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【5】重なる想い
1.二度目の発情期①
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キアラが、最初の発情期を迎えてから、なんだかんだで三か月ほどが経った。
キアラが、イヴィルガルド卿に噛みつかれて反撃し、怪我を負わせた件については、正当防衛ということで、少しの事情聴取で終えた。
イヴィルガルド卿がキアラに噛みついた件で、イヴィルガルド卿は保護観察庁の監視下に置かれることとなった。
ヒヴェルディアは知らなかったし、キアラも知らなかったことだが、本来フェロモンには異性の理性を飛ばすほどの効果はないらしい。
多少の興奮状態にはなるらしいが、無差別に異性を襲うほどではない。
加えて、キアラはきちんと発情期の抑制剤を飲んでいた。
フェロモンの残り香があるといっても、近づけば香るのがわかるシャンプーの香り程度のものらしい。
だから、保護観察官は、イヴィルガルド卿がキアラの発情期を利用した、と判断したのだ。
飲酒で人が変わる、気が大きくなる、と同程度のものだと。
双方が人獣族だったというのも、この場合はいい方向に作用した。
例えば、どちらかが人間だったなら、人獣族保護法が邪魔をして、この事件は長期化していたことだろう。
だが、この問題がそれで完全に解決を見たかというと、そうはならなかった。
キアラが保護観察所から逃走した、人猫族の娘だということが判明したために、キアラの籍が保護観察所に移されそうになったのだ。
キアラは嫌だと反発し、マリンもそれに加勢して、保護観察所の実態が表面化。
我がオキデンシアの陛下が声を上げ、臨時の世界総会が開かれることになった。
臨時世界総会での決議を受け、四大国より独立自治区への出兵が決まり、保護観察所を制圧。
囚われていた人獣族を救い出して、適切なケアをし、各国の人獣族の居住区での暮らしが始まったのだ。
その間、ヒヴェルディアもキアラも慌しく落ち着かずに、あっという間に三か月だ。
今キアラは、マリンの研究室を手伝ったり、オキデンシアの人獣族保護区に通ったりしている。
今日もキアラは、人獣族保護区画に出かけていたはずだ。
そのキアラが、居間のソファで胎児のように身体を丸めてすぅすぅと寝息を立てている。
可愛い寝顔に頬が緩んで、その顔を眺めていたヒヴェルディアだが、ふと気づく。
心なしか、その頬が赤らんでいるような…。
ヒヴェルディアがそっとその頬に触れると、キアラの耳がぴくっと動き、瞼がゆるゆると持ち上がる。
その様子に、ヒヴェルディアは違和感を抱いた。
キアラは、寝起きがとてもいい。
通常、寝ているキアラに声を掛けた場合には、目は瞬時にぱっちりと開く。
どこかぼんやりとしたこの様子を、数か月前に目にしたことがあるな、と思いながら、ヒヴェルディアは夢と現実の区別がついていないようなキアラに微笑みかけた。
「ただいま。 おはよう、キアラ」
「ごしゅじんさま…」
潤んだ、とろんとした目で、頬を赤らめて、ほわんとした表情のキアラが、ヒヴェルディアの首に縋るように手を回す。
すり、と一度ヒヴェルディアの胸に頬擦りしたキアラだが、すぐに伸びをしてヒヴェルディアの唇に唇を押し付けてきた。
キアラから、求められることが、嬉しくないわけがない。
ヒヴェルディアは、キアラのキスに応じながら、徐々に口づけを深くしていく。
最初に仕掛けてきたのはキアラの方だというのに、ヒヴェルディアが主導権を握ると途端にキアラは怖気づく。
それが、キアラの経験値のなさを示しているようで、ヒヴェルディアは満足するのだ。
キアラの口の中を舐めまわしていた舌で、キアラの舌を誘い出して口に含む。
キアラの舌をきつく吸いつつ、離れると、キアラは目をますます潤ませて、上気した頬でヒヴェルディアを見つめた。
こんな状態のキアラを、ヒヴェルディアは数か月前に目にしたことがある。
キアラは、そのときのことを忘れてしまったのだろうか、と思いながら、ヒヴェルディアは尋ねた。
「…キアラ、もしかして、発情期?」
「え、…」
キアラの、グリーンガーネットのような瞳が、ぱちぱちと瞬いた。
星の瞬きとは、このような感じなのかもしれない。
そんな、柄にもないことを考える。
キアラが黙ってしまったのは、おそらく、考えているからなのだろう。
本当に今の状態が発情期だとすれば、キアラにとっては二度目の発情期。
初めての発情期は、どうやらマリンが気づいて、すぐにあの人熊族の医師に受診して発覚したらしい。
今キアラは、自分の状態は果たして発情期なのだろうか、と考えているに違いない。
ヒヴェルディアがじっとキアラを見つめていると、キアラは心許なさそうに視線を下げた。
「そういえば、熱いかもしれません…。 ご主人様にくっついていたいです…」
一度言葉を切ったキアラは、自分の状態が【発情期】だと納得したのかもしれない。
ぱっと顔を上げた。
だが、その顔はどこか必死で、ヒヴェルディアは目を見張る。
「でも、信じてください、ご主人様。 キアラは、ご主人様に隠していたわけではありません」
言い終わると、ぎゅっと唇を引き結んだキアラは、挑むような顔つきになってしまった。
すぐに、ヒヴェルディアは思い至る。
以前、キアラが初めての発情期を迎えたときに、ヒヴェルディアはキアラに「これからは、発情期が来たら、必ず俺に言うこと」と言ったのだ。
キアラはそれを覚えていて、故意に隠していたわけではないと、必死に訴えているのだろう。
まだ、キアラにとっては二度目の発情期。
一度目は、キアラが懐いている【くまのお医者さん】の診断があったから、発情期だと理解した。
ヒヴェルディアには残念ながら、キアラのフェロモンはわからない。
キアラにも、キアラ自身の発するフェロモンはわからない。
キアラの発言を総合すると、キアラにとっては、熱っぽくなって、人恋しくなる程度の変化でしかないのだろう。
体調不良や眠気、疲れと混同して終えられる程度の変化だ。
ヒヴェルディアにとっては、いつも自由奔放で天真爛漫な可愛さのキアラが、甘えん坊になって艶やかに見える。
もしかしたら、ヒヴェルディアの方が、キアラの発情期には気づきやすいかもしれない。
人間の女性の花の巡りとは違い、人獣族の女性の花の巡りは不規則らしい。
そればかりでなく、人獣族の発情期も、定期的なものではない。
人間の女性の花の巡りであればある程度の規則性はあるし、慣れてくれば前兆や予兆のような症状からもうそろそろかな、と気づけたりもするらしい。
キアラが、発情期を発情期と理解するにはもう少し、時間が必要かもしれないな、とヒヴェルディアは考えた。
キアラが、イヴィルガルド卿に噛みつかれて反撃し、怪我を負わせた件については、正当防衛ということで、少しの事情聴取で終えた。
イヴィルガルド卿がキアラに噛みついた件で、イヴィルガルド卿は保護観察庁の監視下に置かれることとなった。
ヒヴェルディアは知らなかったし、キアラも知らなかったことだが、本来フェロモンには異性の理性を飛ばすほどの効果はないらしい。
多少の興奮状態にはなるらしいが、無差別に異性を襲うほどではない。
加えて、キアラはきちんと発情期の抑制剤を飲んでいた。
フェロモンの残り香があるといっても、近づけば香るのがわかるシャンプーの香り程度のものらしい。
だから、保護観察官は、イヴィルガルド卿がキアラの発情期を利用した、と判断したのだ。
飲酒で人が変わる、気が大きくなる、と同程度のものだと。
双方が人獣族だったというのも、この場合はいい方向に作用した。
例えば、どちらかが人間だったなら、人獣族保護法が邪魔をして、この事件は長期化していたことだろう。
だが、この問題がそれで完全に解決を見たかというと、そうはならなかった。
キアラが保護観察所から逃走した、人猫族の娘だということが判明したために、キアラの籍が保護観察所に移されそうになったのだ。
キアラは嫌だと反発し、マリンもそれに加勢して、保護観察所の実態が表面化。
我がオキデンシアの陛下が声を上げ、臨時の世界総会が開かれることになった。
臨時世界総会での決議を受け、四大国より独立自治区への出兵が決まり、保護観察所を制圧。
囚われていた人獣族を救い出して、適切なケアをし、各国の人獣族の居住区での暮らしが始まったのだ。
その間、ヒヴェルディアもキアラも慌しく落ち着かずに、あっという間に三か月だ。
今キアラは、マリンの研究室を手伝ったり、オキデンシアの人獣族保護区に通ったりしている。
今日もキアラは、人獣族保護区画に出かけていたはずだ。
そのキアラが、居間のソファで胎児のように身体を丸めてすぅすぅと寝息を立てている。
可愛い寝顔に頬が緩んで、その顔を眺めていたヒヴェルディアだが、ふと気づく。
心なしか、その頬が赤らんでいるような…。
ヒヴェルディアがそっとその頬に触れると、キアラの耳がぴくっと動き、瞼がゆるゆると持ち上がる。
その様子に、ヒヴェルディアは違和感を抱いた。
キアラは、寝起きがとてもいい。
通常、寝ているキアラに声を掛けた場合には、目は瞬時にぱっちりと開く。
どこかぼんやりとしたこの様子を、数か月前に目にしたことがあるな、と思いながら、ヒヴェルディアは夢と現実の区別がついていないようなキアラに微笑みかけた。
「ただいま。 おはよう、キアラ」
「ごしゅじんさま…」
潤んだ、とろんとした目で、頬を赤らめて、ほわんとした表情のキアラが、ヒヴェルディアの首に縋るように手を回す。
すり、と一度ヒヴェルディアの胸に頬擦りしたキアラだが、すぐに伸びをしてヒヴェルディアの唇に唇を押し付けてきた。
キアラから、求められることが、嬉しくないわけがない。
ヒヴェルディアは、キアラのキスに応じながら、徐々に口づけを深くしていく。
最初に仕掛けてきたのはキアラの方だというのに、ヒヴェルディアが主導権を握ると途端にキアラは怖気づく。
それが、キアラの経験値のなさを示しているようで、ヒヴェルディアは満足するのだ。
キアラの口の中を舐めまわしていた舌で、キアラの舌を誘い出して口に含む。
キアラの舌をきつく吸いつつ、離れると、キアラは目をますます潤ませて、上気した頬でヒヴェルディアを見つめた。
こんな状態のキアラを、ヒヴェルディアは数か月前に目にしたことがある。
キアラは、そのときのことを忘れてしまったのだろうか、と思いながら、ヒヴェルディアは尋ねた。
「…キアラ、もしかして、発情期?」
「え、…」
キアラの、グリーンガーネットのような瞳が、ぱちぱちと瞬いた。
星の瞬きとは、このような感じなのかもしれない。
そんな、柄にもないことを考える。
キアラが黙ってしまったのは、おそらく、考えているからなのだろう。
本当に今の状態が発情期だとすれば、キアラにとっては二度目の発情期。
初めての発情期は、どうやらマリンが気づいて、すぐにあの人熊族の医師に受診して発覚したらしい。
今キアラは、自分の状態は果たして発情期なのだろうか、と考えているに違いない。
ヒヴェルディアがじっとキアラを見つめていると、キアラは心許なさそうに視線を下げた。
「そういえば、熱いかもしれません…。 ご主人様にくっついていたいです…」
一度言葉を切ったキアラは、自分の状態が【発情期】だと納得したのかもしれない。
ぱっと顔を上げた。
だが、その顔はどこか必死で、ヒヴェルディアは目を見張る。
「でも、信じてください、ご主人様。 キアラは、ご主人様に隠していたわけではありません」
言い終わると、ぎゅっと唇を引き結んだキアラは、挑むような顔つきになってしまった。
すぐに、ヒヴェルディアは思い至る。
以前、キアラが初めての発情期を迎えたときに、ヒヴェルディアはキアラに「これからは、発情期が来たら、必ず俺に言うこと」と言ったのだ。
キアラはそれを覚えていて、故意に隠していたわけではないと、必死に訴えているのだろう。
まだ、キアラにとっては二度目の発情期。
一度目は、キアラが懐いている【くまのお医者さん】の診断があったから、発情期だと理解した。
ヒヴェルディアには残念ながら、キアラのフェロモンはわからない。
キアラにも、キアラ自身の発するフェロモンはわからない。
キアラの発言を総合すると、キアラにとっては、熱っぽくなって、人恋しくなる程度の変化でしかないのだろう。
体調不良や眠気、疲れと混同して終えられる程度の変化だ。
ヒヴェルディアにとっては、いつも自由奔放で天真爛漫な可愛さのキアラが、甘えん坊になって艶やかに見える。
もしかしたら、ヒヴェルディアの方が、キアラの発情期には気づきやすいかもしれない。
人間の女性の花の巡りとは違い、人獣族の女性の花の巡りは不規則らしい。
そればかりでなく、人獣族の発情期も、定期的なものではない。
人間の女性の花の巡りであればある程度の規則性はあるし、慣れてくれば前兆や予兆のような症状からもうそろそろかな、と気づけたりもするらしい。
キアラが、発情期を発情期と理解するにはもう少し、時間が必要かもしれないな、とヒヴェルディアは考えた。
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