【R18】お猫様のお気に召すまま

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【3】キアラの過去への手がかり

1.種の違い

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「キアラちゃんに【結婚】って言葉使ったの?」

 え、嘘。 そんなこと言っちゃったの?
 という、マリンの言外の言葉を、ヒヴェルディアはしっかりと拾う。
 言われずともわかる。
 マリンの表情は雄弁で、そこまで語ってくれている。


 昨夜は、修羅場にはならなかった。
 なりようがない。
 キアラはヒヴェルディアが受けた衝撃を理解していないのだから。
 だが、ヒヴェルディアは、けろっとしてすやすやと安眠を享受するキアラの隣で眠れぬ夜を過ごさずにはいられなかった。

 まあ、そういうわけで、ヒヴェルディアはキアラと科は違うが同じ人獣族で、人兎族のマリンのいる研究棟研究室Cへと足を運んだわけだ。
 キアラに結婚の話題を出したが、すげなく流された(振られたという言葉は使いたくない)という相談を持ちかけたら、マリンのこの反応。
 テーブルを挟んだ向こうで、前のめりに頬杖をついたマリンは呆れ顔だ。


「馬っ鹿ねぇ。 先に相談してくれたらよかったのに」
 マリンは何か納得しているようだが、ヒヴェルディアには、本当に、全く、理解できない。


 ヒヴェルディアはキアラが可愛いし、好きだし、大好きだし、キアラだってヒヴェルディアを好きだと言ってくれた。
 ヒヴェルディアとしか交尾えっちしたくないということだって、言ってくれた。


 なのに、どうして結婚はしないと言うのか?
 謎でしかない。 少なくとも、ヒヴェルディアにとっては。


 けれど、マリンが納得するということは、人獣族について【結婚】という言葉、もしくは状態は、喜ばしいものではないのかもしれない。
 ようやくそう、思い至る。


 誰にも、渡したくない。
 触れさせたくない。
 それから、【ご主人様】ではなく、名前を呼んでほしい。
 主従ではなくて、対等な関係になりたい。

 だから、自然と、結婚という言葉が出た。

 そういう関係に、枠組みに当てはめてしまった方が、キアラにとっては理解しやすいと思ったからだ。
 だが、キアラの理解は及ばず、ヒヴェルディアがダメージを受けただけで終えた。


 本当はわかっている。
 ヒヴェルディアはキアラに理解されなかった、という受け止め方をしたが、キアラにとってはヒヴェルディアの理解がキアラの理解と異なる、ただそれだけの問題なのだということを。
 ただそれだけの問題、と言ったが、それが一番根深く、始末に負えない問題だとも、ヒヴェルディアは理解している。


 キアラは、ヒヴェルディアの言葉こそ意味がわからないというような顔をしていた。
 ばかりか、「だって、猫は猫と番います。 人猫族は人猫族と一緒になるものです。 人猫族のキアラと人間のご主人様は結婚しません」と断言したのだ。
 キアラは、そう、疑っていない。


 確かに、人猫族のキアラと、人間のヒヴェルディアでは、障害が多いことも理解している。
 人獣族は基本、人獣族同士…それも、同じ科の人獣族と婚姻することが推奨されるものだ。


 種の、保存のために。


 そう考えて、ヒヴェルディアは言いようもない苛立ちに襲われる。
 種の保存がなんだというのだろう。
 全ては、人間の、一部の人獣族たちの都合ではないか。
 その種がなくなったところで、当人たちに影響はない。


 惜しんでいるのは、人間と、一部の人獣族。
 人獣族は、ただ単にその血が絶えることを恐れている。
 血の呪いとでも呼ぶのだろうか。
 例えばその種族が絶えたところで、先祖に恨まれるなんてことは一切ないのに。


 人間は、人獣族が滅びることで生じるかもしれない、変化を恐れているのだ。
 動物や植物が絶滅するのと同じく、生態系への影響、それから、自分たち人間への影響を。


 キアラは、ものではないのに。


「…ヒヴェル、しかめ面。 わたしの話、聞く気ある?」
 マリンの声に、ハッとして、ヒヴェルディアは顔を上げる。
「あ、…悪い」


 頬杖をついたままのマリンは、ふっと息を吐く。
「ま、いいけど。 人獣族にとっても、だけど、キアラちゃんは自分を猫だと思ってた期間が長かったから余計に、じゃない? 『夫婦になろう』…でも、微妙かしら。 一番は、『番になろう』だったんだろうけど」
「何が違う?」
 すらすらと述べるマリンが一呼吸開けた隙を見逃さず、ヒヴェルディアは尋ねた。


 ヒヴェルディアにとっては、精霊の祝福を受ける、は浮気防止の呪いでしかないし、『番になろう』も『夫婦になろう』も、イコール『結婚しよう』なので、その違いがわからない。


 すると、急にマリンが真顔になった。
「何言ってるの? 結婚なんて紙一枚の上での契約でしょ。 人間は、好きじゃなくても結婚するわ。 だからわたしたちにとって、【結婚】という言葉は【番う】とも【夫婦になる】とも全く違った意味合いよ。 わたしたちは好きでなければ、番わないし夫婦にならない」


 がんっと頭を鈍器で殴られたような衝撃、だった。


 主従でない関係になりたい。
 対等な関係になりたい。
 ヒヴェルディアがそう思って口にした言葉は、キアラにとっては新しい契約を望む言葉に過ぎなかったと?


 衝撃を受けるヒヴェルディアになど、気づかないのか、どうでもいいのか、マリンは真っ直ぐにヒヴェルディアの目を見つめて続けるのだ。
「わかってる? ヒヴェル。 キアラちゃんは確かに可愛いしいい子だけど、人間と人獣族じゃ違うの」


 それでもあんた、キアラちゃんがいいの?
 そう、尋ねてくるマリンの目は、「人獣族同士、人間同士の方が、絶対いいに決まっている」と言っている。


「人間同士だって、全てわかり合えるわけじゃないのに、自分を猫だと思って生きてきた、人猫族の女の子よ? 上手くいくって思ってる?」
「人間同士だって、全てわかり合えるわけじゃないなら、人間と人猫族だって同じだ」
 苦しい反論だ、と思わなかったわけではない。
 けれど、今、ヒヴェルディアに言えるのは、それだけだった。
 共通項が多い方が、上手くいくことはわかっている。
 でも、ヒヴェルディアは価値観や感性が近しい存在だから恋するわけではない。


 ヒヴェルディアは、ほかの誰でもなく、キアラがいい。
 もう、恋には落ちているのだ。


 だから、共通項を探すよりも、お互いの理解を深めて、違うところを知っていく方が重要だと思っている。
 わかり合えないならば、知って、認め合う努力をしていけばいい。


 マリンは、ヒヴェルディアの答えをどう受け取ったのだろう。
 肩を竦めて目を閉じて、また、ふっと息を吐いた。
「…そういう考え方もあるわね」


 やれやれ、とでも言ったところだろうか。
 ヒヴェルディアは、自身が眉間に皺を寄せていることに気づいて、眉間に指をやって揉み解す。
「…マリンは、俺とキアラが上手くいかなければいいとでも思ってるのか?」
「…う~ん………、キアラちゃんが泣くような事態にならなければ、正直どっちでもいいと思ってる」
 思案するようにわずか宙を見上げたあとで、マリンはそんな風に言った。
 マリンの言を、ヒヴェルディアは注意深く考察する。
「…つまり、俺がキアラと上手くいこうがいくまいが、キアラが泣いた場合、俺がしばかれると」
「やぁだ、そんなの…、当たり前じゃない」
 うふふふ、と笑顔のマリンは、表情と言葉が一致していない。


 やはり、マリンのキアラに対する過保護は、度を超えていると思うのだが。
 自分のキアラ溺愛っぷりを棚に上げてそんなことを考えていたヒヴェルディアだが、ふと扉の向こうの足音に気づいた。
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