【R18】お猫様のお気に召すまま

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【3】キアラの過去への手がかり

8.あのひといやです

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「お前が、キアラ?」

 以前に、ご主人様と共に一度だけ訪れたことのある、うさぎさんの研究室の扉を開けたのだが、キアラと同じ人猫族らしい男の子が、腕組みをして仁王立ちでキアラを迎えた。
 キアラは意味がわからなくて、さっとご主人様の後ろに隠れる。

 昨日、キアラは、ご主人様に「キアラ、マリンのところでお手伝いしてみる?」と尋ねられた。
 キアラが一も二もなく頷いたのは、言うまでもない。


 キアラはずっと、ご主人様の使い魔としてご主人様のお手伝いをしてきたのだ。
 ご主人様のお役に立ちたくて、必死に魔法を覚えた。

 猫から人猫族になってからは、お家でお留守番をするのがキアラの役目で、出来る限りお家のことをするのがキアラの仕事だった。
 それでも、時間はあるもので、キアラは余った時間を文字の練習に充てていた。
 猫の頃から文字を読むのは問題なかったが、人猫族の姿になってみたら、文字を書くのが意外と難しい。

 きっと上手に書けるだろうと、妙な自信を持って書いた文字が、まるで事件現場のダイイングメッセージのようでショックを受けたキアラは、毎日文字の練習をした。
 何とか見られるようになってはきたが、キアラの目標はご主人様のように流れるようで美しい字を書くことだ。


 お家でほとんどの時間を過ごすようになったキアラだが、ご主人様のお役に立ちたい気持ちがなくなったわけではない。
 人猫族のキアラでは、ご主人様の使い魔になることはもう無理だということは理解しているけれど、ずっとご主人様のお世話になることに抵抗がないわけでもない。
 まだ、少しお家の外は怖いけれど、うさぎさんのように働くことができれば、ほんの少しでもご主人様のお役に立てるかもしれないとは、常々考えていたのだ。


 だから、こうして、周囲の人間ひとの物珍しげな視線に耐えながら、うさぎさんのいるお部屋にやって来たというのに、うさぎさんではない男の子がキアラを出迎えた。
 初めて見る、自分と同じ人猫族。


 キアラと同じ黒髪に、キアラと同じ黒い猫の耳、黒い猫の尻尾。
 目の色は、淡くて明るい黄色で、そこがキアラとは違う。

 その男の子のことを、怖いと思ったわけではないが、キアラを見下ろす目が――その男の子はキアラよりもほんの少しだけ背が高かったのだ――居心地が悪い。
 ここに来る途中や、うさぎさんとお出かけする際に、人間から向けられる目よりもずっと、嫌な感じだ。
 だから、反射的にご主人様の背後に隠れてしまったのだと思う。
 キアラがその男の子のことを何も知らないのに、その男の子がキアラの名前を知っているのも、キアラにとっては気持ちの悪いことだった。


「誰、です?」
 警戒心を剥き出しにしてキアラが問うと、その男の子は鼻白んだようで、冷たくわらった。

「お前、マイカそっくり。 でも、マイカの方が美人だったな。 あいつの血が入ってるみたいで、胸くそ悪い」
 言い残して、男の子はするりと身軽な動きでご主人様とキアラの横をすり抜けていった。
 吐き捨てられた言葉だけが、その場に置いていかれたような感じがする。


 マイカ、とか、あいつ、とか、何を言われているかわからなかった。
 けれど、その男の子が、何かひどいことを言っているのは、理解した。
 言葉がわからなくても、態度や声音、声の調子で良いことを言っているのか、悪いことを言っているのかはわかってしまうものだというのは、経験上知っている。
 キアラが無意識にぎゅっとご主人様の身に着けている騎士団の制服を握ると、ご主人様は気づいたようで振り返ってくれた。


「彼は、レナス・イヴィルガルドといって、キアラの叔父に当たるらしい」
「キアラの、おじ」
 キアラは、ただ、ご主人様の言葉を繰り返した。
 混乱しているのかもしれない。
 キアラの様子から、そのことを察してくれたのだろう。
 ご主人様は、キアラに向き直ってわずか屈み、視線を合わせてくれる。


「そう。 キアラの、お母さんの、弟らしい。 保護観察庁に照会したから間違いないよ」
 きっと、ご主人様はキアラの戸惑いを和らげようとして言ってくれたのだろう。
 身元が確かだということと、変なひとではないということを、伝えようとしてくれたのだと、思う。


 でも、キアラの中のもやもやは消えない。


 何が、こんなにもやもやするのかもわからない。
 ご主人様に、どう伝えたらいいのかもわからない。


「キアラ?」
 返事をしないキアラを、不思議に思ったのかもしれない。
 ご主人様がキアラの名前を呼んでくれた。
 きっとそのときのキアラは、自分の気持ちが、もやもやの理由がわからなくて、困って、切羽詰まった顔をしていたと思う。


 血の、繋がった、叔父だというひとを、こんな風に言うキアラを、ご主人様はいやだと思うかもしれない。
 けれど、言わずにはおれなかった。


「ご主人様、キアラ、あのひといやです」


 目の前の、ご主人様の目が、二三度瞬きする。
 恐らく、キアラのその言葉を、ご主人様は予想しなかったのだろう。
 キアラだって、こんな風に感じるなんて、思いもしなかった。


 でも、あの、目が、いやなのだ。


 キアラを、キアラとして見ていない。
 キアラが見て、聞いて、感じて、考えて、話して、動くことを、理解していない目だ。

 そう考えて、気づく。
 あれが、どんな目か。


「キアラのこと、同じ人猫族と思っていない目です」


 言葉が唇から零れた後で後悔するが、もう遅い。
 ご主人様は、三度、瞬きをした。

 キアラの訴えを、どのように受け取られたのか。
 そう不安になったキアラが俯くと、ぽんぽんと大きな手がキアラの頭を撫でてくれる。


「うん、わかった。 キアラがいやなら、いやでいいよ。 無理して話そうとか、仲良くなろうとしなくていい。 血が繋がってても、別の人格なんだから」


 ご主人様が、そう言ってくれて、キアラは心の底からほっとした。
 ほっとして、視線を上げると、ご主人様のロイヤルブルーサファイアの目と、合う。
 ご主人様の目は、慈愛と労りに満ちていた。


「大丈夫か? マリンのお手伝い、できそうか? 無理そうなら」
「大丈夫です。 キアラ、頑張ります」


 ご主人様は、基本的にはキアラに甘い。
 「無理そうなら」に続く言葉が、「今日は帰ろう」だと容易に予想できたキアラは、するりとご主人様の言葉の合間に滑りこむことに成功してほっと胸を撫で下ろす。


 キアラが頑張ると言うと、ご主人様はふっと笑ってくれた。
「うん、じゃあ、帰りは迎えに来るから」


 ご主人様の目は、キアラのことを認めてくれる目だ。


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