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【3】キアラの過去への手がかり

7.其は光

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 ヒヴェルディアは、キアラの部屋の棚に仕舞いっぱなしにしていた腕輪を久しぶりに取り出した。
 キアラの亡くなった飼い主の形見だと思ったら捨てられずに、かといってどうしたらいいのかわからずに、ずっとキアラの部屋で眠らせていたものだ。


 ベッドに仰向けになり、右手を頭の下に置いて、左手でその腕輪を持ち、光にかざす。


 この世界の衣服や装飾具類は、いくつかのサイズで作られていて、身に着ける人間によってサイズ補正されるような魔法が掛けられているのが基本だ。
 この、キアラが身に着けていた腕輪も、そうだったのだろう。
 猫につけさせるにしては、大きいな、とは思っていたのだ。 だが、大人がつけるにしては小さい。
 人間の子どもが身に着けるようなバングルを、猫のキアラにつけさせていたらしく、ヒヴェルディアが魔法の解除を行うとこの大きさになったことを、思い出す。


 キアラが、首輪ではなく、腕輪をつけていたのは、キアラの飼い主が、キアラが猫ではないことを知っていたからではないのか?
 そんな疑念すら、芽生える。


 考えれば考えるほど、わからなくなる。
 可能性は無限にあるのだ。
 その中で、真実と呼べるものがなんなのか、ヒヴェルディアにはまだ、わからない。


 ヒヴェルディアが、光にかざした腕輪を見つめ続けていると、階段を上る足音が聞こえてくる。
 キアラ以外にはいないので、ヒヴェルディアはさっと身を起こして、引き出しに腕輪を仕舞い、何事もなかったかのようにベッドに横になった。
 正にそのタイミングで、寝室の扉が開く。


「ご主人様、お風呂終わりました。 お風呂掃除もしました」


 扉を閉めたキアラは、言い終える頃にはいつも、ヒヴェルディアの隣にもぐりこんでいる。
 にこにこと微笑み、ごろごろとヒヴェルディアにすり寄るキアラの前髪を掻き上げるように撫でてやりながら、ヒヴェルディアは尋ねる。


「キアラ、お前、俺と出会う前のこと、覚えていたりする?」


 途端、キアラはきょとん、とした。
「いいえ」


 なぜ、そんなことを訊かれるのかわからない、というような顔だ。
 これが、演技だというなら、恐れ入る。
 キアラは、ぎゅっとヒヴェルディアに抱きついて、ヒヴェルディアを見上げつつ微笑んだ。


「キアラはきっと、ご主人様と出逢ったときに生まれたのだと思います」


 キアラの微笑みと、言葉の威力は絶大で、可愛くて可愛くて堪らなくて、気づいたときにはヒヴェルディアは、キアラをぎゅううと抱きしめていた。
 そうするとキアラはますます甘えて、ごろごろと顎のあたりを擦りつけてくる。

 なんだか、今日のキアラは、甘えただ。
 ヒヴェルディアとしては、キアラに甘えられるのは大歓迎なので、今日のキアラはヒヴェルディア的には二百点満点なのだけれど…。
 昼間のマリンの忠告のことがあるので、変に勘ぐってしまう。


「キアラ、今日、何かあったか?」
「? 何もありませんよ?」


 きょとんとするキアラが、隠し事をしているようには見えないので、ヒヴェルディアは先の質問の続きを投げかけることにする。


「例えば、キアラに、家族がいたとして、会いたいって、思う?」


 問う声は、口調は、いつも通りだっただろうか。
 私的な感情を排除して、問えただろうか。


 キアラは、ちょっとした声の変化や表情の変化に敏感だから、余計な気を回させたくない。
 いや、余裕のない姿を見せたくないのだろうか。
 その、どちらかもしれない。


 キアラは、目を丸くした後で、ふふっと笑った。
「いいえ。 だって、キアラの家族は、ご主人様だけです」


 言うや否や、キアラはヒヴェルディアの胸に顔を埋めてごろごろとする。
 今日のキアラが、甘えたでよかった、と思う。
 いや、今日だけでなく、いつも甘えたで一向にかまわないのだけれど。


 ヒヴェルディアは目を閉じて、キアラのしなやかな身体を抱きしめる。
 キアラを見つけて、キアラの重みを掌に感じたときのことを、思い出す。


 温かくて、ふわふわと柔らかくて、力を込めたら壊れてしまいそうで、壊れないように、大切に、大切に抱きしめた。


 キアラ。
 お前が俺の、光。


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