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【3】キアラの過去への手がかり
9.発情期
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そういう経緯があって、うさぎさんのところでお手伝いが始まったばかりなのに、おかしい。
何だか身体が熱くてぽかぽか、ふわふわ、くらくらする。
頭はふわふわするのに、身体は妙に気だるくて重い。
くらくらして、足元がおぼつかない。
お昼を食べ過ぎて、眠たくなっているのだろうか。
キアラはそんな風に考えながらも、書庫の整理をしていた。
ぼんやりしそうになるたびに、手の甲や頬っぺたをつねる。
お手伝い初日から迷惑をかけるわけにはいかない。
それから、キアラが怠け者だと思われることは、ひいてはご主人様の評判に影響する。
キアラがしっかりしないわけにはいかないのだ。
ふんっとキアラが気合を入れ直したときだった。
コンコン、と書庫の扉を叩く音がした。
「はい!」
キアラが返事をすると、扉が開いて、トレイにポットやカップを載せたうさぎさんの姿が覗いた。
「キアラちゃん、いい時間だし、お茶に…」
ふと、うさぎさんの言葉が途切れる。
笑顔のうさぎさんの顔が、一瞬で険しくなって、敏捷な動きで扉を閉めた。
何か間違えた仕事をしていたのだろうかと、キアラは不安になった。
トレイを適当な高さの棚に置いたうさぎさんが、ずんずんと突き進んでくるので、一歩後ろに下がったキアラだったが、後ろには本棚があるのでこれ以上後退できない。
真剣な表情のうさぎさんは、キアラの目を覗き込みながら、声を潜めた。
「キアラちゃん、お薬、持ってる?」
うさぎさんの問いに、多少拍子抜けしたキアラは、目をぱちぱちと瞬かせる。
腰にぶら下げたポーチに手を伸ばして、中にお薬が入っていることを確認して、キアラは頷いた。
「はい」
キアラの返答に、うさぎさんはわずかにだが表情を和らげて、先程トレイを置いた本棚のところまで戻った。
そして、透明なカップに、飴色の液体を注いでいく。
ふわっと甘くて優しい香りが、キアラのところまで漂ってくる。
カップを持ったうさぎさんが、キアラのところまで来て、キアラにカップを差し出してくれた。
「水出しだから、キアラちゃんにも熱くないわ。 ハーブティーだから、これで発情期のお薬、飲んで」
「え」
いきなり、【発情期のお薬】と言われて、キアラは目を見張る。
発情期のお薬を飲む、なんて、まるでキアラが発情期のようではないか。
やっぱりキアラは、今日は調子がよくないのかもしれない。
その証拠に、いつもよりも頭が上手く回っていない。
うさぎさんの言っていることがわからないのだから。
キアラの様子に、うさぎさんは眉を下げた。
けれどそれを、【困った】という表情ではなく、【痛ましげ】で【労わる】ような表情だと、キアラは受け止める。
わかるわ、と共感してもらっているように、キアラは感じたのだ。
ポーチに触れたまま、カップを受け取ることができないキアラの手に、うさぎさんのカップを持っていない方の手が触れる。
「気づいてなかったの?」
うさぎさんは、何に、キアラが気づいていないと言いたいのだろう。
キアラは、何に、気づいていないのか。
ゆっくりと動く、うさぎさんの唇から、キアラは目を離せない。
「発情期の匂い、してる」
発情期の、匂い。
その、言葉を頭が理解すると、ぽかぽかしていた身体が、すーっと冷えていくような感じがした。
身体が動かないキアラの手を取って、カップを握らせながら、うさぎさんはキアラに言い聞かせる。
「大丈夫。 まだ、あいつは気づいてないから。 今日はもう帰った方がいいわ。 ヒヴェル、呼ぶから」
クルリと向きを変えて、扉へ向かおうとするうさぎさんの手を、キアラは反射的に掴んでいた。
「い、いやです」
自分でも、情けないくらいに動揺した声が出た。
声の調子が一本ではなく、強弱が不安定だ。
うさぎさんが振り返ってくれるので、キアラはうさぎさんに訴える。
「うさぎさん、行かないでください。 ひとりになるの、怖い、です」
怖い、と口から出ると、心も怖いことを意識したらしい。
身体が小刻みに震え出すのがわかった。
うさぎさんは、すぐにまたキアラに向き直ってくれて、そっとキアラの肩を抱いてくれる。
「うん、うん、わかった。 ここにいる」
うさぎさんは、キアラの手が上手く動かないことに気づいてくれて、キアラのポーチからお薬ケースを取り出してくれて、発情期のお薬を一錠取ってくれて、キアラの口に入れてくれた。
それを、キアラは何とか、飲み物で流し込む。
うさぎさんも魔法が使えるらしく、呼び出し番号でご主人様を呼び出そうとしている。
そういえば、ご主人様も、気軽にうさぎさんを呼び出していたのを思い出した。
「うさぎさん」
だから、キアラはひとつ、うさぎさんにお願いする。
「ご主人様には、キアラが発情期だって、内緒にしてください」
うさぎさんは、驚いた顔をしたけれど、頷いてくれた。
これ以上、ご主人様に、ご迷惑をおかけるすわけには、いかない。
キアラは、ぎゅっとお薬ケースを握りしめる。
ずっと、恐れていた発情期が来てしまった。
そして、絶望するのだ。
迎えに来てくれたご主人様が、キアラに何の反応も示さないことに。
何だか身体が熱くてぽかぽか、ふわふわ、くらくらする。
頭はふわふわするのに、身体は妙に気だるくて重い。
くらくらして、足元がおぼつかない。
お昼を食べ過ぎて、眠たくなっているのだろうか。
キアラはそんな風に考えながらも、書庫の整理をしていた。
ぼんやりしそうになるたびに、手の甲や頬っぺたをつねる。
お手伝い初日から迷惑をかけるわけにはいかない。
それから、キアラが怠け者だと思われることは、ひいてはご主人様の評判に影響する。
キアラがしっかりしないわけにはいかないのだ。
ふんっとキアラが気合を入れ直したときだった。
コンコン、と書庫の扉を叩く音がした。
「はい!」
キアラが返事をすると、扉が開いて、トレイにポットやカップを載せたうさぎさんの姿が覗いた。
「キアラちゃん、いい時間だし、お茶に…」
ふと、うさぎさんの言葉が途切れる。
笑顔のうさぎさんの顔が、一瞬で険しくなって、敏捷な動きで扉を閉めた。
何か間違えた仕事をしていたのだろうかと、キアラは不安になった。
トレイを適当な高さの棚に置いたうさぎさんが、ずんずんと突き進んでくるので、一歩後ろに下がったキアラだったが、後ろには本棚があるのでこれ以上後退できない。
真剣な表情のうさぎさんは、キアラの目を覗き込みながら、声を潜めた。
「キアラちゃん、お薬、持ってる?」
うさぎさんの問いに、多少拍子抜けしたキアラは、目をぱちぱちと瞬かせる。
腰にぶら下げたポーチに手を伸ばして、中にお薬が入っていることを確認して、キアラは頷いた。
「はい」
キアラの返答に、うさぎさんはわずかにだが表情を和らげて、先程トレイを置いた本棚のところまで戻った。
そして、透明なカップに、飴色の液体を注いでいく。
ふわっと甘くて優しい香りが、キアラのところまで漂ってくる。
カップを持ったうさぎさんが、キアラのところまで来て、キアラにカップを差し出してくれた。
「水出しだから、キアラちゃんにも熱くないわ。 ハーブティーだから、これで発情期のお薬、飲んで」
「え」
いきなり、【発情期のお薬】と言われて、キアラは目を見張る。
発情期のお薬を飲む、なんて、まるでキアラが発情期のようではないか。
やっぱりキアラは、今日は調子がよくないのかもしれない。
その証拠に、いつもよりも頭が上手く回っていない。
うさぎさんの言っていることがわからないのだから。
キアラの様子に、うさぎさんは眉を下げた。
けれどそれを、【困った】という表情ではなく、【痛ましげ】で【労わる】ような表情だと、キアラは受け止める。
わかるわ、と共感してもらっているように、キアラは感じたのだ。
ポーチに触れたまま、カップを受け取ることができないキアラの手に、うさぎさんのカップを持っていない方の手が触れる。
「気づいてなかったの?」
うさぎさんは、何に、キアラが気づいていないと言いたいのだろう。
キアラは、何に、気づいていないのか。
ゆっくりと動く、うさぎさんの唇から、キアラは目を離せない。
「発情期の匂い、してる」
発情期の、匂い。
その、言葉を頭が理解すると、ぽかぽかしていた身体が、すーっと冷えていくような感じがした。
身体が動かないキアラの手を取って、カップを握らせながら、うさぎさんはキアラに言い聞かせる。
「大丈夫。 まだ、あいつは気づいてないから。 今日はもう帰った方がいいわ。 ヒヴェル、呼ぶから」
クルリと向きを変えて、扉へ向かおうとするうさぎさんの手を、キアラは反射的に掴んでいた。
「い、いやです」
自分でも、情けないくらいに動揺した声が出た。
声の調子が一本ではなく、強弱が不安定だ。
うさぎさんが振り返ってくれるので、キアラはうさぎさんに訴える。
「うさぎさん、行かないでください。 ひとりになるの、怖い、です」
怖い、と口から出ると、心も怖いことを意識したらしい。
身体が小刻みに震え出すのがわかった。
うさぎさんは、すぐにまたキアラに向き直ってくれて、そっとキアラの肩を抱いてくれる。
「うん、うん、わかった。 ここにいる」
うさぎさんは、キアラの手が上手く動かないことに気づいてくれて、キアラのポーチからお薬ケースを取り出してくれて、発情期のお薬を一錠取ってくれて、キアラの口に入れてくれた。
それを、キアラは何とか、飲み物で流し込む。
うさぎさんも魔法が使えるらしく、呼び出し番号でご主人様を呼び出そうとしている。
そういえば、ご主人様も、気軽にうさぎさんを呼び出していたのを思い出した。
「うさぎさん」
だから、キアラはひとつ、うさぎさんにお願いする。
「ご主人様には、キアラが発情期だって、内緒にしてください」
うさぎさんは、驚いた顔をしたけれど、頷いてくれた。
これ以上、ご主人様に、ご迷惑をおかけるすわけには、いかない。
キアラは、ぎゅっとお薬ケースを握りしめる。
ずっと、恐れていた発情期が来てしまった。
そして、絶望するのだ。
迎えに来てくれたご主人様が、キアラに何の反応も示さないことに。
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