咲いても散らぬ、恋の花。

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エドゥアール、18歳 ②

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 予感は、していた。
 リシェーナではない別の女性との婚約を決めたときに、覚悟も、した。

 今日、この日を境に、エドゥアールを取り巻く様々なものは、ゆっくりとだが変わっていくだろう。
 自分も変わらなければならない。

 今日を境に、自分はただの男から、婚約者のいる男、に変わるのだ。
 だから、と理由をつけて、エドゥアールは噛み締めるようにリシェーナの名を呼んだ。


「リシェーナ」


 夫と娘の後ろ姿を追っていたリシェーナの顔がエドゥアールを見上げ、小さく微笑む。
「はい、殿下」


 今しか、言えないことだ、と思ったから。
 だから、と理由をつけて、エドゥアールは自分の願いを口にした。
 最初で、最後の、願いを。


「今だけでいい。 僕を、王子様と呼んでくれないか? 初めて、会ったときのように」


 リシェーナの顔が、ぽかんとした。
 不思議なことを言われた、と思っているのが手に取るようにわかるが、発言を取り消す気にはならなかった。
 じっと、エドゥアールが待っていると、リシェーナは不思議そうにしながらも、呼んでくれた。


「王子様?」


 柔らかで、耳に心地いい、その音。
 忘れないように、記憶に留めて、耳に焼きつけておこう、と思う。
 こみ上げるようで、堪らない気持ちになりながらも、一つ大きく呼吸をして、自分を落ち着ける。
 そして、感謝を述べた。
「…ありがとう」


 ずっと、リシェーナの王子様になりたかった。


 幼い頃は、無条件に、なれるものだと思っていた。
 初めて会ったとき、エドゥアールはリシェーナに「王子様」と呼ばれた。
 実は今まで、エドゥアールは誰にも、そのように呼びかけられたことはなかったのだ。

 年の近い貴族の子どもたちは、エドゥアールに合う前に、エドゥアールが【殿下】だと教えられるのか、エドゥアールを「殿下」と呼んできた。
 二度目に会ったとき、彼女は自宅でブラッドベル卿から「王子様」と「殿下」の違いを教えられたのか、エドゥアールのことを「殿下」と呼んだ。
 それから彼女はずっと、エドゥアールのことを、「殿下」と呼んでいる。


 初めて出逢ったあの日、リシェーナに「王子様」と呼ばれたエドゥアールは、自分が彼女の、【王子様】であるかのように錯覚したのだと、思う。
 それは、彼女のせいではない。


 リシェーナと結婚することは、エドゥアールには許されない。
 それ以前に、彼女には、彼女の王子様ではなく、騎士がいた。
 彼女にとっての、最愛の相手が。


 エドゥアールは、リシェーナが好きだが、ブラッドベル卿と共にいるリシェーナのことは、もっと好きなのだ。
 更に言うなら、ブラッドベル卿と一緒にいるリシェーナが、一番綺麗だとも思う。


 その、リシェーナの幸せを、壊そうとは思わなかった。
 父と母がよく言うように「推しの笑顔が生きる活力」で「推しの幸せが私の幸せ」なのだから。
 だから、立場上、もう公の場では呼べないだろう、彼女の名前を味わうように舌に乗せ、彼女に誓う。


「ありがとう、リシェーナ。 僕は、きっと、いい王になる」


 君の、ために。
 その言葉は、呑み込んだ。
 それは、絶対に口に出してはならない言葉だからだ。
 リシェーナにとっての、いい王でいるために。


 きょとんとした顔でエドゥアールの一世一代の告白を聞いていたリシェーナが、ふっと笑った。
「何か、おかしかったか?」
 何か、気づかれただろうか、とエドゥアールは焦ったのだが、リシェーナはふるふると首を横に振って、顔を上げる。
 微笑んで、頷いてくれた。
「なれますよ、王子様なら。 だって、もう、いい王子様ですもの」


 彼女は、何気なく口にしたのだろう。
 だがそれは、エドゥアールにとって、最上の言葉だった。
 その言葉を噛みしめ、目を閉じる。


 きっと、彼女以上に特別に想える女性に、出逢うことはないだろう。
 それを、残念だとは思わない。


 エドゥアールは、もう自分の腕の中にすっぽりと収めることができるであろうリシェーナの身体を、抱きしめたい衝動を何とか押しとどめ、線を引く。
 決別する。


「ありがとう、ブラッドベル夫人」

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