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【5】重なる想い
9.着地点
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「…落ち着いた?」
「…はい…」
翌朝、湯船の中で、キアラは昨晩のようにご主人様の胸に寄り添っていた。
恥ずかしくて、顔が上げられない。
あのあと、キアラは「もっとする」とご主人様におねだりして、もっとを一回では飽き足らず、二回三回繰り返してもらっているところで、あろうことか寝落ちしてしまったのだ。
そして、寝落ちして朝を迎えたところで、今キアラはご主人様にお風呂に入れてもらっている。
実際、キアラが寝ていたのは二・三時間程度のことだったようだ。
今日のご主人様は寝起きなのに妙にすっきりしているな、と思ったのだが、どうやらご主人様は眠らなかったらしい。
「付き合わせてしまって、申し訳ありません…」
ご主人様の膝の上で、これ以上小さくなれないだろうと思うくらい小さく丸まって、キアラはご主人様に謝罪した。
いや、正確には猫の姿になればもっと小さいのだけれど、キアラは自分の意思では小さくなれない。
自分から「もっと」とねだっておいて、えっちの最中に寝落ちしたことはもちろんだが、起きてみたら立てなくて、ご主人様にお世話をしてもらっていることが申し訳ない。
ご主人様は、お仕事のお休みの連絡を入れると、嬉々としてキアラのことを抱き上げて、あれこれと世話をしてくれている現状だ。
最近、ご主人様が急な用事でお休みするのは、全てキアラ原因で、キアラのせいでご主人様が悪く言われたらどうしようとはらはらしてしまう。
だが、ご主人様は優しく笑ってキアラをぎゅっと抱きしめてくれるのだ。
「いや、俺も、したかったし。 最初から好きな子にあんなふうに求めてもらえるなんて、嬉しい。 キアラは可愛いし、気持ちいいし、幸せだった」
幸せ。
ご主人様の口から出たその言葉に、キアラとご主人様を取り巻くようにきらきらと星が散ったような感じがした。
キアラが感じていたことを、ご主人様も感じてくれていたのが、こんなにも嬉しい。
だから、キアラはご主人様に向き直って、ご主人様に伝える。
「キアラも、です。 嬉しいし、幸せ、です。 えっちも、交尾も、好きなひととするもの、ですね?」
「うん」
ご主人様も、嬉しそうに笑って、キアラの唇にキスをしてくれるから、キアラはにこにこしていたのだが、ご主人様の顔が急に真顔に戻った。
「ねぇ、それでもまだ、俺とは結婚したくない?」
その問いに、キアラの心臓はどきりと跳ねる。
また、【結婚】の話題だ。
ご主人様の瞳は、キアラの目から逸れない。
ご主人様は、キアラの答えを求めている。
キアラがだんまりを続けて、見逃してもらえる問いではないな、と本能的に悟った。
けれど、これは、キアラがしてほしくない問いだった、とも思う。
だからキアラは、諦めつつも、困って視線を下げる。
「…キアラは、結婚がよくわかりません。 人猫族のキアラには、ずっとわからないかもしれません」
好きだから、一緒にいる。
キアラにはそれで十分だ。
【結婚】することで、何が変わるのか。
どんないいことがあるのか、キアラにはまだ、わからない。
強いて言うのなら、ご主人様には必要なことだと、わかる。
でも、キアラにとって必要なことなのか、わからないのだ。
そんなふうに、人猫族のキアラには理解できないことが、きっとたくさんあるのだと思う。
例えば、キアラとご主人様が結婚したとしても、結婚したからキアラがご主人様のことを、人間のことを全部理解できるようになるわけではないとわかっている。
それでも、ご主人様は、いいのだろうか。
その想いは、言葉になって唇から零れた。
「…人猫族のキアラで本当に、いいのですか?」
念を押したのだろうか。
純粋な疑問だったのだろうか。
その判断は、自分でもつかなかった。
ぱしゃり、と水音が立つ。
そのことに、キアラはぎくりとする。
結婚の話題の度に腰が引けているキアラに、ご主人様はとうとう嫌気が差したのかもしれない。
好きなひととするえっちをして、同じ【幸せ】という気持ちを分かち合った後なのに、何を言っているのか、と思われても仕方がないと思う。
けれど、ご主人様はそっとキアラの顎のラインに手を添えて、上向かせた。
ご主人様の視線に、キアラは搦めとられたような気分になる。
「キアラは、人間の俺じゃ、いや? …俺が、人猫族だったら、よかった?」
少し、寂しげなその問いに、キアラは目を見開いた。
「! そんなこと、ありません!」
反射的に、大きな声が出たのだが、ご主人様は眉を下げてぽんぽんとキアラの肩を叩いてくれる。
「ごめん、俺の言葉が悪かった。 落ち着いて」
キアラは唇を噛んで、ふるふると首を横に振った。
ご主人様は、悪くない。
悪いのは、キアラだ。
ご主人様に、誤解させた。
論点は、そこではないのだ。
人間のご主人様がいやだとか、ご主人様が人猫族だったらよかった、と思っているわけではない。
逆に、キアラが人猫族でなければよかったとか、人間だったらよかったとか、そういう問題でもない。
だから、この点は、断言できた。
「人間でも、人猫族でも、ご主人様が、いいです。 …でも」
今の自分と、全く違う存在になりたいわけではないのだ。
ご主人様には、人間のままでいてほしい。 キアラも、人猫族のままで、全く問題ない。
違いをなくすためではない。
ご主人様は、人間のままで、キアラは、人猫族のままで、同じものを見て、同じことを感じられたらいい。
けれど、同じものを見て、違うことを考えたらいけないわけでもないのだ。
大切なのは、同じものを見たときに、相手が自分とは違うことを考えているかもしれないと、思うこと。
そして、相手の考えていることを理解出来たらいい。
結婚は、それからでも、きっと遅くはないはずだ。
「結婚にはもう少し、時間がほしいです」
キアラは、じっとご主人様を見つめる。
自分で発した言葉で、キアラは理解する。
キアラは結婚の重要性が完全には理解できないけれど、どうやら結婚が嫌なわけではないらしい。
ご主人様が望むなら、結婚という形で結ばれるのも悪くない、と思う。
けれど、それは、今ではない、ということなのだ、きっと。
ご主人様は、ご気分を害されるだろうか、と不安になったのは一瞬だった。
ご主人様は優しく微笑んでくれた。
それで、どうやらキアラの返答は、ご主人様にとって満足のいくものだったのだろうと察する。
ご主人様はキアラの顎に添えていた手で、ふに、とキアラの頬を摘まんだ。
「ご主人様じゃない。 俺とキアラは、対等な関係なんだから。 …何て呼ぶんだっけ?」
優しい、優しい微笑みだった。
だから、キアラの考えをご主人様が支持してくれたように思えて、キアラの顔には笑みが浮かぶ。
「はい、ヒー様」
「…はい…」
翌朝、湯船の中で、キアラは昨晩のようにご主人様の胸に寄り添っていた。
恥ずかしくて、顔が上げられない。
あのあと、キアラは「もっとする」とご主人様におねだりして、もっとを一回では飽き足らず、二回三回繰り返してもらっているところで、あろうことか寝落ちしてしまったのだ。
そして、寝落ちして朝を迎えたところで、今キアラはご主人様にお風呂に入れてもらっている。
実際、キアラが寝ていたのは二・三時間程度のことだったようだ。
今日のご主人様は寝起きなのに妙にすっきりしているな、と思ったのだが、どうやらご主人様は眠らなかったらしい。
「付き合わせてしまって、申し訳ありません…」
ご主人様の膝の上で、これ以上小さくなれないだろうと思うくらい小さく丸まって、キアラはご主人様に謝罪した。
いや、正確には猫の姿になればもっと小さいのだけれど、キアラは自分の意思では小さくなれない。
自分から「もっと」とねだっておいて、えっちの最中に寝落ちしたことはもちろんだが、起きてみたら立てなくて、ご主人様にお世話をしてもらっていることが申し訳ない。
ご主人様は、お仕事のお休みの連絡を入れると、嬉々としてキアラのことを抱き上げて、あれこれと世話をしてくれている現状だ。
最近、ご主人様が急な用事でお休みするのは、全てキアラ原因で、キアラのせいでご主人様が悪く言われたらどうしようとはらはらしてしまう。
だが、ご主人様は優しく笑ってキアラをぎゅっと抱きしめてくれるのだ。
「いや、俺も、したかったし。 最初から好きな子にあんなふうに求めてもらえるなんて、嬉しい。 キアラは可愛いし、気持ちいいし、幸せだった」
幸せ。
ご主人様の口から出たその言葉に、キアラとご主人様を取り巻くようにきらきらと星が散ったような感じがした。
キアラが感じていたことを、ご主人様も感じてくれていたのが、こんなにも嬉しい。
だから、キアラはご主人様に向き直って、ご主人様に伝える。
「キアラも、です。 嬉しいし、幸せ、です。 えっちも、交尾も、好きなひととするもの、ですね?」
「うん」
ご主人様も、嬉しそうに笑って、キアラの唇にキスをしてくれるから、キアラはにこにこしていたのだが、ご主人様の顔が急に真顔に戻った。
「ねぇ、それでもまだ、俺とは結婚したくない?」
その問いに、キアラの心臓はどきりと跳ねる。
また、【結婚】の話題だ。
ご主人様の瞳は、キアラの目から逸れない。
ご主人様は、キアラの答えを求めている。
キアラがだんまりを続けて、見逃してもらえる問いではないな、と本能的に悟った。
けれど、これは、キアラがしてほしくない問いだった、とも思う。
だからキアラは、諦めつつも、困って視線を下げる。
「…キアラは、結婚がよくわかりません。 人猫族のキアラには、ずっとわからないかもしれません」
好きだから、一緒にいる。
キアラにはそれで十分だ。
【結婚】することで、何が変わるのか。
どんないいことがあるのか、キアラにはまだ、わからない。
強いて言うのなら、ご主人様には必要なことだと、わかる。
でも、キアラにとって必要なことなのか、わからないのだ。
そんなふうに、人猫族のキアラには理解できないことが、きっとたくさんあるのだと思う。
例えば、キアラとご主人様が結婚したとしても、結婚したからキアラがご主人様のことを、人間のことを全部理解できるようになるわけではないとわかっている。
それでも、ご主人様は、いいのだろうか。
その想いは、言葉になって唇から零れた。
「…人猫族のキアラで本当に、いいのですか?」
念を押したのだろうか。
純粋な疑問だったのだろうか。
その判断は、自分でもつかなかった。
ぱしゃり、と水音が立つ。
そのことに、キアラはぎくりとする。
結婚の話題の度に腰が引けているキアラに、ご主人様はとうとう嫌気が差したのかもしれない。
好きなひととするえっちをして、同じ【幸せ】という気持ちを分かち合った後なのに、何を言っているのか、と思われても仕方がないと思う。
けれど、ご主人様はそっとキアラの顎のラインに手を添えて、上向かせた。
ご主人様の視線に、キアラは搦めとられたような気分になる。
「キアラは、人間の俺じゃ、いや? …俺が、人猫族だったら、よかった?」
少し、寂しげなその問いに、キアラは目を見開いた。
「! そんなこと、ありません!」
反射的に、大きな声が出たのだが、ご主人様は眉を下げてぽんぽんとキアラの肩を叩いてくれる。
「ごめん、俺の言葉が悪かった。 落ち着いて」
キアラは唇を噛んで、ふるふると首を横に振った。
ご主人様は、悪くない。
悪いのは、キアラだ。
ご主人様に、誤解させた。
論点は、そこではないのだ。
人間のご主人様がいやだとか、ご主人様が人猫族だったらよかった、と思っているわけではない。
逆に、キアラが人猫族でなければよかったとか、人間だったらよかったとか、そういう問題でもない。
だから、この点は、断言できた。
「人間でも、人猫族でも、ご主人様が、いいです。 …でも」
今の自分と、全く違う存在になりたいわけではないのだ。
ご主人様には、人間のままでいてほしい。 キアラも、人猫族のままで、全く問題ない。
違いをなくすためではない。
ご主人様は、人間のままで、キアラは、人猫族のままで、同じものを見て、同じことを感じられたらいい。
けれど、同じものを見て、違うことを考えたらいけないわけでもないのだ。
大切なのは、同じものを見たときに、相手が自分とは違うことを考えているかもしれないと、思うこと。
そして、相手の考えていることを理解出来たらいい。
結婚は、それからでも、きっと遅くはないはずだ。
「結婚にはもう少し、時間がほしいです」
キアラは、じっとご主人様を見つめる。
自分で発した言葉で、キアラは理解する。
キアラは結婚の重要性が完全には理解できないけれど、どうやら結婚が嫌なわけではないらしい。
ご主人様が望むなら、結婚という形で結ばれるのも悪くない、と思う。
けれど、それは、今ではない、ということなのだ、きっと。
ご主人様は、ご気分を害されるだろうか、と不安になったのは一瞬だった。
ご主人様は優しく微笑んでくれた。
それで、どうやらキアラの返答は、ご主人様にとって満足のいくものだったのだろうと察する。
ご主人様はキアラの顎に添えていた手で、ふに、とキアラの頬を摘まんだ。
「ご主人様じゃない。 俺とキアラは、対等な関係なんだから。 …何て呼ぶんだっけ?」
優しい、優しい微笑みだった。
だから、キアラの考えをご主人様が支持してくれたように思えて、キアラの顔には笑みが浮かぶ。
「はい、ヒー様」
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