咲いても散らぬ、恋の花。

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<閑話>国王と卿

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 ベッドに入って本を読んでいたアルヴァートは、夫婦の寝室へと繋がる短い廊下の扉がノックされるのに気づいて、顔を上げた。

「…ロワか?」
「失礼します、陛下」

 声を張って誰何すいかすると、扉が開く。
 現れたのは、近衛騎士団の制服に身を包んだ従弟――ロワイエールだった。

 そのことを、アルヴァートは訝しく思う。
「アンネは、どうかしたのか?」

 昼間の、エドゥアールとのやりとりのあと、彼女の長所で美点であるあっけらかんとした快活さがどこかに行ってしまった。
 夕食の間も、いつになく静かだったと記憶している。
 今頃、ロワイエールといちゃいちゃし、慰めてもらっているだろうと思っていたのだが、どうやらアルヴァートの見込みとは違ったらしい。


「…泣き疲れて眠っていらっしゃいます」
 そっと目を伏せたロワイエールは、神妙な様子で告げた。
 恐らく、アンネローゼの心のことを、心底案じているのだろう。


 だが、アルヴァートの頭の中には、天を仰ぐようにして大きな口を開け、噴水のように涙を落とすアンネローゼの様子が浮かび、苦笑いしてしまった。
 実際に彼女が泣いたところなど見たことはないが、まあ、アルヴァートにとってのアンネローゼがどのような存在かということだ。
「…まるで子どもだな」


 その、アルヴァートの言葉に、ロワイエールは同意しかねたらしい。
 ベッドの傍らのランプの明かりが、かろうじて届くか届かないかの距離で、緩く首を横に振った。
「子どもではありませんよ。 母親だからこそ、息子の幸せを願い、憂いているのです」

 ロワイエールの言葉に、アルヴァートは更に苦笑する。
 アンネローゼの場合、アンネローゼとロワイエールの関係が陽の当たるものでないからこそ、余計に息子と娘には堂々と、胸を張って好きだと言える相手を好きになってほしいと願っていたのだろう。


「…儘ならぬなぁ…」


 もう、本を読む気分でもない。
 アルヴァートは、開いたままになっていた本をぱたんと閉じる。


 アンネローゼは、エドゥアールに、普通の幸せを手に入れてほしいと願っていた。
 それが、エドゥアールの、幸せかどうかもわからないのに。


 …本当に、儘ならぬことだ。


「でもね、アル兄上」
 アルヴァートが、ひとつ、溜息を零したとき、ロワイエールがそっと口を開いた。
 珍しく、昔の呼び名でアルヴァートを呼んだ従弟は、ちらと横目で扉を気にする。
 正確には、その、扉の奥の奥、泣き疲れて眠っているというアンネローゼへと想いを馳せたのだろう。


「アンネローゼには悪いですが…、それでも僕は、エドが幸せならそれでいいと思うんです」


 憚るようにしながら、ロワイエールは口にした。


「誰にとっては幸せに見えなくとも、エドが選んで、それを捨てたくないと、抱えていたいというのなら…。 僕はそれを捨てさせたくないし、奪いたくないと思います」


 静かに、静かに、ロワイエールは言葉を紡ぐ。
 恐らく、それは、アンネローゼの前では、言葉に変えて、音にして発現することのできなかった思いなのだろう。
 何となく、だけれど、ロワイエールは、アルヴァートだから、その気持ちを吐露してくれたのだと思った。
 同じように、世間一般から見れば、幸せとは呼べないかもしれない幸せを、大切に抱えている、アルヴァートだからこそ。


 だから、アルヴァートは静かに、小さく微笑んで、頷く。
「同感だ」


 例え、誰に認められなくても、自分が認めて、幸せだと思うのなら、それでいいではないか。
 望んでもいないのに、「これが幸せだろう」と誰かに押しつけられた幸せほど、苦痛なものはない。


 私は、私が恵まれていることを、幸せなことを知っているのだから。
 誰かにとっての幸せは、私にとっての幸せではない。


 それは、きっと、エドゥアールにも、同じことのはずだ。


 アルヴァートの言葉に、目を伏せて頷いたロワイエールは、ふと気づいたように、静かに笑った。
「アンネローゼには、内緒ですよ」

 いついかなるときも、ロワイエールの心の中には、頭の中には、アンネローゼという存在がいるらしい。
 ロワイエールは、アンネローゼのことを誰よりも、何よりも大切にしている。

 ロワイエールもまた、ロワイエールにとっての幸せを、心の中で大切に抱えている。
 アルヴァートにとって、いわば、同志。

 だから、アルヴァートは笑って、頷く。
「ああ、もちろんだ」


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