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18.黒い生き物と女
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俺は、将臣の部屋のウォークインクローゼットの中で、息を潜めていた。
将臣が見るという、変な夢。
いつから見ているのかはわからないが、昨日俺の家に泊まった将臣は、夢を見なかったと言っていた。
もしかすると、少し頭の弱い将臣が忘れているだけかもしれないが。
いずれにせよ、将臣にとってはストレスにならずに、健やかにじっくり眠れたということだろう。
俺も隣で眠ってしまっていたので、将臣が寝ていたときの様子はわからないが、隣で将臣が魘されていて、気づかないことはないと思うのだ。
ということは、将臣の見る夢、もしくは、将臣に起きているかもしれない怪異は、将臣の家の将臣の部屋で起きるということになる。
将臣ひとりでいるときにのみ起きるのか、誰かがいても起きるのかはわからないから、俺は今、こうやって身を隠しているのだ。
一体、将臣の周りで何が起きているのか。
それを見極めなければならない。
チッ、チッ、チッ、チッ、チッ。
規則的に、時計の秒針が針を進める音と、将臣がたてる、小さな規則的な寝息だけが耳に届く。
どれくらい、そうしていたのかわからない。
スマホはウォークインクローゼットに持ち込まなかった。
今、ウォークインクローゼットの中にあるのは、将臣の服やら持ち物やらと、俺が持ち込んだ懐中時計、数珠それだけだ。
俺は、俺の一番の武器が、俺自身であることを知っている。
周囲を気にして、細く、音を立てないように息を吐く。
そこで、手のひらが痛むような感じがするのに気づいた。
無意識のうちに、拳を強く握りすぎていたようで、爪が手のひらに食い込んでいたのだろう。
手を、握って開いてしながら、今日はもう何も起こらないのかもしれない。
あてがわれた客間に戻って眠ろうか、と思い始めたときだった。
キン!
耳鳴りのような、音。
次いで、ザワリと肌が粟立つような感覚。
背筋を悪寒が駆けた。
扉一枚隔てた向こう側の、空気の変質を感じる。
あのとき、将臣の話から連想したような、冷たくて、湿った空気。
まるで、土の中のようで、かび臭いような、妙な臭いがする。
扉の向こうが、全く別の場所に切り替わったかのような、見えない壁のようなものが、できたかのような。
耳をそばだてていると、ずり、ずり、と何か引き摺るような音が聞こえ始めた。
来た!
俺は、懐中電灯をオンにして、それをかざしながら隠れていたウォークインクローゼットの扉を蹴とばすようにして開ける。
ほとんど転がり出るようにして、懐中電灯で部屋の中を照らした俺は、息を呑んだ。
光が照らし出したのは、将臣が言っていたように、床に額を擦りつけるようにして、何かを探しているようにも見える、真っ黒で歪な生き物。
それから、将臣に覆いかぶさるようにしている、着物の、女。
その、着物の女を目にした瞬間、俺の心臓は、ドキリ、と跳ねた。
二体もいるなんて聞いていない! あの馬鹿!!
歯噛みしながら俺は、懐中電灯を放り出して、数珠を持ちながら両手を合わせて印を結ぶ。
「なうまく・さんまんだ・ばざらだん・かん!」
俺が退魔の真言を口にした瞬間、床に這いつくばっていた、黒い影がビクリと動きを止める。
「まじかよ…」
俺は思わず、悪態をついた。
まだ俺は、祈祷師見習いではあるが、「あと数年で祈祷師を名乗ってもいいかな」とじーさんばーさんに言われている。
その辺で悪さをする悪霊相手で苦労することなどなかったのに。
今俺が唱えた不動明王の真言は、あの妙な黒い生き物を一時停止させる程度の効力しかなかったのだ。
将臣の上に覆いかぶさった、派手で重そうな着物の女は、まだ動かない。
どうしてだろう。
再度目に俺はなぜか、女が、将臣を守っているようだと思ったのだ。
親鳥が、翼で雛鳥を守っているようだと。
将臣が見るという、変な夢。
いつから見ているのかはわからないが、昨日俺の家に泊まった将臣は、夢を見なかったと言っていた。
もしかすると、少し頭の弱い将臣が忘れているだけかもしれないが。
いずれにせよ、将臣にとってはストレスにならずに、健やかにじっくり眠れたということだろう。
俺も隣で眠ってしまっていたので、将臣が寝ていたときの様子はわからないが、隣で将臣が魘されていて、気づかないことはないと思うのだ。
ということは、将臣の見る夢、もしくは、将臣に起きているかもしれない怪異は、将臣の家の将臣の部屋で起きるということになる。
将臣ひとりでいるときにのみ起きるのか、誰かがいても起きるのかはわからないから、俺は今、こうやって身を隠しているのだ。
一体、将臣の周りで何が起きているのか。
それを見極めなければならない。
チッ、チッ、チッ、チッ、チッ。
規則的に、時計の秒針が針を進める音と、将臣がたてる、小さな規則的な寝息だけが耳に届く。
どれくらい、そうしていたのかわからない。
スマホはウォークインクローゼットに持ち込まなかった。
今、ウォークインクローゼットの中にあるのは、将臣の服やら持ち物やらと、俺が持ち込んだ懐中時計、数珠それだけだ。
俺は、俺の一番の武器が、俺自身であることを知っている。
周囲を気にして、細く、音を立てないように息を吐く。
そこで、手のひらが痛むような感じがするのに気づいた。
無意識のうちに、拳を強く握りすぎていたようで、爪が手のひらに食い込んでいたのだろう。
手を、握って開いてしながら、今日はもう何も起こらないのかもしれない。
あてがわれた客間に戻って眠ろうか、と思い始めたときだった。
キン!
耳鳴りのような、音。
次いで、ザワリと肌が粟立つような感覚。
背筋を悪寒が駆けた。
扉一枚隔てた向こう側の、空気の変質を感じる。
あのとき、将臣の話から連想したような、冷たくて、湿った空気。
まるで、土の中のようで、かび臭いような、妙な臭いがする。
扉の向こうが、全く別の場所に切り替わったかのような、見えない壁のようなものが、できたかのような。
耳をそばだてていると、ずり、ずり、と何か引き摺るような音が聞こえ始めた。
来た!
俺は、懐中電灯をオンにして、それをかざしながら隠れていたウォークインクローゼットの扉を蹴とばすようにして開ける。
ほとんど転がり出るようにして、懐中電灯で部屋の中を照らした俺は、息を呑んだ。
光が照らし出したのは、将臣が言っていたように、床に額を擦りつけるようにして、何かを探しているようにも見える、真っ黒で歪な生き物。
それから、将臣に覆いかぶさるようにしている、着物の、女。
その、着物の女を目にした瞬間、俺の心臓は、ドキリ、と跳ねた。
二体もいるなんて聞いていない! あの馬鹿!!
歯噛みしながら俺は、懐中電灯を放り出して、数珠を持ちながら両手を合わせて印を結ぶ。
「なうまく・さんまんだ・ばざらだん・かん!」
俺が退魔の真言を口にした瞬間、床に這いつくばっていた、黒い影がビクリと動きを止める。
「まじかよ…」
俺は思わず、悪態をついた。
まだ俺は、祈祷師見習いではあるが、「あと数年で祈祷師を名乗ってもいいかな」とじーさんばーさんに言われている。
その辺で悪さをする悪霊相手で苦労することなどなかったのに。
今俺が唱えた不動明王の真言は、あの妙な黒い生き物を一時停止させる程度の効力しかなかったのだ。
将臣の上に覆いかぶさった、派手で重そうな着物の女は、まだ動かない。
どうしてだろう。
再度目に俺はなぜか、女が、将臣を守っているようだと思ったのだ。
親鳥が、翼で雛鳥を守っているようだと。
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