だから、誰にも触れさせず、美しく、咲かせたまま。
婚約記念の祝いを終えて、自室のバルコニーにでぼんやりするエドゥアールだったが、背後から声をかける者があった。
「彼女が、殿下の【リシェーナ】?」
夜の冷たい空気によく通る、高めの声。
相手が誰かを予期しながら振り返ったエドゥアールは、室内に戻りながら微笑んだ。
「綺麗だろう。 それに、とても優しい。 黙っていると精巧な人形のようなのに、口を開くと可愛くて、そのギャップも好きだ」
言いながら、バルコニーへと続く扉を閉め、鍵をかけ、カーテンを閉じる。
そうして、相手に向き直れば、彼女は腕組みをした上で、呆れたような顔をしていた。
「婚約者の前で、盛大に惚気てくれますこと」
その発言に、エドゥアールは口元だけで笑う。
彼女は、エドゥアールの婚約者のメリシアンヌだ。
かつて、【フレンティアの猛禽】と各国にその名を轟かせた、元軍部統括総帥、ジルド・ガーファンクルの孫娘。
ジルドと同じ、オレンジサファイアの瞳に、しっかりと癖をつけて巻かれた金髪の、はっきりとした顔立ちの美人。
父には、「メリシアンヌ嬢は【美人】で、どうしてアンネとティーナは【可愛い】なのかなぁ…?」と謎がられたが、それはそうなのだから仕方がない。
「いいじゃないか。 別に、僕は君に恋愛感情はないし、君だって僕に恋愛感情はない」
先程、彼女はエドゥアール発言に、呆れてはいたが、怒ってはいない。
自分たちは、性別を超えた友人、あるいは、同志のようなものだと、エドゥアールは思っている。
メリシアンヌも恐らく、同様だろう。
だから彼女は、エドゥアールの婚約者に、なったのだ。
彼女は、エドゥアールの妹である、フレンティーナの親友でもあるのだが、メリシアンヌのフレンティーナを見る視線に、違和感を覚え始めたのはいつからだったろう。
ああ、彼女は、自分と同じなのだと、思った。
メリシアンヌと婚約したのは、互いの利害が一致したからだ。
エドゥアールは生涯独身でも構わなかったのだが、完璧な王になるためには、それではいけないのだと気づいた。
周りにどれだけ言われても、妃を迎えない王など、何か訳アリだと触れ回るも同然だ。
それならば、何もかも理解してくれる誰かを妃に向かえた方が、問題がないと思ったのだ。
ついでに言うのなら、フレンティーナは、「いやぁぁぁぁ! お兄様の婚約者なんて、わたくしが認めた女性でなければ絶対、絶対、認めませんから!!」と言うような、立派なブラコンへと成長していた。
だが、いざ婚約者だと現れたメリシアンヌを目にした途端、「お兄様をお願いね」と豹変したのだから、エドゥアールにはメリシアンヌ以外の相手はいなかったのではないかと思っている。
一方、メリシアンヌも、訳のわからない馬の骨に嫁がされるくらいなら、気心の知れた親友の兄の方がいい、となったらしい。
エドゥアールと婚約し、結婚すれば、フレンティーナとも義姉妹になり、親友よりも強固な繋がりができる。
友人という関係が、結婚、出産により疎遠になるというのはありがちなことだが、姻族となればそうはいかない、という思惑が働いたのだろう。
加えて、エドゥアールとメリシアンヌの間に子が生まれずに、エドゥアールがメリシアンヌ以外に妃を迎えなければ、恐らくフレンティーナの子を養子に、という話が持ち上がる。
メリシアンヌは、フレンティーナの子を、自分の子どもとして育てられるわけだ。
互いに、完全なる打算で、共犯者と呼んでも差し支えない関係だと思う。
「…お互い、報われませんわね」
エドゥアールの考えていたことを見透かしたわけでもないだろうに、ぽつり、とメリシアンヌが零した。
エドゥアールは瞬きを繰り返す。
何か違和感を覚えた。
なんだろう、と考えて、すぐに気づく。
思わず、笑ってしまった。
自分たちは似ている、と思っていたが、自分たちの間には決定的な違いがあるようだ。
メリシアンヌの「報われませんわね」という呟きは、報われたいと思う者のそれだ。
対して、エドゥアールはどうやら、報われたいとは思っていないらしい。
「…何か?」
エドゥアールが笑ったことに対して、だろう。
メリシアンヌは片眉を跳ね上げた。
器用なことだ、と思う。
恐らく、メリシアンヌの心情としては、「お互いの境遇を嘆いているというのに、笑うとは何事か」といったところだろう。
こほん、と一つ咳払いをして、エドゥアールは自分の考えを伝えることにする。
「いや、何も。 …でも、そうだね。 僕は自分を不幸だと思ったことはないよ」
メリシアンヌは、何度か瞬きをした。
一体、何を言い始めたのだろうこの男は、と言ったところか。
別に、メリシアンヌにどう思われようと、構わない。
エドゥアールにとっては些末な問題だ。
リシェーナがいたから、いい王になろうと思った。
彼女の、尊敬の対象であるような王になろうと思った。
今の自分は、リシェーナによって造られたものだと、エドゥアールは胸を張って言える。
人は、僕の事を、不幸だと言うだろうか。
それでも、僕は、断言できる。
目を伏せて、静かに微笑んだ。
「出逢えてよかったと、心から思う」
リシェーナに恋をした僕は、幸せだと。
初恋は、実らぬものらしい。
それならば僕は、この想いを抱えて、この恋の花を大切に咲かせておこう。
実をつけなくてもいい。
この想いは、僕だけが理解できる、僕だけのものだ。
だから、誰にも触れさせず、美しく、咲かせたまま。
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