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【4】過去から現在へ
1.過去視
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二度と、来ることはないと思っていた。
その地に、ヒヴェルディアは今、立っている。
キアラとの出会いの地であると同時に、ここは、ヒヴェルディアとっては苦い思い出の地。
あれから、十年。
焼け焦げたその地にも、緑が芽生え始めたらしい。
時間とは、確実に流れ、変化するもののようだ、と考える。
キアラが体調を崩してから、一週間ほどが経った。
キアラがマリンの手伝いを早退したのはあの日だけで、その後は元気に過ごしている。
いくつか気になる点はあるものの、マリンがいれば大事には至らないはずだし、キアラ自身もただの人猫族ではない。
そういうわけで、安心して、ヒヴェルディアは王都を離れられたのである。
キアラは今日、ヒヴェルディアが普通に仕事をしているものと思っているはずだ。
ヒヴェルディアは今日、ここに来ることをキアラに伝えていない。
業務の調整のために数日を要して、何とか半休をもぎ取ってやって来たのだ。
キアラが自力でこの場所に辿り着く可能性は限りなく低い。
ゼロに近いと言ってもいい。
ヒヴェルディアは、目を閉じて、息を吸い込み、深く、長く、息を吐く。
そして、目を開き、前を見据えて、足を踏み入れるのだ。
過去を、辿るべく。
さく、さく、と一定のリズムで草を踏みながらヒヴェルディアは考える。
当時を、思い返す。
この地点に集落があるという情報を、国は把握していなかった。
だからこそ、緊急信号の救助要請が出た場所の特定に魔法騎士団は時間を取られ、救えるはずの命が救えなかったのだ。
当時の騎士団の見解は、この集落が、何らかの事件に巻き込まれた人間の隠れ里的なものではないか、というものだった。
大筋で、ヒヴェルディアもその意見に同意していた。
国が情報を把握していないというのは、彼らが情報の提供をしなかったということで、何かから逃げるか隠れるかしていたという可能性が高い。
借金取りから逃げているのか、罪を犯して逃げているのか、はたまた、何かのシェルターだったのか…。
だが、キアラが人猫族だったとなると、話がもっと複雑になってくる。
あの集落は、人獣族の売買を行っているような組織の隠れ家だったのではないか?
そうだとしたら、あの地で亡くなったのが、人間ばかりとは、限らないのではないか?
何か、ヒヴェルディアたちが予想もしていないことが、起きていたのではないか?
考えている間に、目的の場所に辿り着いた。
足を止め、見下ろして、眉を顰めずにはいられなかった。
もう、十年、経ったのに。
その場所だけは、十年前から変化していない。
時間とは、確実に流れて、変化をもたらすものなのに、その場所だけは黒焦げたままで時間の流れに取り残されている。
芽吹き始めた緑でさえ、その黒焦げた円を避けているかのようだ。
地面に空いた穴のようにさえ、見える。
十年の時の流れに抗えるほどの、力なのか、念なのか。
ヒヴェルディアは、ひとつの確信を強くする。
ここで起きたことには、何か深い禍根が、存在するのではないか?
ヒヴェルディアはそっと地面に膝をつく。
そして、指先でその黒焦げになった、粉々のものに触れる。
焼けた、土が、砂が、そのまま残っているのだろうか。
もしかすると、消し炭になった家屋や骨も混ざっているかもしれない。
物理的なものは、十年残る。
ならば、強い念というものも、残るのではないだろうか。
そう思いながら、ヒヴェルディアは目を閉じる。
ヒヴェルディアは風の精霊の加護を受けている。
風の精霊はほかの精霊に比べても気ままで気まぐれな性質だが、それでもヒヴェルディアのことは好いてくれているらしい。
この、風の精霊の厄介なところは、加護持ちで生まれようが何だろうが、気に入らないものは気に入らないというところにある。
風の精霊の加護持ちでも、風の精霊の加護を真実受けられるかどうかというのは、確約されない。
ヒヴェルディアだって、いつ、彼ら・彼女らに愛想を尽かされるかわかったものではないのだ。
だが、そうなったところでヒヴェルディアは一向に構わない。
魔力がなくなるわけでもなければ、魔法が使えなくなるわけでもないのだから。
生まれたときに与えられた付加価値のうちの一つが、価値を失くす、ただそれだけのこと。
そして、どうやらこの考え方を風の精霊たちは気に入っているらしい。
ヒヴェルディアが望めば、大抵のことは叶えてくれる。
今も一足飛びで、この地まで連れてきてくれたのだ。
本来、【過去視】や【未来視】は、魔法では可能にならないことだ。
けれど、精霊たちは寿命が長い。
人間など、彼らにとっては恐らく、咲いては枯れる花のようなもの。
そして彼らは、そんな人間の一生を、たくさん見てきたはずなのだ。
恐らく、ここで起きた過去を、情報として持っている精霊もいるに違いない。
だから、彼らに問う。
彼らの力を借りる。
そうやって、ヒヴェルディアは、過去を視るのだ。
その地に、ヒヴェルディアは今、立っている。
キアラとの出会いの地であると同時に、ここは、ヒヴェルディアとっては苦い思い出の地。
あれから、十年。
焼け焦げたその地にも、緑が芽生え始めたらしい。
時間とは、確実に流れ、変化するもののようだ、と考える。
キアラが体調を崩してから、一週間ほどが経った。
キアラがマリンの手伝いを早退したのはあの日だけで、その後は元気に過ごしている。
いくつか気になる点はあるものの、マリンがいれば大事には至らないはずだし、キアラ自身もただの人猫族ではない。
そういうわけで、安心して、ヒヴェルディアは王都を離れられたのである。
キアラは今日、ヒヴェルディアが普通に仕事をしているものと思っているはずだ。
ヒヴェルディアは今日、ここに来ることをキアラに伝えていない。
業務の調整のために数日を要して、何とか半休をもぎ取ってやって来たのだ。
キアラが自力でこの場所に辿り着く可能性は限りなく低い。
ゼロに近いと言ってもいい。
ヒヴェルディアは、目を閉じて、息を吸い込み、深く、長く、息を吐く。
そして、目を開き、前を見据えて、足を踏み入れるのだ。
過去を、辿るべく。
さく、さく、と一定のリズムで草を踏みながらヒヴェルディアは考える。
当時を、思い返す。
この地点に集落があるという情報を、国は把握していなかった。
だからこそ、緊急信号の救助要請が出た場所の特定に魔法騎士団は時間を取られ、救えるはずの命が救えなかったのだ。
当時の騎士団の見解は、この集落が、何らかの事件に巻き込まれた人間の隠れ里的なものではないか、というものだった。
大筋で、ヒヴェルディアもその意見に同意していた。
国が情報を把握していないというのは、彼らが情報の提供をしなかったということで、何かから逃げるか隠れるかしていたという可能性が高い。
借金取りから逃げているのか、罪を犯して逃げているのか、はたまた、何かのシェルターだったのか…。
だが、キアラが人猫族だったとなると、話がもっと複雑になってくる。
あの集落は、人獣族の売買を行っているような組織の隠れ家だったのではないか?
そうだとしたら、あの地で亡くなったのが、人間ばかりとは、限らないのではないか?
何か、ヒヴェルディアたちが予想もしていないことが、起きていたのではないか?
考えている間に、目的の場所に辿り着いた。
足を止め、見下ろして、眉を顰めずにはいられなかった。
もう、十年、経ったのに。
その場所だけは、十年前から変化していない。
時間とは、確実に流れて、変化をもたらすものなのに、その場所だけは黒焦げたままで時間の流れに取り残されている。
芽吹き始めた緑でさえ、その黒焦げた円を避けているかのようだ。
地面に空いた穴のようにさえ、見える。
十年の時の流れに抗えるほどの、力なのか、念なのか。
ヒヴェルディアは、ひとつの確信を強くする。
ここで起きたことには、何か深い禍根が、存在するのではないか?
ヒヴェルディアはそっと地面に膝をつく。
そして、指先でその黒焦げになった、粉々のものに触れる。
焼けた、土が、砂が、そのまま残っているのだろうか。
もしかすると、消し炭になった家屋や骨も混ざっているかもしれない。
物理的なものは、十年残る。
ならば、強い念というものも、残るのではないだろうか。
そう思いながら、ヒヴェルディアは目を閉じる。
ヒヴェルディアは風の精霊の加護を受けている。
風の精霊はほかの精霊に比べても気ままで気まぐれな性質だが、それでもヒヴェルディアのことは好いてくれているらしい。
この、風の精霊の厄介なところは、加護持ちで生まれようが何だろうが、気に入らないものは気に入らないというところにある。
風の精霊の加護持ちでも、風の精霊の加護を真実受けられるかどうかというのは、確約されない。
ヒヴェルディアだって、いつ、彼ら・彼女らに愛想を尽かされるかわかったものではないのだ。
だが、そうなったところでヒヴェルディアは一向に構わない。
魔力がなくなるわけでもなければ、魔法が使えなくなるわけでもないのだから。
生まれたときに与えられた付加価値のうちの一つが、価値を失くす、ただそれだけのこと。
そして、どうやらこの考え方を風の精霊たちは気に入っているらしい。
ヒヴェルディアが望めば、大抵のことは叶えてくれる。
今も一足飛びで、この地まで連れてきてくれたのだ。
本来、【過去視】や【未来視】は、魔法では可能にならないことだ。
けれど、精霊たちは寿命が長い。
人間など、彼らにとっては恐らく、咲いては枯れる花のようなもの。
そして彼らは、そんな人間の一生を、たくさん見てきたはずなのだ。
恐らく、ここで起きた過去を、情報として持っている精霊もいるに違いない。
だから、彼らに問う。
彼らの力を借りる。
そうやって、ヒヴェルディアは、過去を視るのだ。
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