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【2】猫ではないキアラの新生活
3.ご主人様臭いです
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お風呂を溜め終えて、キアラはふぅっと息を吐いた。
もうすぐご主人様が帰ってくる時間だ。
お湯の温かさが逃げないように、キアラはバスタブに蓋をする。
少しずつ、お家のことを教えてもらっている。
キアラは人獣族だから、ご主人様はキアラをあまりひとりで歩かせたくないと思っているし、仕事場に連れて行くのもよくないと思っているらしいのだ。
キアラもそれで納得したから、お家でお留守番をしている。
朝ご飯と夕ご飯の片づけは、キアラの当番だ。
お洗濯はご主人様が夜のうちに魔法で終わらせてくれるので、お洗濯ものを干すのはキアラがやる。
畳むのもキアラの分担だ。
キアラが猫のときは、ご主人様と一緒にご主人様のお仕事先に行って、ご主人様と一緒に帰ってきて、何から何までご主人様にやってもらっていた。
キアラは、ご主人様に遊んでもらうか、ご主人様に買ってもらった玩具で遊んでいればよかったのである。
キアラが人猫族の姿になって嬉しかったのは、ご主人様とお話できるようになったこと。
キアラの気持ちを伝えられるようになったこと。
それから、ご主人様が喜んでくれることを、少しずつでもできるようになっていることだ。
お湯を溜め終えて浴室から出ると、ご主人様の足音が聞こえるような気がして、キアラは耳を動かす。
人猫族の姿になったら、猫のときよりも耳で拾える音の範囲や、鼻で識別できる臭いが少なくなった。
目は、猫のときよりも見えるようになったと思う。
動いているものは、猫のときの方がよく見えたけれど、止まっているものや景色は、今の方がずっとよく見える。
猫のときのキアラは、世の中にこんなにたくさんの色があることは知らなかった。
目線の高さも、今よりもずっと低くて、世界は大きくて広いものだと思っていた。
だから、今は自分が巨人になったかのように感じている。
そして、世界がこんなに鮮やかで彩りに満ちたものだなんて、知らなかった。
そのなかでも、キアラのご主人様はひときわ輝いて見えるのだからすごいと思う。
玄関まで辿り着いたキアラは、ドアノブに手をかける。
ご主人様は、お留守番のキアラを心配して、玄関の鍵を術式で【オートロック】というものに変えてくれたのだ。
キアラは鍵を持っていないので、外に出ると勝手に鍵がかかってお家の中に入れなくなるのだと説明された。
だからキアラは、お家をじっと守っているのである。
扉を開けて、ご主人様お帰りなさいませ、と言おうとしてキアラは目を見張った。
「こんにちは~、キアラちゃん」
そこにいたのは、人兎族のうさぎさんだった。
「あれ? ご主人様ではありません」
確かに、ご主人様の足音が聞こえたような気がしたのに。
首を傾げるキアラに、うさぎさんはもう一度、笑みかけてくれる。
「キアラちゃん、こんにちは」
「はい、こんにちは、うさぎさん」
うさぎさんにつられてキアラが笑うと、風に乗ってご主人様の匂いがした。
「こら、キアラ。 不用心に扉を開けるな」
うさぎさんの後ろにご主人様がいて、溜息をついている。
ご主人様はきっと、「誰が来ても鍵を開けるんじゃない」というご主人様の言いつけを、キアラが守らなかったと思ったのだろう。
それは濡れ衣だ、とキアラは訴える。
「ご主人様の足音がしました」
だからご主人様だと思って出迎えに来たし、扉を開けたのである。
ご主人様は、キアラの言葉を聞いて、やわらかく微笑んでくれた。
キアラの言いたいことはきちんと伝わったようだと、キアラも微笑む。
「中に入れて」
「はい」
ご主人様の言葉に従って、キアラは一歩二歩と下がって、ご主人様のために道を開ける。
うさぎさんの隣をすり抜けるようにして玄関に入ってきた。
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
いつものように、ご主人様の袖の辺りを掴んで伸びをする。
いつものようにご主人様の鼻の頭にちゅうとキスをしたキアラだが、近くで吸い込むご主人様の匂いが、いつもとは違うことに気づいて固まる。
「そんなことさせてるの? あんた」
「キアラにとっては挨拶なんだ。 猫のときの名残っていうか」
うさぎさんが、玄関の扉を閉めながら、ご主人様と話している内容も、今のキアラの耳には入ってこない。
「…どうした? キアラ」
キアラが固まっているのに気づいたらしいご主人様が、キアラの顔を覗き込みながら尋ねてくる。
王子様のような顔に、そんな優しくて心配そうな表情を浮かべたって、キアラは誤魔化されない。
キッとご主人様の王子様みたいな顔を、睨めつけた。
精一杯怖い顔をして、精一杯怖い声で告げる。
「ご主人様、お風呂してください。 臭いです」
もうすぐご主人様が帰ってくる時間だ。
お湯の温かさが逃げないように、キアラはバスタブに蓋をする。
少しずつ、お家のことを教えてもらっている。
キアラは人獣族だから、ご主人様はキアラをあまりひとりで歩かせたくないと思っているし、仕事場に連れて行くのもよくないと思っているらしいのだ。
キアラもそれで納得したから、お家でお留守番をしている。
朝ご飯と夕ご飯の片づけは、キアラの当番だ。
お洗濯はご主人様が夜のうちに魔法で終わらせてくれるので、お洗濯ものを干すのはキアラがやる。
畳むのもキアラの分担だ。
キアラが猫のときは、ご主人様と一緒にご主人様のお仕事先に行って、ご主人様と一緒に帰ってきて、何から何までご主人様にやってもらっていた。
キアラは、ご主人様に遊んでもらうか、ご主人様に買ってもらった玩具で遊んでいればよかったのである。
キアラが人猫族の姿になって嬉しかったのは、ご主人様とお話できるようになったこと。
キアラの気持ちを伝えられるようになったこと。
それから、ご主人様が喜んでくれることを、少しずつでもできるようになっていることだ。
お湯を溜め終えて浴室から出ると、ご主人様の足音が聞こえるような気がして、キアラは耳を動かす。
人猫族の姿になったら、猫のときよりも耳で拾える音の範囲や、鼻で識別できる臭いが少なくなった。
目は、猫のときよりも見えるようになったと思う。
動いているものは、猫のときの方がよく見えたけれど、止まっているものや景色は、今の方がずっとよく見える。
猫のときのキアラは、世の中にこんなにたくさんの色があることは知らなかった。
目線の高さも、今よりもずっと低くて、世界は大きくて広いものだと思っていた。
だから、今は自分が巨人になったかのように感じている。
そして、世界がこんなに鮮やかで彩りに満ちたものだなんて、知らなかった。
そのなかでも、キアラのご主人様はひときわ輝いて見えるのだからすごいと思う。
玄関まで辿り着いたキアラは、ドアノブに手をかける。
ご主人様は、お留守番のキアラを心配して、玄関の鍵を術式で【オートロック】というものに変えてくれたのだ。
キアラは鍵を持っていないので、外に出ると勝手に鍵がかかってお家の中に入れなくなるのだと説明された。
だからキアラは、お家をじっと守っているのである。
扉を開けて、ご主人様お帰りなさいませ、と言おうとしてキアラは目を見張った。
「こんにちは~、キアラちゃん」
そこにいたのは、人兎族のうさぎさんだった。
「あれ? ご主人様ではありません」
確かに、ご主人様の足音が聞こえたような気がしたのに。
首を傾げるキアラに、うさぎさんはもう一度、笑みかけてくれる。
「キアラちゃん、こんにちは」
「はい、こんにちは、うさぎさん」
うさぎさんにつられてキアラが笑うと、風に乗ってご主人様の匂いがした。
「こら、キアラ。 不用心に扉を開けるな」
うさぎさんの後ろにご主人様がいて、溜息をついている。
ご主人様はきっと、「誰が来ても鍵を開けるんじゃない」というご主人様の言いつけを、キアラが守らなかったと思ったのだろう。
それは濡れ衣だ、とキアラは訴える。
「ご主人様の足音がしました」
だからご主人様だと思って出迎えに来たし、扉を開けたのである。
ご主人様は、キアラの言葉を聞いて、やわらかく微笑んでくれた。
キアラの言いたいことはきちんと伝わったようだと、キアラも微笑む。
「中に入れて」
「はい」
ご主人様の言葉に従って、キアラは一歩二歩と下がって、ご主人様のために道を開ける。
うさぎさんの隣をすり抜けるようにして玄関に入ってきた。
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
いつものように、ご主人様の袖の辺りを掴んで伸びをする。
いつものようにご主人様の鼻の頭にちゅうとキスをしたキアラだが、近くで吸い込むご主人様の匂いが、いつもとは違うことに気づいて固まる。
「そんなことさせてるの? あんた」
「キアラにとっては挨拶なんだ。 猫のときの名残っていうか」
うさぎさんが、玄関の扉を閉めながら、ご主人様と話している内容も、今のキアラの耳には入ってこない。
「…どうした? キアラ」
キアラが固まっているのに気づいたらしいご主人様が、キアラの顔を覗き込みながら尋ねてくる。
王子様のような顔に、そんな優しくて心配そうな表情を浮かべたって、キアラは誤魔化されない。
キッとご主人様の王子様みたいな顔を、睨めつけた。
精一杯怖い顔をして、精一杯怖い声で告げる。
「ご主人様、お風呂してください。 臭いです」
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