【R18】お猫様のお気に召すまま

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【4】過去から現在へ

9.出撃

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 ヒヴェルディアは、ぐっと拳を握る。
 そう、あれは、決意の自殺だった。


 その、選択が、間違っているとは、ヒヴェルディアには言えない。
 ヒヴェルディアは、死が安らかに思えるほどの、地獄を生きたことがないからだ。


 だが、地獄を味わったひとたちを相手に、「死ぬな」「生きろ」と正義感や道徳観、倫理観を振りかざして口にすることが、どれだけ酷なことかはわかる。
 彼らが生きた地獄は、ヒヴェルディアの地獄ではない。
 だから、その地獄を前にした彼らに、「死ぬな」「生きろ」と口にするほど無神経にはなれないけれど、これだけは思うし、言いたい。


 ヒヴェルディアは、彼らに、生きていてほしかった。


 その言葉ですら、彼らは、重荷に感じるのだろうか。
 偽善だと、言うだろうか。


 ならば、まず、ヒヴェルディアには、しなければならないことがある。


 その建築物の前で、ヒヴェルディアたちは足を止める。
「ここが、保護観察所ですか? …要塞みたいですね。 窓の一つもない」
 東の大国・ソリソルトスから派遣された魔術師の一人が、保護観察所を見上げて、そう口にした。


 確かに、とヒヴェルディアも思う。
 要塞という比喩ならば、まだいい。
 恐らくここは、保護されている人獣族にとっては、監獄のようなものだっただろう。


害虫むしの侵入を防ぐためだろう」
「ん~? 害虫むしって僕たちのことかな?」
 今回全軍指揮を任された、オキデンシア魔法騎士団の師団長が短く口にすれば、北の国・セプトリオスから派遣され任命された副師団長が茶化すように応じる。


 恐らく、是、なのだけれど、師団長は言葉では応じずに副師団長を視線で黙らせた。
 そんな様子を横目に、笑みを浮かべながら、南の国・メリデンシアから派遣された魔術師の一人が通り過ぎていく。
「じゃあ、俺たちは後方支援行きますかね。 君らの化物殿下にいただいた、時間魔法の魔法陣、盛大に使わせていただきましょ。 可愛い女の子が二人もいるんじゃ、かっこいいとこ見せないとね」


 流し目を受けたキアラは、耳と尻尾をぶわっと逆立てて、サッとヒヴェルディアの後ろに隠れる。
 マリンは腕を組んで溜息をついた。
「ねぇ、魔法騎士ってみんなあんなにちゃらちゃらしてるの?」
「俺を一緒にしないでくれ。 それに、彼は魔法騎士ではなく、魔術師だ」


 それに、ちゃらちゃらはしているかもしれないが、今回派遣されたということは、彼もかなりの実力を持つ魔術師だということだ。
 うちの化物殿下と比べてはあれだが、今日出征に加わった者の中では、彼が一番の魔力備蓄量を誇る。
 だからこそ、後方支援という名目で、この保護観察所全体へかける時間魔法陣を、化物殿下――…クレイディオ殿下は、彼に渡したのだ。


「君たち、可愛い女の子たちに怪我なんてさせてくれるなよ」
 ぴらぴらと一見何も書いていないように見える紙を振って、メリデンシアの魔術師が遠ざかっていく。


「さて、我々も行こう」
「では、僕たちは裏口を固めましょうか」
 師団長の声に、副師団長が応答し、数名を連れて離れていく。


「…団長さん、硬派で素敵…」
 ふらふらとマリンが団長について行きそうになるので、ヒヴェルディアは慌てる。


「キアラとマリンは、合図があるまで待機だ」


 メリデンシアの魔術師の言葉ではないが、今回キアラとマリンに同行してもらっているのは、彼女たちを戦線に立たせるためではないのだ。
 長らく、保護観察所に囚われ、人間の研究者に実験動物の如く扱われてきた彼らが、人間の魔法騎士と魔術師が、解放軍だと向かったところで果たして、ついてきてくれるだろうか。


 そうなったときに、囚われの人獣族たちの警戒を解き、本当の意味で保護するためには、同じ人獣族の協力が不可欠だったのだ。
 ヒヴェルディアは、キアラやマリンを巻き込む気はなかったというのに、彼女たちは協力を申し出てきた。
 そうなったとき、ヒヴェルディアは断れなかった。


 キアラも、マリンも、この保護観察所には、因縁がある。
 自分たちの手で、囚われの人獣族なかまを救い出すことで、その、因縁が、断ち切れるのなら。
 そう思ったから、ヒヴェルディアはしぶしぶ彼女たちの同行を認めたのだ。


 師団長が、正面玄関のブザーを鳴らす。
 間を置かずして、玄関のドアが開かれて、看守のような服装の人間が二人、姿を現す。


 保護観察所の実態を知った後だから、だろうか。
 ヒヴェルディアはもはや彼らを、警備の人間、とは思わなかった。


「なんだ、貴様らは。 先駆けはないのか。 許可証は」
「ここを、独立自治区と知っての無礼か」
 彼らの言葉に対し、師団長は表情筋が死んでいるのではないかというくらいの無表情で、唇だけを動かす。


「先日の世界連盟臨時総会にて、全会一致で保護観察区における独立自治権の撤回と、保護観察所の解放が決まった。 これが、令状だ」


 師団長が拳を突き出し、握った手を開くと、紙の筒が現れて、師団長はそれを広げて彼らの目の前に突きつける。


「武装を解き直ちに降伏せよ。 さもなくば、全軍をもって武力にて制圧する」


 ヒヴェルディアにできるのは、もう、人獣族が犠牲になることがないような世界をつくるために、剣を振るうこと。
 死んだ方がましだと思うほどの地獄を、この世から消し去ることだ。
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