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【4】過去から現在へ

閑話.可能性

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「自信、なくすなぁ」
 研究室にやってきて、重い溜息をつくヒヴェルディアに、マリンは片眉を跳ねさせた。
 お茶は出さない。
 もてなすような関係の相手でもなければ、お客でもないからだ。


「何が? キアラちゃんが、発情期だって気づかなかったこと?」


 ヒヴェルディアは人間なのだから、人獣族が発するフェロモンに気づかないのは当然のことだ。
 それは、別にヒヴェルディアの落ち度ではない。

 そんなことで自信を無くされても、マリンにはどうしようもない。
 はあ、とマリンが溜息をついたときだ。


「…気づいてたよ」


 ぽつり、と届いた声を、最初は聞き間違いかと思った。
 ぱっとヒヴェルディアを見れば、ヒヴェルディアはマリンを見もせずに繰り返す。


「キアラが発情期なことには、気づいてた。 飲む薬が、増えてたからね」


 さすがヒヴェルディア、と感心するより先に、マリンは呆れてしまった。
 本当によく、キアラちゃんのことを見ていることだ。
 でも、そうすると疑問が生まれる。
 その疑問は、口をついて出ていた。


「じゃあ、どうして」


 発情期のキアラちゃんに気づかないふりをして、自由にさせていたのか?


 いつものヒヴェルディアであれば、もっともっと過保護にしていたっていいのに。
 そうすれば、今度はヒヴェルディアがマリンに呆れたような視線を向けてくる。


「いや、だってそんなデリケートな話、男の俺から言い出せないだろ。 『キアラ、生理なんだね』とか、『発情期来たんだ』とか言ったら引かれるだろ。 俺なら引く」


 まあ、それは、確かに。
 例えばマリンが恋人にそんなこと言われたとしたら、百年の恋も一気に冷める。 「具合、悪い?」「体調大丈夫?」と問われるならまだしも、あからさまな言葉は避けてほしいところだ。
 そうすると、今度はまた、別の疑問が出てくる。


「で、じゃあ、何に自信なくすの?」
「キアラが猫の姿になっていたのは、キアラのお母様の魔法だったらしいんだ。 全然気づかなかった」


 はああ、と深く、重い溜息と共に、ヒヴェルディアの声が漏れる。
 なるほど、とマリンは思った。


 ヒヴェルディアの職業は、魔法騎士。
 魔法騎士団の中でも、エリートの部類だ。
 ヒヴェルディアは、自分の能力について自信があったに違いない。


 そのヒヴェルディアが、キアラちゃん自身からは魔法の痕跡の片鱗も辿れなかったのだろう。


 自信をなくす、というのはどうやら、ヒヴェルディアの矜持の問題だったらしい。
 ヒヴェルディアが魔法の痕跡の片鱗も辿れない魔術師、なんて、この国内に何人いるだろう。


 でも、そうすると、別の可能性があるのでは。
 そんなことが、マリンの頭をもたげる。


「…それって、魔法じゃなかったんじゃない?」


 ぽろり、とマリンが零せば、ヒヴェルディアの、宝石じゃないかというくらいに綺麗なロイヤルブルーサファイアの瞳がマリンに向いた。
「え?」


 ヒヴェルディアは、その可能性には思い至っていない。
 何となく、気分がよくなりながら、マリンはその可能性を、口にする。


「暗示?」


 ヒヴェルディアは、その単語に、目を瞬かせた。


 マリンは、妹弟が多かったし、実際に妹や弟に、そのやり方を使ってきた。
 暗示、といっても、複雑なことでも、難しいことでも、ましてやオカルト的なことでもない。


「子どもって、『頭痛い』とか言ってても、『お薬だよ』ってタブレットあげれば、痛くなくなったりするじゃない? キアラちゃん、純粋で素直だから、よく効いたんじゃないかな~」


 要は、気の持ちよう、というところなのだが、これが素直で純粋な妹や弟にはよく効いた。
 例えば、幼いキアラちゃんが、何かのきっかけで猫の姿になったとして、大好きな誰かに「それが真実の姿だ」と言われたとして、そうだと信じ込んだ可能性は非常に高い。
 そう思ってヒヴェルディアを見たマリンは、びくっとする。
「って…何にやけてるのよ、気持ち悪い」


 ヒヴェルディアは、今までマリンが見たこともないほどに、緩んだ顔をしていたのである。
 ヒヴェルディアはその口元を右手でさっと隠す。
「ああ。 いや、…ありがとう」


――魔法をかけるわ。 あなたを、心から愛して、あなたという存在を心から惜しんで、望んでくれるひとができたときに、猫から、元の姿に戻れるように

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