【R18】お猫様のお気に召すまま

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【4】過去から現在へ

7.あの日の記憶①

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 無数の足音が、同じリズムを刻む。
 地面を蹴り、ざッざッと揃ったその音は、まるで行進曲のようにヒヴェルディアの耳に届いた。
 耳に、音は届くのに、ヒヴェルディアの心はひどく静かだ。
 あの日、視た過去を、繰り返せるほどに。



◇◆o*゜゜*o*゜゜*o◇◆o*゜゜*o*゜゜*o◇◆



 こん、と一度扉を叩く音が聞こえて、すぐに扉が開く。
 入ってきたのは、青みがかった黒い髪と、青い瞳の男性。
 頭には猫の耳、お尻からは尻尾が生えている。
 よく見れば、その猫の耳と尻尾は一色ではなく、青みがかった黒の濃淡があることがわかる。
 優しそうな、穏やかな顔立ちの人猫族の男性だった。

「キアラは? 風邪、どう?」
 その男性に、振り返った人猫族の女性が振り返り、微笑む。
「眠ってる。 薬、効いてきたみたい」

 真っすぐな流れる黒い髪に、グリーンガーネットの瞳。
 その頭からは真っ黒な猫の耳、お尻からも真っ黒な猫の尻尾が生えている。
 その男女は、寄り添って、ベッドで丸くなって眠る小さな黒い猫を見下ろしていた。
 そっと、男性の手が、黒い猫に触れる。

「熱い?」
「うん。 でも、キアラ、もともと体温高いから」
 男性は、そのように応じて、黒い猫に掛布をかける。


 そうしている間に、部屋の外からばたばたと慌しい足音が聞こえてきた。
 ノックの音もなしに、扉が開かれる。


「マイカ! あいつらだ! あいつらが、火をっ…」
 羊の角と耳、尻尾の男性が、駆け込んでくる。


 マイカと呼ばれた女性は、目を見張った。
 すぐに窓に駆け寄って、カーテンをシャッと開く。


 夕闇の中に、朱が燃え上がっているのがわかる。
 燃え上がり方が、不自然だ。


 まるで、この集落を取り囲むように、火が放たれている。
 煙が、外に逃げていかずに、霧散しないところを見ると、結界のようなもので覆われているのかもしれない。


「あぶり出す気ね…」
 マイカはチッと舌打ちをして、その部屋を後にする。
 人猫族の男性が、タオルケットのようなもので小さな黒い猫の身体を覆い、抱き上げてマイカの後に続く。


 大きくない、マイカの家の居間には、その小さな集落に暮らすすべての人獣族が集まっているようだった。
 皆、不安そうな顔をしている。


「どうしよう、マイカ…」
「どうしたら、いい?」


 刻一刻と、迫りくる、炎と煙。
 魔法を使えば、炎を消すことは簡単だろう。

 けれど、煙だけはどうしようもない。
 煙にまかれて意識を失ったところで、結界を解いて、ここにいる全員の身柄を拘束するつもりなのかもしれない。
 死なない、ぎりぎりのところで回収するつもりだろう。
 恐らく奴らは、ここにいる人獣族が、五体満足でなくとも、意識が戻らなくとも、生きて、呼吸をしていればいいのだから。


 マイカは目を閉じて、じっとしていたが、すっと目を開いた。
 その表情は、決意に満ちている。


「みんな、時間がない。 よく、考えて、決めて。 わたしは、強制も、強要もしない」


 その場にいる、人獣族、全員の目が、マイカに向けられている。


「生きたい? 死にたい?」


 マイカの口から出たのは、信じがたいような二択だった。
 しん…と静まり返った中で、ぱち、ぱち、と爆ぜるような音が聞こえてくる。
 まるで、カウントダウンのようだ。


 その中で、馬の耳と尾を持つ女性が、ぽつりと零す。
「…死にたく、ない」


 誰も、何も言わない。
 その中で、再度口を開いたのもまた、馬の耳と尾を持った、女性だった。
「…でも、あたしは」


 真っ直ぐにマイカを見つめる彼女の目には、涙が滲んでいる。
「被験体になって、生き続けるくらいなら、個の尊厳を保ったまま死んだ方が、いい」


 小さく震える声は、決して大きくない。
 それなのに、悲鳴のようでもあった。


 黒い翼―…右翼を持つ少年も、口を開く。
「僕も、死ぬのは怖くないよ」
「僕も。 でも、あそこに戻るのは怖い」
 その少年と、全く同じ顔をした、黒い左翼を持つ少年も、頷いた。


「なぶられて、痛くて、苦しくて死ぬよりは」
「苦しまずに、安らかに死にたいって思うよ」
 そう、二人で頷き合って、しっかりと手を繋ぐ。


 狼の耳と尾を持つ女性は寄り添い合っていた、白熊の耳と尾を持つ男性を見上げて微笑む。
「わたしも、あなた以外と番いたくはない」
 白熊の耳と尾を持つ男性は、それを受け止めて、静かに頷いた。


 マイカは、その場にいる全員を、ゆっくりと、ぐるりと見回していく。
 皆、マイカと目が合うたびに、頷きを返す。
 ひとりひとりと、目を合わせて、マイカが意思確認しているように見える。
 そうして、端から端まで視線を巡らせた後で、マイカは入り口に立っていた自身の番へと近づいた。


「あなた、は?」
「僕は、君と」


 マイカの番は、こんな場面でも、ふわりと柔らかく笑む。
 けれど、次の瞬間には表情を曇らせて、腕の中の子猫――我が子に視線を落とすのだ。


「でも、…キアラは」
「…うん、イチかバチかに掛けてみる」
 視線を交わし合った後、マイカは己の番の腕から、体調を崩して猫の姿となって薬で眠っている娘を受け取る。


「みんな、少し、出てくる。 すぐに、戻るから」
 黒い子猫の額に、マイカが口づけると、人獣族から声が上がる。
「マイカ、キアラちゃんをどうするの」
「奴らに、見つかったら」


 この集落で暮らす人獣族は、皆が家族のようなものなのだろう。
 だからその場の人獣族が皆、マイカと、番の娘である、キアラのことを心配しているのがわかる。


 彼らの気持ちがマイカには嬉しかったのだろう。
 微笑んで、踵を返した。


「…運命の神様に、託して来る」
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