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【2】猫ではないキアラの新生活
8.守りに入る尻尾*
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キアラが話を進めていくうちに、ご主人様の笑顔が固まるのもわかった。
笑顔が強張る、というよりも、笑顔が固まる、といった表情なのだ。
笑顔のままで固まる、と言った方がいいかもしれない。
でも、ご主人様が笑顔のままで固まった理由がわからなくて、キアラがご主人様を見つめていると、ご主人様は一度目を閉じる。
思案するように両目の間と両眉の間の間のところに力が入っているのもわかるし、ご主人様は無言だ。
キアラがじっとご主人様の言葉を待っていると、ご主人様はぱっと目を開いて、微笑んだ。
「でも、キアラは猫じゃなかったんだから、もう、猫同士でグルーミングする必要もないよね? 人猫族同士でもするの? 恋人がいるからだめって断れるよね?」
立て続けの問いに、キアラは気圧されて、即答することができなかった。
立て続けの問い、それだけではない。
ご主人様の笑顔が、いつもの笑顔と違うような気がするし、綺麗なロイヤルブルーサファイアの瞳だって、なぜか仄昏く見える。
そこで、キアラは気づいた。
ご主人様の纏う空気ですら、いつもと違うことに。
威圧的、とは違うと思うのだけれど、ご主人様が無意識に纏う空気に、やはり気圧されずにはいられない、というか。
姿勢を低くして後退りしたいような気持ちだ。
きっと、猫のときのキアラなら、そのようにしていた。
実際、ご主人様のかいた胡坐の中に納まって、ご主人様の腕や胸に身体を預けていたのだが、腰が引け気味の体勢になっている自覚がある。
逃げ腰になっているキアラに気づいているのかいないのか…、ご主人様の形の良い唇が動いた。
「例えば、キアラ、俺が人間の誰かに耳を舐められていたらどう思う?」
「! いやです!」
その答えは、反射で出た。
ご主人様が、人間の誰かに、耳を舐められていたらどう思うか、なんて、いやに決まっている。
だって、人間は、耳を舐め合う習慣なんてない。
普段しないことをさせるのが、人間の間では特別なことだと、キアラは知っている。
だから嫌だと言ったのであって、それはキアラが身を置いていた猫の世界や人猫族の世界では当てはまらないことなのだけれど、ご主人様はなぜかここでほっとしたように微笑む。
「だろう?」
ほっとしたように、と思ったが、違うかもしれない。
自分の主張が正しいものと認められて満足したような、だろうか、とキアラは観察する。
少し引けているキアラの腰ごと引き寄せるように抱き込んだご主人様のぬくもりと匂いに和み、癒されていると、なんだかよくわからない言葉が降ってきた。
「だから、俺以外にはさせたらだめだし、俺はしてもいいだろう?」
…それは、キアラの耳を舐めることに関して、で間違いないだろうか。
いいか悪いかと訊かれればよくわからないとしか言いようがない。
だって、猫や人猫族の間では、グルーミングは親しい間柄のコミュニケーションのひとつだ。
だから、猫や人猫族の世界では普通のことだけれど、人間の世界では普通のことではない。
考えているうちに混乱してきたキアラは、最終的には考えることを放棄して、こう答える。
「はい…?」
返事の最後に無意識についてしまった疑問符が、せめてもの抵抗だと推し量ってもらえればいいかな、くらいに考えていたのだが、それが甘かった。
黒い毛に覆われた耳の外側ではなく、耳の縁をなぞるように生温かくて柔らかい感触。
くちゅ、と深いキスをしているときに内側から響くような音が聞こえて、ぶわっと全身の毛が逆立つ。
「んにゃっ! ご主人様っ…!」
自分の身を守るために、反射で耳を伏せようとしたのだが、ご主人様の手がキアラの耳の付け根を優しく掴みつつ、耳の内側をさわさわと撫でる。
その撫で方にもぞわぞわして、キアラがふるるっと震えるとご主人様は再度耳の内側を舐めてきた。
「なぁぁ…」
「耳の内側の方が感じるんだ? だめだよ、蓋したら」
キアラが耳を伏せることを、蓋をしたら、と表現するご主人様が可愛い、なんて呑気に考えている暇はなかった。
「にゃ!?」
お尻というか、尻尾の付け根に違和感を覚えて、背中が弓なりにのけぞる。
ご主人様の左手はいつの間にかキアラの右耳から離れていて、キアラの尻尾の付け根周辺を、さわさわと撫でていたのだ。
「尻尾の付け根も気持ちいいんだ?」
頭は混乱していたが、耳が「気持ちいい」という単語を拾うことはできたので、キアラは考える。
この、ぞわぞわ、ざわざわする、落ち着かない感じが、果たして「気持ちいい」なのだろうか?
キアラの知る、「気持ちいい」とは違うような気がする。
それとも、これをずっと我慢していれば、「気持ちいい」になるのだろうか。
「気持ちいい、ですか? 腰が、浮くような、不安な感じがします」
心許なくて、キアラは縋るような思いでご主人様を見た。
すると、ご主人様は納得したように頷くのだ。
「ああ、それで、尻尾、守りに入っちゃってるのか」
尻尾が守りに、と言われてキアラは気づく。
ご主人様のかいた胡坐と、キアラのお尻の間をぬって尻尾が脚の間を守るように張り付いていることに。
尻尾の付け根を撫でていたご主人様の手が、今度は尻尾を挟んで撫でるようにして、キアラの太腿の付け根を撫で始める。
「にぁ」
「ねぇ、いい子だから尻尾上げて? もっと気持ちいいこと、してあげる」
ご主人様の甘い声が、誘うように耳元で揺れて、腰まで甘い震えが走る。
「もっと、気持ちいい、こと」
うまく回らない頭で、そう繰り返すと、ご主人様がさらに艶っぽくて甘い声で囁いた。
「そろそろ、えっちの練習、してもいいだろう? 俺がはいるとこ、慣らさないとつらいよ?」
ご主人様が、尻尾を指で挟むようにして撫でていたキアラの脚の間を、意味ありげにとんとんとノックする。
どこを、慣らさないと、と言っているかはそれでわかって、キアラはどんな顔をしていいのかわからなくなる。
恥ずかしくて、困る。
けれど、嫌なわけではなくて、顔が熱い。
「指、入れたらいや?」
身体をかちこちにしているキアラに気づいているのだろう。
ご主人様はキアラの顔を覗き込みながら、じっとキアラの目を見つめて問うのだ。
キアラに返せる答えなんて、ひとつなのに。
キアラは両手で顔を覆って、項垂れる。
脚の間をがっちりガードしていた尻尾から力が抜けるのも、わかった。
「ご主人様だから、いやではないです…」
「…うん、ありがとう。 大好き、キアラ」
耳元で微笑む空気と、甘くて優しい声を聞く。
ご主人様はもしかすると、キアラの答えなんてお見通しの上で、問を投げかけているのかもしれない。
そんなことをふと思うキアラだった。
笑顔が強張る、というよりも、笑顔が固まる、といった表情なのだ。
笑顔のままで固まる、と言った方がいいかもしれない。
でも、ご主人様が笑顔のままで固まった理由がわからなくて、キアラがご主人様を見つめていると、ご主人様は一度目を閉じる。
思案するように両目の間と両眉の間の間のところに力が入っているのもわかるし、ご主人様は無言だ。
キアラがじっとご主人様の言葉を待っていると、ご主人様はぱっと目を開いて、微笑んだ。
「でも、キアラは猫じゃなかったんだから、もう、猫同士でグルーミングする必要もないよね? 人猫族同士でもするの? 恋人がいるからだめって断れるよね?」
立て続けの問いに、キアラは気圧されて、即答することができなかった。
立て続けの問い、それだけではない。
ご主人様の笑顔が、いつもの笑顔と違うような気がするし、綺麗なロイヤルブルーサファイアの瞳だって、なぜか仄昏く見える。
そこで、キアラは気づいた。
ご主人様の纏う空気ですら、いつもと違うことに。
威圧的、とは違うと思うのだけれど、ご主人様が無意識に纏う空気に、やはり気圧されずにはいられない、というか。
姿勢を低くして後退りしたいような気持ちだ。
きっと、猫のときのキアラなら、そのようにしていた。
実際、ご主人様のかいた胡坐の中に納まって、ご主人様の腕や胸に身体を預けていたのだが、腰が引け気味の体勢になっている自覚がある。
逃げ腰になっているキアラに気づいているのかいないのか…、ご主人様の形の良い唇が動いた。
「例えば、キアラ、俺が人間の誰かに耳を舐められていたらどう思う?」
「! いやです!」
その答えは、反射で出た。
ご主人様が、人間の誰かに、耳を舐められていたらどう思うか、なんて、いやに決まっている。
だって、人間は、耳を舐め合う習慣なんてない。
普段しないことをさせるのが、人間の間では特別なことだと、キアラは知っている。
だから嫌だと言ったのであって、それはキアラが身を置いていた猫の世界や人猫族の世界では当てはまらないことなのだけれど、ご主人様はなぜかここでほっとしたように微笑む。
「だろう?」
ほっとしたように、と思ったが、違うかもしれない。
自分の主張が正しいものと認められて満足したような、だろうか、とキアラは観察する。
少し引けているキアラの腰ごと引き寄せるように抱き込んだご主人様のぬくもりと匂いに和み、癒されていると、なんだかよくわからない言葉が降ってきた。
「だから、俺以外にはさせたらだめだし、俺はしてもいいだろう?」
…それは、キアラの耳を舐めることに関して、で間違いないだろうか。
いいか悪いかと訊かれればよくわからないとしか言いようがない。
だって、猫や人猫族の間では、グルーミングは親しい間柄のコミュニケーションのひとつだ。
だから、猫や人猫族の世界では普通のことだけれど、人間の世界では普通のことではない。
考えているうちに混乱してきたキアラは、最終的には考えることを放棄して、こう答える。
「はい…?」
返事の最後に無意識についてしまった疑問符が、せめてもの抵抗だと推し量ってもらえればいいかな、くらいに考えていたのだが、それが甘かった。
黒い毛に覆われた耳の外側ではなく、耳の縁をなぞるように生温かくて柔らかい感触。
くちゅ、と深いキスをしているときに内側から響くような音が聞こえて、ぶわっと全身の毛が逆立つ。
「んにゃっ! ご主人様っ…!」
自分の身を守るために、反射で耳を伏せようとしたのだが、ご主人様の手がキアラの耳の付け根を優しく掴みつつ、耳の内側をさわさわと撫でる。
その撫で方にもぞわぞわして、キアラがふるるっと震えるとご主人様は再度耳の内側を舐めてきた。
「なぁぁ…」
「耳の内側の方が感じるんだ? だめだよ、蓋したら」
キアラが耳を伏せることを、蓋をしたら、と表現するご主人様が可愛い、なんて呑気に考えている暇はなかった。
「にゃ!?」
お尻というか、尻尾の付け根に違和感を覚えて、背中が弓なりにのけぞる。
ご主人様の左手はいつの間にかキアラの右耳から離れていて、キアラの尻尾の付け根周辺を、さわさわと撫でていたのだ。
「尻尾の付け根も気持ちいいんだ?」
頭は混乱していたが、耳が「気持ちいい」という単語を拾うことはできたので、キアラは考える。
この、ぞわぞわ、ざわざわする、落ち着かない感じが、果たして「気持ちいい」なのだろうか?
キアラの知る、「気持ちいい」とは違うような気がする。
それとも、これをずっと我慢していれば、「気持ちいい」になるのだろうか。
「気持ちいい、ですか? 腰が、浮くような、不安な感じがします」
心許なくて、キアラは縋るような思いでご主人様を見た。
すると、ご主人様は納得したように頷くのだ。
「ああ、それで、尻尾、守りに入っちゃってるのか」
尻尾が守りに、と言われてキアラは気づく。
ご主人様のかいた胡坐と、キアラのお尻の間をぬって尻尾が脚の間を守るように張り付いていることに。
尻尾の付け根を撫でていたご主人様の手が、今度は尻尾を挟んで撫でるようにして、キアラの太腿の付け根を撫で始める。
「にぁ」
「ねぇ、いい子だから尻尾上げて? もっと気持ちいいこと、してあげる」
ご主人様の甘い声が、誘うように耳元で揺れて、腰まで甘い震えが走る。
「もっと、気持ちいい、こと」
うまく回らない頭で、そう繰り返すと、ご主人様がさらに艶っぽくて甘い声で囁いた。
「そろそろ、えっちの練習、してもいいだろう? 俺がはいるとこ、慣らさないとつらいよ?」
ご主人様が、尻尾を指で挟むようにして撫でていたキアラの脚の間を、意味ありげにとんとんとノックする。
どこを、慣らさないと、と言っているかはそれでわかって、キアラはどんな顔をしていいのかわからなくなる。
恥ずかしくて、困る。
けれど、嫌なわけではなくて、顔が熱い。
「指、入れたらいや?」
身体をかちこちにしているキアラに気づいているのだろう。
ご主人様はキアラの顔を覗き込みながら、じっとキアラの目を見つめて問うのだ。
キアラに返せる答えなんて、ひとつなのに。
キアラは両手で顔を覆って、項垂れる。
脚の間をがっちりガードしていた尻尾から力が抜けるのも、わかった。
「ご主人様だから、いやではないです…」
「…うん、ありがとう。 大好き、キアラ」
耳元で微笑む空気と、甘くて優しい声を聞く。
ご主人様はもしかすると、キアラの答えなんてお見通しの上で、問を投げかけているのかもしれない。
そんなことをふと思うキアラだった。
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