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【3】キアラの過去への手がかり
6.回想~黒い子猫との出逢い~
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キアラとの出会いは、十年前。
ヒヴェルディアが十五歳で、初めて魔法騎士として任務に訪れた集落で、出逢った。
初めての任務は、ヒヴェルディアにとっては、つらく、苦い思い出だ。
要請を受けて赴いた村は、既に廃墟というか、焼け焦げて倒壊した建物で、瓦礫の山へと化していたのだ。
地図にも載っていないような、小さな、集落だった。
集落があるという情報すら、なかったのだ。
それが、ヒヴェルディアたち魔法騎士の到着を遅らせた最大の要因だった。
火が放たれたのか、住人自ら放ったのか、生命の息吹など感じられない焼け野原が目の前に広がる。
何も残らず、人影などない。
地面まで焼けて黒くなり、熱が燻っていた。
あのとき嗅いだ臭いは、何とも表現しがたい。今まで嗅いだことのないような、胸の悪くなるような臭いだった。
もう一度嗅げば、すぐにこれだと言える臭いだが、もう二度と嗅ぎたいとは思わない。
風と水の複合魔法で現場の熱を収め、足を踏み入れた。
肌がじりじりするような熱さはなくなったけれど、じめっと水分を含んだ生ぬるい空気が衣服に、肌に纏わりつくのが不快だ。熱帯雨林とはこんな感じなのかもしれない。
一歩、足を進めては、周囲に呼びかける。
物音がしようものなら、駆けつけて呼びかけ、応答を待つ。
二次災害に注意しつつ、瓦礫をかき分けるが、生存者は見当たらない。
この集落の住人が皆逃げて、どこかで無事でいるなら、それでもいい。
それがいい。
そう思いながら進んでいた、ヒヴェルディアたち魔法騎士は、ぎくりとし、その場所で足を止めた。
建物の、礎がかろうじて残る程度で、まるでマグマが固まったような不自然な場所に行きついた。
どれほどの火力で焼かれたというのだろう。
そこに、転がっていたのは、無数の人骨。 あるいは、骨の欠片。
もはや、そこで何人が亡くなったのかすらわからなかった。
唯一わかったのは、それが人為的なものだということ。
それも、魔法を使える人間によるものだということだ。
丸焦げの遺体に出くわすことを、覚悟していた。
だのに、遺されていたのは、骨だけ。
それはつまり、その場に結界か何かのような密閉空間を作り、酸素を充満させ、内部から相当の火力で焼き尽くしたということ。
誰が、何の目的で、そんなことをしたのか、わからない。
はっきりしているのは、生存者がゼロだということだ。
魔法騎士になれば、たくさんのものを守れると思っていたし、たくさんのひとを救えると思っていた。
そう言われてきた。
だから努力し、志願し、魔法騎士になったのだ。
それなのに、初陣は、己の無力さを思い知らされただけだった。
何のために、自分は、魔法騎士になったのか。
立ち尽くし、打ちひしがれているヒヴェルディアの耳が、微かな音を拾ったのは、そのときだった。
まるで、赤子の泣き声のような、か細い声。
駆けだしたヒヴェルディアを、同じ部隊の人間はのちに、「ショックで気が触れたかと思った」と評した。
だが、そのときのヒヴェルディアは、救える命があるかもしれないと、必死になっていたのだ。
小さな、小さなその音を拾って、風の精霊の協力を得て、見つけたのは古びた涸れ井戸。
その中から、聞こえる声が、赤子ではなく猫の鳴き声だと知っても、部隊の誰も失望しなかった。
光の精霊の力を借りて照らされた暗い井戸の底には、紐の切れた水汲み桶があった。
その水汲み桶の中では、白い布にくるまった黒い子猫が上を見上げていた。
それからは、風の魔法と水の魔法を使って、その水汲み桶を引き上げた。
片手で掴めるほど小さな、小さな黒い猫。
衰弱していたが、確かに、生きていて、温かく、呼吸をしている。
その小さな命の存在に救われたのは、ヒヴェルディアだけではなかったはずだ。
希望だ、と思った。
あのときキアラに出会わなければ、ヒヴェルディアは剣を折っていたかもしれない。
田舎に帰って、牧師にでもなった方がいいとさえ、思っていたかもしれない。
ヒヴェルディアがキアラを見つけたときには、キアラはすでにキアラという名前だった。
その腕に、小さな銀の腕輪を嵌めており、そこに【最愛のキアラ】と彫られていたからだ。
首輪ではなく腕輪なのが珍しいとは思ったが、その程度で、ヒヴェルディアはキアラをこの集落の誰かに飼われていた飼い猫だと信じて疑わなかった。
ヒヴェルディアが十五歳で、初めて魔法騎士として任務に訪れた集落で、出逢った。
初めての任務は、ヒヴェルディアにとっては、つらく、苦い思い出だ。
要請を受けて赴いた村は、既に廃墟というか、焼け焦げて倒壊した建物で、瓦礫の山へと化していたのだ。
地図にも載っていないような、小さな、集落だった。
集落があるという情報すら、なかったのだ。
それが、ヒヴェルディアたち魔法騎士の到着を遅らせた最大の要因だった。
火が放たれたのか、住人自ら放ったのか、生命の息吹など感じられない焼け野原が目の前に広がる。
何も残らず、人影などない。
地面まで焼けて黒くなり、熱が燻っていた。
あのとき嗅いだ臭いは、何とも表現しがたい。今まで嗅いだことのないような、胸の悪くなるような臭いだった。
もう一度嗅げば、すぐにこれだと言える臭いだが、もう二度と嗅ぎたいとは思わない。
風と水の複合魔法で現場の熱を収め、足を踏み入れた。
肌がじりじりするような熱さはなくなったけれど、じめっと水分を含んだ生ぬるい空気が衣服に、肌に纏わりつくのが不快だ。熱帯雨林とはこんな感じなのかもしれない。
一歩、足を進めては、周囲に呼びかける。
物音がしようものなら、駆けつけて呼びかけ、応答を待つ。
二次災害に注意しつつ、瓦礫をかき分けるが、生存者は見当たらない。
この集落の住人が皆逃げて、どこかで無事でいるなら、それでもいい。
それがいい。
そう思いながら進んでいた、ヒヴェルディアたち魔法騎士は、ぎくりとし、その場所で足を止めた。
建物の、礎がかろうじて残る程度で、まるでマグマが固まったような不自然な場所に行きついた。
どれほどの火力で焼かれたというのだろう。
そこに、転がっていたのは、無数の人骨。 あるいは、骨の欠片。
もはや、そこで何人が亡くなったのかすらわからなかった。
唯一わかったのは、それが人為的なものだということ。
それも、魔法を使える人間によるものだということだ。
丸焦げの遺体に出くわすことを、覚悟していた。
だのに、遺されていたのは、骨だけ。
それはつまり、その場に結界か何かのような密閉空間を作り、酸素を充満させ、内部から相当の火力で焼き尽くしたということ。
誰が、何の目的で、そんなことをしたのか、わからない。
はっきりしているのは、生存者がゼロだということだ。
魔法騎士になれば、たくさんのものを守れると思っていたし、たくさんのひとを救えると思っていた。
そう言われてきた。
だから努力し、志願し、魔法騎士になったのだ。
それなのに、初陣は、己の無力さを思い知らされただけだった。
何のために、自分は、魔法騎士になったのか。
立ち尽くし、打ちひしがれているヒヴェルディアの耳が、微かな音を拾ったのは、そのときだった。
まるで、赤子の泣き声のような、か細い声。
駆けだしたヒヴェルディアを、同じ部隊の人間はのちに、「ショックで気が触れたかと思った」と評した。
だが、そのときのヒヴェルディアは、救える命があるかもしれないと、必死になっていたのだ。
小さな、小さなその音を拾って、風の精霊の協力を得て、見つけたのは古びた涸れ井戸。
その中から、聞こえる声が、赤子ではなく猫の鳴き声だと知っても、部隊の誰も失望しなかった。
光の精霊の力を借りて照らされた暗い井戸の底には、紐の切れた水汲み桶があった。
その水汲み桶の中では、白い布にくるまった黒い子猫が上を見上げていた。
それからは、風の魔法と水の魔法を使って、その水汲み桶を引き上げた。
片手で掴めるほど小さな、小さな黒い猫。
衰弱していたが、確かに、生きていて、温かく、呼吸をしている。
その小さな命の存在に救われたのは、ヒヴェルディアだけではなかったはずだ。
希望だ、と思った。
あのときキアラに出会わなければ、ヒヴェルディアは剣を折っていたかもしれない。
田舎に帰って、牧師にでもなった方がいいとさえ、思っていたかもしれない。
ヒヴェルディアがキアラを見つけたときには、キアラはすでにキアラという名前だった。
その腕に、小さな銀の腕輪を嵌めており、そこに【最愛のキアラ】と彫られていたからだ。
首輪ではなく腕輪なのが珍しいとは思ったが、その程度で、ヒヴェルディアはキアラをこの集落の誰かに飼われていた飼い猫だと信じて疑わなかった。
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