上 下
31 / 34

24.輪廻転生

しおりを挟む
「あのお姫様って誰?」
 大丈夫だと思いつつ、やっぱり今日の今日で将臣マサオミを部屋にひとりにする気にはなれず、ついでに言えばナギリのことも気になった。
 そんなこんなで、高校生にもなってどうかとは思うが、将臣のベッドに一緒に入っている。
 いや、だって俺、割と繊細だからさ。
 あの異形いぎょうが横たわってたところに布団敷いて寝るとか無理なのよ、まじで。


 将臣はさすがで、もう寝息を立ててすやすやと眠っている。
 重ねて言うが、俺は割と繊細なので寝付けずにいたので、ナギリに話しかけたのだ。
愛姫ウイヒメのことか」
 ぼう…とベッドの傍らに現れたナギリは、ひとつ頷く。


「愛姫は、殿の妹姫だ」
「えっ…!?」
 思わず、俺は声を上げてしまい、隣の将臣が「うう…?」と唸ったのでハッとして口を手で覆った。


 とすると、何か?
 あの、お姫様が、あの、異形と成り果てたお殿様の、妹姫だったと?
「ごめん、混乱してるわ…。 なんでお姫様が?」
「殿自身の血縁は途絶えている。 奥方も、若も姫も、皆殺しだったからな。 今の、殿上トノガミ家を辿ると、愛姫に行きつく」


 聞いてねぇ、というのが率直な感想だった。
 俺はてっきり、元の君主の子孫だから、ナギリは殿上家についているのだと思っていた。
 ナギリだって、「殿を死なせたあがないのために~弥勒ミロクが~」みたいなことを言っていたじゃないか。

 いや、そもそも弥勒はどうして、ナギリが君主をみすみす死なせた贖いとして、愛姫の血筋を守らせたのか?
 訳がわからない。
 混乱がさらに大きくなっているところに、ナギリの静かな声が落ちた。


「…殿と、魂魄こんぱくの話をしていたな」
「? ああ」
「おれは、かつての主の魂を、殿が継いだものと思っていたのだが…」


 俺は、ベッドの傍らに立つナギリを凝視してしまった。
 暗くした部屋の、薄明りの中では、ナギリの表情は判然としない。
 けれど、ナギリの声が確信に満ちていたことだけは、わかった。


「恐らく殿の魂は、愛姫のものだったのだろう」


「え、なんで?」
「殿は、おれの名を、百の鬼と書いてナギリだと知っておられた。 それはきっと、魂に染みついた記憶なのだろう。 姫ならば、知っておられて当たり前だ。 …それに」
 段々と、室内の暗さに慣れてきた俺は、ナギリが目を伏せて困ったように微苦笑したのを目にしたように感じた。


「姫は、男子おのこになりたがっておられたから…」


 肩を竦めて、やれやれとでも言い出しそうな雰囲気だ。
 十二単じゅうにひとえを着て、お尻を覆うくらいの長い、さらさらの黒髪。
 おしとやかで、いかにもお姫様という雰囲気のあのひとが、男になりたがっていた、って?


 ちょっと意外だ。
 あんな容姿だったら、女としての人生、満喫できそうなのに。

「あんなにきれいなお姫様なのに?」
「今よりも、女子おなごが不遇な時代だったのだ。 いつも、おれや殿を羨ましがっておられた。 …けれど、結果としてそれゆえ、姫は生き延びられた。 きっと、運も良い方だったのだろう」
 女、だったから、というよりは、戦場に出なかったから、という意味で、ナギリは言ったのだろう。


「…殿は、あの通り…、どこか翳のある、それゆえ不可思議な魅力のある方だったが、姫は、明るく快活でお天道様てんとうさまのような方だった。 はっきりとご自分のご意見を口にされる方で…、それゆえ、家の中では腫れもの扱いされていたな。 でも、それを物ともせぬ方だった」


 懐かしむように、ナギリは、ナギリの生きた過去を語る。
 長い、長い年月、存在するって、どんな感じなのだろう。
 そんなことを考えた。

 きっとナギリは、たくさんの命が生まれ、消えていくのを見てきたのだ。
 たくさんの出会いと別れがあったのだろう。


「魂と魄は、本当に、きれいに二つに分かれているものなのだろうか」


 ナギリの、独白のような言葉に、俺は目を瞬かせた。
「え?」
「先ほど、愛姫を見て、そう思った」


 ナギリは、何かを確信しているようだけれど、全く意味がわからない。
 さっきのお姫様が、ここでどのように関係してくると言うのだろう。


「きれいに二分割にされたと見えて、魄の部分が、魂の部分に入り込んで、輪廻転生の輪に乗っていることも、あるのではないか、と」


 ナギリは、俺を見ない。
 どこか遠くを見たままで、ナギリはすらすらとナギリの考えを口にする。
 今日は、妙に饒舌だ。


「姫が魂魄の形だったなら、おれにもわかる。 でも、あのとき実際目にするまで、姫の気配を感じたことなどなかった」


 それは、俺もだ。
 殿上家には、ナギリ以外に霊の類はいなかった。
 少なくとも、俺には感知できなかった。
 お姫様の存在が、一体何だったのか、俺はまだわからないでいる。


「先ほど見た姫は…、魂に染みついた、魄の名残だったのかもしれない。 恐らく姫の魄の一部は、そうしてずっと輪廻転生の輪に乗ってきたのではないかと。 そして、先程、殿を守って、役目を終えられた」
 将臣の魂魄は、愛姫の魂に、新たな魄がくっついて、将臣となったものだと仮定しよう。
 だが、お姫様が亡くなったとき、天に還る魂にきれいに魂と魄で二分割されずに、一部魂にこびりついた魄が、今までずっと、魂と一緒に転生を繰り返していたということか。


 そのとき、俺の頭の中に、妙な考えが閃いた。
 …お姫様は、もしかすると、視える側の人間だったのではないだろうか。


 それで、いつも、何かに…、例えば、常世に未練を残した兄に怯えていたのだとしたら?


 一体、何がどうなって、あの異形が形成されたのかも、俺にはわからない。
 だが、あんな姿になっても…、いや、なったからこそ、だろうか。


 お姫様は、実の兄の、生に対する執着に、気づいていたのかもしれない。
 そして、だからこそ恐らく、ナギリの言う弥勒は、ナギリをお姫様の血筋に縛り付けたのだろう。
 お姫様を、守らせるために。


 そこで、また閃く。


 俺の、祖先であるという、弥勒。
 もしかしたら、弥勒は、お姫様に恋していたのかもしれないな、と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

ネカマ姫プレイしていたら、イケメン騎士(女)が部屋に来た

うみ
キャラ文芸
 たまたま気に入ったキャラクターが萌え萌えの女キャラだった俺は、ゲーム内でピンチに陥った時、イケメン騎士キャラクターに助けてもらう。それをきっかけにネカマプレイをすることになったんだが……突然イケメン騎士から「助けてくれないか」とチャットで呼びかけられると同時に、部屋のチャイムが鳴る。  男だと思っていたイケメン騎士は可愛らしい女の子で、思わぬお泊りとなってしまった俺は彼女の仕草にドキドキすることに……   ※初々しい二人の甘々ラブコメもの。スマホ投げ注意! ※女装表現あります。苦手な方はご注意ください。 ※カクヨム、なろうにも投稿してます。

こんな姿になってしまった僕は、愛する君と別れる事を決めたんだ

五珠 izumi
恋愛
僕たちは仲の良い婚約者だった。 他人の婚約破棄の話を聞いても自分達には無縁だと思っていた。 まさか自分の口からそれを言わなければならない日が来るとは思わずに… ※ 設定はゆるいです。

街のパン屋にはあやかしが集う

桜井 響華
キャラ文芸
19時過ぎと言えば夕飯時だろう。 大半の人が夕飯を食べていると思われる時間帯に彼は毎日の様にやって来る。 カラランッ。 昔ながらの少しだけ重い押し扉を開け、 カウベルを鳴らして入って来たのは、いつものアノ人だ。 スーツ姿の綺麗な顔立ちをしている彼は、クリームメロンパンがお気に入り。 彼は肩が重苦しくて災難続きの私を 救ってくれるらしい。 呼び出された公園でいきなりのプロポーズ? 「花嫁になって頂きたい」どうする? どうなる?貴方は何者なの……?

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...